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『気になる熊 』
藤井・葛1312)&藍原・和馬(1533)&熊太郎(NPC3751)


 明るい日差しが差し込む、大きな硝子のウインドウ。BGMは落ち着いた音楽で、変に騒ぎ立てる客も居ない。深みのある味のコーヒーは何倍でもお代わり自由で、ハムタマゴサンドと照り焼きチキンサンドが有名。甘いものが好きならば、店独自で作っているという手作りケーキや、様々なアイスクリームとソフトクリームを使った欲張りパフェも人気がある。
 そんな喫茶店がぽつりと建っていた。
 美味しくて落ち着けるいい喫茶店だが、ちょっと入り組んだ路地裏にあるからか、客が待たされることは殆ど無い。店内が広いのも功を奏しているのかもしれない。
「やっぱり、ここのハムタマゴサンドはおいしい」
 藤井・葛(ふじい かずら)はそう言って、サンドイッチを頬張る。
「こっちの照り焼きチキンサンドだって美味いぜ?」
 藍原・和馬(あいはら かずま)はそう言って、サンドイッチをひょいと口に放り込む。
「一つ、交換しよう」
「お、いいな」
 二人はにこにこと笑いながら、互いのサンドイッチを交換する。二人とも、真ん中の一番具がしっかり入っているところを交換する。既に、この喫茶店でサンドイッチを交換する際の暗黙の了解になってしまっている。
「ここ、やっぱりいいな。落ち着くし、おいしいし」
 葛が言うと、和馬はにっこりと笑って空になったコーヒーカップを掲げる。
「コーヒーも飲み放題だしな」
 そう言うと、和馬は店員を呼ぶ。コーヒーのお代わりを貰う為だ。店員は快く、コーヒーのお代わりを持ってきた。
 カラン。
「いらっしゃいませ」
 ドアが開いた音がし、店員が声をかける。が、その動きはそこで止まってしまっていた。不思議に思った和馬は、店員の視線をたどる。
「……おい、葛」
「ん?」
 和馬に言われ、葛も視線をたどる。そして、思わず絶句する。
 そこにいたのは、熊のぬいぐるみ。つまりは、テディ・ベアだ。
「熊だ」
「熊、だよな」
 二人は呆然としつつ、そのやってきた熊を見つめる。彼はきょろきょろと辺りを見回し、空いている席に座る。
「あ、あのう」
 店員がおずおずと熊に話しかける。
「あ、これは失礼しました。僕は熊太郎と言う、単なるテディ・ベアです。怪しいものではありませんから」
 びし、と前足を上げながら熊太郎は断りを入れる。思わず店員もそれに圧倒され「はあ」と頷く。マニュアル通り、メニューを熊太郎の前に差し出す。熊太郎はそれを前足で器用に取り、広げてから考え込む。
「コーヒーをください。ホットで」
「あ、はい」
 店員は伝票に注文を書き込み、軽く一礼してその場を去る。
「……熊って、コーヒー飲めるっけ?」
 ぽつり、と和馬が呟く。
「どうだろうな」
 葛も、ぽつりと呟く。
 様々な怪奇事件を体験してきている二人にとって、テディ・ベアが動いているというのは特に驚くべき事ではない……筈だ。
「というか、あれは熊のぬいぐるみだよな?」
「そうだな。ふわふわだもんな、表面」
 もふもふとする表面を見つめ、二人は言い合う。熊太郎がぬいぐるみなのは間違いない。それが動いているのも、今までのことを考えれば特に驚くものではない。
 問題は、コーヒーを飲むかどうかだ。
 コーヒーとは、つまりは液体だ。ぬいぐるみといえば中身が綿であることが多いというのに、コーヒーなんて飲んでいいのだろうか?中の綿が湿ってしまいそうだ。
「なあ、あの熊って何か見ていないか?」
 和馬が熊太郎の視線に気づき、指差す。葛がそちらを見ると、確かに熊太郎は店内の一転に視線を集中させている。
