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『残花の灯火 』
トキノ・アイビス0289


■オープニング

 ただ、櫻の木だけがそこにあった。古木。染井吉野のような華やかな枝振り淡い色合いな定番の花とは少し違い。赤みが強い、山櫻。それ以上の風景は視界に入らない。あったのかどうかさえわからない。ただ、闇だけがあったように思える。明るくは無かった。陽の光からは遠かった。月の光さえもあったように思えない。周りにあるべき緑すらも感じない。なのにその古木の残花だけが、灯火のようにただ、映えている。
 その木の、下に。
 一人、無造作に腰を下ろして古木を見上げている姿があった。和装の男。書生のような風体とでも言えば良いのか、まだ若い。後頭部高い位置で括った長い黒の髪。黒壇の瞳――否、瞳はよくよく見れば紅い。深い深い紅。黒と見紛う紅。光の加減でしかそうとわからぬ程、深い紅。
 ――…既に流されこびり付いた、古びて饐えた血の如く。

 和装の男はただ黙して、古木の残花を見上げている。
 何の言葉も無いまま、静止している。
 ふと、瞼を閉じた。
 そして。
 唇だけを、開く。

「…貴方も、この櫻を?」

 静かに、声が響く。
 頭の中に。
 周囲に反響は無い。ただ直接響く。

「もしそうであるならこれも何かの縁。少し、私の話し相手になっては下さいませぬか」

 無理にとは、申しませぬが。
 控え目な頼みが、耳を打つ。
 和装の男はそれ以上は、何も言わない。

 ふと、その男の手に目が行った。

 ――…瞳の色とは違い、もっと鮮やかな紅に、濡れていた。右も左も、両の手共に。

 気付いた事に気付いたか、和装の男は静かに笑う。
 何処か、諦念を感じさせる笑み。
 男は再び瞼を開けていた。
 今度は古木の残花では無く、そこに来訪した姿を、ただ、真っ直ぐに見据えて来る。

 視線のその前。紅い色が、つと落ちる。
 一滴――否、花弁。本物の小さな櫻の花弁が、そこにはらりと落ちている。
 目の前。

 息吹ある大地とも思えぬ、闇の中。

 …否。
 貴方の目の前にある、現実に。



■夢現――ゆめ、うつつ

 …少しだけ、考え込む。
 あんな見事な古木は、見た事があっただろうか。…それは熱帯系の植物ならばあのセフィロト周辺にはまだたくさん見えるし当然のようにそれらの巨大な古木も良く見かけるが、今自分が闇の中に見た古木と同じ科だろう樹木――バラ科サクラ属になる落葉性の樹木となると、気候の違いかさすがに無い。
 そんな樹木があるのは――例えば己の持つブレードの形を、その余計な装飾が削ぎ落とされた機能美の極みとも呼べる武器の原型を創り出した小さな島国。いや、その島国でも今の時代に残っているか。若木ならばいざ知らず、あれ程の古木となれば。
 考えてみれば樹木の下に座る男性の服装も、その島国の伝統的な衣裳になる。
 …今の夢はその島国に関わりがある可能性が高いか。
 瞼を開くと、普段通りの――研究室内にある書斎の光景が目の前にある。
 闇は無い。
 今見た古木も無い。
 櫻の花弁は――あった。
 机の上。読み止しの本の表紙、その上に一枚落ちている。櫻にしては濃い紅色の、だが間違い無く櫻の花弁。夢では無かったのだろうか。花弁を見て僅か悩む――悩んだところで鼻腔を擽る微かな薫り。視界の隅にコーヒーカップがある事に気付いた。…眠っていたが故かいつ淹れたか微妙に忘れているが、良く考え直してみれば飲もうと思って淹れたばかりの気もする。まだ淹れたてのような湯気まで見える。
 …ひょっとすると、眠気覚ましのつもりで淹れたのだったかもしれない。
 そうは思うが、自分は既に夢まで見てしまっている。いつ眠ってしまったのかは覚えてないが、眠りについてしまったのはそれ程前では無いのかも。無意識に確かめようと視線を巡らすが、書斎の椅子に腰掛けた今のままの体勢では時計の針が見える位置に無い。わざわざ見る為動くのもどうも億劫に感じてしまう。…何を甘えているのか。思うが、それでも身体が動かない。
 何か、寝覚めも悪い。
 気に懸かる。
 何か、軽い焦燥が胸の奥に残るような。
 大した事ではないが――どうも、落ち着かない。

