▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『千紫万紅 ― 翡翠葛の物語 ―』 』
藤井・葛1312)&藍原・和馬(1533)&スノードロップ(NPC1535)



 時に俺は幸せだった。
 俺は天使になる。


 時に俺は不幸だった。
 俺は悪魔になる。


 今、俺はあなたを知った。
 俺は何になる?



 Open→


 深呼吸したいと想った。
 深い深い緑の中で。
 深く深く。
 この身体の頭から足のつま先まで、酸素が行き渡るように。
「あなたは誰?」
 俺はそう問いかける。
 ………答えは無い。
「いいよ。無理には聞かない」
 肌は感じている。非現実な雰囲気を。
 それは冷房の効いた部屋に入ったなら、冷たさを感じるように。
 それは暖房が効いた部屋に入ったなら、熱を感じるように。
 そんな肌にそれが触れるような感じ。
 そっと指先で俺の肌に触れている。
 非現実という世界が。
 世界は観測されて初めて世界となる。
 俺がそれをそれと認めたから、それはそれとして存在し、一度存在する事となった世界は、俺を観測者として、固定化するための固定剤(リターダー)と認め、
 世界は俺の中に、世界を形作る。固定化する。
 それを拒絶しなかったのは、俺が感じる息苦しさと、それが感じている息苦しさが一緒だったから。
 深呼吸したいと想った。
 深く深く深呼吸を。
 それは和馬を想う時のこの胸にある感覚と一緒だから。
 だから俺は、その世界を受け入れた。
 これは俺?
 今日和馬と一緒に居た俺が居る。
 和馬と俺が居る。
 和馬は昼間俺が見ていたように赤いネクタイを締めて、いつものスーツを着ていて、
 俺はペンダントを下げて、和馬がスーツのポケットに手を突っ込んでいるのと同じようにコートのポケットに手を突っ込んでいる。
 石畳の上。
 二人で並んで歩いていた。
 同じリズムで。同じスピードで。
 手は繋いではいなかったけど、それでも並んで歩くのはどこかくすぐったくって、嬉しかった。
 二人で並んで歩いて、立ち止まって、翡翠葛の花を見上げた。
 熱帯地域に生息するマメ科の花。
 立ち止まって見上げたあの翡翠色の花は圧巻だった。
 限られた地域でしか咲かないはずの花。マメ科蔓性の植物は、高さ20メートル以上で、そこから垂れ下がる花房はほぼ1メートル。
 翡翠葛の花。