 そこにいるのは、女性。
 女性は熊の登場に気づかないのか、周りに気づくことなく雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいる。
「あの人を、尾行でもしているのかな?」
「熊のぬいぐるみが?」
 怪訝そうな和馬に、葛は「うん」と頷く。
「だって、あの熊ってずっとあの人を見ているし。あの人は気づいていないけど」
「そりゃそうだが」
「と言うことは、あの熊はあの人を尾行しているって事じゃない?あの人にばれないように」
 葛がそう言うと、和馬は「にしても」と真顔になる。
「ばれないように、というのは可能なのか?」
「どうなんだろう?まだ、ばれてはないみたいだけど」
「いや、だって熊のぬいぐるみだぜ?目立つだろう、あれは」
 それ以前の問題だ。目立つ目立たないよりも、世間の人はまず熊のぬいぐるみが動いている事が問題となる。まあ、そこは数多くの怪奇現象に対峙してきた二人ならではの観点ではあるのだが。
「周りの客も、気にしてるしな」
 葛はそう言い、熊太郎周辺の客を見る。客達はひそひそと「熊だ」「熊のぬいぐるみだ」と口々にいい、熊太郎をちらちらと見ている。
 明らかに、目立ちまくっている。
「お待たせしました」
 店員はそう言って、熊太郎にコーヒーを出した。熊太郎は「どうも」と言って受け取り、コーヒーカップを口元へと持っていってすする。
 明らかに飲んでいる。
「飲んだな」
と、葛。
「飲んじゃったな」
と、和馬。
 二人の目線は、熊太郎の腹部にある。飲んでいるのならば、腹の辺りからコーヒーの液体が染みてきても可笑しくない。いや、何なら口周りの表面がしっとりとぬれてきても可笑しくはないのである。
 だが、どれだけ目を凝らしてもコーヒーは染みていない。少しも、熊太郎の表面の色に変化は起きないのである。
「飲んで、いるのか?」
 ごくり、と喉を鳴らしながら呟く和馬に、葛は「え」と声を上げる。
「だってあれ、ぬいぐるみだぞ?」
「だけど、染み出してきてない辺り……本当に飲んでいるとしか思えないぜ」
「そりゃそうだけど」
 二人が話していると、店員も気になったらしくじっと熊太郎を見つめていた。熊太郎はその視線に気づいたらしく、店員に向かってちょいちょいと前足を動かす。店員は慌てて「はい」と答え、熊太郎の元に行く。
「大変おいしいコーヒーですね。もう少しだけ、いただけますか?」
「は、はい」
「お代わりしたな」
と、和馬。
「まだ飲めるんだな」
と、葛。
「別に大きくない身体なのに、一体何処に吸収されているんだろうな?」
 和馬は不思議そうに唸る。葛も「そうだな」と言って、首をひねった。
「もしかして、食べ物も食べたりしてな」
 葛がぽつりと言うと、和馬は一瞬きょとんとした後「まさか」と言って笑う。
 だが、すぐに真面目な顔に変わった。
「……食べそうだな」
「だろう?このハムタマゴサンドなんて、美味しいとか言って食べるかもしれないぞ」
「そうだよな。コーヒーだって、美味しいとか言っていたし」
 和馬はそう言い「味覚まであるんだな」と付け加える。
「そういや、コーヒーには何も入れてなかったな」
 ふと気づいたように、葛がいう。確かに、熊太郎の目の前にはミルクピッチャーと砂糖が手付かずのまま置かれている。
「ブラックが好みなのか?」
「だろうな」
 葛が頷くのを見、和馬は「通だな」と呟く。コーヒー本来の美味さを楽しむのには、ブラックコーヒーが一番だ。それを熊太郎という熊のぬいぐるみがやってみせたのは、妙にちぐはぐだ。
 愛らしいもの、という認識が成されるであろうテディ・ベアが、ブラックコーヒーを嗜んでいるだなんて。
