『夢の通い路、桜遊戯 』

フィセル・クゥ・レイシズ（1378）

●夢の始まり
　白い霞のかかったような道をいつの間にか歩いていた。
　どこか、桜の香りがするような気がした。
「やあ、どうしたんだい……？　こんなところで」
　バスケットを持った人影が、霞の中にふっと現れたように見えた。青年のようだが、どこかぼんやりして掴み所がない。
「そちらも桜を見に行くのかい？」
　……桜。
　そうだったかな、と考え込む。
　いや、と思いなおす。少し時期が外れているような気もした。
「いや、私の家の近くには桜はなくてね……こんなところまで花見にね。時期もちょっと外れてるし。そちらもそうなのかと思って」
　ほら、手に、お弁当があるから……と、示されて、ようやく自分も弁当の包みを持っていることに気がついた。何故こんなことを忘れてしまっていたかと思えば。
「夢だからね」
　と、まだどこか輪郭のぼんやりした人影は言った。
　そうか、夢だから……桜を見たいと思って、でももう時期外れだったから。代わりにアンティークショップで買った桜色の茶器で、おまけにもらった桜のお茶を飲んだんだっけ。
　それでそのまま寝たから、桜の香りがするのだ。だから、こんな夢を見ている。
「もうじき……辺り一面の桜が見える」
　人影が指し示すと、霞の色が、ほのかに桜色に色づいたような気がした。
　気がつくと、周囲の人影が増えている……
　と、そのとき。
「でも、簡単にはたどり着けないよ」
　人影が嘲笑うように言った。その姿がはっきりとする。英国紳士風の服を着た、金髪の青年だった。桜には似つかわしくはないかもしれない。
「私はこの桜を楽しみにしてきたんだ。穴場のつもりだったからね、誰かと同席するとは思ってなかった。現実の花見にも、場所取りがあるって言うじゃないか。桜を見る良い場所を賭けて、ゲームをしないかい？」
　嫌だと言っても、あちらは聞かないつもりのようだった。
　行く道の先に亀裂が走る。そんな芸当もできるような者であるらしい。
　亀裂はみるみるうちに広がって、普通に跳んだくらいでは渡れなくなる。
　亀裂の底からは、太い豆の蔓のようなものがみっちりと壁のように絡まりあい、天高くまで伸びていく。左右の先は霞んでいてよく見えない。
「ここは夢の中だからね、何でもできるし、何もできない」
　蔓の壁の真ん中に、扉が現れた。
「扉の中は迷路になっているよ。夢の中だからね、奥行きは関係がない。でも、中に入って、最初の十字路を右に折れて、次の角を左に折れ、行き当たったＴ字路でもう一度左に折れる。そのまま道なりに進んで、三つ目の扉を開け……中にいる門番の三つ首の犬を倒して奥の扉を開ければ、外に出られる。向こう側にね」
　ゲームと言いながら、道順を教えてくれる。信じられるものかどうかはわからないが。
「もしも迷路で迷子になったら、花見はできない。抜けてきた速さによって、場所を賭けよう。普通に私の言ったとおりに進んだら、早足で十分ほどかかる。君が五分以内で抜けて桜に辿りつけたら、私の知っている最高の場所に案内しよう。そこを譲るよ。八分以内なら、そこで同席しようじゃないか。十分以内なら、及第だね……二番目に良い眺めの場所を教えよう。十五分以内だと……うーん、まあ仕方がないかな。三番目の場所を教えよう。それより長かったら……私に近づかないで、自分で場所を選んで決めるのだね」
　青年は微笑んで、さあ、と促した。

