『夢の通い路、桜遊戯 』

マリオン・エジスフォード（0984）

●夢の始まり
　白い霞のかかったような道をいつの間にか歩いていた。
　どこか、桜の香りがするような気がした。
「やあ、どうしたんだい……？　こんなところで」
　バスケットを持った人影が、霞の中にふっと現れたように見えた。青年のようだが、どこかぼんやりして掴み所がない。
「そちらも桜を見に行くのかい？」
　……桜。
　そうだったかな、と考え込む。
　いや、と思いなおす。少し時期が外れているような気もした。
「いや、私の家の近くには桜はなくてね……こんなところまで花見にね。時期もちょっと外れてるし。そちらもそうなのかと思って」
　ほら、手に、お弁当があるから……と、示されて、ようやく自分も弁当の包みを持っていることに気がついた。何故こんなことを忘れてしまっていたかと思えば。
「夢だからね」
　と、まだどこか輪郭のぼんやりした人影は言った。
　そうか、夢だから……桜を見たいと思って、でももう時期外れだったから。代わりにアンティークショップで買った桜色の茶器で、おまけにもらった桜のお茶を飲んだんだっけ。
　それでそのまま寝たから、桜の香りがするのだ。だから、こんな夢を見ている。
「もうじき……辺り一面の桜が見える」
　人影が指し示すと、霞の色が、ほのかに桜色に色づいたような気がした。
　気がつくと、周囲の人影が増えている……
　と、そのとき。
「でも、簡単にはたどり着けないよ」
　人影が嘲笑うように言った。その姿がはっきりとする。英国紳士風の服を着た、金髪の青年だった。桜には似つかわしくはないかもしれない。
「私はこの桜を楽しみにしてきたんだ。穴場のつもりだったからね、誰かと同席するとは思ってなかった。現実の花見にも、場所取りがあるって言うじゃないか。桜を見る良い場所を賭けて、ゲームをしないかい？」
　嫌だと言っても、あちらは聞かないつもりのようだった。
　行く道の先に亀裂が走る。そんな芸当もできるような者であるらしい。
　亀裂はみるみるうちに広がって、普通に跳んだくらいでは渡れなくなる。
　亀裂の底からは、太い豆の蔓のようなものがみっちりと壁のように絡まりあい、天高くまで伸びていく。左右の先は霞んでいてよく見えない。
「ここは夢の中だからね、何でもできるし、何もできない」
　蔓の壁の真ん中に、扉が現れた。
「扉の中は迷路になっているよ。夢の中だからね、奥行きは関係がない。でも、中に入って、最初の十字路を右に折れて、次の角を左に折れ、行き当たったＴ字路でもう一度左に折れる。そのまま道なりに進んで、三つ目の扉を開け……中にいる門番の三つ首の犬を倒して奥の扉を開ければ、外に出られる。向こう側にね」
　ゲームと言いながら、道順を教えてくれる。信じられるものかどうかはわからないが。
「もしも迷路で迷子になったら、花見はできない。抜けてきた速さによって、場所を賭けよう。普通に私の言ったとおりに進んだら、早足で十分ほどかかる。君が五分以内で抜けて桜に辿りつけたら、私の知っている最高の場所に案内しよう。そこを譲るよ。八分以内なら、そこで同席しようじゃないか。十分以内なら、及第だね……二番目に良い眺めの場所を教えよう。十五分以内だと……うーん、まあ仕方がないかな。三番目の場所を教えよう。それより長かったら……私に近づかないで、自分で場所を選んで決めるのだね」
　青年は微笑んで、さあ、と促した。

