『Rivaie 』

桜井・瀬戸（6531）＆狐神・九天（6578）＆草間・武彦（NPCA001）

「ここは子供の遊び場じゃないんだが」
「別に遊びに来たわけじゃないです」
　梅雨明け近いある日の夕方…草間興信所の応接セットで、草間武彦と桜井 瀬戸（さくらい・せと）は、エアコンの効いた室内でそんな会話を交わしていた。テーブルの上には氷の入ってない麦茶が置かれ、雫がテーブルの上で水たまりを作っている。
　何度か顔を合わせたことがあるせいか、瀬戸は学校帰りなどによくここに顔を出すことがあった。だが特に仕事を手伝うわけでも何でもなく、麦茶を飲んで応接セットで自分が買ってきた妙な怪奇雑誌を読んで、あげくそれを置いて帰ったりする。
　そしてそれを見た客が『流石怪奇探偵、置いてある雑誌も違う』と、妙な勘違いをするわけで…。
「ところで草間さん、ここ寒くありませんか？」
　瀬戸は麦茶を一口飲んだ後、何だか寒そうに自分の腕をこする。
「うちはクールビズ実施中だから、エアコンは湿気とり程度にしか使ってない」
　何というか、いつも思うのだが瀬戸はつかみ所がない少年だ。何を考えているかも表情からは読みにくいし、巻き込み型マイペースな性格をしている。そんな事を思っていたときだった。
「お前、もしかして風邪ひいてないか？」
　よく見ると瀬戸は何だか目が潤んでいるし、さっきから寒いと言っている。思わずテーブル越しに額に手を当てると、かなりの熱があるようだった。だが瀬戸は、それに構わず麦茶を飲み干す。
「ああ、寒いのは熱があったからか…これはうっかりです」
「うっかりじゃない、家まで送ってやるから住所教えろ！」

「暇だ…」
　一方瀬戸の自宅では、瀬戸が使役する使い魔の一人である狐神 九天（きつねがみ・くのあま）が、冷蔵庫の中に入っていた鮎の甘露煮を食べていた。
「この時代はいつでも美味い鮎が食えるのは便利だが、瀬戸の人使いが荒いのが難点だ」
　九天はそんな事をぶつぶつと呟きながら甘露煮に箸を伸ばす。
　瀬戸に飼われることに文句があるわけではない。文句はないのだが、お互いの考え方の違いか顔を合わせると悪態ばかりついているような気がする。昨日も瀬戸に「コンビニまで行ってポテトチップとジュース買ってきて」と言われ、派手なケンカをしたばかりだ。
「全く、俺は瀬戸のパシリか…帰ってきたら、その辺りをまずはっきりさせねば」
　そんな事を思いながら甘露煮を食べ終わり、食器を台所まで持って行く。ちなみに甘露煮は自分に買われたものではなく、昨日のパシリの腹いせに冷蔵庫に入っていた物を勝手に食べた。帰ってきたらまたケンカになるかも知れないが。
　ガチャ…と鍵の開く音がした。九天は溜息をつきながら鬼の面を着け玄関に出る。
「早いお帰りだな。またサボリか？」
　だがそこにいたのは、瀬戸を抱えた草間武彦だった。武彦は家の中から直衣姿に鬼の面をつけた者が出てきたことに一瞬言葉を失いながらも、瀬戸の顔を見る。
「どちら様で？」
「それは俺の台詞だ。何で瀬戸を抱えているのだ？」
　二人がそう言うと、瀬戸は眉間に皺を寄せながも、ふらふらと靴を脱いで家に入った。どうやら言葉を吐くのも面倒なほどだるいらしい。
「九天、その人は怪奇探偵の草間武彦さん…」
　それを聞き、九天は瀬戸がいつもと調子が違うことに気が付いた。いつもなら「ただいま。今日も暑苦しそうだね」とか悪態の一つもついてくるのに、足下もふらふらしているし何だか大人しい。
　九天は瀬戸が脱ぎ散らかした制服を拾いながら、自室へ向かう瀬戸を追いかけた。その後を何故か武彦もついて回る。
「ああ、怪奇現象専門の探偵とか言ってた奴だな」
「俺は普通のハードボイルドな探偵です」
「自称ね…ああ、九天。俺のパジャマってどこに入ってたっけ」
　その態度に九天は溜息をついた。瀬戸の部屋だというのに、どうして自分の方が物のある場所を知っているのか。
「タンスの二段目だ。帰ってきてすぐ寝るとは、珍しいな。よっぽど真面目に授業でも受けたのか？」
　瀬戸はそれには答えず、さっさとパジャマに着替えるとベッドに倒れ込んだ。武彦は瀬戸に一生懸命布団を掛けてやる。
「草間さん、俺寝ますんで、後は適当にお願いします」
　そう言うと、瀬戸は布団を頭からかぶって本当に寝てしまった。

