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『JUNE BRIDE 』
初瀬・日和3524)&羽角・悠宇(3525)&フレア=ストレンジ(NPC2003)



 学校からの帰り道。
 初瀬日和はいつもと同じように、羽角悠宇と一緒に下校していた。
 街中で、いつも通るブティックの前。日和はつい、足を止める。
「おい、どうした?」
 悠宇が声をかけて立ち止まり、振り向いた。日和の視線を追う。
 日和が見ていたのはウィンドウに飾られたウェディングドレスだ。繊細で凝った作りのそれは、日和が着ればとてもよく似合いそうである。
(な、なんだ?)
 わけもなくドキドキしてしまう悠宇だったが、日和の顔つきはしごく真面目だ。
 日和はウェンディングドレスをじっと見つめている。その瞳が細められた。
「ねえ悠宇」
「ん?」
「私……将来はチェリストになりたい」
「知ってるぞ?」
 怪訝そうにする悠宇。
「チェリストを目指しているけれど……それだけじゃなく、自分の将来を願ってみてもいいかな?」
「はあ?」
 ますます眉根を寄せる悠宇だった。彼には日和が何を言いたいのかわからないのだ。
「チェロを弾いているだけじゃなくて……もっと色んな経験を積んで……楽しいこともそうでないことも……自分にはこれしかない、って思い詰めちゃったらきっと心まで小さく縮こまってしまうような気がするから」
「???」
「美味しいものを食べたり、綺麗なものを見聞きしたり、人を好きになったり、一見音楽と関係のなさそうなことたちがきっと役に立つんじゃないかなあって思うんだけど……ね」
「はぁ……まあ、経験に勝るものはないって聞くしな……」
 後頭部を掻きつつ悠宇は応える。
 日和は悠宇のほうを見遣った。
「こういうものを着る日を夢見るってのもありじゃない?」
 こういうもの、というのは、どうやらウェディングドレスのことらしい。
 悠宇は顔を歪め、「そうだなぁ」とぼやく。ウィンドウのほうに目を遣った。
「つまり、日和さんはチェリスト以外は頭になかった、ということか?」
 日和の背後から聞こえた声に二人は驚いた。
 もうそろそろ夏だというのに黒服の遠逆和彦が、そこに立っている。
 悠宇はむっ、と顔をしかめた。恋敵と見ている和彦の存在は、悠宇にとっては邪魔にほかならない。
「かっ、和彦さん!?」
 頬を染めて振り向く日和に彼は微笑む。
「やあ」
「お、お久しぶり、です……」
 もしかして、今のやり取りを聞かれていたのだろうか?
(う、うわ……だとしたら恥ずかしい……!)
 羞恥で赤くなっているのだが、悠宇の目には別のものに映った。和彦を見て頬を染めた、というように。
 悠宇の顔つきに気づいて日和は呆れる。
「悠宇……そんなあからさまに嫌そうな顔をしなくてもいいと思うんだけど……」
「……しばらく見ないと思ってたのに……」
 平穏がぶち壊されたと言わんばかりの口調で悠宇は歯軋りする。
 和彦は苦笑した。
「邪魔はしないから大丈夫だ」
「信用できるかよ!」
 宣戦布告を受けているだけに悠宇は気が気ではない。
 しかし和彦は大人びた表情で肩をすくめる。
「奪う、とかそういうの……俺は好きじゃないから」
「何が『奪う』だ!」
 キーッ! と金切り声をあげる悠宇を日和が「どうどう」と抑えた。
 日和は改めて和彦のほうを見遣る。
「上海から帰ってきていたんですね」
「ああ。長かった遠征もこれでやっと終わった」
「そうですか!」
 顔を輝かせる日和を、悠宇は面白くなさそうに見ている。
 和彦はにっこりと笑う。
「さっきの話……」
「あ。えっと、なんでもありませんからっ」
 慌てて手を振る日和。和彦はまた苦笑した。
「要するに……チェリスト以外の望みを持ってもいいだろうか、という問いかけなんだろう?」
「あ……は、はい」
「それくらいの欲張りは、どんな人間だって持っているものだ。花嫁にでもなりたいのか? 結婚願望があることは恥ではないが」
「いや……あの……はぃ」
 自分だって女の子だ。好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい、と思うことだってある。
 素敵な旦那様と一緒に……とか。
 どもってしまう日和を押し退け、悠宇は和彦に人差し指を向けた。
「ふん! おまえだったら和装がいいとか言いそうだな! 俺はドレスのほうがいいけど!」
「…………」
 きょとんとしている彼は視線をドレスのほうへ移動させた。そして「ああ」と小さく呟く。
「そういうのは男のワガママで選ぶものではないと思う。結婚式というのは女性のための舞台なのだから、女性が好む衣服がいいと思うが」
「なっ、なんだとぉ〜……!」
「相変わらず自分本位な考えなんだな、あんたは」
 呆れたように言う和彦の言葉に、悠宇はこめかみを引くつかせた。
 日和は目を丸くする。
「和彦さんは、相手の好みに合わせるんですか?」
「それは……そうだと思うが。結婚相手がドレスがいいと言うのなら、そうしたほうがいいと思う」
「ど、どうしてですか?」
「押し付けられて嫌な気分で結婚式を挙げると、破談する恐れがある。男が女性の衣服にこだわるのは、心が狭いと思う」
 きっぱりと言い放った。
 日和は悠宇を見上げる。悠宇は口を開いた。
「好きな女に一番綺麗な格好でいて欲しいと思ったら悪いのかよ!?」
「それで相手の女性が納得すればそれでもいいだろう」
「なんだよそれ!」
「せっかくの結婚式なんだから、互いに気持ちよく式を挙げたいと思うのは当然のことだと思うが」
 腰に片手を当てて和彦はやや疲れたように言った。どうやらこの問答を続ける気はないらしい。
「あの……じゃあ、結婚相手が和彦さんに衣服を選んでと言ったら?」
 日和の言葉に彼は「そうだな」と洩らす。
「その時はその時。選べと言うなら選ぶだろう」
「ど、どっちを?」
「それは相手による」
 ここでオシマイと言わんばかりのぴしゃりとした口調だった。
 悠宇は彼を怒らせたと思って慌てて頭をさげた。
「和彦さん、いつもごめんなさい……」
「え?」
 彼は片眉をあげる。
「決して悠宇は悪気があるわけじゃない……と、思うんですけど……もう、悠宇ったら!」
 隣で頬を膨らませている彼氏を日和は叱る。
 どうして彼は和彦相手だとこんなに態度が悪いのだろうか?
