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『June Afternoon Sweets. 』
藤井・蘭2163)&藤井・葛(1312)


 梅雨明けまであともう少し待たなければいけない、六月のとある週末の話である。

 空には雲、地上には雨。
 外の雨音を聞きながら、藤井・葛(ふじい・かずら)は腕組みをしていた。
 場所は彼女が一人暮らしをする自宅。その、キッチン。
「うーん……どうしたものかな」
 首を傾げた葛の黒髪が、肩の上でさらりと揺れた。
 見下ろすのは、テーブルの上に並んだ大小様々の円筒である。
 カラフルなラベルには、果物のイラストが描かれている。白桃、サクランボ、みかん……色々な種類の、高級果物缶詰だ。
 雨で、友人との約束が来週に流れた。空いてしまった今日一日をどうするかと考えて、葛は台所の整理でもすることにしたのだった。
 まずは手始めに、と開いた、ガスレンジ下の食品貯蔵棚の奥から転がり出てきたのが、この缶詰たち。
 表示を見てみればどれもこれも、賞味期限切れ間近とまではいかなくても、今年の夏中には切れてしまう。
 しっかり者の彼女に珍しく、缶詰の存在をすっかり失念していたのは、自分で購入したものではないため印象が薄かったからだ。
 一人暮らしを始める際に、心配した父親から、タオルだ石鹸だ鍋だ薬缶だ……必要以上の量、あれやこれやと持たされた。
 その上、できるだけ自炊するからと言って断ろうとしたのに、葛の父はレトルト食品等の保存食も山ほど買い置きしてくれたのである。今ここにある缶詰たちは、その一部だった。
 今ここで棚に戻してしまうと、今度こそ賞味期限切れまで忘れてしまいそうだ。
 食べ物を粗末にするのは、葛の主義に反する。非常に。
 ということで、早く、できれば早速今日から消費してゆこうと決めたのだが、さてそうなると、悩みが一つ。
「……どうやって食べようか」
 現在の葛は一人暮らしではなく正確には二人暮しである。誤解の無いように言っておくと、同居相手は彼氏などという色っぽい存在ではない。
 むしろ、そういったことのいならないようにと、父から遣わされたお目付け役だったりする。
「蘭(らん)は、何を作ってやると喜ぶだろう」
 呟いて、葛は考え込む表情で、唇に人差し指の背を当てた。
 小さな蘭は、甘いものが大好きだ。だから、缶詰のフルーツを冷やして、器に盛っただけでも大喜びするだろう。
 小さく切ったのの上にソーダ水を注いで、フルーツパンチにしてもいいかもしれない。
「それか、ゼリーか寒天に入れるか……」
 透明なゼリーの中にカラフルなフルーツが入っているのを見れば、あの子は目をきらきらさせるに違いない。
 しかし、どれも今ひとつピンと来なかった。今日は梅雨冷えで、少し肌寒い。冷たいおやつという気分になれないのは、そのせいだろう。
「あとは、何ができるかな」
 食材を確認するために、葛は冷蔵庫を開ける。
 冷気の奥に見えたのは、料理に少し使って余ったホイップクリームと、昨日のおやつに蘭が半分食べた板チョコ。
「ふむ」
 と葛が鼻を鳴らしたところで、キッチンに蘭がやってきた。
「持ち主さーん、お掃除終ったの〜!」
 Tシャツをびしょびしょに濡らした蘭が、嬉しそうに報告する。お風呂掃除は、蘭お気に入りのお手伝いだ。
「台所もお掃除なの? 一緒にするの〜!」
「ありがとう。こっちも、もう終ったよ」
「そうなの? 残念なの」
 駆け寄って来た蘭の頭を撫でてやりながら、葛は微笑を浮かべた。この子のお陰で、一人暮らしも退屈しない。
「蘭は、まず服を着替えなくちゃな。その後で、いいものを作ろう」
「いいもの?」
「そう、いいもの」
 きょとんと目を丸くする蘭に、葛は笑みを深めた。