「そういえば、動く熊についてちょっとだけ聞いた事がある。うちの奴なんだけど」
 葛が言うと、和馬は「ああ」と頷いた。葛はそれを確認し、話を続ける。
「あいつが嬉しそうに話していたのを、今思い出した」
「それ、俺にも覚えがある」
 和馬はそう言い、じっと熊太郎を見つめる。葛は小さく「だよな」といい、やっぱり熊太郎を見つめる。
「話に聞くのと、こうして目にするのは結構違うよな」
「ああ、違うな。現実とか常識とかいうものが、根本のところで揺れる気分だ」
 和馬の言葉に、葛は「そうだな」と頷く。
「何と言っても、熊のぬいぐるみだし」
「コーヒー飲むし。しかも、ブラック」
「渋いな」
「分かっているともいえるがな」
 二人がそう言って話しているうちに、女性が雑誌を持って立ち上がった。ちょうど熊太郎が座っている机の横を通ることなく、マガジンラックに行って雑誌を返す。そして、そのまま熊太郎の方を見ることなく、レジへと向かった。
 熊太郎は二杯目のコーヒーをぐいっと飲み干し、少しだけ焦りながら腹にあるチャックを前足で掴む。そして、ぐっと引っ張って中をあけた。
 ちゃりーん。
 中から出てきたのは、小銭だった。コーヒー代らしい。
「……あれ、開くんだ」
 半ば呆然としつつ、葛が呟く。
「そして、財布代わりになっているんだな」
 同じく半ば呆然としつつ、和馬が呟く。
 熊太郎はそんな呟きに気づくことなく、出した小銭とレシートを持ってレジへと向かう。どうやら喫茶店を出て、女性の尾行を続けるようだ。
 和馬と葛は顔を見合わせ、まだ皿に残っていたサンドイッチを頬張る。そして、ぐいっとコーヒーでそれを流し込み、レシートを持って立ち上がった。
 ふと気づけば、同様に周りの客達もレシートを掴んで立ち上がっていた。皆、熊太郎の様子が気になるのだろう。
「俺は後から追いかける。先に行って、行き先を見失わないようにしてくれ」
 和馬はそう言い、喫茶店のドアを指差す。まだ、熊太郎は近くにいた。女性から気づかれないように蚊、こそこそと動いている。
 だが、同じように考えている客が一斉に立ち上がった所為で、支払いの間に熊太郎を見失ってしまう可能性が出てきていた。
「分かった。もし分からなくなったら、携帯に連絡してくれ」
「ああ。……頼んだぞ」
 和馬の言葉に、葛はこっくりと頷く。そしてレシートと財布を持ってレジに並ぶ和馬を背に、葛は喫茶店から飛び出た。
 辺りをきょろきょろと見回すと、前方にじりじりと身をかがめて歩く熊太郎の姿があった。
「よし」
 葛はこっくりと頷き、後ろをつけ始める。周りに居たらしい客も、さり気なさを装いながら熊太郎を尾行している。
 葛や周りに居た客の前に、熊太郎。熊太郎の前に、女性。
 一体どういう状況なのだろうかと、すれ違う人が不思議そうな顔で見つめていた。主に不思議そうな顔をしているのは、熊太郎の所でだが。
「だって、気になるよな」
 葛はぽつりと呟き、熊太郎についていく。ばれないようにとついて行っていると、ポケットにねじり込んでいた携帯電話がヴヴヴと振動する。
 和馬からだ。
 葛は素早く通話ボタンを押し、小声で「もしもし」と答える。
「今、どこら辺だ?」
「喫茶店から、大通りに向かって北に行ってる。まだ、気づかれては無いみたいだ」
「了解。すぐに合流する」
 電話を切った後、そのやりとりが作戦を遂行している時の会話のように思え、葛は思わず笑ってしまった。
 熊太郎に気づかれないように、そっと。


<気になる熊を尾行しつつ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月30日

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