 +++


 翡翠葛の花を見せたいと想った。
 それと出会ったのは偶然。
 いや、名前は知っていたし、写真か映像でも見た事はあった。
 でもその花の実物を見て、まず先に何よりも最初に思い浮かんだのは彼女の顔だった。
 藤井葛。
 最初はネットゲームの相棒。
 今は――――想い人。
 バイト先のイベント会社の頼みで、名古屋支社の助っ人として名古屋入りした。
 新幹線で名古屋駅まで行き、そこからバス。
 海沿いの遊園地で、そこの目玉の一つである真っ白などでかい観覧車の下でヒーローショーをしたのだ。昼の11時と15時の二回。
 その遊園地は、巨大な観覧車の他にも木製のジェットコースターや何かで日本一のジェットコースターなんかを有していて、なかなかに楽しそうだった子どもたちの顔を見ていたら緑色の髪の下で笑う顔が思い浮かんだ。
「いやー、すまないねー。わざわざ東京から来てもらっちゃって」
「いえ。困った時はお互い様っす」
「そう言ってもらえると助かるよ」
 臨時ボーナスは温泉の入浴券。
 ラッキー。
 この遊園地の客はお金さえ払えば隣接するホテルの温泉にも入れた。実際、ホテルには遊園地の中に繋がっている玄関もあり、会社や商店街組合などの旅行プランでもこのホテルの温泉を楽しみ、宴会場で騒いだ後はその足で遊園地も楽しむ、というのが常らしい。
 玩具のアメフトボールをタイヤの輪の中に通して景品をゲットするゲームで取った(ボールの縫い目に右手の指を合わせて、その指でスクリューをかけつつ、反対方向に添えていた左手でボールを投げるのがコツだ。)クマのぬいぐるみはあいつへの土産だ。
 温泉を楽しみ、浴衣を借りて、ホテルの地下にある宴会場で少し早い夕食をとる。
 今夜の宿は名古屋のビジネスホテルを会社が取っていてくれた。名古屋へは遊園地が閉園される頃に出るバスで行けばいい。まだ三時間弱あって、それで俺は動植物園に行った。
 夕暮れ時の独特の菫色のライトアップがされる中を俺は歩いていく。
 誰も居ない熱帯地域の花々を展示している温室。
 そこで見たのが翡翠葛。
 彼女の瞳と同じ翡翠色の花。
 彼女の名前と同じ名前。
 その見事な花を見たら、すぐに葛の顔が思い浮かんだ。
 この花を一緒に見たいな、と想ったんだ。
 それは特別な感情で、だけど彼女の事を想うようになってからは、常に何かあると抱くようになった感情。
 例えばバイト先で綺麗な夕焼けを見た時とか、
 珍しい二重の虹や、
 虹の香りといわれる雨あがりの大気の香り、
 どこかからか飛んできた小さなシャボン玉、
 下手糞なリコーダーの音色とか、
 楽しげに歌う母子の歌声、
 美味いお好み焼き、
 俺の心の琴線が震える度にその音色は葛の顔を俺に想い浮かばせて、葛にも見せたい、聴かせたい、食べさせたい、とそう想わせる。
 この腕が言っていた。
 葛を抱きしめたい、と。
 心の琴線が震える度に葛の顔を思い浮かべて、
 そしてその度に俺は実感するんだ。ああ、俺は葛が好きなのだ、と。
 心の奥底から、あいつの事を想っている。
 だから葛の顔を思い浮かべる度にこの心は幸せになるし、笑みが浮かぶ。
 そう、ただそれだけ。
 それだけの理由。
 俺がそこに居たのは。
 翡翠葛。
 俺が好きな女性の瞳と同じ色の花、
 同じ名前、
 その花の前に居たのは、
 何よりも、
 誰よりも、
 俺は藤井葛を想うから。
 それで。
 それだけで。
 硝子張りの温室の外は砂時計の砂が落ちていくように明度を低くしていく。水彩絵の具の青の様だった空は菫色と群青色のコントラストを成し、今や群青色のグラデーションへと変更して行っている。
 そこから零れるのは薄闇の帳。
 やがてそれが夜の帳となって、澱を成すように世界はその色に染まる。
 それでも動けなかったのは、ああ、俺は本当に葛が好きなんだな、と再認識したから。
 心はこんなにも彼女を求めている。
 好きだ。
 好きだ。
 好きだ。
 俺は葛が好きだ。
 葛の色んな顔が思い浮かぶ。
 葛の色んな仕草が思い浮かぶ。
 自分でも驚くぐらい俺は色んな葛を見ていて、知っていて、覚えていた。
 それがたまらなくくすぐったくって、嬉しくって、幸せだった。
 それだけ俺は葛の隣に居て、葛は俺に色んな自分を見せてくれていた、という事だから。
 翡翠葛に手を伸ばす。
 葛に手を差し出すように。
 今一番隣に居て欲しい彼女を想って。
「こんばんは」
 おもむろに後ろからかけられた声。
 俺は慌てはしないが、しかし少し妙にぎこちなく振り返る。
 ………恥ずかしかったんだよ。男ひとりで翡翠葛の花に手を伸ばしていたからな。
「こんばんは。ああ、閉館ですか?」
 そう口にしたのは俺の前に居る人物が職員だったからだ。
「あ、いえ、まだ大丈夫ですよ。それよりも翡翠葛、お好きなんですね」
 にこりと笑う職員から目をそらす。
 好きなのは………
「はい?」
「あ、いや、何でも」
「そうだ。それよりも知っています? 私、ここに見学に来る人たちに必ず出す質問があって、でもそれ、誰も答えられないんですけど」
「ん?」
「翡翠葛、ってどうやって受粉すると想います?」