 今見た夢の、せいだろうか。
 ならば、責任を取ってもらわねば。

 私に話を聞いてくれと言うのなら――聞きましょう。
 貴方の話を聞いたなら、私の中にあるこの妙な気懸かりが、少しは晴れるかも知れませんから。

 思った最後、再び瞼を閉じる。
 その、直前。
 …何故か、机の上に置いてあったコーヒーカップ、それと立ち上る湯気が再び気に留まる。





 …改めて自分の居る場所に気付いた時あったのは、一面の闇。そんな中たった一つだけある櫻の古木。そしてその古木の根元、腰を下ろした和装の男。
 夢の続き。いつの間にやらそこに佇んでいた長い長い黒髪の女性はすぐに気が付く。纏った高い襟の長衣。髪のみならずその服までも黒色。そんな生地に、艶やかな藤紫の刺繍が施されている衣裳。闇の中に佇んでいると、肌の白さと髪飾りで漸く『人』である、とわかる程、闇と一体化してしまう気もする姿。
 彼女は――今は特に笑顔でいる必要もあるまい。どうせ夢だ、と身も蓋も無い判断を下している。まぁそれで悪いと言う事も無い。櫻の根元に座るのが誰かの見当はある程度付いている。
 だから、特に誰何する事も無い。
「話すのは別に構わんが…長くなるようなら幾ら夢の中でも茶ぐらいは欲しいところだな」
 と。
 胸の前で悠然と腕組みをした長い長い黒髪の女性――シェアラウィーセ・オーキッドが呟いたところで。
 そう言う事でしたら、どうぞ、とまた別の落ち着いた気品ある低音がすぐに響く。シェアラに比較的近い位置、やや後ろ。櫻の下に居た和装の男では無く、別の男――彼よりもっと年嵩そうな声。姿を確かめれば軍服めいた印象の――やや和装めいたデザインを意識してもいるような深紅のスーツがまず目に入る。そしてそんな服装以外は肌も髪も殆ど黒尽くめの男でもあった。ただ彼の持つ長い髪の先端、僅かな白い色だけがその男――トキノ・アイビスのさりげない動きに合わせてそよいでいるのが良くわかる。その白もまた周辺が闇である故に映えるのかもしれない。
 …にしても、いきなり「どうぞ」とは何事かと思いシェアラが振り向けば――何故かトキノはまだほかほかと湯気の立っているコーヒーカップを載せたソーサーをそっと抓んで持っていた。
「…どうも無意識の内に現実から持って来てしまったようです。私はまだ口を付けていませんので」
 宜しければ。
「…」
 数瞬、間。
 複雑そうな顔でシェアラは突然現れたトキノを見ている。
 …トキノはトキノで、至極真面目である。例え突然そこに居た相手だとて特に驚く事は無い。元々この場所は夢とトキノもまた自覚している。そして恐らくこの彼女――シェアラもこの場に於いては自分と境遇は同じと見た。その彼女が望む物が偶然自分の手許にあり、その物を自分は特に必要だと思わないなら――別に提供するのも吝かではない。それだけの事である。
「…頂こう」
 暫しの沈黙の後、存外あっさりと頷き、シェアラはトキノからコーヒーカップとソーサーを受け取る。そして、当然のように櫻の方へ向かい闇の中をさくさくと歩いていた。他方、こちらも当然のようにトキノも後に続いている。
 …どちらの行動もあまりに自然なので、何だかまだ名前さえ知らぬ初対面同士とは到底思えない態度に見えた。





