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『Twin's Holyday 』
日高・鶫5562)&日高・晴嵐(5560)

 夢のなかで、鶇は勇者だった。
 剣を片手に、魔王の城の高い塔を駆け登る。
 行手にあらわれる、亡霊のあやしい影や、カタカタと歯を鳴らす骸骨、はばたくコウモリの群れに、動き出す甲冑――。
 たちはだかる敵を、ばっさばっさと斬り倒し、重々しい最上階の扉の前へ。
 ここに、囚われの姫がいるのだ。
 蹴り開けた扉の向こうには。
「つぐちゃん」
 晴嵐だった。
「……姉さん?」
「つぐちゃん」
「お姫さまって……姉さんなの?」
「つぐちゃんてば。もう起きてよぉ」

「あ――」
 ばさり、と布団をひきはがされた。
「もうお日さまも高いよ?」
「……今日、休みの日だと思うんだけど」
「そうよ。だからお出かけしよ? 今日はクラブの練習もないって言ってたよね」
「姉さん、勘弁。練習ない日は昼まで寝ることにしてるから」
 と、布団をとりかえし、もそもそとかぶろうとするのだが。
「つぐちゃん……」
「…………」
 鶇は、姉を見つめ返す。
 じっと妹を見つめる、晴嵐の、すこしうるんだような、とび色の瞳。
「……ちょっと待って。すぐ仕度するから」
「つぐちゃん、だいすき! お買物に行ってー、お茶してー、あ、映画も観ましょう?」
「……」
 べつに姉のことは嫌いでも何でもないが、ある意味で部のきつい練習のほうがましだったかもしれない。鶇がそう思うのには、わけがある。

 日高姉妹は双児なのだが、知らぬものには到底はそうは見えないだろう。
 おだやかな陽射しの下、鶇はいつもと変わらぬTシャツとジーンズで、足元は履き馴れたスニーカー。髪も無造作にうしろでゆわえているだけだ。
 対して姉の晴嵐は、春らしい淡い色合いのブラウスの上に同系色の薄手のカーディガンを羽織り、ふんわりと広がったフレアスカートが歩くたびに揺れるさまは、どことなく、花から花へ飛ぶ蝶々を思わせる。いつもはその豊かさを誇示するように流しているウェーブのかかった髪を、今日は、ていねいに編んだうえにふたつのお団子にまとめあげていた。しかも、そこにリボンを編み込んであるのが、いったいどれだけの手間と時間をかけているのか見当もつかない、と、鶇は舌を巻いた(実際は、器用にさほどの時間もかけずにやっているのだが、同じことを鶇がやればかかる時間は倍ではすむまい)。
 晴嵐は何がそんなに楽しいのかと思うようなうきうきした足取りだ。
「何観ようかな〜?」
 休日の映画館は、人足も多かった。
 いわゆるシネコン形式で、複数の映画が同時上映されていて、それぞれのポスターが大きく掲示されていた。
「あ、これ、もうやってるんだ」
 鶇が目に止めたのは、『マッスル・キングダム!』という、ハリウッド製のアクション映画であった。内容については、ひときわ熱い感じの、漢たちの肖像が、爆発炎上するビル街を背景にしているポスターで察せられよう。
「せっかくだから、これ――」
「『愛とさつなさの旅立ち』、大人2枚ください」
 鶇が言いかけるよりはやく、晴嵐はもうチケットを買っていた。
「ええ、そっち!?」
 彼女の選んだのは、恋愛映画のようだった。
「飲み物とパンフレットは私が買ってあげる。何がいい?」
「パンフレットは別にいいよ。飲み物はコーラのL」
 それから2時間。
 ハンカチを握りしめて涙ぐんでいる晴嵐のとなりで、気を抜くと眠りかかっている鶇。
 これなのだ。
 ふたりで出かけるのを、鶇が渋るのは、姉妹の趣味嗜好のあいだに、絶望的な隔たりがあるためだった。