●金色の夢の法則
　周りの霧が緩やかに晴れると、青年以外に二人の姿が確認できた。
　二人とも金の髪だ。自分の髪も、やはり金色だ。こうなると髪の色で区別するのはナンセンスだろう。だが、瞳の色も緑が二人、青が二人だった。二人が男性で、二人が女性。もう一人の娘は、マリオンよりも幼く見えた。
　金の三つ編みを揺らして、もう一人の青年がゲームを持ちかけてきた青年に問いかけた。
「これを突破せずして、桜を見ることは叶わんか……こんなゲームに参加させるのだから、名前くらいは訊ねても良いだろう」
「私かい？　魔術師とかゲームマスターと呼ばれることが多いかな」
　名前を訊ねられたけれど、それははぐらかしたようだ。ゲームマスターというのは、当然本当の名前ではないだろう。問いかけたほうの青年はやはり納得いかない様子で、その気持ちを察したかのように、ゲームマスターはにやりと笑った。
「ゲームは今からだ。向こうで待ってるよ。向こうで会えたら、教えてあげよう」
　そうして、彼の体はそこには何もないかのように、蔦の壁を潜り抜けた。
　それを、その場では一番幼そうな少女がじっと見つめている。
　ゲームは開始してしまったらしい。もたもたしているわけにはいかないだろう。同じことを残されたもう一人の青年も思ったようで、目の前の扉に手をかけようとしていた。
「ちょっと待って！」
　だがゲームマスターの姿を目で追って考え込んでいた少女が、青年の手を静止する。
「あなたは？」
「私はアリュセ。私、少し考えてることがあるから……この扉、私に開けさせてもらえないかしら？」
　日傘を差したアリュセは、その日傘の影からフィセルを見つめる。
「構わないが、手早くな。もう時間が過ぎて行っている」
「ええ、大丈夫よ」
　青年がアリュセと位置を入れ替わると、マリオンもその近くまで近づいた。青年はマリオンにも気付いたようで。
「あなたは？」
　成り行きのように名を問われたことにむっとしながらも、マリオンは気品を失わずに答えた。
「マリオン・エジスフォードと申しますの……あなたは？」
　それでも少し少し苛立ちが声に滲む。青年は、ふむと答えながら。
「私はフィセル・クゥ・レイシズ」
　そう名乗った。
「やっぱり！」
　そのとき、前に立ったアリュセが声をあげた。扉が開いている。
「ごめんなさい、先に行きますね」
　そして傘を差したまま、中へと入っていった。地面を蹴り、アリュセの体がふわりと飛ぶ。
　フィセルも追うように中に踏み込んだので、マリオンもそれに続いた。
　アリュセが飛んで行ったのは、迷路状になっている通路の上の部分の天井までの間にある、少しの隙間だった。中がそんな風になっているとは思わなかったので、一瞬足を止める。いつもなら、構わず進んだところだったが。
　いつも一緒に居る者がいないだけで、こんなに不安に思うものなのかと……そう弱くなる心を振り払うように、マリオンがもう一歩進もうとしたところで。
「ここは夢の中だから――」
　アリュセの声が届く。
「ゲームマスターの彼の夢であると同時に、私たちの夢でもあるから。この世界で強く望んだものは、現実になるのだと思うわ。私が望んだから、迷路はこうなったのだと思うの」
　迷路そのものは、ゲームマスターの作ったもの。だが、それに干渉することもできるらしい。
「わたくしたちもまいりましょう」
　きっとした声で、マリオンは立ち止まっていたフィセルを促した。
「あの娘の言う通りですわ。こういう世界は、精神の強い者が勝つのですのよ」
　それならば、負けるはずはないと、マリオンは改めてきりっと前を向いた。
「そのようだ。彼女を見失わないうちに進もう」
　フィセルもそう答え、アリュセの姿を追い始めた。
　そして上を突っ切って、迷路を無視して最短距離を進むアリュセの姿を見失わなければ、出口まで迷わず進むこともできるだろう。
　マリオンとフィセルは、成り行きのまま、同行することになったようだ。最初の十字路を突っ切り、その次にぶつかったＴ字路を左折した。言われた通りの道筋ではなかったが、少し先に行くフィセルには考えがあるようで、迷わずその道を選んでいる。
　アリュセの姿はだいぶ先に進んでいたが、まだその後姿……足と言うべきだろうか……が見えていた。それが、ある場所で降下する。そこがきっと出口だ。
　歌が聞こえてきた。アリュセの歌声だ。
　そしてそれが止む頃、フィセルとマリオンもアリュセの降下した場所に続く扉の前に着いていた。
「開ける」
　フィセルが開けるのを、マリオンはうなずいて了承した。そもそも扉は自分で開けるものではないので、不承する意味はない。
　がちゃり。
　レトロな、そして少し安っぽい音がして、扉が開いた。
　中は広い部屋になっていた。奥にもっと重厚な扉が見える。あれが出口だろう。
　唸りを上げて、三つ首の犬がこちらを向く。
　アリュセの姿はもうなかった。無事通過できたのだろうか。ならばこの番犬の試練も、意外に簡単に通過できるのかもしれなかった。
　そこでフィセルが、身構え、戦おうとしているのではないかということはわかった。だが……
　マリオンにはそんな必要は感じなかった。何故、通れないことがあるだろう。
　フィセルの横を、マリオンがすっと前に出た。
「お退きなさい、そこの犬」
　そして、不満もあらわに三つ首の番犬を見下ろした。
　さすがに命じられただけでは番犬は退かなかった。ここを守る、そのために番犬は存在するのだろう。おそらく、ゲームマスターによって存在させられている。それを干渉して覆すのは、なかなか骨のいる仕事のようだったが……
「無礼者！　わたくしを誰だと思っているのです！」
　だが、そんなことはお構いなしにマリオンは番犬を一喝し、そのまま押し通ろうとする。自分に道を譲らぬはずなどないと、確信がマリオンにはあった。
　だが、三つ首の番犬は唸りを上げて、マリオンを威嚇している。今にも飛び掛ってきそうだった。
　マリオンも恐ろしかったが、所詮は犬と思ったものに怯むなど、己が許さない。意地になって進もうとすると……
　番犬がマリオンに飛びかかる寸前、フィセルが剣で三つ首の犬の首の一つを刺し貫いて、横に薙いだ。番犬がマリオンに気を取られているその隙に、剣を抜いて駆け寄ったのだ。
　マリオンはそれと悟られぬように気をつけながらも、ほっと息をついた。
「今のうちに」
　フィセルはマリオンを追い抜いて、追い抜きざまに声をかけながら、その部屋の奥の扉まで走っていく。犬の悲鳴が響き、番犬は怯んで転げている。しかし、言われた通りなら１分で元に戻るはずだったからだ。
　フィセルが扉を押し開ける。
「うわ」
　開けた視界に思わずフィセルは感嘆の呟きを漏らしながら、外へと踏み出す。
「まあ……！」
　マリオンもまた、その美しい一面の桜色に目を奪われた。

