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『『クリムゾン・プロット』 』
風間・悠姫3243)&友峨谷・涼香(3014)&水上・操(3461)&(登場しない)

 
 深夜の新宿。
 高層ビル群がまるで墓標のように立っている。
 空は狭く、汚れた街の空は淀んでいる。
 ひょっとすればそれは人間と言う種が自分たちが暮らす星のために建てた墓標なのかもしれない。
 いや、少なくともその目の前のビルが墓標である事は、彼女らは知っている。
 それは悪しき建物。
 哀しき建物。
 怒りの建物。
 故に害意を発する。
 人に。
 他人が憎いから。
 他人が笑っているのが哀しいから。
 他人にわかって欲しいから。
 そう、このビルは彼の墓標。



「さてと、行きますか、皆々様。だけどいいの? 危険よ?」
 風間悠姫は背後の二人を見た。
「何を今更、やな」
 そのうちのひとり、友峨谷涼香が鼻を鳴らす。
「ですね。ここへ来たのは私たちの意志です。ですから、行きましょう」
 水上操は頷き、微笑む。それは清楚ながらもやはり他の二人と同じ凛とした意志の強さを感じさせた。
 咲き誇る3つの花は、例えそれが太陽であろうとも媚びるつもりは無いようだ。
 それは己が意思にただ忠実に。
「ほな、行くで。で、悠姫、好きなように暴れていいんやろ?」
「ほどほどにね。警察によるここら一体の封鎖で他には人間は居ないけど、朝日が昇るのと一緒にまたこの街も動き出すんだから」
「新宿、ですか。昼間では考えられないぐらいに静かですね」
「ほんまに耳が痛いぐらいやわ。悠姫、一曲歌い」
「早いわよ。子守唄を歌うにはね」
 悠姫の言った意味ありげな言葉。
 ビルを見上げた悠姫の美貌には憂いがあった。
「それでどうしますか? 相手は私たちが来た事を知っていますよね、もちろん」
 操は苦笑混じりに肩を竦める。
「んなん、決まってるやん」
 退魔刀【紅蓮】を手に涼香が前に出る。
「正面から堂々と突破や」
「性格ですね」
 やんわりと微笑む操に涼香が唇をアヒルのようにした。
「せやったら操は?」
「私は、私も正面からです。人様のお宅をお訪ねする時はそれが礼儀ですから」
 アヒル口にワニ目が加わった。
 それまで二人のやり取りを見ていた悠姫は楽しそうに笑う。
「何や何や上品にひとりだけ外から眺めて笑いおって。あんたも輪の中に入らへんかい?」
「そうですよ」
「厭よ。外から眺めてるのが楽しいんだから。さあ、だから続けて。続けて」
 両手を出す悠姫に二人がアヒル口になって、また悠姫は笑った。
「まあ、何やろ、この娘は」
「これは、許せませんね。では、前例に乗っ取って、これが解決したら朝食から夕食までのフルコースセットで、それは全部悠姫さんの奢りという事にしましょう」
「ちょっとちょっと、お嬢さん方。それはお財布に優しくないわね」
 苦笑を浮かべる悠姫に涼香が悪戯好きな笑みを浮かべた。
「おや、それはおかしいなー。今までの事件での功績もあって警察が融通を利かしてここら一体を封鎖してくれた、って言うとったけど、それは悠姫が警察にお願いしたからか?」
「ええ、そうよ」
 さらりと頷く悠姫。その形の良い鼻を涼香が摘んだ。
「嘘言い。あんたに警察から依頼が行っとるんやろ?」
「もしくは自分から売り込んだか。何せ昨晩に、今朝、昼間、事件が相次ぎましたからね。さすがに警察も気付くでしょうし」
「昼間の携帯電話。あれがそうだったんやろ?」
 どうやらバレバレのようだ。
 悠姫は両手を上げた。
「謹んで奢らせていただきます。ただし、夕食だけね」
「よろしい。んじゃまあ、いっちょ、ようさん美味しい物を食べられるように運動しようか、操」
「はい。どうやら私たちの他にもお客さんはいらっしゃるようですしね。だから悠姫さん、私たちが囮になりますので、後はよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げる操、そしてにぃっと笑う涼香。悠姫は肩を竦めた。
 右手を出す悠姫。その甲に涼香が手を重ね、その涼香の手に操が重ねた。