　使い魔と探偵という、お互い妙な自己紹介をした後、九天は武彦から瀬戸が風邪を引いたということを聞いた。
「で、この家に風邪薬とかあるか？なかったら買いに行ってくるけど」
　武彦の問いに九天は首を横に振った。洗濯物をたたまされたりしているので、服などに関しては場所が分かっているのだが、自分が仕えるようになってから瀬戸が病気になった所を見たことがない。
「俺はどうしたらいいんだ？」
　面を着けたままでそう言う九天に、武彦は台所の冷蔵庫などを見た。それは見事なまでに、風邪ひきに食べさせられそうなものが入っていない。冷凍庫も同じだ。
「うーん、こりゃ他にも買い物しなきゃダメそうだな。九天とか言ったっけ？俺ちょっと買い物行ってくるから、それまで瀬戸の看病しててくれ」
「看病？」
　武彦がその言葉に頷く。何だか先ほどの様子では、瀬戸と九天はあまり仲が良さそうに見えなかったが、まさか使い魔を買い物に出して自分が看病するわけにはいかない。
「ああ、頭冷やしたり、布団かけたりするだけだから。なるべく早く帰ってくる」
　……看病。
　そう言われても九天にはよく分からない。そもそも霊的な存在である九天は病気になることもないし、病人の世話などしたこともない。だが、武彦は「よろしく」などと言い、自分が質問する間もなくあっという間に出かけていってしまった。
「困ったな…」
　とりあえずそっと瀬戸の部屋に行き、顔をのぞき込む。
「大丈夫か？」
　返事はない。
　瀬戸の返事がないので、朝起こすように九天は頬をつついた。すると、いつもと違い指先に熱を感じる。その熱さに一瞬吃驚し、九天は困ったように辺りを見回した。
「頭を冷やせと言っていたな」
　辺りに頭を冷やせそうな物はない。九天は台所に行き、冷凍庫を開けた。中にはアイスや凍った食材などが入っている。
「これが適当か？」
　そう言って九天が掴んだのは、ラップでくるまれた生イカだった。それを持ち瀬戸の所に行きそっと頭に乗せると、冷たい感触に気付いたのか瀬戸が目を開ける。
「九天、草間さんは？」
「あいつは買い物に行ったぞ。頭を冷やせと言われたから、冷やしてやる」
　心配そうな声の九天に苦笑しつつも、瀬戸は頭に手をやった。
　…何だか妙な物が乗っているような気がする。それに心なし生臭い。朦朧とする頭でそれをよく見て、瀬戸は自分の頭の上に乗っていた物を理解するのに一瞬固まったあと、無言でそれを九天に投げつけた。
「………」
　どうして熱を出したあげく、頭にイカを乗せられなければならないのか。
　だが、九天はどうしてそれが投げつけられたのか分からず、それをもう一回瀬戸の頭にしっかりと乗せる。
「九天…僕が具合悪いからって、なかなか小粋な嫌がらせをするね」
「俺は『頭を冷やせ』と言われたとおりにやっているのに、何故怒られなければならんのだ」
　その言葉に瀬戸は無理矢理起きあがった。これ以上自分の頭の上でイカを解凍されるわけにはいかない。
「病人の頭にイカを乗せるな」
「…じゃあ、どうやって頭を冷やせばいいのだ」
　その困ったような声に、瀬戸は九天が本当にどうしたらいいのか、本当に分かっていないことを悟った。思えば九天は霊的な存在で、自分の体調不良が霊的なものであれば退治もたやすいだろうが、肉体的な疲労感などは分からないのだ。
　だからといって、何故イカを選んだかの真意は謎だが。
　瀬戸はもう一回布団に倒れ込み、ふっと笑う。
「タオルを水で濡らして、それを絞ったのを頭に乗せてくれればいい」
「そんなものでいいのか？もっと冷やさなくていいのか？」
　心配そうに顔をのぞき込む九天の手を、瀬戸はそっと握る。九天の冷たい手が、ほてった指に気持ちいい。
「それで充分だよ…あと、僕のパジャマと下着の着替えを用意しておいて。多分熱が下がるときに汗かくから」
「他にして欲しいことはないか？」
「ああ、冷蔵庫に鮎の甘露煮が入ってるから食べなよ。鮎好きだろ？美味しいって評判の所で買ったやつだから、九天も納得すると思うよ」
　その言葉に九天は瀬戸の手を握り替えした。いつもと違う熱さに、瀬戸がこのまま何処かへ行ってしまいそうな気持ちになり、胸が詰まる。
　自分が勝手に食べてやったと思っていた物は、本当は瀬戸が自分のために買ってきた物だったのだ。それをちょっと使いに出された腹いせに食べてしまったとは。
　瀬戸は自分の主なのだから使われるのはある意味当然なのに、どうしてそんな事をしてしまったのだろう。もしかしたら、このまま瀬戸が死んでしまうかも知れないのに。
「瀬戸…死ぬなよ」
　そんな事をぽつりというと、瀬戸は布団の中でクスクスと笑った。
　いつも顔を合わせばお互い悪態をついてばかりなのに、今日は何だか風邪のせいか調子が狂う。
　いや、悪態をつくのは瀬戸が九天を信頼しているからなのだ。信頼していない相手に悪態をつくほど自分は子供でもないし、こうやって砕けた口調で話しているのも九天を信頼して自分の弱いところを見せてもいいと思っているからで、決して九天を嫌っているわけではない。それに嫌っているのであれば、わざわざ側に置く必要もない。
「死なないよ、風邪ぐらいで。それより早くタオル持ってきて…頭熱くて脳細胞が煮える」
「分かった。すぐ来るから待ってろ」