●桜さくら
　圧倒的なまでの薄紅の花が視界を埋め尽くす。
　時を巻き戻して、そこは春の盛りだった。
　いや、もしかしたらそこは一年中春なのかもしれなかった。夢の中なのだから。
　初めてその場所を見る衝撃も加えて、そこだけでもう十分に最高に美しい風景に思える。
　マリオンがその桜の中まで歩み出ると、後ろで自然に扉が閉まった。
「なんて美しい……」
　マリオンも険しくしていた表情を緩め、賞賛の呟きを漏らす。
　だが、これをあの子にも見せてあげたかったとふと思うと、少し心が沈む。
　そこで、呼ぶ声がした。
「こっちだよ」
　見ると、横手に生えている桜の樹の下で、アリュセと青年が仲良く並んで座っている。いつの間にそんなに親しくなったやらと思いながら、そこへと近づく。
　近づいてみると、座っている二人の前には、大きめの砂時計がいくつか並んでいた。一番小さな一つは、もう落ち切っていた。二番目に小さな砂時計が、もう少しで落ちきるだろうかというところだった。
　八分も経っただろうかと思い、そして出てきた扉を振り返って、そのぐらいは経ってしまったかと思う。
「着いたね」
　ゲームマスターは朗らかに言った。
「着いたな。じゃあ、約束だから名前を教えてくれるか？」
　フィセルは結果を問うより先に、青年の名前を再度問うた。
「約束だからね。私はサアド・ハッダード。最近はあんまり、この名で呼ばれたことはないけどね」
　わずかに皮肉気な笑みを浮かべて、ゲームマスターは名を名乗った。
　だがフィセルはあまり気にすることもなく、次を促す。
「では、サアド。結果は？」
「このお嬢さんは、ぎりぎり五分を切ったよ」
「それでは、彼女が一番良い場所に行くんだな」
「……と、思ったんだけどね」
　サアドのやや歯切れの悪い言葉に、先回りしてアリュセが答えた。
「せっかくのお花見ですもの、みんなで楽しみましょう？」
「そういうことらしいよ」
　アリュセがそう言うのなら、マリオンも異論はなかった。どこか不満気な表情なのは、仕方がない。マリオンは一人なのだから。
　サアドが立ち上がり、そしてアリュセもふわりと跳ぶように樹の根を離れる。
「案内しよう」
　再び視界に靄がかかる。
　だが数歩歩くと、その靄は晴れた。そしてまた、見事な一面の桜が広がる。
　地形は変わっているようだった。なだらかな丘陵に桜色が満たされている。遠い緑が、草色が、なお鮮やかに見えた。
　あるいは、時さえも変わっているようだった。
　先ほどは満開ではあったけれど、散ってはいなかった桜が、はらはらと散っている。
「これは見事だ」
「だろう？　桜は散りゆく様が一番美しいね」
「あの丘で、お弁当をいただきましょう」
　アリュセが嬉しそうに丘を指した。