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 アスファルトが放つ熱と高層ビル群の窓硝子が反射させる太陽光が街の空気を不快なまでに上げていた。
 歓迎しない天然サウナはさらに人が口から出す二酸化酸素と車が排出する排気ガス、ノイズで本当に居心地は最悪だ。
 新宿、その街の事を人間はそう呼んでいた。
「なあなあ、いいじゃん。三対三。俺たち男も三人。お姉ちゃんたち女の子も三人。だからさ、さんさんでどっかデートに行こうよ。プールなんてどう? 俺らが水着を買ってあげるからさ」
 とか言う男が悠姫たちの身体を見て鼻を伸ばしたのは三人の水着姿を想像したからだろう。
 優雅な曲線を描き、重量感を感じさせる胸の谷間が強調される服を着ている悠姫はその視線を感じ慣れているのか歯牙にもかけず、どこかそれを楽しむように艶っぽく小首を傾げてみせる。
 さらりと揺れた前髪、その下に浮かんだ表情に確かな手ごたえを感じたのか、男たちがほくそ笑む。
 悠姫の隣に居た涼香は苦笑。肩肘で悠姫のわき腹を叩く。
 水着云々の話になった時からなぜか顔を俯かせている操。照れた顔を隠すように俯かせたまま彼女は男たちを無視して歩いていこうとするが、その前を男たちが通せんぼ。
「んね、行こう。彼女。かわいい水着を買ってあげるからさ」
 男が操の手を取った。
 そしてその次に起こった事、果たしてそれをこの男は、残りの二人は理解できただろうか? 操の右手首を掴んだ男の身体が宙を舞ったのだ。しかしそれは当然だろう。花も恥らう年頃の少女の手を無断で掴み、引き寄せようとしたのだから。
 とは言え、ちゃんと引き手は引いているところが操の優しいところだろう。
「ちゃんとお礼を言いや? 投げ捨てにされてもしょうがないところやったんやから」
 操の肩に涼香がもたれかかって笑いながら言った。
「そうね。ちょっとお悪戯(おいた)がすぎたかしら?」
 悠姫が意地悪く笑いながら年下の従弟を嗜めるような笑みを浮かべ、
 周りの視線を浴びている事に気がついた男たちは顔を真っ赤にして舌打ちをし、そしてどうするかと思えば逃げ出した。
「清々しいぐらいの逃げ足っぷりね」
 うん、と悠姫が頷き、
 その横で涼香が大仰に肩を竦める。
「何やの、本当。男の子があーも簡単に逃げ出しおって。もう少し根性見せたら良かったのに」
 口々に感想を述べる二人に挟まれている操は今度は自分たちが周りの視線を浴びている事に居た堪れなさそうに顔を赤くして、自分の両腕をそれぞれの片腕に絡めると無言で早足で歩き出した。
 涼香と悠姫は顔を見合わせあって、その顔に苦笑を浮かべた。
 経験豊富な年上のお姉さまたちの御戯れに初心な少女はついてはいけなかったよう。
 三人の美しい女性たちが腕を組んで歩き、仲が良さげに笑いあう光景は不快な暑さに淀んだ街にあってそれを忘れさせるような光景だった。
 ただしそれは三人を見る人間側の話。
 涼香が大きなため息を吐き、
 操は眉をひそめる。
 そして悠姫は肩を竦めた。
「今日は厄日ね。ロクな男と会わない(遭わない)」
 昨夜の豪華客船での戦いを終え、有名ホテルでのモーニングを食した後にそのままショッピングに行く事にした三人。
 ナンパなどはまあ、これだけの美人が三人集まっていればお約束事項なので今更なのだが、その楽しい気持ちをぶち壊す光景が目の前にあった。
 まだ年端も行かぬ女の子を体格ががっしりとした警備員がビルの玄関の前に乱暴に放り出したのだ。
 操は道路に投げ出された女の子に駆け寄り、擦過傷を作った彼女の腕や足に自分のハンカチをあててやった。真っ白なハンカチが血に汚れていく事に慌てた。
「いいんですよ」
 その女の子に操は優しく微笑む。
「ちょい待ちいやあんた。恥ずかしくないの? あないな小さい娘に乱暴して」
 それは正気の沙汰じゃないで? 涼香は今にも警備員の胸倉を鷲掴まんばかりの勢いでまくし立てた。
 警備員は助けを求めるように背後を振り返り、
 そして盛大な溜息と共に登場した男は、その顔に苦笑を刻ませていた。
「やれやれ。そうは言われても彼は職務を全うしたまでで、その命令は私が彼に与えたのですがね」
 ほお。それはつまり、だから責めるなら私を責めろ、そう言っているととらえていいのね? 涼香の顔に引き攣った笑みが浮かぶ。
 その涼香の肩にぽん、と悠姫の手が乗せられる。
「なら、あなたにお聞きしましょうか? どうしてあんな小さい娘に乱暴するように命令したのかしら? 子どもが悪戯をしたにしても少々手荒すぎるんじゃない?」
「私も最初は小さくってもレディーですから、そのレディーに相応しい扱いをさせていただいておりましたよ。ただ何度説明しても、それを信じてはくれず、とうとう我が社に忍び込むようになりましてね。それでこの様な扱いをさせていただくようにしたのです。我が社にも色々と社内機密がありますから」
「嘘だもん。お父さんはここにいるもん」
「ですから何度も説明したようにあなたのお父さんはここにはいませんよ」
 三人は顔を見合わせた。
「とにかくそういう事なので、お引取りを。これ以上ごたごたするようなら、警察を呼ばせていただく事になりますが?」



「つまりあなたはそれでもお父さんはあそこに居るというのね?」
 女の子は頷いた。
 それは父子の繋がりゆえの感覚。女の子は父親があのビルに居ると信じていた。
「もう一ヶ月も帰ってないなんてな。それがほんまに監禁とかだったら、たまらんよ。あの子にとっても」
 風間探偵事務所の応接室。
 来客用のソファーに座る女の子の顔には表情は無かった。服の袖やスカートの裾から伸びる手足には傷が一杯ある。おそらくは今日のような目にずっと遭っていたのだろう。それでも諦めずに………
「ここは動かないといけないわね」
 悠姫が言い、涼香と操も頷いた。
「で、どのようにしますか?」
「私が忍び込む。だから今夜一晩あの娘の面倒頼める、操ちゃん」
「はい。お任せください。あの娘、この一ヶ月ちゃんとした物を食べていなかったそうですから、今夜は腕によりをかけて美味しいものを食べさせてあげようと想います」
「ええ、お願いね」
 右腕で細すぎる腕に作った力こぶを叩く操に微笑みながら頷く悠姫。
 その悠姫に涼香が顔を近づけて言う。
「うちも行こうか?」
「大丈夫よ、ひとりで。というか、こういう事は独りの方がいいわ」
「せやけどもしも、という事があるやろ?」
「ありがとう。だけど大丈夫よ」
 心配そうに眉を寄せる涼香の額に悠姫はおどけてキスをした。



