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『悪趣味な夜会 』
光月・羽澄1282)&藍原・和馬(1533)

 その場所が何処にあるかは、口外してはならないことになっている。
 濃いスモークで窓の中がうかがい知れないようになっているリムジンが、すうっとなめらかにファザードに車体を寄せた。
 車から降りたのは、ひとりの少女である。
 十代のおわりと見えたが、それにしてはもの馴れた様子だ。
 彼女は、深いブルーのイブニングドレスだった。
 彼女の年齢からすれば、その色づかいは抑制が効き過ぎているといってもよかったかもしれない。アクセサリーは白鳥を思わせる首にかかった三連の、無数の真珠をプラチナで綴ったネックレスと揃いのイヤリング。これもまた、ものだけを見ればずいぶんと渋い趣味だ。だがそれでも、大きく開いたドレスの背中は、どきりとするほど艶やかで、ていねいに結い上げられた銀の髪の、襟に残った後れ毛は、奇妙なくらいに大人びていた。
 すっ――、と彼女の前に差出された手を、少女はかるく微笑んでとり、そのエスコートに従う。
 女がイブニングドレスであるのだから、男は当然、燕尾服である。
 黒髪を、きっちりとなでつけると、浅黒い肌の精悍な顔立ちがいっそう引き締まって見えるようだった。
 ふたりが進み出ると、ドアマンが扉を開いて、中へと迎え入れてくれた。
 すっと近付いて来る黒服に、男は懐から洋封筒を取り出して渡す。
「お待ち申し上げておりました、胡弓堂様」
 慇懃に黒服が頭を下げるのに、ハリウッド女優もかくやという風格で頷いて、少女――光月羽澄は、藍原和馬をともなって、赤絨毯の上を歩みを進める……。


「正装じゃないといけないって」
「マジっすか」
 和馬はあんぐりと口を開けた。
「なんつうか、もっとこう……あやしげな集まりなんじゃ?」
「それはそうなのだけど。貴族趣味って言うのかしら。結構、お金持ちや政治家の会員もいるようだし……」
「そういうのは悪趣味って言うと思うんスけどー」
「かもね」
 羽澄はちょっと笑ってみせる。
「……なんかお手をわずらわせちゃって。お礼のはずだったんだけどな」
「あー、もう、謝りたいのはこっちのほうで。師匠がまた無理な注文を」
「それはいいの。本当にお礼のつもりだったし。……さすがお目が高いって感じかな。しかも、二丁が揃うタイミングで」
「陰謀だ。絶対、なにかの陰謀に違いない」
 昼下がりの胡弓堂には、羽澄の入れた紅茶の香りが漂う。
 彼女はテーブルの中央に、その古めかしい革のケースを置くと、和馬に向かって蓋を開けて見せた。
「はぁん。こいつがねェ」
 箱の中に収まっていたのは、一丁の銃である。
 いかにも年代物の、湾曲したようなフォルムの短銃だ。
「1800年頃、ヨーロッパでつくられたらしいわ。当然、マスケット銃よ」
「ま、その頃ならそうだわな。……で、同じものがもう一つあるって?」
 凝った装飾が施された銃をまじまじと見つめて、和馬は訊ねた。
「そう。もともと一対のものとしてつくられたの。……決闘用に」
「それも悪趣味だ」
 和馬は呻いた。
「いかにも師匠が欲しがりそうな代物」
 決闘のために用いるというのなら。その一対は、常に、その片割れを持つものを撃つためにあるということだ。揃いのふたつでありながら、永久に敵同士であるという、呪われた双児めいた品物。
「でも散逸して、もうひとつはずっと見つからなかったの。これを持ってた店長も探していたらしいんだけど……やっぱり、ペアの品物は揃わないと、ね?」
「そういうもんスかね。……それがその秘密クラブに行けば手に入るわけか。……正装して行かなきゃいけないクラブに?」
「結構、歴史のある、オカルティストの組織なんですって。店長がもう話をつけてあるから、私たちは取りに行くだけでいいの。ただ、一応、本当に同じ物か確認しないといけないから、これも持って行ってあらためさせてもらうけど」
「可愛らしいお嬢ちゃんのお相手をしたお礼にしては貰い過ぎのような気もするが……。まァいい。それにしても、正装かァ……」

