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『緩やかな夕暮れ 』
天樹・火月1600)&倉前・高嶺(2190)


 倉前・高嶺(くらまえ たかね)は、いきつけである喫茶店で紅茶を飲んでいた。落ち着きのある店内に、心地よい音楽。漂う香りはどこか懐かしくて、心からほっとする雰囲気を兼ね備えている。
(おいしい)
 高嶺は紅茶を口に含み、そっと微笑む。受け皿の隣には、期間限定のベリータルトが置かれている。鮮やかな赤い色が印象的な、程よい甘さとサクサク生地が嬉しいタルトだ。いくつでも食べられそうな気がしてしまう。
「紅茶のお代わり、どうしますか?」
 かけられた声にはっとし、高嶺は顔を上げる。すると、そこには店員である天樹・火月(あまぎ かづき)がにっこりと笑いながら立っていた。
「いただこうかな」
「はい」
 火月は頷き、カウンターから紅茶ポットと小さな皿を盆に乗せて再びやってきた。空になった高嶺のティーカップに紅茶を注ぎ、小さな皿をそっと置く。
 皿の上にあるのは、クッキーが三枚。
 火月は辺りをそっと見、小さな声でクッキーの乗っている皿を指差す。
「これ、次に出そうと思っている新商品なんだ。良かったら、試食しない?」
「いいの?」
「もちろん。左からナッツ、ドライフルーツ、そしてキナコ」
「あ、これキナコなんだ」
「うん」
 高嶺は「へぇ」といい、そっと口に含む。ふわ、と上品な甘みが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「でしょう?それ、自信作」
「火月君が作ったの?」
 火月はにっこりと笑って頷く。高嶺は感心しながら、残りのクッキーを放り込んだ。
「そういえば、写真が出来たんだ」
 喫茶店内が忙しくない事を確認してから、火月は高嶺の前に座る。ポケットから何枚かの写真を取り出した。そこに写っているのは、綺麗な衣装を身にまとった二人の姿。高嶺は一枚を手に取り、そっと頬を赤らめる。
 それは、高嶺と火月だった。
「凄く綺麗に撮れているでしょう?」
 火月はそう言ってにっこりと笑う。高嶺は写真をじっと見、確かにその通りだと頷く。二人が並んでいる姿は、確かに綺麗だ。写真の撮り方も、衣装の選び方も、メイクの仕方も、全てがこの綺麗な瞬間の為にあるかのように。
 それは認めざるを得なかったが、やっぱり少し気恥ずかしくなり、高嶺はお代わりしたばかりの紅茶を口に含んだ。


