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『幸せの加減 』
三葉・トヨミチ6205)&(登場しない)

 工事現場の警備員のバイトはきつい。
 悪天候だと休みになるし、日給はかなりいいのだが、炎天下でずっと立っていると体中の水分が、全部汗になっていくのではないかと思う。
「今日も暑いな…」
 そんな事を思いながら三葉 トヨミチ(みつば・とよみち)は、やって来るトラックを誘導していた。
 もうすぐ自分が代表を務める劇団の、第一回旗揚げ公演の場所が借りられそうだったのだが、実はまだ劇団名が決まっていない。それに練習場所だけでなく、舞台を借りるにも何かとお金がかかる。劇団をやっていて儲かるのはほんの少しで、自分達のような小劇団の多くは日々こうやってバイトで金を稼ぐことによって、何とか運営されていると言っても過言ではない。
「『君も人生を棒に振ってみないか』っていう団員募集のコピーを見たことがあるけど、あれは秀逸だったな…」
 ここしばらくトヨミチが考えていたのは、自分の劇団をどんな名前にするかということだった。出来れば人が見て覚えやすく、そして意味があるものがいい。だが、そう考えれば考えるほど言葉の迷宮というのは深く、なかなか「これだ」というものが思い浮かばない。
「おーい、休憩だ」
 その声でトヨミチはふと我に返る。時計を見ると、ちょうど正午にさしかかろうというところだった。少し考えるのをやめて、仕事仲間と話をするのもいいかもしれない。
「はーい、今行きます」

 仕事仲間から缶コーヒーをもらいながら、トヨミチは自分が作ってきたおにぎりを食べていた。弁当も自分で作れば少しは食費が浮く。
 そんな事を思いながら昼食を食べていると、同じ警備会社で働くの年かさの社員がトヨミチのおにぎりの上に卵焼きを乗せた。
「三葉君、おにぎりだけじゃ体持たんよ」
「ありがとうございます。いただきます」
 それを美味しそうに食べるトヨミチに、周りで食事をしていた現場の皆も和やかに笑ったり、煙草を吸ったりしている。
「三葉君は、社員になる気はないのかい?」
 その言葉を聞き、トヨミチは少しだけ俯いた。
 この会社は待遇も給料もいい。真面目な仕事ぶりが気に入られたのか、それとも二十七歳の身でバイトという自分を心配してか、社員として勤めないかと誘いを受けている。
 だが、それではダメだということも、トヨミチは理解していた。
 自分が本当にやりたいのは演劇だ。それも、小さい劇場でいいから人を感動させられるような演劇がしたい。演出や脚本の腕を見込まれてプロに誘われたこともあったが、スポンサーがつくと色々な関係で自分がやりたいことが出来ない。
「………」
 もしかしたらそれは、とてもわがままなことなのかも知れないとも思うのだが、それでも一度限りの人生なのだから自分が思うとおりに生きてみたいのだ。
 トヨミチは缶コーヒーを一口飲み、ふうっと息を吐く。
「すいません…俺、他にやりたいことがあって、その為にバイトしてるんです」
「へぇ、兄ちゃんアレかい?旅行とかか?」
 弁当を口にほおばりながら話しかけてくる、トラックの運転手にトヨミチは首を振った。
 そういえば、ここで働く人たちには自分が演劇をやっていることを、一回も話したことがない。
「いや、実は俺、劇団やってるんです」
 トヨミチがそう言うと、周りで弁当を食べたりしていた皆が興味深そうに顔を上げた。自分に話しかけてきた運転手も、頷きながら笑っている。
「じゃあ兄ちゃん役者かい?」
「えーと、役者もやりますけど、演出とか脚本が主です…もうすぐ第一回の公演なんで、場所を借りるお金を稼いでいるんです」
「役者さんか…でもやりたい事があるってのは、若いうちには大事なこった。な?」
 運転手の言葉に、周りの皆が頷く。それが何だか意外だった。
 よく人にこの話をすると「いい歳なんだから身を固めて」とか「夢だけじゃ食べられないよ」などと言われるのだが、ここでは誰もそんな事を言わない。
 するとその運転手は、トヨミチのおにぎりの上に手作りらしい漬け物を乗せた。
「俺も昔は、だらだらとアジアあたりに旅行したいと思ってたことがあったんだよ」
 その言葉に、周りでどっと笑い声が上がる。同じ建設会社で働いているらしい、自分より若い青年がペットボトルのお茶で弁当を飲み下しながら喋る。
「うわ、それ俺知らなかったッス」
「…そうなんですか?」
 そうトヨミチが聞くと、運転手は弁当を横に置いて煙草を取り出した。
「まあな…でも、そんな時に今の母ちゃんと出会って、ガキも出来ちまってな。その時に考えたわけよ『両手に幸せを抱えるためにはどうしたらいいか』ってな」
 幸せ…。
 その言葉にトヨミチは思わず息を飲んだ。何だろう、素晴らしい脚本や芝居を見るときのような不思議な感覚がする。この後に聞く言葉は、きっと自分の糧になる…そんな気がする。
「答えは出たんですか?」
「ああ。『幸せは片手で掴めるだけで充分だ』ってな。両手一杯に物を持ってると、母ちゃんだけじゃなくてガキが出来たときに落としちまうだろ。片手は次の幸せのために常に開けておくべきだって悟った訳よ」
 ああ、それが答えだったのか。
 自分の名字の「三つ葉」が四つ葉に一つ足りないのは、その開いた部分に幸せを入れられるようにと、誰かがくれたメッセージだったのかも知れないと。
 思わずそれに微笑みながら、トヨミチはその言葉に頷く。
「いいですね…奥さん幸せでしょう」
「ば、馬鹿野郎、そんなにしみじみ言われると照れるじゃねぇか」
「愛妻家なんすよ、さっきの漬け物も奥さんが漬けたって皆に食べさせまくってるぐらいですから」
 パシン!と運転手が青年の頭を叩く。
「余計な事言うな!まあ、こいつも『自分で大学行く』って、金貯めてるんだよ」
 頭を叩かれた青年は、それに狼狽えながら小さくなる。
「そうなんですか?」
「ええ…妹とか弟多いんで、自力で金貯めて大学行こうと思って」
 恥ずかしそうにそう言う青年に、トヨミチはゲーテの言葉を思い出した。

