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『 ご利用は計画的に。 』
黒羽・陽月6178)&工藤・光太郎(6198)

 人にはそれぞれ「美学」や「プライド」というものがあるように、怪盗には怪盗の「美学」はある。どんなものでも盗むことはできるけれど、決して人の命は盗まない。
 返せないものは盗まない。それが、彼の「美学」だ。


「どういうことだ、これは?」
 現場に駆けつけた工藤は、その有様の悲惨さよりもいるはずのない人物がいたことに顔をしかめた。
「ちょっと〜名探偵くん、来るの遅いよ?俺待ちくたびれちゃったなぁ」
 ヘラッと笑うその態度に、工藤はますます眉間の皺を深くする。
「質問に答えろよ。どうしてお前がコンナトコロにいるんだ」
 コンナトコロ。
 大通りに面した商店街の一角を利用して作られた、小さな公園。小さいけれど、コンクリートジャングルの中でひっそりと息づく本物の緑は道行く人々の心を和ませてくれていた。
 別に、普段ならここに彼がいたところで気にも留めない。あぁ、散歩に来ているのかな〜と思うくらいだ。それならなぜ、今日はこんなに問い詰めるのか?最大の理由は、そこに転がっているオプションである。
 緑の芝生に不自然に散らばっている赤。力なく投げ出された肉体。けれどその顔は恐怖からか、奇妙に引きつっている。
 ――死体。それも、殺人死体。
 そこには、非日常の塊が横たわっている。
 そんなものが転がっている場所にいるということは、もちろん。
「いや〜参考人って奴?なんせ第一発見者だからさぁ」
 参っちゃうよな、なんて言うその表情はあまり参っているようには見えなくて…工藤は大きなため息をついた。
「…わかった。おまえはそこで大人しくしてろ」
「言われなくても邪魔はしないよ。ちゃっちゃっと解決してきてね」
 殺人現場を目撃した割には動じた様子もない彼をジロリと睨みつけて、詳しい話を聞くべく警察の元へと歩いていく工藤。
 本当、変な奴…。
 もちろん当人には聴こえなかった。