           +++

「できたの!」
 白桃とみかんとパイナップルの缶を開けた蘭が、缶切り片手に言った。
 着替えたシャツの上には、クマさんのアップリケがついたエプロン。蘭のお気に入りだ。
「よし。そしたら、白桃とパイナップルはカットするからこっちに持ってきてくれるか」
「はぁいなのー!」
 足取りも軽く、蘭は缶を一つずつ、調理台の前に立つ葛の元へと運ぶ。
「みかんはそのまま使うから、器に移して置いてくれ」
「はぁい、なのー!」
 葛から手渡されたガラスの器を持って、蘭はテーブルへと戻った。
 お手伝いができる、というだけでも蘭は大はしゃぎなのだが、おまけに甘くて美味しいものを作るお手伝いなのだから尚更だ。
 テーブルの上にはホットプレートがセットされていて、その横にはお菓子作り用のボゥル。ボゥルの中には、卵とミルクで小麦粉を溶いた生地が金色に光っている。
「よいしょ、よいしょ、なの」
 椅子に正座して、蘭は缶からフォークで中身だけを器に掬い入れた。その作業の脇にはホットプレート。
「もう熱くなってるから気をつけてな」
 葛に言われて、そうっとホットプレートの蓋にかざしてみた蘭の掌に、熱気が伝わってくる。
「ほんとなの、アチチなの!」
「触ってはいけないぞ、火傷をする」
 声を上げた蘭に念を押しながら、葛はボウルから泡だて器を抜いた。
 白いクリームに、ツンと角が立つ。良い泡立ち加減だ。
 絞り袋にホイップクリームを詰めると、葛はそれをテーブルに運んだ。
 板チョコレートは、チョコレートスプレー代わりに使えるように、包丁で薄く削ってある。
 缶詰のフルーツの盛られた器が並ぶと、準備は完了。
「わぁいなの! クレープなのー!」
 テーブルの賑やかさに、蘭が小さな手を挙げて歓声を上げる。
 そう。葛が今日のおやつに提案したのは、クレープ。
「よし、じゃあ一枚焼いてみよう」
 設定温度になったのを確認して、葛はホットプレートの蓋を開いた。
 テフロン加工されているので必要ないのだが、まずは香り付けのためにバターを一匙落とす。じわじわと溶けて、甘い香りがキッチンに満ちてきた。
「いい匂いなの〜!」
「ほら、種を落とすよ」
 早くもうっとりしている蘭に見せながら、葛はお玉で生地を掬うと、プレートの上に流し込んだ。
 手早く、お玉の背で円を描くようにして薄く展ばす様子を、蘭は固唾を飲んで見守っている。
「まん丸なの!」
「すぐ焼けるから、こんな風に端が捲れてきたら、摘んでひっくり返す」
「わあ、ハンカチみたいなの!」
「薄いから……結構、難しいな」
 苦戦しつつ、薄い生地を破ることなく見事に裏返した葛に、蘭が拍手した。
「裏は、ちょっとだけ焼いたらそれでいい。あとは、皿に取って……」
 鮮やかに掬い上げられた真ん丸いクレープが、白い皿の上で湯気を立てる。ある程度冷めたところで、葛はその上にホイップクリームを絞った。
「わあ、お花みたいね?」
「それから、好きな果物を乗せるのを忘れてはいけないぞ」
 みかんと、カットした白桃を形よく乗せると、折りたたんで出来上がり。
「お店のクレープと同じなのー! 蘭もやりたいの!」
「ああ。火傷しないようにな」
 何でもやってみるのは良いことだ、と、葛はお玉を蘭に渡した。
「がんばるのー!」
 蘭は見たとおりに真似ようとするが、やはり一回目から上手くはいかない。まず生地を丸く広げるのに手間取って、厚さが均一にならならなかったのが災いした。
「あっ」
 一生懸命裏返そうとして、見事に破いてしまった生地を、蘭は悲しそうにお皿に移した。 
「失敗しちゃったの……難しいの」
 しゅんとしている蘭の頭を、葛が撫でる。 
「破いたって、ちゃんと食べられるよ。もう一枚チャレンジするか?」
「したいの〜」
 ああでもない、こうでもない……と試行錯誤するうち少しずつ上達し、しばらくすれば、蘭も一人でクレープが焼けるようになった。
 少しだけ、葛が作るよりも形がいびつだったりもしたが、それもまたご愛嬌、である。
「生クリームのお花と〜、みかんさんと桃さんとパイナップルさんに〜。チョコレートをいっーぱい、かけるの〜」
「蘭……それはちょっと、巻ききれないだろ……」
 初めて上手にできたクレープの上に、欲張って次々とフルーツを乗せてゆく蘭に、葛が突っ込みを入れたが、時既に遅し。えいっ、と一気に巻いてしまおうとした蘭だったが、
「ふにゃ〜、クレープが足りなかったの〜〜」
 葛は思わず吹き出してしまった。皿の上には、クリームがはみ出して持ち上げられない状態のクレープが出来上がっている。
「これを使えば食べられるだろう。少し見た目が悪くなっても、味は変わらないさ」
 くすくす笑いながら、葛はフォークとナイフを蘭に差し出した。
「ほんとなの、美味しいの〜!」
 一口食べて、蘭の顔に笑顔が広がる。
 こうして、思い思いにクレープ作りをする楽しい午後が過ぎていった。

