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『蜜蘭香にのせて 』
セレスティ・カーニンガム1883)&空狐・焔樹(3484)&(登場しない)

 空調管理が行き届いているとはいえ自然の脅威に逆らえ切れない自室は、明け方から昼頃になればゆっくりと温度を増し、室内でくつろぐ主セレスティ・カーニンガムの高温、ないし通常の温度よりも多少高くなっただけでも暑く、気だるく感じる身体から有無を言わせずに体力を奪っていく。
「夏もまだ初めだというのに…先が思いやられます…」
 ため息交じりの言葉がぽつりと零れ、これから先何回そう思うのだろうと考えれば余計に心は重くなった。

 元は寝心地が良ければ昼まで寝室のベッドを離れないセレスティも夏の日差しがじわりと窓を通し、伝わってくる中で眠るのは至難の業だ。自身の身体が熱いと感じるや否や、まだ眠り足りないと駄々をこねる重い身体を起こし車椅子に身体を文字通り、横たえるようにして座り少しでもと風通しの良い場所へ移動する。

 カーニンガム低。日本にある一つのセレスティの別荘と言うに近いが、主となる者がここに滞在している限りセレスティの住みやすいようあらゆる手は尽くしてあった。
 が、当然と言えば当然に季節は巡り、日当たりの関係も日の出る時間も変わってくる。それがこと東京となれば砂漠ほどとはいかぬものの、夏の乾き、刺す様な日差しの犠牲は多少なりとも我慢しなければいけない。
「セレスティ様、お体の方は…」
「ええ、なんとか大丈夫です…。 それより少し涼しい場所でくつろぎたいのですが」
 車椅子で屋敷の涼める場所を点々としていれば使用人が気を使って声をかけてくる。
「あまりご無理をされませんよう、セレスティ様」
 行く先々でそう言われては力無く微笑む主に、矢張りこの季節は涼しい国にでも滞在してもらえないだろうかと、五月蝿くなってくる心配の行き過ぎる者達に。
「それはまだ考えておりませんねぇ」
 少しだけおどけて見せながらも車椅子を一度止める。
(でも確かに、渡り鳥のようになってしまう時期です…)
 止めた車椅子は自動製で、この時期に少しでも体力を消費しないよう、椅子部分のクッションから電気式の車に至るまで工夫された品だ。
 その車椅子の背もたれに、涼しい季節ならば凛とした水のような、しなやかな流れを生む髪を流し、薄い絹のシャツを少し肌蹴たセレスティは見栄えこそ艶やかではあったが本人にしてみればこの上なく厳しく、辛い季節である事を知らせ、大抵夏のこの時期になってくると屋敷の使用人達はいたたまれぬ様子で主の良い様にと試行錯誤を繰り返している。
(流石にうろうろし過ぎると皆さんを心配させてしまいますか)
 自動式の車椅子で屋敷を回るのは体力を使わずに動力で風を楽しむ事が出来るからと図書室、美術品の展示場とを回り、さて次はどこへ行こうかと思案した。

「ああ、この時間でしたら…」
 日はまだ空の上、照りつける太陽の下涼しい場所は室内の空調機付近かと踏んでいたが考え直せばそうでもない。
 力無い指で車椅子を操作するボタンを何度か押した後、そうしてセレスティはある涼みの場所へと向かって行った。



 天上の世界から降りてみれば下々の者から五月蝿く戻れとそれはもう様々な手段で連絡が入る。
 空から地上へ、地上から空へと人間の文明である車などの移動手段を必要としない空狐―――青銀の髪を結い上げた女性は、一見するときつい印象にも見える目を更に吊り上げてもう一度地上を蹴った。
(まったく、今暫しゆるりと出来る所はないものか…)
 何処か一箇所に留まればたちどころに天界からの泣き言にも似た「帰ってきて欲しい」という言葉が届き、空狐・焔樹(くうこ・えんじゅ)は眉間に皺を寄せながら少しばかり顔を覗かせてきた、それこそ天界からの茶を持って知人の住むという屋敷へ今、向かっている。
 天上世界の生命、そして能力故かこうして飛び歩いても人間に見つからないというのは騒ぎにならぬという点で良い事であったが、天界からでは一目瞭然なのはいただけない。
 尤も、焔樹が何をしていようがその強力な妖力を探せばその場所はすぐにばれてしまうのだが。