●金色の夢の法則
　周りの霧が緩やかに晴れると、青年以外に二人の姿が確認できた。
　二人とも金の髪だ。自分の髪をすくってみれば、やはり金色だ。こうなると髪の色で区別するのはナンセンスだろう。だが、瞳の色も緑が二人、青が二人だ。
　姿形はだいぶ違えども、名を問うのが早いだろう。
　金の三つ編みを揺らして、フィセル・クゥ・レイシズはまず、ゲームを持ちかけてきた青年に問いかけた。
「これを突破せずして、桜を見ることは叶わんか……こんなゲームに参加させるのだから、名前くらいは訊ねても良いだろう」
「私かい？　魔術師とかゲームマスターと呼ばれることが多いかな」
　だが、それは本当の名前ではないだろう。そう思ったフィセルの気持ちを察したかのように、ゲームマスターはにやりと笑った。
「ゲームは今からだ。向こうで待ってるよ。向こうで会えたら、教えてあげよう」
　そうして、彼の体はそこには何もないかのように、蔦の壁を潜り抜けた。
　それを、その場では一番幼そうな少女がじっと見つめている。
　ゲームマスターは去ってしまったし、ゲームは開始してしまった。ならばここでぼーっとしているわけにはいかないので、フィセルは目の前の扉に手をかけようとした。
「ちょっと待って！」
　だがゲームマスターの姿を目で追って考え込んでいた少女が、フィセルの手を静止する。
「あなたは？」
「私はアリュセ。私、少し考えてることがあるから……この扉、私に開けさせてもらえないかしら？」
　日傘を差したアリュセは、その日傘の影からフィセルを見つめる。
「構わないが、手早くな。もう時間が過ぎて行っている」
「ええ、大丈夫よ」
　フィセルがアリュセと位置を入れ替わると、自分の後ろにアリュセよりは年長の少女を見つけた。少女……と言うには少し大人びているだろうか。
「あなたは？」
　成り行きに任せて、名を問うてみる。
「マリオン・エジスフォードと申しますの……あなたは？」
　少し苛立ちを滲ませた声に、ふむと答えながら。
「私はフィセル・クゥ・レイシズ」
　そう名乗ったところで。
「やっぱり！」
　前に立ったアリュセが声をあげた。扉が開いている。
「ごめんなさい、先に行きますね」
　そして傘を差したまま、中へと入っていった。地面を蹴り、アリュセの体がふわりと飛ぶ。
　花見の場所にはこだわらないが、同行者とは一緒に行けるものなら一緒に行こうと思っていたので、フィセルも中に踏み込む。
　アリュセが飛んで行ったのは、迷路状になっている通路の上の部分の天井までの間にある、少しの隙間だった。中がそんな風になっているとは思わなかったので、一瞬足を止める。
「ここは夢の中だから――」
　そんなフィセルにアリュセの声が届く。
「ゲームマスターの彼の夢であると同時に、私たちの夢でもあるから。この世界で強く望んだものは、現実になるのだと思うわ。私が望んだから、迷路はこうなったのだと思うの」
　迷路そのものは、ゲームマスターの作ったもの。だが、それに干渉することもできるらしい。
「わたくしたちもまいりましょう」
　きっとした声で、マリオンが促す。
「あの娘の言う通りですわ。こういう世界は、精神の強い者が勝つのですのよ」
「そのようだ。彼女を見失わないうちに進もう」
　フィセルも言われた通りに進むつもりはなかった。最初にゲームマスターに言われた道順が遠回りであることはわかっている。……あるいはそれは言われたときには遠回りではなかったのかもしれないが。この世界は、そう思って、近道があると信じて進めばあることになるという法則であるようなので、きっと近道はあるのだ。
　そして上を突っ切って、迷路を無視して最短距離を進むアリュセの姿を見失わなければ、出口まで迷わず進むこともできるだろう。
　フィセルは最初の十字路を突っ切り、その次にぶつかったＴ字路を左折した。思った通りだった。あるいは、思った通りになったのかもしれない。マリオンもフィセルの後ろについてきている。
　アリュセの姿はだいぶ先に進んでいたが、まだその後姿……足と言うべきだろうか……が見えていた。それが、ある場所で降下する。そこがきっと出口だ。
　歌が聞こえてきた。アリュセの歌声だ。
　そしてそれが止む頃、フィセルとマリオンもアリュセの降下した場所に続く扉の前に着いていた。
「開ける」
　フィセルが開けるのを、マリオンはうなずいて了承した。気位の高そうなお嬢様風なので、扉は自分で開けるものだと思っていないのかもしれないが……
　がちゃり。
　レトロな、そして少し安っぽい音がして、扉が開いた。
　中は広い部屋になっていた。奥にもっと重厚な扉が見える。あれが出口だろう。
　唸りを上げて、三つ首の犬がこちらを向く。
　アリュセの姿はもうなかった。無事通過できたのだろうか。ならばこの番犬の試練も、意外に簡単に通過できるのかもしれなかった。
　とは言え、餌につられて見逃してくれるほど単純とも思えないが……そう思いつつ、フィセルは自分のバスケットに手を伸ばした。中に入っているものはわかっている。バゲットサンドだ。その一切れで少しでも気を逸らせればと思ったが。
　バスケットの中でバゲットサンドを握ったところで、フィセルの横をマリオンがすっと前に出た。
「お退きなさい、そこの犬」
　そして、不満もあらわに三つ首の番犬を見下ろした。
　フィセルはぎょっとしたが、さすがに命じられただけでは番犬は退かない。ここを守る、そのために番犬は存在するのだろう。おそらく、ゲームマスターによって存在させられている。それを干渉して覆すのは、なかなか骨のいる仕事のようだった。
「無礼者！　わたくしを誰だと思っているのです！」
　だが、そんなことはお構いなしにマリオンは番犬を一喝し、そのまま押し通ろうとする。通れるのならばそれでも良いが、とフィセルは一瞬それを見守りそうになってしまったが……
　三つ首の番犬は唸りを上げて、マリオンを威嚇している。今にも飛び掛りそうだった。そうなっては、ただ見過ごすわけにもいかないだろう。
　マリオンが気を引いてくれたおかげで、大切なバゲットサンドは一つ無駄にしないで済んだ。それは助かったと思って、フィセルは素早く剣を抜いた。そのまま流れるように、真ん中の首に突き刺して横に薙ぐ。犬の悲鳴が響き、番犬は怯んで転げるが、言われた通りなら１分で元に戻るはずだった。
「今のうちに」
　フィセルはマリオンを追い抜いて、追い抜きざまに声をかけながら、その部屋の奥の扉まで走った。
　迷わずに扉を押し開ける。
「うわ」
　思わず、感嘆の呟きが漏れた。

