『誰がための戦い 』

トゥルース・トゥース（3255）＆クルス・クロスエア（NPC0264）

「結局俺は……負けてばかりだな……」
　つぶやいた青年の言葉を、トゥルースは聞き逃してはいなかった。

　トゥルース・トゥース。闇の狩り人。
　闇の者を闇から闇へ葬り去ることが彼の仕事。けれど普段はそんなことはみじんも言動に表さず、酒と葉巻を友として、酒場での時間を大切に過ごしている。
　トゥルースの常連の酒場は、冒険者の酒場だ。ゆえに、冒険者として依頼に参加することもある。
　……最近、ひとりの青年と知り合った。
　クルス・クロスエア。エルザード聖都の外にある『精霊の森』と呼ばれる場所の守護者、であるらしい。トゥルースはその森に行ったことがないので、詳しいことは知らなかった。
　ただ、クルスはしばしば冒険者の酒場に依頼に来る。
　トゥルースはその関係で、彼と顔見知りになったのだ。

　時は夜――
　トゥルースが何人もの仲間とともに、クルスの森のために戦いを終えた日の夜――
　酒場は照明を落とされ、静かな時間が訪れる。
　オレンジ色の照明が、酒場で酒をあおぐ人々を照らし出す。
　カウンター席でうつむいている青年の横顔を照らし出す――
「ほらよ、兄ちゃん」
　トゥルースはカクテルを注文し、それをクルスの前に置くようウエイトレスに言った。
　クルスが顔をあげる。
　目の前で、真っ赤な色のカクテルが揺れていた。
「トゥルース……」
　トゥルースはクルスの横にどっかと座った。
「あんま暗い顔してんなよ」
　ちん……
　自分が注文したカクテル『トレイル・ダスト』の端をクルスのカクテルの端に打ち合わせ、トゥルースはカクテルをあおいだ。
「まぁ、なんだ。……嫌〜な感じだねぇ、どうにも」
　ぷはあと息を吐きながら、トゥルースは葉巻に火をつける。
「兄ちゃんを森から追い出す、結界を破る準備に走らせる、俺たちが植物と戦う。何もかも奴さんの思惑通りってぇ感じじゃねぇか」
　ぷかり。葉巻の煙が浮かんだ。
「――特に、兄ちゃんに俺らが植物相手に苦戦してることを教える余裕っぷり。どうにも嫌な感じで、何とも癪に障るねぇ」
「色々と世話をかけた」
　クルスは申し訳なさそうにうなだれた。その背を、トゥルースはばしっと叩く。
「前に言ったっけかな。俺は精霊ってのにはお目にかかってねえ――」
　ふーと葉巻の煙をふきだしながら、トゥルースは葉巻を持つほうの肘をテーブルにつく。
「兄ちゃんにとって大切な奴らだからと手を貸していた」
「ああ……」
「が、やっこさんのやり口」
　トゥルースの赤い眼光がきらりと光る。
「ちょいとかちんときちまった」
　オレンジ色の照明に、トゥルースの赤い瞳はやけに鮮やかだった。
「トゥルース、それは――」
「ここからは、兄ちゃんの大切な奴らのためと、人様の森でワンパクやらかすやっこさんを俺様がとっちめるために行動する」
「―――」
「要するに、兄ちゃんだけの戦いじゃねぇってことだ」
　カラリ……
　トゥルースのカクテルの中の氷が揺れる。
「――ひとり、気負うんじゃねぇぞ」
「………」
　クルスの緑の瞳が、傷ついた色から穏やかな色へと変わる。
「ありがとう……」
　青年は小さな声でそう言った。
　トゥルースはカクテルをあおいだ。度数の高い『トレイル・ダスト』がトゥルースに気合を入れる。
　クルスもトゥルースが選んだ赤いカクテルを一口口にした。
　――ほろ苦い味がした。
「お前さんが精霊をそんなに大切にするのはなんでだ？」
　トゥルースはそんなことをクルスに訊いた。
　クルスは即答した。
「恩人だからね。それと――彼らには護ってくれる存在がいない」
「ふむ？」
「あれだけ弱い存在なのに……護ってくれる者がいない」