 昨夜のような事は稀だ。
 昨日の今日で涼香が心配するのもわかるが、やはり忍び込むのは一人でやった方が良い。
 女の子は操と一緒に彼女の家に行き、
 涼香は最後まで心配そうにしていたが、仕事を休めずに『涼屋』に出勤して行った。
 そして悠姫はここに居る。
 目標のビルはこの近隣のビルの中ではひときわ高い。
 しかし風の流れを計算すれば、近隣のビルの屋上からハングライダーで飛び立ち、そのビルの屋上に降り立つ事はできるはずだった。
 ハングライダーを空想具現化し、そして彼女はそのビルから飛び立ち、目標のビルの屋上に降り立った。
 空想具現化したハングライダーを消し、
 屋上の扉のノブをピッキングによって難なく開ける。
 おそらくは玄関から忍び込もうとすればもう少し難易度は高かった。しかし高層ビルの屋上という盲点が、屋上からの進入を簡単にしていたのだ。
「所詮は日本、という事よね」
 ビル内に侵入する。
 少女の父親はシステムエンジニアであり、この高層ビルはまるまる彼女の父親が所属する会社の持ちビルであった。OSの開発から警備までを手がけるグループであり、そして昼間、悠姫が調べた限りではどうやら武器商人としての裏の顔もあるらしい。
 とにかく調べる場所は、彼女の父親が働いていたオフィスであろうか?
 非常階段を駆け下り、そして彼女は難なくそのオフィスの侵入にも成功する。
 昼間出会ったあの男の名刺は受け取っていた。その名刺にある役職のデスクのパソコンを起動させ、ざっとそのパソコンの中のファイルを見る(プロテクトはそれを解除するためのOSをインストールしたモバイルを繋げて、解除した。)。そこには仕事上のデータしか存在せず、彼女の父親の情報は無かった。
 だから悠姫はそのパソコンから他のパソコンを調べる。この部署のパソコンは仕事用のパソコンによる私用を禁じ、上司がいつでも部下のパソコンを調べられるようにしてあったのだ。
 そしてパソコンを調べていくうちにひとつの興味深い内容を見つけた。
 それはこの会社とホワイトハウスの裏に潜むと囁かれる軍事産業組織とが共同開発しているプロジェクトであり、人間の脳を使った防衛システム…そしてミサイル計画だった。人間の脳細胞はほとんど使われてはいない。そしてその使われてはいない脳細胞の計算力は膨大である。もしもその使われてはいない脳細胞を目覚めさせ、フルに動く脳をそのように機械の一部、ミサイルなどに使えるのだとすれば、それは凄まじい兵器となるだろう。
「これは………嫌な予感がしてきたわね」
 このビルに侵入した時から監視システムが動いているのはわかっている。監視カメラは常時悠姫を見つめている。それは無機質な視線。
 しかしどうした事か、防衛システムであるはずのそれが防衛活動しないのは? 故障か、それとも………
「それこそが、真実に連なる事、か」
 前髪を弄りながら悠姫はポケットから一枚の写真を取り出した。
 その写真は女の子から借りていたモノだ。父親の顔がわかるように、と。
 悠姫は写真をカメラに向けた。
 パソコンにあったデータに寄れば試験品の脳を使った防衛システムがこの高層ビルに取り付けられたのが3週間前。そしてそれを組み立てに入ったのが一ヶ月前。女の子の父親が消えた頃。彼はこのシステムには反対していたという………。
 静かな夜闇にカメラの機動音だけは木霊し、
 そして事態は急激に動いた。
 警報装置が鳴り響き、防火シャッターが降り始めたのだ。普通の泥棒風情が入り込めるはずも無いこのビルだが、同時に逃げ出す術も無い常態となった。
 直に警察が来るはずである。
「冗談じゃないわね」
 苦笑いを浮かべてはいるがしかし、それは絶望の表情ではなかった。
 霧となるその能力の使い方は何も、攻撃を避けるだけが使い道ではなかった。



「んー。女の子二人だけの家を訪問するには時間が遅すぎると想うんだけど、どうかなー? まあ、うちでも良いんなら、うちがお相手したるよ、お兄さん方。ただし、悪い事をしようとすると、その結果は必ず自身の悪い事…身の破滅へと繋がる。それを人間は因果応報、って言うんやけど、知ってるかなー? 偽警官さん」
 ジーパンにタンクトップ姿の涼香がやんわりと微笑む。手にしている退魔刀【紅蓮】の切っ先を向けて。
 男たちは舌打ち。
 そして所持していた警棒を伸ばし、涼香に襲い掛かる。警察官と警備員の警棒の長さは法律で決められている。彼らが所持しているそれは明らかにその長さを越えていた。
 つまり、
「それが偽警官や、っていう証拠や」
 繰り出される警棒の攻撃を全て軽いステップでかわし、ガードが開いた身体の隙間に鋭い蹴りや突きを叩き込んでいく。涼香の圧勝だった。
 ただし、それは動きを鈍らせ、尚且つ戦意を無くさせるモノでありながら、決定的には気絶させる攻撃ではない。明らかに手が抜かれていた。
 案の定、彼らは逃げ出していく。その逃げ足っぷりは昼間の男たちに引けを取らぬほど潔いものだった。
「ほんまあれほど潔いと清々しいわ」
 と、そんな感想述べてる暇は無いね。
 涼香は肩を竦めると、携帯電話でメールを発信させた。
 そのメールは彼女が所属する退魔組織【白神】へのメールであり、妖追尾専用の者が彼らを追ってくれる手はずとなっていた。
 彼らがあの女の子をどうにかするためにここに来る確立は高かった。事があの女の子だけで留まっているのであれば子どもの戯言で処理できたが、しかし自分たち大人が事に関わってしまった以上、彼らがあの女の子をそのままにしておく確立は低かったのだ。そしてその涼香の悪い予感は当たってしまった。
 悠姫が独自のルートで仕入れた情報に寄れば、あの会社はホワイトハウスの裏に潜むといわれる武器商人の組織と関係しているといわれている。
 そしてあの身のこなしは素人ではなく、確実に人を殺すための格闘技の修練を積んだ人間の動きだった。
 つまり自分たちはとてつもなく大きな物を相手にしてしまったのかもしれない。
「まあ、相手にとって不足は無いけどな」
 それから彼らが横浜米軍基地に入っていったというメールが送られてきた。



