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『廃墟奇譚 3 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&ナイトホーク(NPC3829)

 雨音が聞こえる…。
 そんな中、夜鷹は床の上で目を覚ました。石造りの床がひんやりと冷たく、蘇ったばかりの体温を奪っていく。
「何日ぐらい経ったんだ…?」
 そう呟いた言葉に返事はなかった。のろのろと起きあがると、自分が寝ていた床が赤黒く染まっているのが見え、夜鷹の気持ちをうんざりさせる。
 ジェームズに刀を突きつけられた後のことはあまり思い出したくなかった。何度味わっても、自分が死ぬ瞬間というのはあまり気持ちのいいものではない。研究所にいた頃から色々されていたために、痛みにはかなり耐えられるようにはなったが、それでも今回のはきつかった。
 切り刻まれるのが辛かったのではない。
 もっと辛かったのは…。
「馬鹿か、俺は」
 夜鷹はそう吐き捨てると、自分の両手両足が自由になっていることを確認してから無造作にその辺に掛けてあった服を着た。おそらくジェームズが用意していったのだろう。その前に着ていた服は、既に布の残骸だ。
「どこ行ったんだ?あいつ」
 いつも自分の行動を監視するように側にいたのに、今日は姿が全く見えない。
 もしかしたら自分が死んで、再生する間に出かけていたのかも知れないが、いつも側にいると思っていたジェームズが見あたらないと、それはそれで拍子抜けだ。
 夜鷹は小さな灯り取りになっている窓を見上げた。
 自分が本当の夜鷹だったら、ジェームズの姿が見えない今がチャンスとあの窓から外に飛び出すだろうか?それとも黙って帰りを待っているだろうか…もしかしたら、ここから永遠に出られないかも知れないのに。
 その時だった。
「つっ!」
 ズキンと背筋に痛みが走る。外から与えられた痛みではない。自分の内から何かが暴れ出すように、鈍い痛みが夜鷹を跪かせる。
「痛ってぇ…また…かよ」
 脂汗を流しながら、夜鷹は部屋の隅にうずくまった。
 何が原因かは分かっている。過度に死と再生を繰り返すと時々体がついて行かなくなるのだ。いつもそれは背筋に走って痛み、しばらく眠れないほど続く。
「あいつがいなくて良かったぜ…」
 自分は一体何を口走っているのだろう。それは心配させないためか、弱みを見せたくないためか、それすら痛みで朦朧として分からない。
 夜鷹は床の冷たさを感じながら、ただ黙って痛みに耐えていた。