●桜さくら
　圧倒的なまでの薄紅の花が視界を埋め尽くす。
　時を巻き戻して、そこは春の盛りだった。
　いや、もしかしたらそこは一年中春なのかもしれなかった。夢の中なのだから。
　初めてその場所を見る衝撃も加えて、そこだけでもう十分に最高に美しい風景に思える。
　フィセルが数歩外へ踏み出すと、マリオンも悠々とその後ろについて出てきた。
「なんて美しい……」
　マリオンも表情を緩め、賞賛の呟きを漏らしている。
　しかし、ずっとぼんやりとしていることもなく、フィセルは正気に返った。ゴールはどこかと辺りを見回すと、声がした。
「こっちだよ」
　見ると、横手に生えている桜の樹の下で、アリュセと青年が仲良く並んで座っている。いつの間にそんなに親しくなったやらと思いながら、そこへと近づく。
　近づいてみると、座っている二人の前には、大きめの砂時計がいくつか並んでいた。一番小さな一つは、もう落ち切っていた。二番目に小さな砂時計が、もう少しで落ちきるだろうかというところだった。
　八分も経っただろうかと思い、そして出てきた扉を振り返って、そのぐらいは経ってしまったかなと思う。
「着いたね」
　ゲームマスターは朗らかに言った。
「着いたな。じゃあ、約束だから名前を教えてくれるか？」
「約束だからね。私はサアド・ハッダード。最近はあんまり、この名で呼ばれたことはないけどね」
　わずかに皮肉気な笑みを浮かべて、ゲームマスターは名を名乗った。だがフィセルはあまり気にすることもなく、次を促す。
「では、サアド。結果は？」
「このお嬢さんは、ぎりぎり五分を切ったよ」
「それでは、彼女が一番良い場所に行くんだな」
「……と、思ったんだけどね」
　サアドのやや歯切れの悪い言葉に、フィセルが何故と問おうとすると、先回りしてアリュセが答えた。
「せっかくのお花見ですもの、みんなで楽しみましょう？」
「そういうことらしいよ」
　アリュセがそう言うのなら、フィセルに異論はなかった。マリオンも、どこか不満気ながら異論を申し立てることはなかった。
　サアドが立ち上がり、そしてアリュセもふわりと跳ぶように樹の根を離れる。
「案内しよう」
　再び視界に靄がかかる。
　だが数歩歩くと、その靄は晴れた。そしてまた、見事な一面の桜が広がる。
　地形は変わっているようだった。なだらかな丘陵に桜色が満たされている。遠い緑が、草色が、なお鮮やかに見えた。
　あるいは、時さえも変わっているようだった。
　先ほどは満開ではあったけれど、散ってはいなかった桜が、はらはらと散っている。
「これは見事だ」
「だろう？　桜は散りゆく様が一番美しいね」
「あの丘で、お弁当をいただきましょう」
　アリュセが嬉しそうに丘を指した。

　お弁当のバゲットサンドを広げ、持参したグラスに注いだワインを傾けながら……
　緩やかな時が流れていく。
「お一つどうぞ」
「……ありがとう」
　アリュセからもサンドイッチをもらうと、薄紅の花弁がひらひらと舞って、サンドイッチを飾った。
「この夢は――」
　いつ醒めるのだろうとサアドに問おうとして、フィセルは問いを飲み込んだ。
　無粋な気がしたからだ。
　望むままになる夢ならば――
　きっと望む限り、この桜を愛で続けられるのだろうと。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3280　／　アリュセ　／　女性　／　15歳　／　具象心霊】
【1378　／　フィセル・クゥ・レイシズ　／　男性　／　22歳　／　魔法剣士】
【0984　／　マリオン・エジスフォード　／　女性　／　18歳　／　お嬢様】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご参加ありがとうございました。奇しくも皆さん、ソーン在住でいらっしゃる……夢の世界の話には、ソーンの方が馴染みやすかったのでしょうか。

ＰＣゲームノベル・櫻ノ夢

黒金かるかん

聖獣界ソーン

2006年05月24日