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『□ 積み重なる時間 □ 』
法条・風槻6235)&深山・智(0281)



 電子的な光が唯一の光源として、薄暗い室内を照らしている。
 光を遮るように遮光カーテンがきっちりと閉められているせいで、いまが何時なのか時間感覚が分からなかった。
 部屋の主は、気にもとめずに画面に見入っている。
 かちゃかちゃと鳴るのはキーボードを打つ音だ。
 時折、スピーカーから音が鳴り、主にメールの着信を知らせる。
 受けた仕事を確認したというメールで、ネットバンクにログインして入金を確認すると、これでようやく仕事を終えたと言えた。


『そろそろ終わりかな。流石にお腹空いてきたし……』
 法条風槻(のりなが・ふつき)はメッシュ素材のオフィスチェアに腰掛け、オーバルタイプの机に据えられたパソコンの画面を眺めていた。
 思い出せばまともな食事を摂ったのは二日前で、ときおり気付いたように糖分摂取で砂糖の入った甘ったるい缶珈琲を数本飲んだだけだった。
 コンビニに出来合いのものを買いに行って食べればいい話なのだが、受けた仕事に没頭すると中断することさえ思いつかないまま、一仕事終えるまで続けてしまうのだ。
 いつもいけないとは思うのだが、これはもう仕事をする上でのスタイルだとあきらめていた。
 空腹であることを認識するくらいになると、仕事に余裕が出てきた証拠だった。
 だが、まずは食事よりも、
『美味しい珈琲が飲みたい……』
 甘ったるい缶珈琲にはいい加減、飽きてきていたのだ。
 出かけるにしても、すっかりぱさついた髪の毛をひとつまみ手に取る。
『シャワーを浴びて気分を切り替えるかな』
 それほど時間をかけずにシャワー室から戻ると、ドライヤーで髪を乾かし、適度にブラッシングすると、ラインストーンの装飾が煌めくヘアクリップでアップにする。
 シンプルなナチュラルオークル枠の鏡に姿を写し、クローゼットからアクリルガラスのカフスが印象的な季節的に涼しそうに見える光沢加工のされた黒のシフォンブラウスとベージュのクロップドパンツを引っ張りだし、組み合わせてみる。
 風槻は涼しそうな服装にみえるのに満足すると、必要最低限のものだけを手に取り部屋を出、室内の暗さとは一転、外の明るさに一瞬、瞳を瞬かせた。