 手作りのハンバーグの上にデミグラスソースをかけ、そのハンバーグの横に目玉焼きとタコさんウインナー二つを乗せる。
 あとはマカロニサラダ。あの子はサラダに林檎が入っているのは好きだろうか?
 出来上がった料理を前に操は軽く握った拳を口元に当てて考え込む事しばし数秒。しかしその美味しそうな料理の匂いにつられてやってきた彼女が嬉しそうに林檎入りのサラダを見た事で不安は吹き飛んだ。
「食べましょうか?」
 女の子は頷く。
 作った料理全てを食べてくれたのが素直に嬉しかった。
 それから一緒に食器を洗い、お風呂に入る。
 操が女の子の頭を洗ってやっている間、女の子はひどくくすぐったそうにしていた。
 そして湯船につかりながら女の子は父親との想い出を語った。
「早く会えるといいですね」
 そう微笑みながら操が言えば、女の子は頷き、その後に操に抱きついてしばし泣いた。
 お風呂からあがり、女の子は昔、操が着ていたパジャマを着、楽しそうに脱衣所を出て行った。先に台所に行って、アイスクリームを器にもっておくと笑いながら言って。
 操はくすりと笑い、濡れた身体をバスタオルで拭き、下着を身に付けると、普段着を着て、結い上げていた髪を解いた。それはどのような事態になっても対処でき、いつでも外に飛び出せるように、だ。
 この時点で操は外に涼香が居る事は知らない。だから、外で誰かが争う気配、そのいくつかの気配のうちひとつが涼香である事を感じ取り、迷わなかった。自分は外に出て行く必要は無く、彼女の傍に居ればいい、と。それが自分が彼女に任された仕事だからだ。
 操は脱衣所の扉を開け、女の子が居るはずの台所へと向かった。



 台所に向かう女の子の前に誰かが立った。
 その誰かが笑う。女の子は悲鳴をあげようとするが、しかしその開け広げた口を片手でその誰かが塞ぐ。
 誰か? その誰かは女の子と同じ顔をしていた。
 くすり、とその女の子と同じ顔をしていた者が笑った。
 女の子の恐怖に開け広げられた目から涙が零れ落ちた。



 操が台所の扉を開けると、アイスクリームを器にもっていた女の子はかわいらしく微笑んだ。



 悠姫が高層ビルから脱出して数分で警察車両が到着。高層ビル包囲。ビル関係者が到着すると、ビルの玄関が開けられ、警察官たちが高層ビルへと入っていった。
 そしてそれから十数分後にその現場に救急車が急行してきたのは、突入した警察官五人が防火シャッターが突然下がるなどして下敷きになり、腕や足、首を切断されたためだった。

 

 昼、風間探偵事務所のオフィスのテレビでは、例の高層ビルで、早朝、会社役員六人が乗ったエレベーターが止まり、つい先ほどその修理、点検をしていた作業員三人がその作業の途中で、扉は開いたが、エレベーターのケージが来ていなかったために転落し、死亡した事故が起こった事を報道するニュースが流されていた。
「うかつ。昨夜で決めるべきだったわね」
「そんなん、しゃーないやん。まずはそのシステムに組み込みまれてしもーうた父親かどうか確認せん事には動かれへんかったんだから。一番悪いのは、あの会社や。割りきらなな。辛いけど。だからこそうちらが、あんたがどうにかせえへんとあかんのだし。あの暴走してしまった防衛システムを。悠姫」
「そうですよ。悠姫さんが悪いんじゃないと想います。そして、だからこそ私たちがなんとかしないと。一緒に、戦いましょう。あの娘のためにも」
 操は静かな中にも確固たる意志の強さを感じさせる声でそう言い、ソファーの上で体育座りしたまま眠っている女の子を見つめた。
 悠姫は微笑み、左腕を操の首に、右腕を涼香の首に巻きつけて、二人を引き寄せると、それぞれの頬にキスをした。
「………」「な、何をいきなりすんねん」「あははははは。お・れ・い」
 キスされた頬を押さえながら操は真っ赤にさせた顔を俯かせ、涼香は同じように頬を手で覆いながら真っ赤になりながら文句を言う。
 悠姫はそんな二人に平等に一回ずつウインクしてバイブ機能で揺れている携帯電話を二人に見せた。
「電話してくる」
 悠姫を飲み込んでぱたん、と閉まった扉に向かって涼香は苦笑した。
「ほんま、泣く子と悠姫に敵わんわ」
 おどけてそう言う涼香に操はくすくすと笑いながらコーヒーメーカーを指差した。
「コーヒー、飲みませんか?」
「頼むわ」
 体育座りして眠っている女の子を起こしてしまわないようにゆっくりと横にしてやり、その眠っている子の頬を涼香は右手の人差し指で押してやる。
 転瞬、涼香の目が細まった。
「操、この子…」そう言う声も表情も真面目だった。
「お肌すべすべで、ぷにぷにや」と、しかし次には動物の赤ちゃんを前にしている時のように緩みきった表情をした。
 呆気に取られた表情をしていた操は大きくため息を吐いて、熱い湯気をあげる珈琲を涼香に差し出す。
「起こしちゃいますよ」
「大丈夫やよ。子どもは一度寝たら目覚めにくいもんや」
 ソファーに足を組んで座り、珈琲を口に運ぶ。
 両目を細め、ゆっくりと飲んだ珈琲をじっくりと味わい、それから自分の横に立つ操を見上げて、口を開こうとし………
「あ、あれ………」
 涼香は珈琲カップを落とした。
「み、操?」
 顔の筋肉が上手く動かないのか、引き攣った表情を浮かべる涼香に操はにんまりと微笑んだ。
「だ、誰や、あんた? 操や、無いよね? 操はそないな表情は浮かべへん」
「そうですね。水上操では今はありません」
 癇癪を起こした子どもをやんわりと嗜めるように静かに言い、それから操は、涼香の首に両手をかけて、唇を近づける。
「死にますか? それとも受け入れますか? 私と同じようにあの方を。認める、といえば、その瞬間からあなたも、あの方のスレイブです」
 操の視線の先で女の子が、身を起こし、艶っぽい仕草で、肩にかかる髪を後ろに払った。
 ―――――。