「おーい、帰ってきたぞー」
　武彦がそう言いながら家に入ると、全く返事がなかった。確かに途中で渋滞に捕まり帰るのが遅くなったが、その間に病院に行ったとは思えない。武彦はそっと瀬戸の部屋のドアを開けた。
「なんだ、仲いいじゃん」
　ベッドの中では、頭に濡れタオルを乗せた瀬戸に寄り添い金毛の狐が寝ていた。これならきっと暖かいに違いない。武彦は苦笑しながら買ってきた物を置き、二人を起こそうとして、ベッドの横に妙な物があることに気付く。
「…何でこんな所にイカがあるんだ？」
　考え込む武彦をよそに、瀬戸と九天は仲良く心地よい眠りを味わっていた。

fin

◆登場人物（この物語に登場した人物の一覧）◆
【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】
6531／桜井　瀬戸／男性／18歳／学生
6578／狐神 九天／男性／999歳／神霊・使い魔

◆ライター通信◆
はじめまして、ご指名ありがとうございます。水月小織です。
シチュノベのツインは初めてだったのですが、「仲が悪そうに見えて実は信頼し合ってる」と言うことで、風邪をひいた瀬戸君を九天さんが看病する…という話にしてみました。霊的存在である九天さんは看病したことなさそうですし、使役者が使い魔に弱みを見せるのも珍しいだろうなと思い、風邪バージョンを取りました。
冷凍庫の中から何故「イカ」を選んだのかは謎です…細長くて頭に乗せやすそうだからということにでもして下さい。タイトルの「Rivaie」は、ドイツ語で「好敵手」という意味です。
何か気に入らない所などがありましたら、リテイクは遠慮なくお願いします。
では、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。　

PCシチュエーションノベル（ツイン）

水月小織

東京怪談

2006年07月03日