「綾嵯峨野研究所…か」
 そのころジェームズは、廃墟の外に出て夜鷹のいたと思われる研究所を探していた。
 そこはジェームズが夜鷹を奪った場所ではないが、拘束服に書かれていたかすれて読めなかった文字を調べ、ようやく元々いたであろう場所を突き止めたのだ。 
 だが、辺りの住民に聞くと、そこは『野鳥の研究』をしていた所らしい。おそらく夜鷹のように、仮に付けている名前を隠すためなのだろう。だが…。
「これは用意がいい」
 その研究所はジェームズが行ったときには、既に焼け跡になっていた。名前を調べていたときに知ったのだが、あの日契約に反し、勝手に夜鷹を奪った後に研究所内から火が出て全焼したらしい。火が出たのが夜だったせいで、研究員達もかなり焼け死んだらしい。
 しかしジェームズは、それが何かの力による証拠隠滅だと分かっていた。自分が取引場所で射殺した研究員達も、ここで焼死したということにしたのだろう。それほどまで夜鷹のことを恐れ、隠したがっている者がいることにジェームズは苦笑する。
「少しは退屈がしのげそうか?」
 何度殺しても蘇ってくる「夜鷹」に、寝言で呟いた「コトリ」という女。そして他にも鳥の名前が付けられた者達。夜鷹の他にも不老不死の者がいるのかは謎だが、裏には大きな力があるのだろう。
 そして、それを自分に知られたくない者がいる…ジェームズは振り向かずに、自分の後ろにいる存在に声を掛けた。
「人の後をつけるとは、ずいぶん形振り構わないんですね」
 辺りの空気が揺れるのが分かる。ジェームズは背後から飛びかかってきた何者かに素早く振り向き、それの攻撃を避けた。目の前には夜鷹と似たような姿の青年が手にナイフを構えている。
「夜鷹ではないな」
 姿は夜鷹に似ているが、それは夜鷹ほど面白い存在ではなさそうだった。
 夜鷹本人であれば、自分が気付かれるまでのうのうと背後になどいないし、もっと静かで研ぎ澄まされた殺気を放っているだろう。おそらく夜鷹に似た人間に刃を突きつけられれば、自分が怯むとでも思ったのだろうが、生憎そんなに優しくは出来ていない。
 ジェームズが懐から銃を抜き、真っ直ぐ構えた。
「さあ、夜鷹本人でしたらこんな物は怖くないはずですよ…それとも、殺されるのが恐ろしいですか?」
 クックッと喉の奥で笑いながら銃口を突きつけると、青年は怯んだように後ずさる。
「やめろ…俺はただ、あんたを殺せって…」
「そうですか。ならば返り討ちに遭うことも予想済みというわけですね」
 つまらない。
 夜鷹と同じ顔をしているのに、それは本当につまらない存在だった。今にも泣きそうな程怯え、何とか命だけは助けてもらおうと懇願する姿。それを見ているだけでも虫酸が走る。
 ジェームズはその姿を見ながら考えた。
 これが本物の夜鷹で不死の能力がなかったとしたら、ここにいる者と同じように命乞いをするだろうか?
 いや…不死の能力がなかったとしても、夜鷹は最期まで足掻こうとするだろう。初めて見たときの、猛禽類のような鋭い漆黒の瞳を思い出しながらジェームズは冷酷にこう言った。
「さようなら。偽者に用はありません」
「やめっ…」
 ジェームズは無表情で銃の引き金を引いた。それはたやすく青年の眉間に当たり、倒れようとするその体に、何発も銃弾を撃ち込む。
 これで研究所との敵対関係は決定的になった。だが、そんな事はどうでも良かった。それよりもジェームズには許せないことがあったのだ。
「貴方にその顔は似合いません」
 そう呟きながらジェームズは研究所跡から遠ざかる。
 また雨の中に戻ることになるが、それは構わない。
 それよりもこのうんざりとした気分を何とかしたかった。本物の夜鷹の姿を見れば、少しはこの気分は晴れるのだろうか…。

 コツコツ…と床を歩く音が聞こえる。
 夜鷹は床にうずくまりながらそれを聞いていた。おそらくジェームズがどこかから帰ってきたのだろう。無様な姿は見せられない。夜鷹は何とか立ち上がろうとするが、背筋が痛くて起きあがれそうにない。
「くそっ…」
 体が全然言うことを聞かない。
 そう思っている間にジェームズが階段から下りてくるのが見えた。
「夜鷹?」
 ジェームズは部屋の隅にうずくまる夜鷹を見て側に駆け寄った。
 いつもと様子が違う。全身から脂汗を流し、それでも何とかいつものように振る舞おうとする。額にそっと触れると、熱でもあるように体が熱い。
「よう、ずいぶん早いお帰りで…」
 不死であるナイトホークに病気という言葉はないはずだ。なのに何故こんな熱を出しているのか…。ジェームズはポケットから出したハンカチで、夜鷹の額の汗を拭く。
「どうした夜鷹、この熱は」
 いつもと違うジェームズを見て、夜鷹は痛みをこらえながら笑った。一応心配はしてくれているらしい。
「たまになるんだ、死と再生に体がついてかねぇときに…死にゃしないから大丈夫だ」
 ジェームズはそんな夜鷹の顔を見ていた。脂汗を流すほどなのに、それでも笑おうとしている。そして、漆黒の瞳と猛禽類のような目はこんな時でも変わっていない。
「どこか痛い所は?」
「背骨に沿って背筋全体…多分手術の痕なんだろうけど」
 そう言われ、ジェームズは夜鷹が来ていたシャツをめくりあげた。すると夜鷹が言ったとおり、背骨に沿って真っ直ぐにメスを入れたような痕が残っていた。夜鷹はそれに気付いてまた笑う。
「あんまり見んなよ。恥ずかしいから…っ痛てぇ」
「全く、お前という奴は」
 ジェームズは溜息をつきながら夜鷹を抱え上げた。ここに来たときに抱え上げたときは抵抗したが、今は痛みに耐えるのが先なのか傷ついた獣のようにおとなしい。
「ベッドに連れて行ってやる。少なくとも床で寝るよりはマシだろう」