 ヒラヒラと手を振って工藤の背中を見送りながら、黒羽は「さて」と呟いた。
 第一発見者が最大の容疑者である、というのは誰が言い出したのか一種の定説になっている。最初にやって来た刑事もその定説どおりこちらに疑いの目を向けていたけれど、工藤が出てきてくれた以上、もう心配いらないだろう。しかしそうなると、一気に自分は暇になる。参考人という立場上勝手に帰るわけにもいかないし、かといって怪しまれているわけでもないから話を聞かれることも少ない。目撃情報についてもさっきしっかり話したし。
 とりあえず。
「早くひらめいてくれよ〜名探偵」
 友人の背中に祈るだけだ。
 突然、一人の刑事が工藤らの元に駆け寄ってきた。彼の顔はわずかに引きつっていて、彼が差し出した紙切れを見た工藤らも皆一様に顔を強張らせた。
「………?」
 俄かに慌ただしくなる刑事たち。その中を、工藤がゆっくりと歩いてきた。ピタリ、と黒羽の前に止まると手にしていたカードを差し出す。
「もう参考人は帰っていいって」
「え、なんで…」
 言いかけて、そのカードに思わず息を呑む。
 見慣れたデザインのカード。それは黒羽が「仕事」をするときに用いるものに酷似していた。
『本日午後四時、宝石店<ガーネット>より人魚の涙をちょうだいします。――怪盗Feathery』
 そう書かれた文字も文面も、確かに自分のものと良く似ている。けれど、一つだけ違うのは。
『P.S.さっき準備してる時に邪魔者がいたのでちょっとお仕置きしておきました。ついでに後始末よろしく』
 そんな手書きの文が付け加えられていることだ。
「この事件は怪盗Featheryの仕業らしい。犯人もわかったからおまえも帰っていいんだってさ」
 どうやらこの事件の犯人殿は、怪盗に罪をなすりつけようと考えているらしい。公園の隣はおあつらえ向きに宝石店だし、この文章にも信憑性が濃くなるというものだ。
『なるほどねぇ…考えてるじゃん』
 カードのデザインもそっくりだし、犯人は以前から計画を進めていたのだろう。その用意周到さとアイディアには感心もするけれど。
『でも…世の中はそんなに甘くないんだなぁ』
「怪盗が犯人だってわかったから参考人は帰っていい…ってのが、警察の意見」
 工藤があからさまに不満そうな声で呟いた。
「工藤の意見は?」
 黒羽が問うと、彼はちょっと眉を寄せてこちらを見、すぐに視線を逸らした。
「あいつは、シロだ」
「なんで?」
 その声に安堵の色が含まれていないかちょっと心配になったが、彼の様子を見るに大丈夫だったようだ。
「あいつは、殺さない」
『へぇ〜、わかってるじゃん』
 ちょっと嬉しくなった。今までに何人もの人をだまし、いくつもの宝を盗んできた。数え切れない程罪を犯してきたけれど…最後の一線だけは越えていない。今までも、もちろんこれからも。そのことを彼がわかってくれていることが純粋に嬉しかった。
「それじゃあこれは、怪盗に罪をなすりつけようとしてる一般人の犯罪ってことかな」
「警察はやっぱりあいつが犯人だって…まぁ、予告状まであるからそう思い込んじゃってるみたいだし、早いところ真犯人を挙げなきゃ」
 呟いて、工藤は再びカードに視線を落とした。
「犯人は、あのオジサンを殺した罪を怪盗になすりつけたわけだよね」
「いや、違う」
「?」
「犯人がなすりつけたかった罪は殺しじゃない。盗みだよ」
 そのカードに書いてある通り、なと工藤は付け加える。
「犯人は、人魚の涙を盗むという罪を、怪盗Featheryになすりつけようと考えた。予告状でも出しちまえば、他に犯人がいるなんてなかなか考えもしないからな」
「うん」
「殺しの動機もカードに書いてある通り…計画の準備を発見されて口封じのためだったんだろう。突発的に殺しちまったこっちの罪もなすりつけちまおうと思って、カードに書き加えたんだ」
「なるほどな…そーゆうことも考えられるか。でも、盗みがメインでとっさに殺しただけなんて、なんで断言できるわけ?」
 黒羽の質問に、工藤は呆れたように眉を寄せた。
「殺したいだけなら、なにもわざわざ怪盗なんかの名前持ち出して事を荒立てなくても、通り魔の犯行とか事故とか、そっちに見立てたほうが自然だろ。殺人鬼ならともかく、怪盗だぞ?畑違いもいいとこだ」
「なるほど」
 例えば学校のガラスが放課後、飛んできた野球ボールによって割られたとする。その犯人にサッカー部員を仕立て上げることは、もちろん不可能ではないが、野球部員を犯人にした方が信憑性も増すというもの。部活中にファウルボールが飛んできたのだ…と言えば、大体の人が信じるだろう。つまりは、そういうことだ。
「それくらいおまえならわかるだろ」
「ちょっと試してみただけです〜」
「あーそうですか」
「でもさぁ工藤?それでまぁ、犯人の動機はなんとなくわかった。肝心の犯人は?」
「ちょっと調べりゃすぐわかるよ。これのおかげで」
 再びカードをヒラヒラと振ってみせる工藤。内心、黒羽はあまりそれをじっくり見たくなかった。誰かが自分を隠れ蓑にして悪事を働こうと画策し、あまつさえ人を殺めてしまった証だ。ムダにそっくりなのが逆に恨めしい。
「これはあいつの予告状を真似て作られたモンだ。デザインといい文章といい、かなりそっくりだな」
 黒羽もうなずく。
「当然だけど、一般人はあいつがどんな予告状を使ってるかなんて知らない。実際に送りつけられるか、おまえみたいに関係者から見せられるかしない限り見ることなんてあり得ない。そんな、ある意味レアモンをここまでそっくりに再現できるってことは…」
「今までに被害に遭ったことがある人…か」
「そう。そして、宝石店<ガーネット>にある人魚の涙って石は、来週博物館に展示される予定で、今は一時的にそこに保管されてるって話だ。そんな一時的に置いてあるだけの品物の存在を知ってるってことは、内部犯の可能性が高い。後は…」
 工藤の指が、カードに後から書き加えられた文を指した。
「ここは手書きだしな。筆跡鑑定でもすればすぐに割れるさ」
 ゴールイン、だ。工藤がそう言ってニヤッと笑うと黒羽もつられるように笑って見せた。
「さすが名探偵。簡単に解いちゃったね」
「こんなの謎でもなんでもない。解いたうちに入らないよ。…じゃあ俺、警部に一応話してくるから。そこで待ってろよ」
「いってらっしゃーい」
 工藤の背中を見送ってから、黒羽はそっと腕時計を見た。時刻は午後3時55分。偽の予告時間まであと5分だ。おそらく今頃、犯人は標的を実際に盗むべく動いているだろう。
「やっぱり…お仕置きは必要だよな?」






