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『不器用の風景 』
尾神・七重2557)&城ヶ崎・由代(2839)&高柳・月子(3822)




 玄関でそっと、古めかしい呼び鈴を押して姿勢を正していたとき、扉の向こうからこちらへ歩み寄ってくる足音がいつもと違うことに気がついた。
 あ、と思ったときにはもう遅くて、ガチャリと開いた扉のきしみすらがいつもより軽やかで、ちょっと足の爪先に力が入ってしまう。
「こんにちは、いらっしゃい」
 顔をのぞかせたのは、黒髪の美人。
 この屋敷の持ち主である城ヶ崎由代の恋人、高柳月子だった。いつもは由代本人が自分を──尾神七重を出迎えるのに。
「こんにちは、……あの……」
「城ヶ崎さんね、急な用事が入ったとかで、午前中から出かけていらっしゃるの。七重くんが見えたら待ってて貰うように云われたわ」
「──そうですか。じゃあ、お邪魔しててもいいですか?」
「そんなに遅くならないと思うの、一緒にお茶でも飲んで待っていましょう」
 そう云って、屋敷の内へと自分を誘う月子の、嫌みのない強引さは好ましいと七重は感じる。気の強そうな日本美人で、かなりの気遣いものであるにもかかわらず、その気遣いを他者に気取らせない心配りもある。
 城ヶ崎と引かれあうのも、また道理だろう。
「お邪魔します」
 揃えて脱いだくつを内側に向け、月子の後ろについて七重がそっと足を踏み出した。
 月子が訪れるようになってから、心なしか、屋敷の雰囲気が明るくなった。もともと空気が淀んだ邸内ではなかったが、こまやかな手入れをしていけばまた変わると云うことだろうか。明るい廊下の隅では、大振りな花瓶に入れられた山吹が彩りを添えている。
「待っててね。今、お茶を淹れてくるから」
「ありがとうございます」
 いつものリビングに通され、いつものソファに腰を下ろす。
 主の不在である。ただそれだけのはずが、いつもと同じ行動にもささいな違和感を感じさせるのだ。
 決して、月子のことを疎ましいと想っているからとか、そう云うわけではなかった。
 ただ、自分が、城ヶ崎と月子の間を、邪魔してしまっているのではないか──そんな思いに駆られてしまうのである。
 両手を緩い拳に握りしめ、膝の上へ。
 遠く台所の方で、月子が茶器を鳴らす音がする。



 嫌われているわけではない、と思いたい──月子は薬缶を火にかけながら、両肩をすくめ、ひとりため息を吐いた。
 城ヶ崎から魔術に関しての教義を受けていると云うあの少年は、とても礼儀正しくて好感が持てる。あまり笑わない子だから、愛想が良い子と云うわけではなかったが、それが悪意や不信からくるものではないことは良く伝わってくるからだ。
 自立しようと云う気持ちの、強さのあらわれなのかもしれない。
「自立──か……」
 少年──七重の家庭環境や事情などを聞き及んだことは今までなかったが、いろいろな意味で、『簡単な家庭』ではないのかもしれない、と想像したことはある。
 善かれ悪しかれ、あの年齢の子供が、あれほどまでに礼儀正しく気遣いに優れ、感受性を鋭くさせていると云うのは稀なことだろう。
 それはほほ笑ましくもあり、同時に、とても痛ましく思える場合もあるのだ。
 薬缶がコトコトと音を立て始める。
 そろそろ茶葉を用意すべきか、とそう思ったところで、茶菓子の準備をすっかり忘れていたことに気がついた。
 まがりなりにも和菓子屋でアルバイトをしている身である。とんだ大失態だった。
 冷蔵庫の中、常温で保存できる貯蔵庫の中、そしてキッチンテーブルの上にも、お茶請けと呼べる類いの食品はない。
「……やっちゃった……」
 自己主張激しくなってきた薬缶の火をとりあえずはと留めにかかり、しばしの間、月子は両腕を組み、思案した。
「──でも」
 やがて、険しかった表情が、何かたくらみを持った少女らしい顔つきへと変わっていく。ざっと確認したキッチンの装備や、仕分けされた材料を思い返す。できないことはない。
 むしろ、あの少年と打ち解けることのできる、チャンスかもしれない──。
「……よし。善は急げ、って昔から云うわよね」
 沸騰した薬缶の湯は、後回しにする。
 キッチンテーブルの上を手早く片づけ、自分と、七重が並んで立てる程度のスペースを作り、そこに貯蔵庫から何種類かの食材を運び置き、使う順番に並べ直した。
 年相応の、少年の表情が見られれば嬉しい──そんな淡い期待を胸に、月子は七重の待つリビングへと向かっていった。