 そして夜。
 悠姫、涼香、操の三人が高層ビルに突撃する。
「【紅蓮】」
「【前鬼】、【後鬼】」
 それぞれの武器を手にして、前を行くは涼香、操。
 紅蓮、一閃。
 その真空の刃は高層ビルの玄関のシャッターと強化硝子をしかし紙切れのように切り裂いた。
 そのまま涼香が突っ込む。
 夜の闇の中、フロアーには誰も居ないのか? いや、居た。吸血鬼たちが。その数、三十。
「数だけ多たかて」
 紛れていた闇から肉食獣のようなしなやかさと素早さを持って襲い掛かってくる吸血鬼どもをしかし、涼香は物ともしない。
 彼女の振り回す紅蓮が、肉薄してくるそれらを切り裂く度に、闇が孕む血臭が濃さを増していく。
 どろりと夜闇が澱を成すように、闇に濃く含まれる血臭もまた、雫を垂らしそうだった。
 胸が悪くなるような不快な血臭が渦巻くそこに少女の声が走る。
「えい」
 気合の声と共に二振りの刀を振るうは操。
 父の角より打ち出したその刀は目の前に立つ鬼を斬り、エレベーターまでの道を作り上げた。
 背を壁に向けて立った操は左肘でエレベーターの開閉ボタンを押す。
 ゆっくりと開いていく扉。
 それを目にし、300メートルほどの距離を一気に走りぬけた。
 ケージに飛び込む瞬間に操にウインクし、
 そして銀色の髪をマントのように翻して振り返った悠姫はまた一体、吸血鬼を斬り捨てた涼香と目を合わせる。二人で頷きあい、悠姫はボタンを押そうとして、しかしケージの扉は閉まる事無くものすごいスピードで上昇を始めた。
 身体にかかる重力に悠姫は舌打ちする。
 激突死。エレベーターをこのまま高速で上昇させて、ケージを叩きつける気だ。もしくは、上まで一気に上昇させた後に、そのまま今度は下に落とすか。
 どちらにしろ趣味の悪い殺し方であり、そして後者が選ばれたようだ。
 最上階まで上昇したケージは今度は急降下していく。このまま下に叩きつけられればケージはぐしゃぐしゃになるはずで………。
 しかし、それはそのままケージに居たらの話で。
 いや、急降下していく重力と質量によってますます落下していくスピードが加速する中でケージから脱出するなど不可能だ。普通なら。
 だが彼女は普通の人間ではなかった。
「防衛システムとか言う割には学習能力無いね」
 甘えるような笑みと声でそう言葉を紡いだかと思えば、悠姫の身体は霧へと転じた。そして彼女はケージのわずかな隙間から脱出し、次に人の形を取った悠姫の足の下でケージが叩きつけられた轟音がシャフト内に響き渡った。
 舞い上がった煙と埃にわずかに眉根を寄せて、悠姫はシャフトの整備用の梯子を上っていく。
 この高層ビルには明らかにおかしな点があった。
 見た目から想像する階数と公表されている階数の違和感。
 いや、ビルの外観には不審な点は無い。明らかに下の階の窓と上の階の窓との間が開きすぎている場所とかがあるとか、そういう事では無いのだ。
 それでも感じられた。違和感が。
 魔力や術などによる効果では無い。そうならば悠姫たちには明確にそれはわかるはずだ。
 つまりそれは普通の人間ではわからず、ただし、悠姫たちのような感覚の鋭い者たちなら何かの違和感を感じるような、そういうモノであるという事で、
 それは即ちは、ただの人間の錯覚を利用した建物という事で、ハッキングによってこの高層ビルを持つ会社のコンピューターに進入し、そうしてこの高層ビルの設計図から隠された階、部屋を発見する事に悠姫は成功していた。
 カードキーか何か、そういうモノを使用しないとおそらくはエレベーターのケージは止まらなかっただろうあるはずのない階のエレベーターの扉を悠姫は鉤爪状にした爪でシャフト内から切り裂き、部屋に入った。
 部屋の温度はひどく冷たかった。そして黒色の長方形の機械がいくつも並んでいて、唸りを上げている。
そのそれぞれの機械からコードがいくつも伸びていて、そしてそのコードはプールに浮かぶ男性のヘッドギアに繋がっている。
 プールはどろりとした液体に満たされていて、その液体の中に沈む彼は口にチューブが入れられていた。それは食道にまで入っていて、流動食のようなモノが流されているはずだ。
 そう。彼は死んではいない。
「来たわよ」
 頬にかかる髪を耳の後ろに流しながら悠姫がそう言うと、周りのモニターに一斉に文字が表示された。
 ―――殺されに?/殺しに?
 冷ややかな空気は機械の温度を下げるための空調のせいだけではない。
 悠姫はふぅーとため息を吐く。
「そのどちらでも。ただ、さすがに私でもこの状態のあなたをここから助け出してあげる事はできないの。だから友達が所属する退魔組織の政治力を持ってあなたをここから助け出してもらう。そのためにはあなたの協力もいるのよ。あなただって、娘さんとは会いたいでしょう? 会いたいから、でももう会えないと自暴自棄になったから、あんな事をした。違う?」
 モニターに表示されたのは三点リーダーだった。
「まあ、賭けといかない? 私たちがあなたを無事に助け出させればあなたはもう一度生きてみる」
 ―――私たち? 私の間違いだろう? いいさ。その賭けに乗る。もしもあなたが私を救えたら、その時は私も生きる。生きよう。
「ん。じゃあ、交渉成立。それが聞きたかったのよ。その言葉が聞けなければ、救えないからね。全てが無に帰してしまう。だから私は、もう一度下に行かなきゃ」



