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『煙草と悪魔 』
ジェームズ・ブラックマン5128)&ナイトホーク(NPC3829)

 ランチタイムも既に終わり、蒼月亭の入り口には『Closed』の看板がかけられていた。
 だがそんな中ジェームズ・ブラックマンは、指定席であるカウンターの一番奥に座り優雅にコーヒーを楽しんでいた。
 いつもの研ぎ澄まされたような味と香りのブレンド。他の客がいない店の中で静かにコーヒーを楽しめるこの時間を、ジェームズはとても気に入っている。
「クロさぁ、最近昼間もよく顔出すけど、仕事してるの?」
 カウンターの中では、ここのマスターであるナイトホークが忙しそうに夜の準備をしている。その様子を見ながらジェームズはふっと微笑んだ。
「ご心配なく。ここにコーヒーやカクテルを飲みに来られる程度に仕事はしている」
「それは退屈しのぎ?それとも生活のため?」
 きちんと糊付けしてある夜用の黒いシャツに着替えながら、ナイトホークが皮肉っぽく笑う。普段は奥に入って着替えているのだが、ジェームズしかいないせいかナイトホークはすべての準備をここでするつもりらしい。
「聞かなくても分かるくせに…」
「まあね。退屈を楽しめるほど、まだまだ悟っちゃいないな」
 そう。永遠に近い時間を生きている自分達にとって退屈は敵だ。ナイトホークが言うように、悟れば退屈すら楽しめるようになるのかも知れないが、生憎そんなつもりはない。
 それはおそらくナイトホークも同じだろう。そうじゃなければ、わざわざ東京の片隅を転々としてまで『蒼月亭』という店を開く必要がない。ジェームズとナイトホークの違いは「外に出て刺激を求めるか、中で何かが起こるのを待つか」だけだ。退屈を恐れていることに変わりはない。
「全くだ…そうだ、夜鷹。珍しい煙草を手に入れたんだが吸うか?」
 ちょっとした交渉をしに行った先で手に入れた、未開封の煙草をジェームズはナイトホークに差し出した。そのパッケージには『GARAM』と書かれている。ナイトホークはそれを見て、一瞬吃驚した後で満面の笑みを浮かべた。
「わっ、ガラムじゃん。好きなんだけどタール強いし、クセあるからなかなか売ってないんだよ…サンキュー、クロ」
 照れくさそうに笑いながらそう言うと、ナイトホークは早速煙草の封を切った。全く、煙草一つで菓子をもらった子供のような表情をする…だが、コーヒーカップを持ったジェームズの目が、ある一点を見て止まった。ナイトホークはガラムに火を付けようとしたまま、ジェームズの顔を見る。
「何?クロ。俺、何かおかしい?」
 おかしい訳ではない。ただ微かな違和感がある。
 糊のきいたシャツ、品のいい蝶ネクタイ。そして体に合わせて作った黒いベスト。アンティークのガラスシェードに良く磨かれたカウンター。すべてが調和した店内のはずなのに…そう思いながらナイトホークの手元を見た瞬間、ジェームズはその違和感に気が付いた。
「夜鷹、何だそのライターは」
「はい?ああ、カートンで煙草買うとなんかついてくるんだよ。それがどうかした?」
 ナイトホークの手元には、安っぽい色のプラスチックで出来たライターが握られている。それで火を付け、またその辺にライターを置くナイトホークを見て、ジェームズは呆れたように溜息をついた。
「いつからそんな安っぽい物を使うようになった…私は『安い物を使い回さず、高くてもいい物を大切に使え』と教えたはずだが」
「んな事言ったって、ある物は便利なんだから使っちまうだろ…」
 よく見れば客席のカウンターにある灰皿の所にも、駄菓子のような色のライターが点々と置いてある。ジェームズは眉間に皺を寄せつつ立ち上がり、それをすべて自分の手元に集めた。そしてナイトホークの方をキッと睨む。
「夜鷹、カウンターの中にあるライターをすべて出せ」
「はい?」
「その安っぽいライターはこの店にふさわしくない。だから全部捨ててくる」
「捨てるって言われても…」
「いいから出せ」
 その迫力に押されたのか、ナイトホークは自分の手元やカウンターの中にあったプラスチックのライターを、ジェームズの手元に出した。その目が痛くなりそうな色を見ると、ますます嫌気が差してくる。
 だらしない。確か煙草を覚え始めた頃はマッチで火を付けていたはずなのに、店の中で動きながら火を付けるのを毎日のように見ていると、案外気付かないものだ。
「クロ…それ捨てるのいいけど、俺ライター持ってない」
 持ってきていた紙袋の中にすべてのライターを入れるのを見て、ナイトホークが困ったような表情をした。いつもならこの表情に負けて一つぐらい渡してしまいそうなものだが、今回はそうはいかない。一つだらしなくなると、それに合わせて周りがだらしなくなる。せっかくゆっくりとくつろげる場所を、こんなくだらない物で壊されてはたまったものじゃない。