  ◇ ◇ ◇

「お腹空いちゃったねー。お昼どうしようか?」
「なんでもいいよ……」
 ついさっきまで、映画のラストに大泣きしていたはずなのに、けろりと食事のことを考えられるのはどういうわけなのか。かといって、決してあの涙が嘘とか上っ面ということではないようなのだが……。
「そう? じゃあ、このあいだ雑誌で見たお店に行ってみましょ」
 と、手帳を繰る晴嵐。まめなことに雑誌の記事を切り抜いてとっておいたものらしい。適当にそのへんのバーガーショップでいいと言いかけた鶇は、またも言葉を呑み込むはめになる。通りがかった牛丼屋の、「新メニュー『レバニラ丼』!」というPOPと、食欲をそそる匂いとが空腹にこたえたが、従順な家畜のように姉に連れられていく。頭の片隅でドナドナが流れた気がした。
 連れて行かれたのはいかにも雑誌に載りそうな、こじんまりとした瀟洒なレストラン(と呼ぶのだろうか。ビストロなんとか、という店名だった)で、ランチメニューは、サラダを中心にした、確かに味はよいけれども、鶇にしてみればいささか腹もちが悪そうな料理であった。それに加えて、周囲の客や、テーブルのあいだを行き交うギャルソンたちがひどく洒落た感じなのも、なんとなく自分のおさまりどころがないような気がする。
 落ち着かない食事のあとは、今日の本題のショッピングだ。
「可愛い〜。つぐちゃん、見て見て〜」
「あー、いいね」
「わ、こっちのお店も素敵! ちょっと見てもいい?」
「いいよ」
「んー、買っちゃおうかな〜。どうしようかな〜」
「いいんじゃない。姉さんの好きにすれば」
「ね、ね、ピンクとみどりと、どっちが似合うと思う!?」
「どっちも似合うよ」
「きゃー、どうしよう、これも可愛い〜」
「……」
「すいませーん、これくださーい」
「……まだ買うの!?」
「いい香り〜。ちょっと見て行こう?」
「…………」
「素敵ね〜。つぐちゃんはどれがすき?」
「…………どれでもいい」
「つぐちゃん?」
 服にバッグに、雑貨。
 華奢な身体で、この休日の混雑の中を、店から店へと飛び回るように動いて、よく疲れないものだ。昼食に小鳥のようにしか食べなかったくせに……と、鶇は感心してしまう。むしろ、バスケ部エースの彼女のほうが先に参ってしまいそうだった。人ごみを、両手に店の紙袋を提げた状態で、すいすいと歩いていくのを見ると、この動きがコートでできれば、晴嵐こそバスケのスタープレイヤーになれるのでは、と疑うほどであった。
 結局、この日の戦利品は、さわやかなブルーの水玉のブラウスに、フリルのついたプリーツ地のスカート、シンプルな薄手のニットのカットソー、虹色のアロマキャンドル、ちいさなテディベア、携帯につけるヘンな顔のうさぎのマスコット、生成りの生地に刺繍を施したトートバッグ、銀の鳥籠型のペンダント、とんぼ玉とビーズの指輪、ハーブが入っているという手作り石鹸……。
 またたく間に増えて行く紙袋を、いくつかは分担して鶇が持ってやったけれど、一向にその購買意欲が衰えないことに、だんだん不安になってくる。ひとつひとつは決して高価なものではないのだが、はたして、それは本当に買う必要があるのか?とか、買うなら買うで迷ってばかりいないではやく決めてほしい、とか、とにかく、気疲れするのである。
「つぐちゃん、どうかした?」
「……姉さん、疲れない?」
「え? ああ、それじゃどこかでお茶しましょう。でも、つぐちゃん、まだ何も買ってないけどいいの?」
「……私は別に」
 一緒にしないでくれ、と鶇は思う。
(なんで私たちって、こんなに似てないんだろ)
 双児って、もっと、息の合ったものじゃないのだろうか。
 それは鶇がたびたび、思うことであった。
 双児ってマジかよー、と運動部の男子連中に笑われるたびに、だよね、男女の双児だったら納得なんだけどー、と自分も一緒になって笑ってみせたりするけれど。
 でもどうして、ふたりはこんなに違うんだろう。
 もしも――
 もしも本当に、自分がもうすこしだけでも、晴嵐のようであったなら……
「ケーキセットを……、チェリータルトと、ミルクティーで下さい♪」
 そして差し出されるメニューには、ケーキの写真がずらり。
 姉に連れられて入った喫茶店は、女の子でいっぱいだった。
 きゃあきゃあとかわされるお喋りは、南方の森の鳥たちのさえずりのようで。
「…………ホットコーヒー」
「え? ケーキ食べないの? このお店、おいしいよ」
 ケーキは嫌いではない。嫌いではないけれど……。
「ごめん。姉さん。私、もう――」
「あら?」
 ふいに、晴嵐が、窓の外を指して、ちいさく声をあげた。
「三下さんじゃない?」
 姉妹はそこに、アトラス編集部員の姿を見る。
 休日だというのに、仕事があったのだろうか、よれよれのスーツ姿で、どこか挙動不審気味にうろうろしている。そして、汗びっしょりになりながら、おずおずと、道往く人に声をかけているのだ。きっと取材で、街頭インタビューでもしているのであろう。だが、あまり捗っていない様子で、あからさまに邪険に扱われたり、無視されたりしている。
 そうこうしているうちに、なにかを踏んづけたか何かして、思いっきりすっ転んでいる三下。
「三下って」「三下さんって」
 鶇と晴嵐は、どちらからともなく――いや、まったく同時に、口を開いた。

「「人生すべてが報われてないって感じ」」

「……」
「……?」
 きれいなユニゾンに、思わず顔を見合わせる。
 たっぷり一拍の間を置いて、姉妹は吹き出し……そして、爆笑へ。
「やだ、つぐちゃんたらひどい。そんなコト言ったら三下さんがかわいそう」
「ええ!? 姉さんだって同じこと思ってたクセにー!」
 ひとしきり笑って、思わず、目尻にたまった涙を拭う。
「あー、可笑しい。……やっぱり私も、ケーキ頼もっかな」
 鶇は言った。
「すいませーん。チョコレートシフォンくださーい」
「……私たちって」
 ぽつり、と晴嵐が呟く。
「やっぱり双児だね」
「……」
 ぽかん、と、姉を見つめ……それから鶇は、こくん、と、頷いた。
「そう――、そうだよ、ね」
(誰に何と言われたって)
 趣味が正反対でも。
 他人の印象が真逆でも。
(でも私たちが双児なのは、変えられない真実なんだもんね)
 だから、どこかへ行こうと言われれば付き合いもするし、晴嵐が魔王の塔に囚われたら、自分は勇者として剣を持って赴くだろう。
(でも今度は――)
 テーブルの上に並んだ二皿のケーキを、せっかくだからと、互いにつつき合う姉妹。
(私の行きたいところだけに、姉さんを連れ回してみようかな)
 愉快な想像に、ひとりくすくすと笑って、姉に不思議な顔をされる妹だった。

(了)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2006年05月29日

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