 エレベーターのケージが高速で上昇していくを見届けて、操と涼香はそれぞれに武器を下ろした。
 闇からまた吸血鬼どもがわらわらと出てくる。そしてそれらは突っ立つ操と涼香に肉食獣が集団で草食獣に襲いかかるように群がらんとしたが、それを止める者が居た。
「ダメよ。その二人は売り物なんだから。二日前の同属は彼女らのせいで失敗したからね。だからその損害は彼女たちに払って貰う。あの防衛システムではまず風間悠姫は殺せない。そしてきっと彼女も彼を助けられないし、壊す事も出来ない。おそらくは組織の手助けか、脅しに近い裏交渉でこの会社の母体である軍事産業組織に彼を助けさせようとするんじゃないかな? そのための説得交渉。そしてそれを済ませて彼女は再びここへやって来る。でも、ここへ来た彼女は、この娘たちがもはやスレイブにされている事も知らないで、殺される。その光景をクライアントに見せて、楽しんでもらい、同属の恨みも晴らす。これが私…僕が描いたクリムゾン・プロット。ほら、来たよ。ヒロインが」
 虚ろな表情の操は扉が吹き飛んだエレベーターに視線を向ける。そこから現れた悠姫を見て、前鬼と後鬼を構え、
 その横で涼香も紅蓮を振り上げた。
 二人の背後で、小さな影が笑う。
 悠姫は、表情の無い操と涼香を見て、微笑んだ。それはひどく慈悲深い笑みであり、その光景を見ただけで彼女は操と涼香がどのような状態になっているのか理解したようだった。
「殺れ」
 影が叫んだ。
 転瞬、操と涼香が前に飛び、3本の切っ先が悠姫を貫いた。
「うぐぅ」
 悠姫の口から湿った苦鳴が零れる。
 影が前から出てきて、その姿をあらわにした。それはあの女の子の姿をしていた。
 操がさらにぐりぐりと前鬼をねじ込み、ねじ込みながら女の子の姿をしたそれを振り返った。
「こいつは死にます。それで次に私たちはこいつを殺したらどうしますか? 首を掻き切りますか?」
「いや、それはダメ。あなたたちは大事な商品だから。横浜港から出る船に乗ってもらうよ。船の名前は」
 歌う様に楽しげに船の名前をそいつが口にした時、
 三つの笑い声が、それよりも華やかに美しく詠った。
「ありがとうございます。教えていただいて」
 操は悠姫から剣を抜くと、前鬼を床に突き刺し、空いた右手で携帯電話を取り出して、退魔組織【白神】に連絡を取った。
 そしてそうはさせじと動こうとした吸血鬼たちはしかし、その時になって自分たちが悠姫の捕縛結界に捕らわれている事を知る。
「気付くのが、遅いわよ」
 死人では絶対に浮かべられない華やかで妖艶な笑みを浮かべて、悠姫は額を覆う髪を掻きあげた。
「知らんかった? 全てはうちらの脚本で、この舞台は動いとったって」
 紅蓮の切っ先を女の子の姿をしたそれに向けて、涼香はウインクした。
 そいつは後ずさる。訳がわからない。確かに水上操は自分がスレイブ化させたはずだった。あの台所で魔眼の力によって奴隷にしたはずだ。なのに!!!
「私の中に流れる父の鬼の血は私を守ってくれる、ただそれだけの事です」
「な、なら昼間は???」
 そいつの顔が自分を向くと同時に涼香はひどく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「迫真の演技やったろ? さすがに塩入りの珈琲は不味かったわ」
「すみません。また美味しい珈琲を煎れますから」
「ねえ、知らなかった? いくら姿形を完璧に似せても、あなたは吸血鬼臭いって」
 悠姫の右手の爪が鉤爪状に伸びて、そして次の瞬間に彼女の姿が掻き消えて、次にそれの背後に背を向けて立つ悠姫の背を舞い上がっていた銀色の美しい髪が覆ったと想ったその瞬間、それは身体を袈裟状に引き裂かれて、絶命した。
 闇に携帯電話の着信音が鳴り響く。
 操はその電話で女の子をはじめとする人間が乗せられた船が出港したという情報を得て、上空で待機していた白神のヘリコプターから降ろされた縄梯子に捕まり、移動を開始した。船へと赴き、助けるために。
 そして悠姫と涼香はその場に残り、本命の相手をする事になる。
 そう、吸血鬼ども…昨日の豪華客船の時と同じその組織はあくまで三人が首を突っ込んだ事件に便乗してきただけなのだ。復讐の為に。
 会社側…アメリカ国家の背後に潜む軍事産業はそれで事が済ませられる事を願っていたようだが、そうはならなかった。だから、
 白々しい拍手が闇に鳴り響く。昨日会ったあの男だ。