 +++


 あなたは鍵を探していた。
 扉を開けるための。
 その扉には、もう鍵はかかってはいないのに。


 あなたは鍵を探していた。
 それでも鍵は見つからない。


 俺は黙って鍵を探すあなたを見つめている。
 あの花と同じ色の瞳で。
 きっとあなたはこの扉はあなたなら簡単に開けられる事を、気付いてくれると想ったから。




 あいつは急遽バイトに入った。
 予定外のバイト。
 名古屋の方で働いていた人が急遽映画に抜擢されたとかで人手不足となって、それでその人と同じショーをしていた和馬がその代役として呼び寄せられたらしい。
 ご苦労様。
 春休み期間の遊園地のショースケジュールはキツキツであいつはしばらくあっち。
 だから当分はネットゲームのPCの相棒も不在。
 あいつが帰ってくるまでは、暇だ。
 なら俺の方もそれまでにやる事はある訳で、目下の最優先重要事項としてはフィールドワークで調査しに行った長浜市をモデルとした都市経済学の論文を執筆せねばならなかった事。
「だからちょうど良かったのかも」
 俺ってこんなに友達少なかったっけ? とは、想わない。
 数の問題じゃなかった。
 一緒に居て楽しいか、楽しくないか。
 それが一番の問題。
 大きな問題で、
 そしてそれが重要。
 あらためて気付く。
 リアルでもネットでも和馬と一緒に居る時間を楽しいと思えている自分が居る事を。
 だから少しでもあいつが帰ってきた時に、その時間を楽しめるように、今やらなくっちゃいけない事を、やる。
「えっと、街で配ってたパンフレットに、ガラス工芸が長浜市に」
 フィールドワークで手に入れた資料と図書館で調達してきた本、それからネットで町おこしなどについて検索し、小説を書くようにそれらの要点をまとめて、問題提起から結果論、今後の展望へと繋がる結びまでを起承転結に乗っ取って執筆する作業は想いのほか順調に行った。
 静かな深夜という時間と、和馬と一緒にネットゲームをするのだ、というニンジンのおかげで。



 四月初旬。
 まだ肌寒く、風も強い頃。
 それでも春を待ちわびた桜の木は美しい薄紅の衣を纏い、見る者の目と心を和ませ、潤わせてくれている。
 風に舞う花びらに俺は目を細めた。
 虚空は舞台。
 淡い薄紅の花びらは舞姫。
 風は奏者。
 風の音色に桜の花びらは舞いを踊る。目の前の虚空という舞台で演じられる優雅で艶やかな薄紅の舞いがひどく美しかった。
 風に吹かれて俺を取り囲む桜の花びら。
 なんだかそれは非日常の光景を見ているようで、
 数えるのも放棄したくなるほどの数の花びらに包まれながら立っている自分の状況を俺は、どこか幻想的にも感じていた。
 まるでこのまま淡い薄紅の花霞みに飲み込まれて、この世界から消えてしまうのではないのか、と。
 花の海の中で、俺は、花びらと共に舞う髪を押さえながら隣の和馬を見た。
 もしも俺が消えてしまったら、そしたらあなたは俺を探しに来てくれるだろうか?
 この淡い薄紅の海を掻き泳いででも―――
 戯れに俺はどこかにかくれんぼしたくなった。
 この淡い薄紅の花びらの霞みの中に隠れるのもいい。
 和馬の反応が見たかった。
 風よ、吹け。
 強く、吹け。
 強く、強く、強く、この桜の園の花びら全てを散らしてしまうぐらいに強く吹け。
 そしたら俺はそこに隠れよう。
 飲まれよう。
 それは戯れの感情。
 無邪気な遊び心。
 そして、本当は―――
 だけど花の嵐というには、虚空を舞う花びらはそれでも少なすぎた。
 俺はそれを半ば残念に想い、
 半ばほっとしていた。