 ジェームズはカウンターの中を指さした。この店のことは大体知っている。どこに何が置いてあるのかも、何をしまい込んでいるかも、もしかしたらナイトホークより分かっているかも知れない。
「マッチがあるだろう。引き出しの中に、蒼い月をデザインしたこの店のマッチが。カウンターにはそれを置け。あと、残りのガラムは私が預かる」
「ああ、最近使ってなかったから気付かなかった…って、まだ一本しか吸ってない」
「返事は?」
「はい…」
 ジェームズの剣幕に、ナイトホークは怒られた子供のように小さく返事をし、ガラムをそっと返した。

 次の日。
 ジェームズはライターを探しに、色々な店を歩き回っていた。
「こんな事なら煙草など覚えさせなければ良かったか?」
 確か出会った頃は煙草を吸っていなかったはずだ。だがジェームズは、ナイトホークが煙草を吸うことを止めはしなかった。それは長い時を生きる自分達にとって、嗜好品は退屈を感じさせないための友だからだ。カクテルやコーヒーもその一つだ。
 それに不死であるナイトホークに「体に悪いから煙草はやめろ」などと言うのも滑稽だし、法に触れるものでもないのだからわざわざ止める必要もない。
 ただ自分が許せないのは、あの毒々しいライターだけなのだ。
「しかし、色んな種類があるものだな…」
 ライターと一言でくくるには、あまりにもたくさんの種類があった。見ただけでも、シンプルな無地の物からキャラクターが描かれた可愛らしい物まである。大きさもシガレットケースに収まるほど細身の物や、置いたまま使う重厚な物まで様々だ。
「ちょっと手に取らせて頂いてもよろしいですか?」
 店員にそう言い、ジェームズはライターを手に取った。手に収まる大きさなのに、しっかりとした重みがある。大体どれも同じような大きさなので、これを参考にするといいだろう。
「大きさはこれぐらいでいいとして、後はイメージか…」
 真剣な顔でショーケースを見るジェームズに、店員が声を掛ける。
「どのような物をお探しですか?奥にもアンティークとかもあるんで、よろしかったらお出ししますよ。贈り物ですか?」
「ええ、プレゼントなんです」
 そう言った瞬間、ジェームズは思わず苦笑した。
 自分は今、ものすごく楽しんでいる。まるで恋人に贈る指輪でも探すかのように、真剣にナイトホークのイメージに合うライターを選んでいる。
 それは自分の元にやって来る怪奇事件や交渉ごとよりも、よほどいい刺激だった。
「こういう退屈の壊し方があったのか…」
 きっとナイトホークのことだ。こんな物を贈られたら、一瞬吃驚した顔をしてから思い切り微笑むだろう。そして『サンキュー、大事にする』とか、照れくさそうに言うのだ。それを想像するだけでも何だか楽しい。
 店員がプレゼントと言う言葉に反応して、色々なライターを目の前に並べた。
「女性の方ですか?」
「いえ、男性です。出来ればあまり派手な飾りが付いていないシンプルな物で、鷹が描かれているといいんですが」
 ジェームズの注文に、店員は色々なライターを出す。だが、いまいちピンと来る物がない。鳥が描かれている物は結構あるのだが、どれもナイトホークのイメージに合わないような気がする。
「鷲モチーフは結構多いんですけど、やっぱり鷹がいいです?」
「ええ。予算は少し高くなってもいいですから、鷹モチーフの物を」
 すると店員は箱に入れられたライターを出してきた。それはいぶし銀仕上げで、鷹が彫られた部分が銀地になっている。遠目に見ると黒光りしているシンプルなライターだ。自分が思い描いていたライターを見て、ジェームズは「ふむ…」と満足げに頷く。
「これはシルバーなんでちょっとお値段が張るんですけど、Zippoなので長く使えますよ」
「長く使える、とは?」
 ジェームズがそう質問すると、店員はZippoの説明が書かれたパンフレットを差し出しながら、ライターを柔らかい布で丁寧に拭いた。その仕草はなんだかナイトホークがグラスを磨く様を思い浮かばせる。
「Zippoは発売されてから七十年経っているんですけど、その製品のすべてが永久保証なんです。どれだけ壊れてても無料で修理してくれて、返送料も負担してくれるんですよ。だから親子で使ったり出来ますね…一生物ですよ」
「それは素晴らしい」
 永久保証…その言葉を聞き、ジェームズはさらにこのライターが気に入った。自分達と同じように、長い時を一緒に歩める物。自分が退屈をコーヒーで紛らわせるように、ナイトホークは退屈を煙草で紛らわせる。その時間に寄り添うのにこれほどふさわしい物はない。
「ではこれを。あとこれに合うシガレットケースも」