 その話がやってきたのは、数日前だった。その時もいつものように馴染みである喫茶店で緩やかな時間を楽しんでいた高嶺に、火月から話があったのだ。
「高嶺さん、モデルのアルバイトをしてもらえないかな?」
「……モデル?」
 突然の言葉に驚く高嶺に、火月はこっくりと頷く。
「実は、急にモデルの子が来られなくなってしまって。代わりに誰かいないかって聞かれたんだ」
「代わりって言っても」
 高嶺は戸惑いながら呟く。急にモデルをといわれても、どう答えていいのか分からなくなってしまう。そんな高嶺の様子に気づいた火月が、にこっと笑いながら「大丈夫」という。
「ちゃんと俺もフォローするし」
「そう、言われても」
 それでも戸惑ったままの高嶺に、火月は頭を下げる。
「本当に、困ってるんだ。お願い、できないかな?」
「火月君……」
 しっかり頭まで下げられ、高嶺は考える。火月には、前にクッキーの作り方を教えてもらった恩がある。それも、とても美味しいといってもらえたクッキーの作り方を。レシピが間違っていたからと言って、わざわざ家まで赴いて教えてくれたのだ。
 高嶺はその事を頭に入れ、小さく「うん」と頷く。
「分かった。今回だけ」
 高嶺の返事に、ぱあ、と火月の顔が明るくなった。
「有難う!じゃあ、これが撮影場所だから」
 火月はそう言って、地図をポケットから取り出す。街の一角にあるビルで、喫茶店からそう遠くは無い位置だ。
「当日ついたら、迎えに行くね」
 高嶺が頷くのを見、火月は微笑んでから再び「有難う」と礼を言った。
 それが、数日前。
「……ここ、か」
 高嶺は、火月から貰った地図を握り締めて立っていた。外観は至って普通のビルだ。太陽の光を浴び、きらきらと窓が反射している。まぶしさに目を細めて立っていると、ふと「高嶺さん」と声をかけられる。
「ああ、来てくれたんだね。有難う」
 火月の声だ、と高嶺がそちらに目をやり、絶句する。
 火月は、何処からどう見ても女性にしか見えなかった。元々可愛らしい顔立ちをしているのに、ほんのりと化粧をしていてそれがまた際立っていた。さらりと長い髪をたらし、可愛らしいリボンをつけている。そして何より、全体の雰囲気が「女性」であった。火月を包む雰囲気は、いつものものとは違っていた。
「高嶺さん?」
 火月に声をかけられ、高嶺ははっとする。火月の格好はやっぱりびっくりするが、それでも一番にいえるのは唯一つだ。
「可愛いね」
 どれだけ驚いたとしても、動揺したとしても、目の前にいる女装をした火月は可愛らしかった。火月は「有難う」といい、高嶺を先導してビルの中に入った。
「あら、その子ね。……火月ちゃん、いい子を連れてきて」
 中に入って一番に、たくさんの化粧用具を腰に下げた女性に声をかけられた。見るからに、メイクなどの美容関係だと思われた。
「うん、いいね。今回のイメージに合っている感じ」
 今度は大きなカメラを持った女性がそう言って微笑んだ。火月は少しだけ誇らしそうに「でしょう?」と微笑む。
「ほらほら、あなたも着替えましょうね」
 高嶺はメイク担当の女性に引っ張られ、衣装に着替えるための場所へと誘われる。「え?」と戸惑いつつも引っ張られるままの高嶺を見、火月も微笑みながらついていく。
 そして、再びの絶句が高嶺に襲い掛かった。
「これがあなたの衣装よ」
 そう言って見せられたのは、中世の貴婦人が着ている様な、ヴィクトリアン風のドレスだったのである。きらきらと光に反射する布地は、外から見たビルの光を思い出させた。
「こ、これ?」
「そう、これ。絶対に似合うわ」
「で、でも」
 動揺したままの高嶺に、火月が「高嶺さん」と言って声をかける。「え?」と言いながら振り返る高嶺の手を、火月はぎゅっと握り締める。突然の事に、思わず高嶺はびくりと体を震わせた。
「大丈夫。高嶺さんなら絶対に似合うから」
 暖かな手、まっすぐな眼差し。
「絶対に、似合う。俺、保障する」
 最初はただ、手を握られて驚いた。だが、振り払う事はできなかった。火月に握られた事が不快ではないから。勿論、不快ではないくとも、落ち着かない事ではあったが。
 高嶺は握られた手を見て「分かった」とぽつりと呟く。いつもの高嶺らしくない、少し気弱な声で。
「分かったから……あの……」
「え?」
 きょとんとしたままの火月に、高嶺は「手」と呟くように言う。
「それで、あの……手を……は、離して……くれる?」
 高嶺の動揺の元を知らされた火月は「ああ」と言って頷き、微笑む。
「絶対、似合うよ」
 再びそう言い、火月は一旦外に出る。メイク担当の女性が着替えを手伝っていたが、途中「すぐに戻るから」と言って出て行った。スタジオに、忘れ物でもしたのだろう。
「あのね、高嶺さん」
 メイク担当の女性が帰ってくる前に、ドア越しに火月が話しかける。高嶺は着替えながら「え?」と問いただす。
「俺は養子なんだけど、家族は凄く俺を大切にしてくれているんだ。そんな家族が、一時生活に困ったことがあってね」
「うん」
「俺にも手伝える事がないかな、って思ったんだ。その時に、以前の家で姿や仕草を女性に似せる術を教わっていた事を思い出して。この仕事だったら、言葉が片言でも行えるしね」
 火月の言葉に、高嶺は「そう」と言い、ただ静かに頷いた。
「大切な人の為に何かできることがあるのは、嬉しい事だよね」
 高嶺はそう言って微笑む。「それを見つけられて良かったね」とも。火月は高嶺の言葉に「うん」と答える。
「ごめんごめん。さ、続きやろうか」
 メイク担当の女性が戻ってきた。火月は「また後でね」といい、その場を後にする。高嶺も「うん」と頷き、その身をメイク担当の女性に預けるのだった。
 着替えとメイクにかかったのは、30分くらいだった。火月一人の写真を撮り終えた頃、メイク担当の女性が嬉しそうに「素敵なの!」と言いながら出てきたのだ。
 スタジオ内から、現れた高嶺に向けて「おお」というざわめきが起こった。同時に、みなの顔に笑みが浮かぶ。
「え、何?」
 何が起こったか分からず、高嶺は火月の方を見る。火月は他の人たちとは違ってざわついたりはしていなかったが、ただじっと高嶺を見ていた。
 あの、まっすぐな眼差しで。
「火月君……?」
 思わず高嶺が声をかけると、火月ははっとしたような表情をした後、にっこりと微笑んだ。高嶺はちょっとだけほっとしたような表情をし、ひらひらと揺れるドレスを見つめる。
「変じゃないかな?」
「そんな事ないよ。凄く、似合ってるよ」
「そうかな?」
「うん」
 高嶺が「でも」と口を開いた瞬間、スタッフから声がかかる。
「そろそろ撮影を再開する。ええと、今度は高嶺ちゃんから」
「あ、はい」
 スタッフに連れられていく高嶺に、火月はにこっと微笑んで「頑張れ」と声をかける。高嶺は「うん」とだけ答え、スタッフの指示通りにポージングをしていく。
 きらきらと光る照明に、ふんわりとした空気。
 シチュエーションは違えど、どこか行きつけである喫茶店の雰囲気を感じさせるのだった。