 工藤の推理は外れた。いや、当たってはいたのだが…真実は推理を越えていた。犯人が出した予告状の通りに怪盗Featheryが現れ、まんまと人魚の涙を盗んでいったのだ。反対に、自らをダシにした犯人の男を土産にして。
「名探偵、君に信じてもらえて光栄だよ」
 そう囁いた彼の声に、聞き覚えはないはずなのに懐かしさを感じて…。一瞬、戸惑ったのが悪かった。せっかく目の前に彼が現れたのに、捕らえる機会を逃してしまったのだ。
 それからすぐに工藤が先程、黒羽と分かれた場所に行くと、その人は変わり果てた姿でそこに待っていた。
「黒羽っ?」
 驚いて駆け寄り、彼を縛る縄に手をかける。結構強い力で縛られているらしく、なかなか解けない。
「あれ〜工藤?なんであんたここに…。あれ?てゆうかなんで俺、こんなとこで縛られてんだ?」
 とぼけた物言いの黒羽に、工藤の眉がひそめられる。
「お前…覚えていないのか?」
「なにを?」
 黒羽のそれは、もちろん演技だ。今回は、最初から怪盗が黒羽に変装して工藤と話していたと言う設定だ。いつものように完璧に演じ、そこにはなんの綻びもなかった。けれど、黒羽の肩を掴んできた工藤の様子は常と違っていた。
「……工藤?」
「…俺、さっき怪盗Featheryの声聴いた」
「ふぅん…」
 殺人はしない、と工藤に信じてもらえたのが嬉しくて、やっぱり本人で礼を言いたくて、初めて彼の前で口を利いた。しかしちゃんと声は変えているのだから、何の問題もない…はずなのに。
「…おまえが、あいつなんだろ?」
 ギクリ。
 黒羽の心臓が嫌な音を立てるが、表情には出ていない。はずだ。
 失敗したな、と思った。ちょっと浮かれていたのかもしれない。工藤は正真正銘の名探偵なのだ、ほんのささいなことから真実を見つけ出す技には長けている。それこそ、黒羽の頭脳を凌駕しかねないほどに。そんな相手の前で声を出したのは失敗だった。どこかでひっかかったのだろう。
「え〜…何言ってんの、工藤?そんなわけないじゃん」
 下手に何か言ったりしないほうがいい。とりあえずこの場は適当に濁してごまかすことにした。
『やれやれ…一仕事、増えちゃったな』




 翌日。いつものように一緒に帰る途中、交差点。対岸には大きな街頭テレビが掲げられていて、信号待ちの間は皆がそこに目を向けていた。そんな時、突然そこに臨時ニュースを伝える女性アナウンサーが映った。
『臨時ニュースをお伝えします。昨日<ガーネット>に現れた、あの怪盗Featheryがなんと、盗品を返しに現れたという衝撃的な映像が届きました。ごらんください!』
 怪盗Featheryと聞いて皆の視線がテレビに釘付けになる。もちろん、工藤も。
 映し出されたのはどこかの小ぢんまりした郵便局。監視カメラなのだろう、あまり鮮明な画像ではなかった。そこにフワリと現れた、シルクハットと長いマントが印象的な後姿。怪盗Featheryだ。局員も始めは妙な格好をした奴が来たな、くらいにしか思わなかったようだがカウンターに置かれた人魚の涙を見て驚き硬直した。
「返しといてね。よろしく」
 軽く言った怪盗はそのまま消えるかと思いきや、監視カメラによく映るところまで歩いてきて…己の素顔を隠すシルクハットを脱いだ。
「!!」
 そこにいた、テレビを見る全ての…いや、黒羽以外の人が全員、息をのむ。シルクハットに隠されていた素顔…それは、なんとも愛らしい顔をした美女だった。
 彼女は軽くウィンクをして形の良い唇で投げキッスをすると、踊るように姿を消した。
『ご覧になりましたでしょうか!?なんと怪盗Featheryは女性だったことが…』
 工藤が驚きを隠せない様子でこちらを振り返る。その目は暗に「おまえじゃなかったのか!?」と言っていて…黒羽は必死で笑いを堪えつつ周囲の人々同様に目を丸くしてみせた。
「びっくりだな〜女だったんだね」
「……」
「女怪盗って、なんかカッコイイな」
「…あ…ああ…」
 純粋に感動した様子を見せると、彼はまだ戸惑っているようだったけれどうなずいた。事実にまだ頭が追い付いていないらしい。
 信号が変わり、人の流れに押されて歩き出す。少し前を歩く工藤の背中に黒羽は小さく謝った。
『ごめんな〜。まだまだ正体なんか明かせないからさ…投げキッスで我慢してね!』

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
叶 遥 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月13日

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