 そんなわけで、テイルコートの和馬が、羽澄をエスコートする次第となった。
 会場は大きな広間だったが、うす暗く、そして静かだった。かすかに音楽が流れている他は、客たちがひそひそと囁くような声で会話をかわしているのが、いかにも秘密めかした雰囲気である。
 ウェイターが差出したシャンパンを断って、ふたりは部屋の奥へ。
「……」
 広間の中央には、これがただのパーティなどではない証に、目を疑うようなものがいた。
 ……獅子である。
 大人の男ほどもある大きなライオン……それも染めたように黒い毛並みの猛獣だったのだ。よく見れば、黒獅子の両の眼は燃えるような深紅であり、背中にはあやしい蝙蝠の翼があった。鋭い牙の並ぶ口から溢れる唾液が、高価そうな絨毯をじゅうじゅうと焦がしているのを見るまでもなく、それがこの世の獣でないことは明らかだった。
 獣は、傍を羽澄たちが通ると、ぐるると唸って威嚇してくる。
 しかし飛びかかってきたりする様子はない。見れば、絨毯の上に、なにやら複雑な紋様で構成された魔法円が描かれ、獣を囲っているのだった。
 そして傍には、書見台に載せられた古そうな書物。
「『悪趣味』に賛成」
 羽澄が、和馬に耳打ちした。
 要するに、見せ物なのだ。
 魔導書を用いて召喚した魔物を、結界に封じて、鑑賞しているのである。
 魔物と、それを遠巻きに眺めて囁き合うオカルティストたちをあとに、ふたりは奥の小部屋へと入る。
「ようこそいらっしゃいました」
 和馬はあやうく吹き出すところだった。
 出迎えた男は、黒い三角頭巾で顔を隠していたからである。
(それどこのKKK団ですか)
 その扮装にどのような深い事情かはたまた魔術的な理由があるのかはわからないが、その男こそ、この奇怪千万な秘密の会を主催している人物であるらしかった。
「こちらです」
 男がケースを開く。
 和馬も、持参した箱を開ける。
 ほう、と男が頭巾の下で声を出した。
 羽澄の緑の瞳が、そこに、まさしく、寸分同じ形状に造られた双児の短銃をみとめたのだった。
「確かに」
 羽澄が頷く。
 覆面男と和馬がケースを閉めようとしたそのとき――
 鋭い悲鳴が、場の空気を引き裂いた。

「な、なんと……!」
 覆面男が絶句する。
 なにかの拍子で、魔法円が欠けてしまったらしい。羽澄たちが広間に戻ってみれば、そこでは魔界の黒獅子が忌々しい戒めを解き放たれている。その前足の下で、すでに、男がひとり、血にまみれて絶命していた。
 秘密のパーティ会場は凍り付いている。誰もが、身じろぎひとつできずにいるのだ。獣の真っ赤な眼は油断なくあたりを見回し、次に襲い掛かるべき獲物を見定めている。迂闊に動くことができないのだった。あの爪や牙にかかっては、生身の人間などひとたまりもないことは、不幸な犠牲者の骸が示している。
「やれやれ」
 和馬がこぼした。
「せっかくの正装なんだがなァ」
 このまま、銃を持って立ち去れば、和馬と羽澄の用は済む。ふたりなら、安全にこの場から退去することも可能だろう。だがそうすれば、おそらく、後は殺戮の巷と化す。いたずらに魔導をもてあそんだものたちへの罰と言えばそうかもしれないが、かりにも取引相手だった面々が、ひとり残らず魔物に喰い殺されたというのでは、寝覚めも悪かろう。最悪、胡弓堂や神影の名に傷がつかぬとも限らない。
 ふたりは顔を見合わせて、頷き合った。そうなれば、やるべきことはひとつしかない。
 恐怖に耐えかねて、背中を見せて逃げ出した男へ向かって、黒獅子は跳躍した。弾ける悲鳴……、そして、酒のグラスと料理を満載したテーブルが倒れる騒音。
 襲われた男は思わず這いつくばって頭を抱えていたが、恐る恐る振り向いたとき、そこに、彼と獣のあいだに割って入った、燕尾服の男の姿を見たのだった。
「あーあ」
 和馬は舌打ちする。
「一張羅だってのに」
 獣の牙は和馬の腕に食い込んでいた。酸性の唾液が、服の生地を溶かしてゆく。
 その手が、さあっと黒い剛毛に覆われ、爪が鋭く尖る。そしてそのまま、噛まれた腕の力だけで獣をひきよせ、もう一方の手で、脳天に拳を叩き付ける!
 がぁう、と痛みと怒りに獣が咆哮した。
 緊張の糸が切れたように、広間に混乱の叫びが広がる。和馬が相手をしているうちに退散しようという肚で、人々が出口に殺到した。
「こういうときに、人間ってのは性根が見えるねェ」
 皮肉に頬をゆるめながら、和馬は暴れる獣を押さえ付ける。
「さあさあ、おとなしく――」
 力では和馬の勝ちか、と思われたそのとき、ごう、と音を立てて、獅子のたてがみが火を吹いた。これにはさすがの和馬も驚いて手を離してしまう。
 燃え盛る炎のたてがみを誇らしげに、その身を聳やかして獅子は吠えた。そして前脚で、和馬を絨毯の上に押し倒す。鋭い牙が、その喉を喰い破ろうとして襲い掛かった。

 銃声――!

 スローモーションのように、獅子の巨体が横に倒れていく。
 半身を起こした和馬の視線の先にいるのは、もちろん、羽澄だ。
 西部劇のガンマンよろしく、ふう、と銃口から立ち上る硝煙を吹き、イブニングドレスの少女は、悪戯めいた微笑で和馬にウィンクしてみせるのだった。


「では、お受け取り下さい」
 帰路の車中。羽澄はかしこまって、ふたつのケースを和馬に渡す。
「たしかに。……それにしても」
 和馬はぼろぼろになった袖を見下ろして、ため息をついた。
「お使いもろくにできないのか、って言われそうだ」
「そのへんは不可抗力ってことで」
「ま、いいか。どうせ、こんな窮屈な格好――、趣味じゃねぇ。なんつうか……」

「悪趣味?」「悪趣味だ」

 ふたりの言葉が、きれいなユニゾンになる。
 一拍置いて、笑い合った。
 笑いながら、和馬はアスコットタイをむしりとるのだった。

(了)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2006年06月05日

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