 写真を一通り見、高嶺は息を吐き出す。
「ちゃんと、終わってよかった」
 火月は心の底から言ったような言葉にそっと微笑み「お疲れ様」と声をかける。
「本当に、有難う。高嶺さんのお陰で、凄くいい写真が取れたって言ってたし」
「それは、良かった」
 高嶺はそう言い、小さく笑う。綺麗に着飾られた自分を写真で見るのは、何処と無くくすぐったいような気持ちになる。
「あ、もうこんな時間なんだ」
 高嶺は時計を確認し、慌てて席を立つ。火月は「ありがとうございます」と店員らしく声をかけ、レジを打つ。
「そういえば」
 出された金額を財布から取り出しつつ、高嶺が口を開く。
「一度、無口になってたよね?火月君」
「あ、うん」
「何かあったの?」
 ちゃりん。
 火月はレジを開き、高嶺から受け取ったお金のつりを取り出し、高嶺に手渡す。そうして少しだけ悩んだ後、高嶺をじっと見つめる。
「実は」
「うん」
 喫茶店のドアを開けようとする高嶺の前に、火月はそっとドアを開く。高嶺をじっと見つめ、再び「実はね」と繰り替えす。
「高嶺さんが綺麗だったから、見惚れていたんだ」
 高嶺が思わず「え」と声に出すと、火月はそっと微笑んだ。
「また機会があったらいいね」
 火月はそういうと「ありがとうございました」と再び形式ばった言葉を言った。高嶺はそっと一旦帰りかけ、くるりと振り返る。
「ありがとう」
 高嶺の言葉に、火月は「うん」と答えて手をひらひらと振った。高嶺もそれに答えるように微笑み、手をひらひらと振り返した。
 ちょうど夕日となってしまった光が、きらきらと喫茶店の窓ガラスに反射していた。それを視界の端で捉えながら、二人は今一度手を振り合うのだった。


<緩やかな時間を共有し・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月20日

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