 なぜいつも遠くへばかりいこうとするのか?見よ、よきものは身近にあるのを。
 ただ幸福のつかみかたを学べばよいのだ。幸福はいつも目の前にあるのだ。

 自分も同じだった。
 劇団名を決めようと、遠く遠くを見つめていて自分の近くにある物を見逃していた。
 両手一杯に幸せを集めようとして、その隙間から大事な物を取りこぼすところだった。
 トヨミチはもらった漬け物を口にしながら、その幸せをしっかりと噛みしめる。自分もいつかこんなふうに、すぐ近くにある幸せを感じさせるような芝居がしたい。自分達の芝居を見て「幸せ」がすぐ側にあることを感じてもらいたい。
 確かにこれからが大変なのかも知れない。旗揚げ公演がゴールではなく、そこからがスタートなのだ。でも、そこまでこぎ着けられる自分は、絶対幸せを手にしている。
 片手だけの、そして四つ葉に一枚足りない幸せを…。
 それを見ていた運転手が、弁当を食べ終わり立ち上がる。
「大変だろうけど頑張れよ。有名になったら『一緒に仕事したことがある』って自慢するからよ。三葉トヨミチってちゃんと覚えとくからな」
「はい。旗揚げ公演の時は是非来てください」

 その日、バイトを終えた後稽古場に顔を出し、夜遅く家に帰ったトヨミチは眠い目をこすりながらパソコンを立ち上げていた。
 公演の出来そうな会館が借りられる目処がついた。だが、まだ肝心の劇団名が決まっていない。
 そのファイル名にトヨミチは『HAPPY−1』と名前を付けた。

 皆さんはじめまして。劇団HAPPY-1代表の三葉トヨミチです。
 自分が代表になった経緯はよく覚えてないのですが、今にして思うと劇団名をこの「ハッピーマイナスワン」にしたいがためのみんなの陰謀のような気がしてなりません。先程ご紹介した通り僕の名字は三つ葉です。幸福の四つ葉のクローバーにはどうしても1枚足りないのです。
 しかし思えば三つ葉のクローバーは決して幸福のシンボルではありませんが、どこにでも見つけることの出来る草です。そして四つ葉はいつも必ず三つ葉の群れの中に隠れているのです。
 結局のところ僕たちはそんな芝居がしたくて集まったのかもしれません。完全無欠の幸せには届かないどこにでもある日常、本当の幸せには後1枚がどうしても見つからない。そんな平凡で絶望的な日常を送る皆さんにとって、僕たちのお芝居が最後の1枚の葉を手に入れる鍵となれるならこんな嬉しいことはありません。
 どうか、今日の舞台が皆様にとっても僕たちにとっても幸せなものとなりますよう。
 劇団HAPPY-1代表・三葉トヨミチ

 初夏のある日、その『劇団HAPPY-1第一回公演チラシ』を見ながら、会場の前である夫婦が花束を持ちながら仲良さそうに話していた。
「あなたが言ってた子ね。お芝居なんて結婚してから見に行くの初めてだから、何だか緊張しちゃうわ」
 妻らしき女性は微笑みながらチラシに目をやっている。その時強い風が吹き、かぶっていた帽子が飛びそうになった。それを男性がしっかり押さえる。
「ほら、今日は風強いから気をつけろよ」
 会場の入り口でやってきた客一人一人に頭を下げていたトヨミチが、二人にに気づき笑う。
「今日はようこそいらっしゃいました。最後までごゆっくりお楽しみ下さい」

fin

◆ライター通信◆
ご指名ありがとうございます、水月小織です。
「日常や人間性が見えるノベル」とのことでしたが、チラシの内容を見て「劇団名を決めるきっかけ」のような「幸せ」をキーワードにした話になりました。
劇団をやっている人は皆さん色々バイトをしていると言う話ですので、警備員のバイト中の出来事…というシチュエーションが頭に浮かびました。どうしてコンビニとかじゃないのか謎です。
お気に召さない場合は、リテイクなどご遠慮なくお願い致します。
では、ご縁がありましたらまたよろしくお願い致します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年07月05日

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