 深く、深く、深く、深呼吸する。
 緑の中で。
 植物たちの中で。
 新宿御苑の温室。
 翡翠葛までの道のり。
 石畳の上を、俺と和馬は一緒に歩いていく。
 並んで歩いていく。
 アンダンテよりも少し早い同じリズムで、
 同じテンポで、
 お互い上着のポケットに手を突っ込んで、
 歩いていく。
 それが楽しく、
 どこかほっとできた。
 ピアノの連弾、そんな感じ。
 同じ場所で呼吸をする。
 緑の濃度が濃い酸素を一緒に吸って、
 呼吸をする。
 それは生きていると言う事。
 俺と和馬は、確かにそこに居た。
 二人一緒にそこに居て、
 それで翡翠葛の花の下で、俺たちは立ち止まって、それを見上げた。
「葛」
「ん?」
「翡翠葛、どうやって受粉するか、知ってるか?」
 まるで子どものように得意げに笑う和馬。
 だから俺も負けじと悪戯っ子の表情。
「家の職業、忘れた? 知らない訳無いじゃん」
「マジかよ?」
「マジで」
「って、俺を担ごうとしているな、葛?」
「和馬こそ、本当に正解知っているの?」
「失敬な。俺は動植物園の人間に教えてもらったんだぜ?」
「それが嘘なのかもよ〜。和馬ってそういう顔をしているから」
「そういう顔って、どういう顔よ?」
「こういう顔」
 俺はコンパクトを開いて、それに和馬の顔を映してやる。
 眉間に深い皺。
 だから俺は笑ってしまう。ほんと、感情表現豊かすぎ。
「じゃあ、いっせーのーで、で答えをお互いに言い合おう。いいか、いっせーのー、で」
 俺は口を開く素振りだけで、
「コウモリだ」
 和馬は得意げに言って、言った後に唇を尖らせた。
「あんだよ、やっぱり知らなかったんじゃねーか」
 俺は真面目な顔で右手を左右に振る。
「いやいや、知っていたよ。うん。今のは和馬が違う情報を教え込まれていないか、試しただけ。そう。コウモリ。コウモリが翡翠葛の受粉を手伝うんだよね。正解」
 そう言う俺を見る和馬の三白眼はなかなかに見物だった。
 そんな風で、楽しいんだ。
 和馬と一緒に居るのは。
 今も昔も、変わらずに。
 だけど、同時に息苦しい。
 和馬が厭だからじゃなくって、
 和馬と一緒に居ると胸が苦しいから。
 そう、胸が苦しいんだ。
 胸が締め付けられるように苦しい。
 痛い。
 きゅっ、と息苦しい感じで胸が痛くって、
 呼吸がしづらくって、
 だから深く深く深く深呼吸する。
 そっと。
 深呼吸すれば、
 そしたらこの胸にある形の無いしこりの様な物は、だけど砂糖菓子が水に溶けるように溶けてしまうと思えたから。
 息苦しいのだ。
 胸が痛いのだ。
 だから、その晩、俺が観測した世界が俺の中に入り込んできた時、それを拒まなかったのかもしれない。
 その世界も感じていると、俺も感じたから。切なく痛い、胸の息苦しさ。
 桜の海に隠れるのではなく、緑の世界に神隠しされるのもいいかも、と想ったから。