「いや、本当に素晴らしい。あなた方女性がここまでやるとは。いえ、ほんと、やりすぎですよ。でもまあ、だからこそ、この実験体の良いデーターも得られそうですから、やはり感謝すべきですかな?」
「どっちや? はっきりしいや、男なら。ほんま、これだからインテリは好かん」
「だから感謝ですよ」
「そう。なら、ディナーにでもご招待してもらおうかしら?」
「ええ、とっておきの地獄のフルコースにご招待しますよ」
 男がぱちん、と指を鳴らす。
 彼の背後に潜んでいたそれが飛び出してくる。
 体格の良い白人男性がフルフェイスのヘルメットを被ったそいつは、明らかに人間の規格外の身のこなしをしていた。
 常識ではありえぬほどの動きで涼香に斬りかかり、横一閃のその一撃は確かにかわしたにもかかわらずに涼香の服を切り裂き、胸を露にさせる。
 しかし涼香はそれを隠さなかった。
「悪いけどうちは今は戦士モードなんでね。だから女はこうだ、だなんていう男の妄想は通じへんで?」
 と、言っても女の扱いを知らん男にはこちらもそれ相応の事はさせてもらうけどな。
 口の中だけで呟き、転瞬、不吉で奇怪な軋みの音が闇にたゆたった。
 涼香の目の前に居た男が、剣を落とし、自身もその場に崩折れる。そう、まさしく折れていた。涼香の能力、凶り眼によって男は両手足と腰を折られたのだ。
 それでも脳の改造によって気絶しない男は涼香を命令通りに襲おうとしていた。
「哀れやね、あんた。せやからうちがあんたにとっておきの痺れる子守唄を歌ってあげるわ」
 最後は木(雷)の力を込めた符術による一撃で、完全に男を気絶させた。その後の治療で判明した事だが、この時の一撃で強制的に目覚めさせられていた脳組織は、再び人間の規格内の眠りに入った。
 この間、わずか1分。
 そしてその1分をかけて悠姫の方はもうひとりの男の恐怖に歪む顔を楽しむようにじりじりと近寄って行っていた。
 男の計算では、あの兵士によって一瞬で悠姫も涼香も殺されるはずだったのだろう。しかし実際には兵士は涼香ひとりに手一杯で、しかも倒されてしまった。
 一歩ずつ自分に近づいてくる悠姫はさぞかし恐怖の対象だったろう。
 男は悲鳴をあげ、その場に座り込んでしまった。
 そしてまた悲鳴をあげる。
 いや、その悲鳴は悠姫の事とは無関係だ。涼香も。
 座り込んだ彼を背後から悠姫に爪で切り裂かれ、絶命したはずの吸血鬼が襲い、首を噛んだのだ。一瞬で男は血液を強奪され、
 力を取り戻した吸血鬼は悠姫に襲い掛かった。
 鉤爪状の爪を一閃させるも吸血鬼はそれを避けた。
 そしてそれによって真正面に大きな隙を生んでしまった悠姫の胸に飛び込んだその吸血鬼は信じられぬほどの弾力と軟力を持った首、胴体、手足で彼女を縛りつけた。亀甲縛り、それにも似た拷問特有の縛り方で悠姫を縛りつけ、苦しめる。
 強引な力で無理やり間接をありえぬ方に曲げて固定し、頚動脈をはじめとした血管を締め付ける。
 呼吸もままならず、しかし間接への決めによる激痛によって気絶する事も叶わない。
 涼香は駆け寄ろうとし、しかし、
「近寄るな! 近寄れば、この女、すぐに殺しますよ? 殺させないでください。私、もう少しこの女の柔らかな身体の心地を楽しみたいのですから。ほーら、聴こえるでしょう? 生地が破れる音が。骨が軋む音が。感じてるこの女の喘ぎ声が」
 下卑た快楽を感じさせる笑みと声で、吸血鬼はそう言い、悠姫の豊かな双丘を感じさせるように締め付け具合をさらにきつくした。
 艶やかに紅を塗った悠姫の唇から零れたのは淫らな情事に耽っているかのようなそんな声だった。実際に殺される瞬間のその恐怖を紛らわせるために脳が分泌するホルモンと、情事による快楽時の分泌されるホルモンは似ている。どちらも人を夢見心地にさせるもので、
 そして下卑た思考に塗れた吸血鬼はその悠姫の死の苦痛の中で漏らした嬌声にも似た声に欲情したのか、さらに頚動脈を絞める首を伸ばして、真正面から悠姫の顔を覗き込もうとした。
 それが彼の敗因だ。
 乱れた銀色の髪に縁取られた美貌に、怜悧な女の笑みが浮かんだ。
 それはフリーズ加工された薔薇のような笑み。
 その瞬間に吸血鬼は呆けたような顔をし、
 その顔のまま固まった。
 魔眼メデューサ。眼を合わせた者を石へと変える悠姫の瞳。
「本当に男ってどいつも一緒ね。少し感じてるフリをして腰を浮かしながら声を出してやれば、人の顔を見てこようとするんだから」
 石となって砕け散った吸血鬼に嘲弄の言葉を吐きかけて、悠姫は艶やかに髪を払った。