 目的が食べものではなく、珈琲だったせいもあり、久しぶりに向いていたのかもしれなかった。
 からんと扉のベルが客の来店を知らせる。
 喫茶店「深山」
 マスターは深山智(みやま・さとる)というのだが、喫茶店は深山(ふかやま)といった。
 珈琲豆の種類、それに珈琲の器に使われているカップにも細かい配慮がなされていて、風槻はさりげないところが好きだった。
 普段まめに足を運ばないのは、マスターの鋭い観察力で普段の生活がすっかりばれてしますからだ。
 風槻は甘いスイーツと珈琲の香りにうっとりとすると、カウンター席についた。
 カウンターで細口ポットから湯をドリッパーに注いでいる深山が目線をあげ「いらっしゃいませ」と挨拶をし、
「珍しいな」といった。
 風槻は深山が置いた水の入ったグラスを手にして舌を湿らせると、
「珈琲ちょうだい」
 開口一番注文する風槻に深山は、にっこりと笑みを浮かべ、いった。
「お嬢には、まず珈琲よりこっちだな」
「何?」
 風槻は深山が用意する飲みものを待っていると、それが何なのかすぐにわかった。
「うっ……」
 ホットミルクを出され、風槻はカップに口をつけた。
 すっかりまともな食事をしていないのがばれているのを、風槻はばつが悪そうな表情を浮かべる。
「やっぱりもう、ばれてるし」
「お嬢の足取りがふらついているのがわかったからね」
「あぁっ!」
 風槻は店の選択を間違えたかもと、カウンターテーブルに突っ伏す。
「まぁ、諦めてミルクを飲んで胃を落ち着かせなさい」
 その間に深山はひな鳥に食事を与える親の如く、胃に優しく、風槻が食べられるメニューを思い浮かべ、手早く料理し始めた。
 風槻は深山の料理する手を見る。
 下ごしらえの済ませてあった食材を軽くバターで炒め、弱火で煮はじめる
 風槻は美味しそうな匂いに誘発されたのか、空腹を訴え始めたお腹をおさえた。
 徐々に形へとしていく魔法の手から作られる料理がわかったのか、
「そろそろ?」
「もう少しで出来上がるよ」
「お腹空いちゃった」
 深山が蒸らしているのを覗き込み、出来上がったあっさり味の鶏肉ときのこの和風リゾットを浅皿に盛りつけ、ランチマットの上に並べる。
「いただきます」
 風槻はスプーンを手に持ち、さっそく口に運ぶ。
「熱いから気をつけて食べなさい」
 口の中にリゾットが入っているために、風槻はうんうんと頷く。
 どことなく小言が始まるのが分かっているのか、それで誤魔化そうとしているのかも知れなかった。
 深山はそんな風槻をおかしそうに笑った。
「小言をいわれるのがわかっているのに、ここに来るのはちゃんと駄目だとわかっているのだと思っているから、今日のところはこの辺で小言はやめておこうか」
 ホント? 一瞬、風槻の表情が明るくなる。
「本当だよ」
「やった、美味しい料理を美味しく食べたいものね」
「それが食べ終われば、珈琲を入れよう」
「珈琲! そう、美味しい珈琲が飲みたかったのよ。甘ったるい缶珈琲ばかり飲んでいて、美味しい珈琲が恋しくなったの」
「お嬢……」
 思わず黙る深山に、風槻が狼狽える。
「な、何、マスター黙っちゃって」
「何もいわないから、後で用意するものは持って帰りなさい」
 どことなく呆れた雰囲気を感じ取ったのか、風槻は大人しく頷く。
「糖分はちゃんと摂ってたのに」
「そればかり摂るっていうのはどうかと思うがね」
「手軽な保存食って、ちょうど缶珈琲しか無かったのよね」
 風槻は言い訳っぽく聞こえてしまうかも、と思いつつ口にする。
「保存食……。仕事中は料理を作りなさいとはいわないが、せめて簡単な食事くらいは摂りなさい。電子レンジで温めるだけの簡単な食品も最近は色々あるのだから」
「ううっ。今回は冷蔵庫に買い置きしていた食材を使った後に、急に仕事が入ったんだもの。急ぎだったんだもの」
 小言はこの辺でといっていた筈なのに、風槻が自ら墓穴を掘ったために、いつの間にやら小言再開になっていた。
 ちょっといじめすぎたかと考えた深山は、涼しげなガラスの器にバニラアイスを盛り、その上にプレーンヨーグルト、ホイップクリーム、クランベリーソースをかけたデザートをそっと出した。
「ふらふらになる前にここに来てくれれば、心配しないんだがね」
「仕事している間は元気な証拠だと思うけれど。……って美味し。甘すぎないし」
 ドリッパーに珈琲粉を入れ、細口ポットから湯を注いで、風槻の分の珈琲を淹れる。
 その後は再びセットして、耐熱ポットに淹れた珈琲を注ぎ込む。
 サンドイッチを箱に詰めて、ポットと共に紙袋に入れた。
 「ありがたく頂きます」と、手を合わせて風槻は紙袋を受け取り、カウンターテーブルに置く。
「マスターは夢の中に生きものが居るっていったら信じる?」
「急にどうしたんだね。夢の中か……もし、実際にみたとしたら信じると思うよ」
「そう、マスターは居ると思うんだね」
「その口ぶりからすると、お嬢は夢の中で生きものに出会ったんだね」
「どうしてそう思うの?」
「みたことがあるんだけれど、っていう確認に思えたからかな。貘みたいなものを想像しているんだが、どうかな」
 風槻はいっても大丈夫かどうか逡巡したあと、口にした。
「羊なのよ」
「羊?」
「羊。でもピンク色。可愛いのよ。後は内緒」
 悪戯っぽく口に指を当てて風槻は笑うと、席を立ち紙袋を手にする。
「じゃ、またね。マスター」
「内緒か」
 深山は髭に手をやり、笑みを浮かべる。
「こまめに顔を出しなさい。心配になるからね」
「はーい」
 振り返らずに手をひらひらと振って返事をすると、風槻は扉を開け、外へ出た。


 一度帰宅して、買い物用のバッグを手にしてから、再び出かけようと思っていた風槻は、深山から貰った紙袋のサンドイッチを冷蔵庫に入れておこうと取り出そうとした時、小さな紙袋が入っていたのに気付いた。
 開けてみれば、透明な袋に入った色とりどりの金平糖だった。
「糖分代わりに缶珈琲とかいってたから、気になったのかな」
 金平糖を買う深山の姿を思い浮かべ、風槻は笑う。
 保存の利くお菓子をおいて置く辺り、風槻が来るのを待っていてくれているのを感じて、嬉しくなる。
「あたしって、マスターに取ってはまだまだ子どもなのね」
 風槻は袋から一粒取りだし、口に放り込むと、口に広がる上品な甘さを堪能したのだった。



END


PCシチュエーションノベル(ツイン) -
竜城英理 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年06月05日

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