「浮かない顔だね、気に入らないかい？」
「いいえ、楽しんでおりますわよ」
　アリュセから分けてもらったサンドイッチと、自分のバスケットに入っていたビスケットとサラダとパテを上品に口に運びながら、マリオンはサアドに答えた。
「そういう風には見えないな、無理することはないが」
「無理なんて……ただ、いつもついてくるメイドがおりませんから。自分でバスケットを運ぶだなんて、わたくし初めてですわ」
　つん、とそっぽを向いてマリオンは答える。
「本当に……どうしていないのかしら」
「ずいぶんとお気に入りのメイドみたいだねえ」
　つれない態度もとくに気にはしないのか、サアドはくすくす笑った。
「何がおかしいんですの？　あの子はただのメイドですわ」
　そのむきになるところが、多分おかしいのだろうが、そのときのマリオンには気付かなかった。
「嘘は良くないなあ。本当のことを言ってごらんよ？　ここは心の国だから、嘘をつくとそれが本当になってしまうよ？」
　からかうようなその言葉に、マリオンは本気で動揺した。ただのメイドになってしまっては困る、と。
「そんな……う、嘘ですわ」
「嘘じゃないよ」
「嘘です……わたくし……あの子を愛しておりますもの」
　身分も性別も越えて、と告白して、これで良いのでしょう、とマリオンは顔を背ける。
「その子がここにいないのが、不満、と。なら探しに行ったらいいじゃないか？」
「探しに？」
　そう、ここが願いが叶う心の国ならば。
「私は君のメイドを呼んであげられないが、君なら呼べるかもしれない……もっとも、相手もここに来たいと思っていないと無理だけどね」
　心あるものは、自ら望まなければここには来れないから、と。
　マリオンは、桜の降る中を立ち上がった。
　ここのどこかに、きっとあの子がいる――
　マリオンを待っていると、そう思って。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3280　／　アリュセ　／　女性　／　15歳　／　具象心霊】
【1378　／　フィセル・クゥ・レイシズ　／　男性　／　22歳　／　魔法剣士】
【0984　／　マリオン・エジスフォード　／　女性　／　18歳　／　お嬢様】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご参加ありがとうございました。奇しくも皆さん、ソーン在住でいらっしゃる……夢の世界の話には、ソーンの方が馴染みやすかったのでしょうか。

ＰＣゲームノベル・櫻ノ夢

黒金かるかん

聖獣界ソーン

2006年05月24日