 上空へと来たヘリコプターに船上が慌しくなった。
 この船の乗船員は吸血鬼と人間。なるべく殺しはしないように、力を無力にする方法を取らねばならない。
 できるか? と、自分に問いかけ、操は笑う。
「やるのよ」
 高さ50メートルの上空から両手に父と母が自分に残してくれた力を携えて、操は飛び降りた。
 叩きつけるような潮風が気持ち良い。
「準備は良い?」
 そう今度は前鬼と後鬼へと問いかけ、望む返事が返ってきた事に満足げに微笑み、
 転瞬、操の瞳が紅に染まった。
「水神(水上)操、参ります」
 甲板に降り立った瞬間にそう宣言し、そして同時に吸血鬼どもと切り結び、斬り捨て、薙ぎ倒していく。
 操を突撃隊長とし、続いて退魔組織【白神】の派遣した退魔師たちも船へと降下、
 甲板での仲間の降下の援護、及び船内の制圧は彼らに任せ、
 操は人質が居るはずの場所へと向かい、
 そして、
「操お姉ちゃん」
 見事に人質を解放した。



【ending】


「なんやつい最近もこうやって海で朝を迎えへんかった?」
 潮風に遊ぶ髪を爽やかに掻きあげながら涼香はおどけた声で言った。
「でも気持ち良いではありませんか。私は好きです。海で迎える朝」
 首筋を触る髪にくすぐったそうにしながら、操は明けていく海を見つめる。
「二人ともまだ仕事は終ってはいないわよ。これからよ。これから。またあのビルに戻って、彼の救出作業があるんだから」
 パンパン、と手を叩く悠姫に、涼香と操ははーい、と素直に応じる。
「何よ、二人とも素直ね」
「だって今晩のお食事は豪勢なディナーやもん。お腹空かしとかなもったいないやん」
「そうですよ。豪華なディナーで、人の奢り。たくさん食べられるようにお腹を空かしときませんとね、もったいないお化けが出ます」
 仲良さげに意見が一致する二人に悠姫は眉間を抑え、記憶を探るような顔をする。
「あれ、私、そんな約束したっけ?」
 これに対して操と涼香は顔を見合わせて、悠姫を指差しあい、そうして二人して悠姫に抱きついて――――、
 しばらく潮の香りがする海辺には互いの頬を引っ張り合ったり、抓ったり、髪をくしゃくしゃとする悠姫、操、涼香たちの楽しそうな笑い声が響いていた。



 →closed



 ++ライターより++


 こんにちは、風間悠姫さま。
 こんにちは、友峨谷涼香さま。
 こんにちは、水上操さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼、本当にありがとうございました。


 前回のお話もちょうど一年前の7月でしたよね。
 だから時間軸のずれとか、そういうのを気にせずに普通に今回のお話はその後直ぐにまた事件に巻き込まれるという形にさせていただきました。
 悠姫さまの発注分にありましたとおりに前作の敵を絡めつつも、また新たな組織が登場です。^^
 


 風間悠姫さま。
 ご依頼ありがとうございました。
 また書ける機会を与えていただけて嬉しかったです。^^
 いかがでしたか? ご期待に添えていると嬉しいのですが。
 ラストの縛り付けられている部分、プレイングに前作とあって、吸血鬼が出てくる、と想ったと同時に人に化けられる軟体の吸血鬼(故に骨格の形成が自由だから)が思い浮かんで、こいつに縛られる悠姫さんが思い浮かび、しかしそんな吸血鬼など歯牙にもかけずに、女の妖艶さと余裕で倒してしまう悠姫さんのカッコいいシーンが連続で思い浮かんで、ここがまず一番最初に出来上がったシーンだったりするのですよ。^^
 悠姫さんのこういうくだらない男の考えなんか見透かした頭の良さとか女の計算力の描写が書きたかったのです。^^
 色々な悠姫さんが書けてすごく嬉しかったです。^^
 そして今回の話作りの核となったのは霧となる能力ですね。
 この能力なら脱出も可能だよな、とか、操られたフリをしている二人に指されるシーンを演出するのもありだ、と想って、それで今回のお話が出来上がっていきました。^^



 友峨谷涼香さま。
 ご依頼ありがとうございました。
 塩の珈琲を半分ほど飲ませてしまってすみませんでした。
 両目を細め、ゆっくりと珈琲を飲むのは、芳醇な珈琲の味を楽しんでいたのではなく、しょっぱい珈琲が拷問だっただけで………。
 でもこの珈琲で、何かがあると掴んだ訳です。女の子が摩り替わっている事にも気づいていましたし。
 最初の方の悠姫さんとの悪ふざけのシーンや、涼屋に行ったフリをしながら操さんを護っていたシーンが好きだったりします。これは無言のチームプレーで、悠姫さんも操さんもそうすると信じていた涼香さんの行動だったりします。
 涼香さんと悠姫さんは本当に良いコンビですよね。書いていて楽しいのです。
 そしてその涼香さんと悠姫さんのコンビにひっぱられる操さん、というのが楽しくって。^^
 雷なんかも良い感じで扱えたりもしましたし。
 あと、胸を隠さずに戦うシーン(しかし流水の如く怒っている)が書いてて楽しかったです。^^ こういう己が信念のために女を捨てて戦う女剣士って好きなのです。



 水上操さま。
 ご依頼ありがとうございました。
 操さんはラストの鬼の血発動の眼が紅に染まるシーンや、前鬼と後鬼の作り出された由縁なんかを書いている時がすごく楽しかったです。
 私はこの設定がすごく好きだったりします。^^
 そしてあとはやはり女の子らしい反応とか、仕草が。
 操さんを書かせていただける時の楽しみだったりします。
 顔を赤くして俯く仕草をする操さんがすごく好きで、かわいらしくって、だから操さんに作中で照れて顔を赤くして俯いてもらいました。
 こういう女の子らしい感じがすごく私は操さんに感じられてしまいます。
 そしてだからこそ、一番最初と最後の退魔師水神(水上)操としての顔、決意、そういうのを書いている時は本当に操さんはすごいなー、と想いました。^^



 そしてラストの皆さんの描写が、本当に楽しかったです。^^
 悠姫さん、操さん、涼香さんの仲の良さ、友情、そういう皆さんの関係を書くのがやはり一番楽しく、幸せでした。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月07日

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