「偶には私抜きで仕事でもなんでもすればよいものを」
 上空に浮き上がり下界を見る。偶にはと口にはしているものの、焔樹の仕事はその殆どが配下の者達が汗水流して泣き言を言いながら片付けている。のだがとりあえずは見ないふりをして。

 気紛れに降りた場所が悪かったのか、少しばかり時間を要したが眼下にはこれでもかと大きく広がる屋敷が東京のこぢんまりとした建物を圧倒するように、美しい均一の取れた庭と共にこの暑さに似合わぬ涼しげな月色の瞳に映った。



「セレスティ、セレスティはおるか?」
「そのお声は…―――」

 カーニンガム邸の庭は何も一つだけではない。東西南北四箇所には必ず配置され、設計も考えられた上で一年中花がセレスティを迎えるように植えつけられ、何より憩いの場として風通しの良い所に屋敷から伸びた廊下を伝い専用のティールームへと繋がっている。
「焔樹さんでしょうか?」
 この暑さの中、不本意にも朝から叩き起こされてしまったセレスティは屋敷と木々で丁度日陰の出来る、この屋敷では少しばかり珍しいオリエンタルな装飾品や調度品の占める一室でくつろいでいた。
「ああ、暫く…かもしれぬな。 暑さで参っておろう? 訪問はまた今度にするか?」
 降り立った青銀の狐はセレスティの側に寄ったかと思うと瞬く間に女性の姿となり、天女のような淡い桃の中華服を纏って微笑む。
 天女、そう言っても少しばかり露出の激しい中華服は色こそ地味な方ではあったが焔樹の性格と、矢張りこの暑さを物語った露出を備えている。
「いえ、それには及びませんよ。 涼むのは二人でも出来る事ですし、ああ、おもてなしが遅くなって申し訳ないのですが…」
 焔樹はカーニンガム邸の門ではなく直接この部屋に来てしまったものだから、使用人達が紅茶など気の利いた事をしてくる筈はない。
 咄嗟にそう思い使用人を呼ぶベルを手に取れば苦笑の表情を浮かべているのか、少しばかり眉を細めた焔樹の手が音を遮る。
「ここの茶も美味ではあるが…今日は手土産を持ってきての。 涼みながら共に楽しまぬか?」
「手土産…お茶、ですか?」
 焔樹が今まで手にしていた気付かぬ程の小さな包みはよく市販で売られている銀紙で包まれたものでもなければ、セレスティがよく知る包装のものでもなく、ただ包みを開け、更にティーパックのような薄紙を開けば濃厚な花の香りが部屋を包む。
「そうそう手に入らぬもの、という程大袈裟ではないが…ここの茶室に丁度良かろうと思っての」
「中国茶、ですね」
 暫し茶葉を眺めたセレスティが甘い花の香りに柔らかく瞳を細めながら。

「では、今日は焔樹さんがお茶を入れてくださる。 と?」

 この言葉が出た時、焔樹の表情はほんの少しだけ凍りついた。
 勿論、セレスティに悪気があったわけでも他意があったわけでもなく、単純に中国茶ならば焔樹が適材だろうとそういう意味ではあったのだが。青く澄んだ瞳が子供のように一度止まった女性の顔を何故だろうと少し覗きこみ、矢張りわからぬと首を傾げる。
「あ、ああ。 そうじゃな、良かろう。 うむ」
「いえ、なんでしたら屋敷の者にでも…」
「大丈夫だ…」
 セレスティの見る限りではいつもその堂々とした態度を崩さぬ焔樹が声をどもらせながら何度か頷き、面倒なのかと屋敷の人間に淹れさせようとすれば大丈夫とまるで自分にでも言い聞かせるように断られた。
 実際、焔樹は「家事全般の仕事は壊滅」という言葉が相応しい程に生活の出来ない人物であったが確かに、茶を淹れる程度ならば問題はない。
 ただ、慣れないだけなのだ。
 ティールームからはそれ程離れぬ位置に紅茶を淹れる専用の部屋はあり、洋式であるセレスティの屋敷に和風の、それこそ抹茶をたてる道具までは祭り事でもない限り揃えていなかったが、そのセレスティにも使用人にも見られぬように茶を淹れる―――つまり誰にも慌てふためく様を見せずに済むという事が焔樹にとっては有難かったようで。
「では少しばかり時間をもらおうか…。 待たせてすまぬな」
「いいえ」
 ここまで来ればなんとなく焔樹が家事全般を苦手としている事がセレスティにも理解でき、茶を淹れる事に対して承諾してくれたのだからと少しばかり味に期待していいのか、不安であるべきか考えて車椅子の背もたれに身体を預ける。