「そんなに無愛想にしなくてもいいでしょう? ただでさえ和彦さんは色んなこと知らなくて大変なのに」
「…………へん。世間知らずなんだから、これからなんでも知っていけばいいだろ」
 小さな小さな声。日和に届くか届かないか。それくらいの音量だ。
(聞こえるように言ってあげればいいのに!)
 日和もむっ、と眉をひそめる。
「あの……聞こえてるから……」
 照れたように苦笑する和彦に、日和と悠宇が「えっ」と呟く。
 どうやら小さな声を和彦は聞き取ってしまったらしい。
「あの……いつまでも世間知らずのレッテルを貼り付けられるのは不本意なんだが……」
「あ、ご、ごめんなさい」
 すぐさま日和が謝った。
「なんで日和が謝るんだ! こいつが世間知らずなのは本当のことだろ!」
「いや……だから……それって半年前のことだから……」
 悠宇に対しても和彦は律儀に言う。
 確かにそうだ。
 悠宇が和彦と出会ったのは半年ほど前。時間なんてあっという間に流れていくからそれほど経っていたとは気づかなかった。
 つまり、悠宇の中の情報は「半年前の和彦」であって、「現在の彼」ではない、ということになる。
「す、すみません。つい……」
 よく会っていた頃と同じような感覚でいた日和もすぐに反省した。
 彼は半年もの間、上海に行っていたのだ。その間に様々なことがあったのだろう。
 どこか大人びた印象を受けるのも、もしかしたらそのせいかもしれない。
「いや。いいんだ。世間知らずだったのは本当のことだから」
「……半年くらいで世間知らずが直るもんかねぇ」
 と、呟く悠宇のみぞおちに、日和が肘鉄を叩き込む。それほど痛いものではなかったが、驚きのショックを受けた悠宇はよろめいた。
 はは、と和彦は苦笑いする。
「そもそも俺は偏った知識しかなかっただけで……それほど世間知らずというわけではないんだが……」
 半年の間でどうやらそのことに完全に気づいたようだ。やはり前の和彦とは違う。
(上海で……色々あったのかしら……?)
 などと思ってしまう日和と違い、悠宇は「スカしやがって〜」となぜか怒っていた。
 和彦はハッ、としたような顔をする。
「す、すまない。今日はこの後、用があって……」
「えっ!? そうなんですか?」
「ああ。人と待ち合わせをしてて」
 焦ったような和彦は軽く礼をして二人の横を通り過ぎる。
「それじゃあ」
「あ、はい! それでは!」
「もう来るなっての!」
 日和と悠宇のほうを振り向きもせずに彼は人込みを駆け抜けていった。
 姿が見えなくなると日和は軽く嘆息し、それから悠宇をじろりと見遣る。
「もう……どうしてあんなに態度が悪いの!?」
「うるせーな……」
「……そんなに気が合わなさそうじゃないのに……」
 はあ、と大きく息を吐き出す日和であった。
 悠宇は居心地が悪そうにしていたが、ちらちらとウィンドウのほうを見遣った。
「えと……俺は、日和にはドレスのほうが似合うと思うぞ……」
 その言葉に日和は頬を微かに赤く染める。そして苦笑した。
「ありがと、悠宇」
 いつかの未来。
 遠い未来。
 そこで自分はどうなっているだろうか?
 望み通りの姿でいるだろうか?
(もしかしたらチェリストになっていないかもしれない。ただのお嫁さんっていうことも、ないとは言えないものね)
 そうだ。その逆もあり得る。
(チェリスト一筋で、結婚してないかもしれない)
 どんな未来になるのか想像できない。それが『未来』というものなのだから。
 日和はもう一度ドレスを見た。
 こんなドレスを着て、誰かの横に立つ日など来るのだろうか?
 視線を悠宇に戻す。
(もしかしたら……悠宇かもしれないし、そうじゃないかもしれない)
 彼のことは好きだけれど、終わりが来ないとは言えない。このまま彼と一緒に居たいと思ってはいるけれど。
 日和は微笑む。
「悠宇、帰ろ」
「あ、ああ」
 二人は歩き出した。
 果たして二人の未来はどのような――――?
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2006年06月28日

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