　そんなの不公平だろう、とクルスはつぶやいた。
「……歴代のクロスエアが俺ほど弱かったかどうかは分からないけれど……」
「ああ、ああ、自分のことを責めるんじゃねえ」
　トゥルースは指の関節でクルスのこめかみをこんと叩く。
「たしかに『守護者』はお前さんかもしんねえ。けどな、よくは知らんがその精霊をやたら心配してる人間は他にもいるみたいじゃねえか。兄ちゃんだけが精霊を護ってるんじゃねえよ」
「―――」
　――炎の精霊はどうした！　とクルスに詰め寄った少年がいた。
　――風の精霊が気になるので……と控えめに参加した青年がいた。
　何より樹の精霊を、深く愛している少女がいた。
　クルスの顔に、自然と笑みが浮かぶ。
「精霊たちを人間と関わらせる道を選んだのは、僕だったけれど」
「あん？」
「――間違っていなかった。そう思えて嬉しいんだ」
「あんだ。精霊ってぇのは元から外の人間と関わってたわけじゃねえのか？」
「まあね。僕が彼らを擬人化させる技を生み出して、人間にも宿らせる方法を生み出したから」
「ははーん。兄ちゃんも頑張ったんだな」
　クルスはカクテルを見つめた。
　赤いカクテルには、彼の緑の瞳はうまく映らない。
「――後悔するかもしれないと、最初は怯えていたんだ……」
　トゥルースはふうと葉巻の煙を吐き出した。
「結果はうまくいった。上等じゃねえか」
「そうだね」
「兄ちゃんの勇気と優しさが実を結んだんだろうよ」
　よかったじゃねえか――トゥルースはクルスの肩を叩く。
　クルスはははっと笑った。
「精霊たちの勇気、だったかもしれないな」
「んん？　なるほど、そりゃそうだ」
　トゥルースはガハハと笑う。静かな酒場に、不思議と笑い声がなじんだ。
「ところでだな、ちなみに大切な奴らの中にゃあの嬢ちゃんも入ってるからな」
「あの嬢ちゃん？」
「お前さんのコレだ」
　トゥルースはにやりと笑って小指を立てる。
　クルスは目を丸くした。
「彼女のことを――」
「ま、兄ちゃんも嬢ちゃんも色々あるみてえだが、いろいろあるからって幸せになっちゃなんねぇ法はねぇ」
　トゥルースは、グラスに残っていたカクテルを一気に飲み干した。
「――幸せになって、幸せにしてやんな」
「―――」
　クルスは苦笑した。
「僕と一緒にいることが幸せかどうかは分からないけれどね」
「だから、幸せにしてやるんだよ。それがお前さんの腕の見せ所だ」
「幸せに、か……」
　彼女の顔を思い描いて、青年は穏やかに微笑む。
　その笑顔に、トゥルースは満足してカクテルの二杯目を注文する。
「――幸せにしてやりたい。精霊たちと一緒に」
「そうだろうよ」
　二杯目はグラス一杯を一気に飲み干して、トゥルースは軽く酔った気分でクルスの背を叩いた。
「そうしてやれ」
　クルスが赤いカクテルを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりだ」
　トゥルースは軽く手を叩いて、
「おい、そのカクテルの名前を知ってるか」
「………？　知らないけれど――」
「『オールド・パル』ってんだ」
「オールド・パル……」
　クルスが繰り返してつぶやく。
　トゥルースはにやりと笑った。
「“古き友人”って意味なんだよ」
　青年の緑の視線が、トゥルースの赤い視線と交差した。
「これからは、俺と兄ちゃんもな」
　クルスは笑った。楽しそうに笑った。
　トゥルースも笑った。
　静かな酒場の空気に波を立たせて、その笑い声は優しく響く。

　オレンジ色の照明が、二人の男をいっそう際立たせ、照らし出していた。


　―Ｆｉｎ―

PCシチュエーションノベル（シングル）

笠城夢斗

聖獣界ソーン

2006年06月30日