 ベッドの上にうずくまっている夜鷹の背中を、ジェームズはずっと手でさすっていた。
「水と、よかったら背中さすっててくれない?」
 ここに寝かせて欲しい物を聞いたときに、夜鷹がそう言ったのだ。そうしていると少しは楽なのか、夜鷹にも喋る余裕が出来るらしい。額にも濡らしたタオルが乗せてある。
「どこ行ってたんだ?」
「…お前がいたと思われる研究所だ」
「ふーん、どうなってた?」
「焼け跡になっていた。証拠隠滅だろうな」
 それを聞いても夜鷹は特に反応しなかった。ただ黙ってジェームズに背中をさすられている。
 雨音を聞きながらしばらく無言でいると、夜鷹が急にぽつりぽつりと話し始めた。
「あのさ、あんた俺のことどう思ってんの?」
 いきなりの質問にジェームズの手が止まる。
「どうでもいいと思ってんのか、それとも拾った犬程度には好かれてんのかな」
「どうしてそんなことを聞く?」
 すると夜鷹は痛みをこらえながら寝返りを打ち、ジェームズの方に顔を向けた。そしてその顔を上目遣いで見る。
「いや…俺嫌われてんのかなと思って」
 切り刻まれることよりも辛かったこと。
 それはジェームズが全くの無表情で自分を傷つけたことだった。元はと言えば苛ついたあげく寝首を掻こうとした自分が悪いのだが、それは物でも扱うかのように冷酷で、それがずっと心に引っかかっていたのだ。
 それを聞きジェームズは笑いながら溜息をつく。
 子供のようにかんしゃくを起こし、夜中に寝首を掻こうとするかと思えば、今度はいきなり自分のことをどう思うかなどと聞く。全く…本物の夜鷹といると退屈する暇がない。
「夜鷹、私は嫌いな奴をわざわざベッドまで運んで来たあげく、背中までさすってやると思っているのか?」
 すると夜鷹は恥ずかしそうに顔を背け、またぽつりと言葉を吐く。
「今日、目が覚めて考えてたんだ…俺が本当の夜鷹だったら、灯り取りの窓からあんたがいない隙に逃げ出すのか、それとも返ってこないかも知れないあんたのことをずっと待ち続けるのかって」
「答えは出たのか?」
「分からない…この前だったら逃げ出すだろうけど、今日は多分ずっと待ってたと思う。あんたが俺のことどう思ってるか分からないけど、俺別にあんたのこと嫌いじゃないし」
「何?」
 ジェームズがそう聞き返すと夜鷹はまた寝返りを打ったが、慌てて動いたせいか背中に激痛が走ったらしく、それに耐えるように手で布団を叩く。
「夜鷹、聞こえなかったからもう一度言え」
「絶対言わねぇ」
「土産にケーキを買ってきてやったんだが、それが食べたかったらもう一度言え」
「ケーキは食いたいけど、絶対言わねぇ…」
 ジェームズはくすくす笑いながら夜鷹の背中をさする。
 どうやらこの前のお仕置きが相当効いたらしい。かといって自分に屈したわけではなく、これが夜鷹の素直な気持ちなのだろう。きっと夜鷹は意地っ張りで、こう言うときでもないと本当の気持ちを言い出せないのだ。
「分かった、なら聞かないでおいてやろう。起きあがれるか?」
「…少しだけなら」
「じゃあコーヒーを入れて、ケーキでも頂こう。何だったら私が食べさせてやってもいいが」
「自分で食えるからいいよ…」
 ジェームズが立ち上がり、コーヒーを入れる準備をし始める。
 雨の匂いに混じるコーヒーの香りを背中越しに嗅ぎながら、夜鷹はじっとベッドに横たわったまま笑っていた。

fin

◆ライター通信◆
「廃墟奇譚」3本目お届け致します。水月小織です。
夜鷹の『死と再生を繰り返すとたまに体がついて行かない』という設定は前から考えていたのですが、今回の話が来たときにこれを出そうと思っていました。
本当はもっと研究所について掘り下げたかったのですが、シチュノベではNPC以外の固有名詞が出せないので、夜鷹と同じ顔の刺客に襲われる…というのを合間に入れました。夜鷹と同じ顔で命乞いをされると、多分ジェームズさんは冷めるのではないかと思い、冷酷にあっさりとやってしまいましたが…。
何だか見事なツンデレっぷりと言うか、若かりし頃の夜鷹は子供のようだなと思います。
リテイクなどがありましたらご遠慮なく言ってくださいませ。
また、よろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月22日

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