(無理をなさらなければ…いいのですが)
 焔樹が部屋を出てまた水を打ったように静けさを取り戻した空間。
 ただ風の柔らかな音が木の葉を伝って耳に届くばかりであったが時を少しばかり待てば、桃の香りがセレスティの嗅覚を誘うように刺激し始める。
「うむ。 出来たぞ、待たせたな」
 何やら満足げな声と共にもう一度ティールームの扉から姿を現した焔樹はテーブルに硝子細工のポットとカップを並べながら琥珀のように輝く茶を淹れ、セレスティに手渡した。
「すみません、おもてなしをするのは此方だというのに…」
「いや、構わんさ。 それより…どうじゃ、茶の味は?」
 少しばかり朱を灯した焔樹の頬は暑さからよりも茶を淹れるのに少し手間取った事を意味していて、セレスティは苦笑しながらカップに口を付ける。
「冷たい…ふふ、美味しいですよ」
 手渡された時から分かってはいたが焔樹の淹れた茶は冷茶。なんだかんだと料理やその手の物が苦手と出ても矢張り女性の細やかな気遣いが見て取れ、手土産とされた茶独特の甘い口当たりがセレスティの身体を涼ませてくれた。
「ふむ、そうであろう」
 感想を聞いて一言、まるで今までの動揺などなかったかのように振舞う焔樹は、自らもカップに口を付け、茶を味わう。
「冷茶なぞをゆっくり飲むのも久しいからな…たまにはこうして嗜むのも良いのかもしれんの」
「ええ、そうですね。 今度また頂けるのでしたらその時は是非、今日のように美味しいお茶を淹れて下さいね」
 ティールームに備え付けられたソファに座りセレスティと同じようにしてくつろぐ青銀の髪と、人の姿の時には極力隠していた焔樹の尻尾がびくりと動き、少しだけまた少し眉を顰めた。
「ま、まぁ気が向いたら淹れてやらん事もない」
「ええ、その時を楽しみにしています」
 苦手な事とはまた少し違うが、それでも慣れない事をやってみるのは良い事です。そんな風に少しだけ意地悪な悪戯を口にするセレスティは冷茶の甘い口溶けと、柔らかく撫でられる風によって意識がどんどんと睡魔に飲み込まれていくのを感じる。

「焔樹さん、楽しみついでにもう少し此方によってもらえませんか?」

 昼間までが大抵の睡眠時間であるセレスティにとって今日、そしてこれからの季節は身体的にハードであると言えるだろう。
 側にある柔らかな毛並みは布団に潜り込めない代わり、いやそれ以上かもしれない。
「なんだ? こうかの?」
「ええ、その位置で」
 大きく焔樹の背中をくるむようにして背中の大半を占める青銀の尻尾。
「…? 尻尾、か?」
 それに指を絡め、ぬいぐるみにするように顔を埋めて車椅子の背もたれではなくその柔らかい温もりに頭を預けてしまえば、一度触れられ何事かと顔を顰めた焔樹の苦笑するような微笑が心地よく、意識に入ってくる。
「全く、仕方ないの。 そんなに心地よいものか…」
 喉を鳴らし、カップの茶を飲みながら焔樹は眠りに誘われていくセレスティを見つめた。
 車椅子から身を乗り出し、そのまま焔樹の尻尾に頭を寄せているものだから寝心地が悪そうにも見え、少しだけその位置をずらし体勢を整えてやれば小さな言葉で有難う御座います、と返って来る。
「構わんさ、それよりまた遊びに来させてもらうぞ?」
 アポイント無しで突然と。また天界を抜け出し、涼みが欲しくなった時にはふらりと。

 気の向くまま、風の吹くまま桃と蘭の香りを放つ茶は午後の日差しを淡く反射させながら、ほくそ笑む空狐の姿をも照らしているのだった。




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東京怪談
2006年07月06日

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