           +++

 翌日。
「お留守番〜。お留守番〜」
 持ち主さんこと葛は学校に行き、今日はお留守番。
 テレビを見たり、お掃除したり。でも、危ないことは一人でしないように。
 定番の日常を過ごしている内に時間は過ぎて、午後三時。
 キッチンに行くと、まだ昨日の名残の甘い匂いが漂っているような気がする。
「よい子はおやつの時間なの〜」
 先ほどテレビの子供番組で聞いた『おやつの歌』を鼻歌で歌いながら、蘭は冷蔵庫を開けた。
 冷蔵庫におやつが入っているから。
 家を出る前に、葛が言っていた。朝から、とても楽しみにしていたのだ。
 蘭が取りやすいように下のほうの段に入れられていたお皿の上には。
「すごいの! ケーキなの〜」
 さくらんぼの乗った、ミルクレープが1ピース乗っていた。
 クリームと、薄切りのパイナップルや白桃がたっぷり挟んで、クレープが何重にも重ねられたケーキ。
 昨日、蘭が失敗して破いてしまったたくさんのクレープたちを使い、余った食材にカスタードクリームを作り足して、葛が作ってくれたものだ。生クリームとカスタードを半々で混ぜたクリームが接着してくれるおかげで、クレープに破れ目があっても全く問題ない。
 ドアポケットから作り置きのアイスティーをよいしょと出して、コップに注げばケーキセットの出来上がり。
「いただきまぁす、なの〜」
 リビングのテーブルにお盆を運ぶと、蘭はきちんと正座して両手を合わせた。
 外は相変わらず雨。
 けれど、蘭は今日もお日様顔負けのにこにこ笑顔なのだった。



                              END
















<ライターより>
 思い思いにクレープを作って楽しむ……楽しそう&美味しそうですね!
 ホットプレートといえば、小さい子でも上手にお菓子やお好み焼きの作れるアイテム。
 お姉さんと弟、もしくは親子でクッキングをしているような雰囲気にさせていただいてしまいました。
 久しぶりの窓開けを、見つけてくださってありがとうございました。
 温かいお言葉をありがとうございました!
 ああでもない、こうでもない!と考えているうち、結局お言葉に甘えることになってしまい、期日ピッタリの納品になってしまいましたが……、お楽しみいただけましたら幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月26日

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