 +++


 奇跡を信じて、歌う賛歌。
 絶望を思い知らされて、歌う哀歌。
 だけど俺はどちらでもいつも笑っていた。
 笑い声が、俺の歌。



 暗闇の中で携帯が着信をした事を報せる電信音が鳴り響く。
 俺はそれを手に取って、ディスプレイに表示されている名前を見る。藤井葛、そう表示されていた。
 珍しいな、と想いつつそれに出る。
「もしもし」
『会える?』
「ああ、いいよ」
 好きな女にいつもとトーンの違う声で会える? と訊かれて、会えない、という馬鹿はいない。
 車を飛ばした。
 葛は外で待っていて、車から降りた俺に手を上げる。
 服装は普段通り。だけどどこか着こなしが違って見えるのは………
「どうした、こんな時間に?」
「翡翠葛の花がまた見たくなった。だから、連れて行って」
「今から?」
「今から」
 お互い目を見詰め合う。
 葛の瞳はマジだった。
「そんなに気に入ったか? だけど温室だからコウモリの受粉光景は見えないぜ?」
「違うよ。和馬と一緒に翡翠葛を見たいんだ」
「そうか」
 嬉しい事を言ってくれる。
 俺は葛を乗せて車を発進させる。
 車は新宿御苑に到着し、俺たちはまるでガキが深夜の学校に侵入するように忍び込んだ。
 お互い、意味も無く笑いあう。
 忍び込む行為の後ろめたさとドキドキに。
 夜の夜気に乗る緑の匂いは昼間嗅いだのとは違う匂いがした。
 強いて言うなら匂いが濃い。
 それは植物が吐き出すものが酸素から二酸化酸素に変わったからかも知れない。
 夜に咲くその花は昼間見るのよりも神秘的に見えた。
 それは夜闇の中にある花の翡翠色が蛍の燐光と重なったから。淡く儚い蛍光の灯りが俺に抱かせる印象は冬の湖に落ちた、雪。
「和馬」
 低い一定のトーンの声。
 葛を見ると、夜闇の中で翡翠色の瞳は濡れたような輝きを放っている。
 それは蜘蛛の糸が蝶の羽根を捕らえるように俺の心を捕らえる。
 触れた瞬間に、心は捕まえられ、もがけばもがくほどそれは強く絡まり、やがてもう逃げられなくなる。
 心は葛の瞳に捕まり、その翡翠色に溺れる。
 それでも―――
「和馬、ごめんね」
 葛は右手の指先で俺の頬をそっと触り、その手で俺の額の髪を弄り、親指で俺の唇を触った後に、
 俺の顔を愛おしむように手の平で撫でて、
 右手を俺の左頬に添えると、
 背伸びして、
 唇を重ねようと………
「心を受け止められるのは心だけだろう?」
 愛しさを表現しあうのは、それを確認しあうためだけの事。
 なら、言葉を紡げばいい。
 葛の唇が動こうとし、俺はその唇に指を当てる。
「ありがとう、と」
 翡翠色の瞳はわずかに見開かれ、
 それから黒髪に縁取られた顔が花が綻んだように笑う。
「ありがとう」
 かかとを落とし、
 黒髪を宙に舞わして身を翻した葛は翡翠葛に手を伸ばす。
「あの時、和馬が求めていたのは翡翠葛じゃないってわかっていた。それでも求める心に代わりでもいいから応えてあげたいと想ったのは本当。深く深く深く深呼吸したいほどにそれだけを想った。胸が痛くなるほどに切ないぐらいにそれだけを想った」
 俺は葛の細い背中を見つめている。
 そして葛は振り返った。
 黒髪が彼女の顔を打って、すとん、と落ちる。
 さらりと額の前髪を揺らして小首を傾げる。
「受け止めてくれただけで充分。葛を好きな和馬が好きだから、だからやっぱりその心を翡翠葛が受け止める事はできないから。そういう和馬を好きになったからこそ。だからうん、こうして望んだ光景を再現できただけで充分なんだ。一緒に並んで、翡翠葛の花を見上げられた」
 そして葛は微笑んで、前のめりにゆっくりと倒れていく。
 俺はその葛を抱きとめた。
「お帰り、葛」
 そして、つかまえた。
 本当は今日の昼間、葛があの桜の花びらの淡い薄紅の花霞みに溶けて消えてしまいそうで怖かった。
 放り出された砂漠で、魔法の針を探し続けた俺だから、葛が薄紅の嵐に埋もれてしまったら、それを見つけ出す大変さを理解しているから。
 だから俺は上着のポケットから出した手で、おまえの手と繋ぎたかったんだ。
 繋ぎとめたかったんだ。
 手と手で。
 温もりと温もりで。
 二人の関係で。
 でもおまえは、宙に舞う花びらのようにその伸ばした手をさらりと交わして飛んで行ってしまいそうだったから、だからそれが怖くって、手を伸ばせなかった。
 指の先で舞う黒髪を、遠ざかっていく葛の細い背中を、夢に見た事が合ったから。
 いつからだろう? 放り出された砂漠で探すのが魔法の針から鍵に変わったのは―――
「帰ろうか、葛」
 俺は葛を両腕で抱き上げて、身を翻した。
 最後にもう一度だけ、翡翠葛の花を振り返って。



 +++
 



 あなたは鍵を探していた。
 扉を開けるための。
 その扉には、もう鍵はかかってはいないのに。


 あなたは鍵を探していた。
 それでも鍵は見つからない。


 俺は黙って鍵を探すあなたを見つめている。
 あの花と同じ色の瞳で。
 きっとあなたはこの扉はあなたなら簡単に開けられる事を、気付いてくれると想ったから。



 俺は和馬にお姫様抱っこされていた。
 それを俺の中から薄れていく緑の世界の中で感じていた。
「葛さん」
 俺を呼ぶ声。
 そちらを見る。
 そこにはうちのと仲良しで、それで知り合ったスノードロップの花の妖精が居た。
「スノーちゃん」
 スノーちゃんは小さな両腕で翡翠色の光りの珠を持っていて、
 それでぺこりと頭を下げた。
 俺は顔を左右に振った。
 深く深く深く深呼吸したがった胸の苦しさは俺にもわかるから。
 同じ物を欲したその理由も。
 だから俺は、観測した世界を、きっと受け入れた。
 緑の世界から浮上した俺。
 触れ合う温もりから移りあうぬくもり、という絆の糸をこよりを結わうように結いながら、俺は今しばし、心地良い和馬の揺り篭の中で、眠る。
 不思議な事に、胸の苦しみは、切ないほどの息苦しさは、その揺り篭の中では、感じなかった。