「・‥…──」
「まずはそこで、綺麗に手を洗ってね。タオルはこれを使って、念入りに水分をふき取って」
 うきうきとした様子の月子の横で、七重がキッチンテーブルの上を眺め──そして、云われた通りに流しで自分の両手を洗った。
 茶わんに盛られたご飯が1膳分。
 ひとつずつビニールに包まれた切り餅がいくつか。
 それに『きなこ』と書かれたビニールと、缶詰めの小豆が一缶分。
 いったいここで、何が起こると云うのか。
「さて。七重くん」
 呼びかけられれば、はい、と小さな返事を返す。切り餅のビニールを剥きながら、月子がにっこりと笑い、少年に宣言する。「今から、ぼたもちを作ります」
 ぼたもち──言葉には聞いたことがあったが、それがどんな食べ物なのか想像できない。なんとなく、テーブルの上に乗せられた材料からして、おはぎか何かを作るつもりでいたのかと思っていたので、月子の言葉に反応するのに少しばかり時間がかかってしまった。
「ぼたもち……ですか?」
「そ。おはぎ、って云ったほうが分かりやすいかしら」
「おはぎだったら分かります。おはぎとぼたもちって、同じお菓子なんですか?」
「そうよ、春のお彼岸に食べるのが、ぼたもち。『牡丹の餅』って書くけど、牡丹って春のお花なの」
「あ……じゃあ、萩は秋の植物だから……」
「正解。秋のお彼岸に食べるのが、おはぎ。あまり一般的じゃないけど、夏のおはぎは『夜船』、冬のおはぎは『北窓』、って呼ぶの」
 切り餅を平べったい器に並べながら、月子は電子レンジの方へと向かっていった。「それぞれの呼び方に、全部きちんとした由来があるのよ。あんころ餅って奥が深いでしょ」
 さすがは和菓子屋のアルバイト、と云うべきだったか。そう云った知識がひとつ、あるのと無いのとでは、おはぎ──月子はさらりと、最後に『あんころ餅』と称したが──の食べ方も変わってくる。
「じゃあ、今日のは、遅めのぼたもちですか? それとも、早めの夜船ですか?」
「ん……お彼岸も過ぎちゃったし、でも夏って云うには早いし……ぼた船?」
 七重がくっと口角を引き締めるのを見留めたとき、月子は心の中でガッツポーズを取った。ちょっと笑った!
「でね、七重くんは、このご飯を、ちょっと荒めにすりつぶして欲しいの」
 そう云いながら、月子がすりばちとすりこ木を七重に手渡す。七重は少しばかり緊張の面持ちでそれらを受け取ると、茶わんの中のご飯を鉢のなかに入れ、おっかなびっくり、すりこ木を回しはじめた。
「あまり細かくしちゃうと、お餅みたいにべったりしちゃうでしょう。でも、つぶしが足りないと、ご飯のつぶつぶが気になっちゃうの」
「……これくらい、ですか……?」
「んー、もうちょっとかな」
 なるほど、実際に作業をしてみれば、ただもち米をあんこに包み込んだだけだと思っていたおはぎもなかなかに難しいものだと七重は思った。無論、おはぎと呼ばれる食べ物の正しい作り方がこれだとは思わなかったが。
「それぞれ絶妙についた、普通のお米ともち米を混ぜて、あんこやきなこで包んだものが、おはぎとか、ぼたもちって云われる和菓子なの。ちっとも難しくないし、高級なお店のものだけがおいしいわけじゃないわ」
 電子レンジで熱した切り餅はとろりと柔らかくなっていて、七重のついた米とよく絡んだ。混ぜ合わせる途中に、米がつぶれてしまわないよう、細心の注意を払って絡め合わせる。
「昔はどこでも、こんなふうに『おうちのおやつ』を作って食べていたものなのね──はい。これを、食べやすい大きさにまるめていってくれるかしら。城ヶ崎さんも甘いものがお好きみたいだから、たくさん作っておいてあげましよう」
 柔らかく手のひら同士を重ねあわせ、その上で、餅を丸め、薄くあんこで包んでいく。
 最初の2個、3個はひどくいびつな形で、大小もさまざまになってしまったが、絡め餅が終わるころには、そこそこ見てくれのよいおはぎが皿の上に乗せられるようになっていく。
「お疲れさま──さ、城ヶ崎さんが戻ってくる前に、ふたりでつまみ食いしちゃいましょう。このお皿をリビングに持っていってくれる? すぐにお茶を入れ直すから」



 城ヶ崎が帰宅したのはそれからさらに少し経ってからのことで、ふたりがおはぎ制作を共同作業したことを知ると、うらやましがり、口を尖らせた。
「ずるいなあ、僕の大切な人たちが、僕をのけものにして楽しいことをするなんて」
「七重くんが来てることをご存知だったんですから、もっと早くお帰りになれば良かったんですよ」
 七重が知る限り、城ヶ崎自身も、やはりとても、気遣いの人だった。待たせてしまって悪かったね──そう云ってから、城ヶ崎は定位置のソファに腰を下ろし、月子が運んだきれいな形のおはぎに手を伸ばす。
「僕のかわいいお弟子さんが、和菓子屋さんのお弟子さんに取られないようにしなくてはね。このおはぎで、才能があることが露呈してしまったから」
「そんなことは……ないです」
「アルバイトに弟子入りしても、お菓子の修業はできませんよ。お茶を淹れ直してきますから、どうぞ、魔術のお話をなさっていてくださいね」
 月子が席を立ち、台所へと消えていく。
 少し余分に時間をとってから、また戻っていったリビングでは、平素はあまり見せぬまじめな表情で言葉を紡ぐ城ヶ崎と、その言葉に真摯な表情で耳を傾けている七重の姿があった。
 少年には、自分には見せない表情があった。
 また恋人である城ヶ崎にも、自分の前ではさらさぬ表情がある。
 それでも、今こうして、この場所に居合わせることのできると云う事実が、月子には嬉しい。

 こんな時間を、いつまでも共有させて貰えることができれば。
 穏やかな幸福に胸を満たせながら、月子はふたりを見守っている。

(了)


──登場人物(この物語に登場した人物の一覧)──
【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男性/14歳/中学生】
【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男性/42歳/魔術師】
【3822/高柳・月子(たかやなぎ・つきこ)/女性/26歳/和菓子屋の店員】
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2006年06月02日

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