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『泰山府君、長き記憶を辿る 』
泰山府君・―3415)&碧摩・蓮(NPCA009)

■名前
 何処とも知れない場所にある、何やら特別な人間だけが辿り着けるというアンティークショップ・レン。
 そこにある曰く付き商品の数々を、とある神社の御神刀の守護神である泰山府君・―(たいざんふくん)は手に取り、珍しそうにひとつひとつ見ていた。
 泰山府君は本来、陰ながら「主」と称する持ち主を見守る守護神なのだが、時折隙を見ては実体化し、外界の様子を楽しんでいるのだ。
 そんな泰山府君が暇潰しにと立ち寄ったのが、アンティークショップ・レンである。
「ここにあるものがそんなに珍しいのかい?」
 チャイナドレスに身を包んだ、ちょっときつめ美貌の姉御肌の店主の碧摩蓮が中国茶が入っている茶壷(急須のようなもの)と茶杯(湯呑みのようなもの。お茶を飲むための盃形の低い器)を木製の丸いお盆に乗せ、カウンターへとやってきた。
 蓮は、今では泰山府君の良き茶飲み友達だ。
「そうだな。何時来ても違うものが置いてあるのが不思議なくらいだ。この茶の香りは…桂花茶だな」
「ご名答。さすが中国の神様だね、御見逸れ致しました」
 敬意を払いつつ、蓮は茶壷に入っている桂花茶を茶杯に注ぐ。店に茶のほのかな良い香りが少しずつ漂い始める。
「良い匂いだ。このような香りは…何年振りだろうか」
 香りを楽しみつつ、泰山府君は手にしていた置物を棚に戻し、はるか遠い記憶の糸を手繰り始めていた。

 蓮が淹れた桂花茶を飲みながら、ふと、蓮はあることに気づいた。
「そういえば、あんた、陰陽道の主神と同じ名前だね。本当の神様なら、こんなところで油売っててもいいのかい?」
 何を申しておるのだ? と言いたそうな表情の泰山府君。茶を一口飲んだ後、蓮に自分の名についての説明を始めた。
「我はその神の名を名乗っておるだけの存在。本当の名など無いに等しい。この名を名乗れば…陰陽道に詳しい、あるいは知識にあるものなら我をその神と間違えよう。我とて、伊達や酔狂で今に至っておるわけではないぞ。我に比べたら、蓮殿は赤子のようなものよ。…すまぬ、これは余計なことであったな」
「謝ることはないさ、あたしは気にしちゃいないよ。あんたに比べれば、百歳のばあさんだって赤子みたいなもんさ」
 フフと笑いつつ、蓮は返事を返す。場を濁さぬよう、茶を啜る二人。
  
■記憶
 ――我は…何時からこの名を名乗るようになったろうか…。

 泰山府君は再び、長い長い記憶の意図を探り始めた。蓮が声をかけているのにも気づかぬ程に。

 それは今を遡ること数千年、中国神話の時代の話。
 退魔宝刀の守護神として、陰ながら泰山に住まう神を守っていた当時は名が無かった泰山府君が表に表れる前の話である。
 中国五岳の筆頭、東岳泰山に住まう人の命を司る神、五岳大帝のひとつ、東岳大帝と混同され、後の陰陽道の主神となる神が冥府での仕事を終え、泰山に戻ってきた。
 命を司る神として信仰されているため感覚としては、最初の死者とも言われる地獄の閻魔大王と同一視される向きもある。

 冥府での仕事は疲れる。自分とて一度で良いから外界で羽を伸ばしてみたいと零したが、従者達にそのようなことを言ってはいけませぬと窘められた。
 良いではないか。十年後には、またあの暗い冥府で使者を裁かねばならぬのだから。
 誰もいないのを確認してそうぼやいた。

 神とはいえ、人間と同じ好奇心というものはあるもの。
 一度でいいから誰にも邪魔されず、羽目をはずしたいと思っているはず。神の欲求不満に同調したのか、神の腰紐に差してある退魔宝刀がカタカタと震え始めた。
 何事だ、と驚いた神は宝刀を取り出すと…退魔宝刀が輝き出し、眩しい光を放った。

 ――外界に行きたい!

 驚いた神が目にしたものは…自分と同じ姿をした者だった。
 中華風の衣装、閻魔大王のような外見。それは紛れも無く神自身であった。
 人の姿になった! と喜び勇んだ退魔宝刀は、唖然とする神を無視し、早速外界へと赴いた。

「ここが人間が住まう外界か。ほんに面白いところよの」
 瞳を輝かせ、神の姿となった泰山府君は辺りを見回していた。
 神の姿を得た退魔宝刀が今いるのは朝市。野菜を売る者、果物を売る者、買う物達で活気づいている。
 粥を振舞う屋台もあり、次々と大道芸を繰り出している芸人もいる。
 あれも楽しや、これも楽しやと、外面は冷静を装っても、内心では子供のようにはしゃいでいた。

■現在
 あれこれと見回っているうちに、夕刻となった。
「さて、そろそろ戻るか。神が心配されておるだろう」
 ふと思った。帰り道はどこだっただろう…?
 自分がどうやって念願の外界に来たのかを全く思い出せない。
 退魔宝刀にとって、外界はそれほどの魅力ある場所であった。
「どうしよう…」
 途方にくれても仕方が無い。このまま宛て無き旅を続けるか。
 こうして、退魔宝刀守護神・泰山府君の長い長い放浪生活が始まった。外界での初めての主が見つかるまで。

「どうしたんだい、泰山府君。気分でも悪いのかい?」
 蓮に肩を揺さぶられることで、泰山府君は現代に戻ったような気分になった。
「い、いや、何でもない。ただ…」
「ただ、何だい?」
「昔のことを…ふと思い出していた。我は何をしていたのだろうと」
 何だ、と笑い、蓮はこう言った。
「何千年も生きてきたんだ、記憶は正確じゃないだろ。ひとつやふたつ、いや、十以上は欠けていたって不思議じゃないさ」
 
 ――それもそうだな。

 泰山府君は開き直った。記憶など、定かではないほうが良いのだと。
 話しこんでいる間に、桂花茶はすっかり冷めていた。
「茶、淹れ直してこようか。あんたがぼんやりしている間に冷めちまったようだからね」
 茶壷を手にし、蓮は店の奥へと引っ込んだ。

 ――今は…この現代、東京に溶け込んでいるほうが落ち着く。
   というが、記憶はやはり気になる。ゆっくりと思い出すとするか…。
 
 記憶はゆっくり、のんびりと思い出すのが良かろう、というのが泰山府君の結論であった。
 記憶に拘ることは悪いことではない。だが、失ったものを無理に取り戻すのもかえって良くない。
 泰山府君の長い長い記憶は、遡っても遡りきれないほどなのだ。

 後に語られるかどうかは…定かではない。

<了>

■あとがき
お久し振りです、泰山府君様。
再びのシチュエーションノベルのご発注、ありがとうございました。
少しでも中華な雰囲気が楽しめればと思い、執筆致しました。
泰山府君様の記憶がどのようなものなのかを書いていて気になりました。
またお会いできることを楽しみにしつつ、これにて失礼致します。

火村 笙 拝
PCシチュエーションノベル(シングル) -
氷邑 凍矢 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月26日

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