 →closed


 ++ライターより++


 こんにちは、藤井葛さま。
 こんにちは、藍原和馬さま。
 いつもお世話になっております。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼、ありがとうございました。



 翡翠葛の花、とても綺麗ですね。^^
 指定していただき、ネットで調べたのですが、すぐにたくさんの翡翠葛の綺麗な写真が出てきて、本当に綺麗だなー、と色んな写真を見てまわっていました。
 和馬さんの方にも綺麗な翡翠葛のイラストがありましたね。^^
 私の地元の方にも翡翠葛がある動植物園があるようですから、来年、見に行きたいと想います。^^ って、鬼に笑われるでしょうか?



 藤井葛さま。
 ご依頼、ありがとうございました。
 葛さんのノベルはどれも本当にすごく綺麗で、色んな愛情が一杯で。ですからすごく葛さんのノベルを書かせてもらえるのが光栄でした。
 本当に今回指名していただきありがとうございます。^^
 本当にノベルを読んでいますと藤井家の家族アルバムを見ているようなそんな気持ちになれますよね。^^ 
 そして和馬さんとの繋がりのお話もまた、すごく綺麗で優しくって、本当に今回の機会を与えていただけた事が光栄で。^^
 そんな想いを込めて、今回のノベルは書かせていただきました。


 少し不思議な雰囲気の中でのお話。
 深呼吸をしたいと願う葛さんの心理描写、
 桜の花霞みの中で想う事、
 そういうの書いている時がすごくしっとりとした気分となれて、とても楽しかったです。
 PLさまの印象はいかがでしたでしょうか?^^
 だけど全ての答えは、ラストの和馬さんの揺り篭の中での葛さんの心の描写にありますよね。
 だいたいやはり文章を書くときは、その登場人物の心がトレースされるから、書いている時は、その人物の心情になるのですね。
 だけどこの一文を掻く時は、本当に優しい気分で書けました。
 ですから、葛さんも本当に優しく、そして安心しきっていたのでしょうね。^^



 それから感想もありがとうございました。^^
 あのように言っていただけてすごく嬉しかったです。
 やはりどれだけの納品をさせていただいていてもこのお金を頂いて、ノベルを書かせて頂き、それをお届けする、というお仕事には慣れる事はありませんし(慣れてもいけないと想いますし)、ひとつひとつのノベル、一回一回のご縁、それを大事に想いながらノベルを納品させていただいていても、それが良い物かどうか、それを決める絶対の権利を有しているのはPLさまのみだと想いますから、ですから本当にあのように言っていただけますと、すごく安心できて、嬉しいです。^^
 これからもがんばるぞ、という気持ちが沸いてきます。
 本当に嬉しいお言葉をありがとうございました。



 藍原和馬さま。
 ご依頼、ありがとうございました。
 和馬さんは本当にもう一度書かせていただける機会がいただけたら、とすごく想っていましたので、今回のご依頼は本当にすごく嬉しかったです。
 いかがでしたでしょうか、今回のノベルは?^^
 満足していただけていますと幸いです。^^
 少し不思議な雰囲気の中、それを受け止められる優しさと大きさ、そういう葛さんが好きになったのであろう和馬さんの魅力が書ける事は、幸せでした。^^
 優しいから大きくなれるのだろうし、
 大きいから優しくなれるのだろうし、
 そういう和馬さんの魅力を書き込める事ができたのは本当に良かったな、と想います。
 あとは、恐れ、とは違って、不安とも違う、言葉では表現できないようなそんな恋愛感情ゆえの想いとして、桜の花びらの霞みの中に居た葛さんへの想いを書かせていただいたのですが、PLさま的にはいかがでしたか?
 何だろうな、こういう感情って、結構近くに居るからこそ、伝染しあうような感じがするのです。
 だからお互いがお互いに想う気持ちが伝染しあって、それで感じられる切なさのようなものを演出できれば、と想い、書かせて頂きました。
 女の子の女の子ゆえの感情を書くのももちろん、楽しいのですが、
 やはり男の子の男の子ゆえの不器用な感情を書くのもまた、楽しくって、好きだったりします。
 PLさまにお気に召していただけていましたら嬉しい限りです。^^



 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.