 ナイトホークがその辺に煙草を置いて歩かないように、ジェームズはシルバーのシガレットケースも一緒に買っていくことにした。ちょうどベストの胸ポケットや、昼間の営業時につけているエプロンのポケットにも入るぐらいの大きさだ。そこから煙草を取り出して火を付けるのは、きっと絵になるだろう。
「ありがとうございました」
 しっかりとした重みのあるライターや、シガレットケース、オイルなどを手に入れ、ジェームズは店を出た。今から行けば夜の準備に間に合うだろう。早くナイトホークの驚く顔が見たい。
「全く、こんな気持ちは久しぶりだ」
 だが決して不快ではない。
 くすぐったいような心地よさを感じながら、ジェームズは蒼月亭へと足を向けた。

「あ、まだ始まって…なんだクロか。いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
 夜の営業の準備をしていたところにジェームズは入っていき、当然のようにいつもの席に座った。客席の灰皿には蒼い月が描かれたマッチ箱が置いてある。
「ご注文は?いつものブレンド?」
「いや、まずこれを」
 コーヒーミルを用意しようとしたナイトホークに、ジェームズはまずむき出しのシガレットケースを差し出した。中にはガラムが並べて入れられている。それを見て、ナイトホークはジェームズの顔を見た。
「えーっと、これは?」
「煙草の箱をその辺に置かないように、今度からこれに入れるといい。これなら吸った量もよく分かるし、煙草を湿気らせることもないだろう」
 ふっと笑ったジェームズに、ナイトホークは満面の笑みを返す。
「サンキュー、クロ。うわーすっげぇ嬉しい…大事に使うよ」
 シガレットケースからガラムを一本取りだし、小気味いい音を立てナイトホークがそれを閉じた。その様はカウンターの中でやはり絵になっている…自分の見立てが間違っていなかったことにジェームズは満足した。そして煙草に火を付けようとするナイトホークを止める。
「ちょっと待て…私は煙草を吸わないのでよく分からなかったのだが、これもプレゼントだ」
 そう言ってジェームズは、先ほど選んだばかりのライターをカウンターの上に置いた。いぶし銀の闇を飛ぶ鷹が彫られたライターに、ナイトホークが手を伸ばす。
「これってZippo…しかもシルバーだ。クロ、いいのか?」
 ライターの底にある刻印を確かめたりするナイトホークに、ジェームズはそれを手渡すように言う。
「お前のために買ったんだ。オイルもちゃんと入れてある…私が火を付けてやろう」
「サンキュー、クロ」
 手元に出された火に、ナイトホークの口元が近づく。その先に火がつくと、ガラム独特の甘い香りとパチパチとする音があたりに満ち、ナイトホークは嬉しそうに煙を吐く。
「すっげー美味い…その辺のライターで火付けるより、絶対美味い」
「そうか、それなら良かった」
 だがジェームズは煙草に火を付けると、自分のスーツの胸ポケットにライターをしまいながらふっと微笑んだ。ナイトホークは煙草をくわえたまま、少し唖然とする。
「あれ?クロ、それ俺にくれるんじゃないの?」
「これは私が持っていよう。その代わり夜鷹、このライターはお前の煙草専用だ…私がここにいるときは、いつでも火を付けてやろう。それじゃ不満か?」
 これが一番絵になる使い方。ナイトホークが一人の時はマッチを使えばいい…マッチで煙草に火を付ける姿も様になるのだから。
 意地悪そうに微笑むジェームズを見て、ナイトホークが困ったように笑う。
「何かそれ、意味深だな」
「お好きな意味に…さて、少し早いが今日は趣向を変えて『ブラックマジック』を」
「かしこまりました。嬉しい贈り物のお礼に、俺の奢りでレモンをきかせた黒い魔法を」
 煙草を灰皿に置きカクテルを作り始めるナイトホークを、ジェームズは特等席で満足げに見つめていた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
今回は「ライターを贈る」と言うことで、色々調べさせて頂きました。Zippoはいいですね…思わず調べながら熱中してしまったのは内緒です(笑)
何となくジェームズさんはライターだけでなく、入れ物にも凝りそうだったので、シガレットケースも一緒にさせて頂きました。あとガラムというクセのある煙草も…。
タイトルは芥川龍之介の短編のタイトルから頂きました。ライターを贈りながら、身につけさせないで専用で火を付けるというのが、何となく高貴な悪魔のようです。
リテイクなどがあれば遠慮なくお願いいたします。
では、また夜鷹の煙草に火を付けにいらして下さいませ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月15日

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