 残花見下ろす櫻の下で。
 シェアラとトキノはそこに座る和装の男の側まで来ていた。シェアラは和装の男同様その場で腰を下ろしている。トキノは座らず佇んだままで、何を思うのか濃い紅の色彩を見せる残花をただ見上げ、黙して観賞している。
 和装の男は静かに瞼を伏せていた。
 それで、シェアラに謝罪している。
「…申し訳ありません。私の方で声を掛けておきながら…何の用意も出来ておらず」
「ま、構わんさ。無理半分――冗談半分のつもりで言ったところもある。だが…まぁ、頂ける物は貰っておく」
 トキノと言ったな。礼を言う。
 和装の男に答える科白の後半から、古木の残花を観賞中のトキノに向けて告げているシェアラ。と、私の要らぬ物が偶々貴方の役に立っただけの事、とトキノはにこりともせず返してくる。そして今度はトキノが、ぽつりと口を開いていた。
「…今の時代にこんな櫻が、見れるとは」
「?」
「『審判の日』の後の世界で、例え夢とは言えこれ程見事な櫻の古木を見る事が出来るとは思いませんでした。それも…こんなに濃い紅色の花は…過去の記録でもあまり見掛けた事が無い気がします。これは自然交雑で生まれたものなんでしょうか――いえ、それとも遺伝子操作で誰かが作り上げたものなのでしょうか」
「…ちょっと待った」
「?」
「私には今お前が当然のように言っていた一般名詞と思しき言葉の中にいまいちわからない言葉がある。そこから判断して――どうも私とお前の現実は――界が異なる、と見たが」
 元々、ソーンと言う異世界からの来訪者が大挙して来る界の存在であるが故に、シェアラはその辺りの事情にすぐ気付く。一方のトキノは、シェアラの発言に目を瞬かせた。…こちらはその手の事に慣れていない。強いてトキノの現実で似たような事を探すなら、タイムトラベルで過去から現在に来訪するエスパー程度が関の山になる。
「…どう言う事でしょう、シェアラさん」
「まず、私はこの――薫りは良いがどうも焦げたような味がするようにも感じる飲み物の名前を知らない」
「珈琲ですが。天然ではなく合成になりますけれど」
「…ふむ。不味いと言う訳では無いが…何だか奇妙な味がするな。トキノにとっては普通の飲み物のようだが。…とまぁ、界が異なればこんな感じで常識にはかなりの差が出て来る。同じ界でも地域や時代が異なれば文化は変わって来るしな。ここで共に話をするなら一応、予めお互いで常識が違うと認識しておいた方が何かと無難だ」
「…」
 何事かいまいちわからぬながらもトキノは黙して暫し考える。少しして、一応シェアラの科白に納得したのか、そうですねと頷き、改めて言い直す。
「私の居る現実では過去に一度世界の破滅が起きています。それが『審判の日』と言うものになるのですが…それ以前とそれ以後では随分世界の様子が違ってきているんですよ。…『審判の日』以後は文明の程度が極端に落ちている。そして当然のように自然の破壊も行われてしまっています。…まぁ、自然破壊については『審判の日』以前からとも言えるのですが…」
 とにかく、こんな見事な櫻の古木は、今の私の現実では――過去の記録の中以外では滅多に見る事は叶わない。なのに夢の中とは言え、この目で直に見る事が出来た。
 それを感慨深く思っただけなのです。
 静かにそう続けると、今度は和装の男がトキノに問う。
「記録の中…それは過去にこの古木があったと言う記録を貴方は知っていると言う事なのでしょうか?」
「…今ここにあるこの古木そのものがあったと言うつもりはありません。私の現実では、櫻自体が最早珍しい。私はこの櫻を見、ただ、この科にこの属に連なる樹木が懐かしいと思っただけ。それだけの意味に過ぎません」
「…貴方の現実は、私の故郷の遠い未来であるのかもしれませんね」
「私もそんな気がしています。貴方のその伝統衣裳もまた、私の知るとある島国についての過去の記録と重なりますから」
「そうでしたか」
 受け、和装の男も静かに答える。
 と。
 俄かに会話が途切れたそこで、シェアラがふと和装の男を見た。
「ところで――そうやって知らぬ者同士交流を深めているのもいいが…お前が話し相手に、と望む意味は本当に言葉通りの事――これだけで良いのか? 話をする事を望むのなら、何か我々に言いたい事でもあるんじゃないのか?」

 ――…龍樹よ?





「…気付かれましたか」
 私が、龍樹と。
「当たり前だ。私がそれ程間抜けに見えるか」
「いえ、そんな滅相も無い。…ですが今の私は――」
 外見は――瞳の色以外は同じとは言え、貴方の知る以前の私とは――『違う』でしょう?
 初めにこの闇の中で向けられたのと同じ顔。諦念を帯びた笑みを和装の男――龍樹はシェアラに向ける。
 シェアラはあっさり頷いた。
「まぁ確かにな。この場に来、お前の姿を見てすぐには――お前が龍樹だと思った己の認識が俄かに信じられなかったからな」
「…御二人は元からの知り合いですか?」
 シェアラさんと、龍樹さん。
「まぁな。そうは言っても大した知り合いじゃないが。…それに、厳密に言うなら私は『今の状態のこいつと会ったのは今が初めて』だ」
 この龍樹――佐々木龍樹が、過去にシェアラが会った事のある当人である事に変わりは無い。
 だが、今ここに居るこの龍樹は――存在としてのその本質が何処か違っていた。
 言わば、『人』を外れていた。
 まぁ、かく言うシェアラも『人』を外れたと言うだけの意味では同じになるが――シフトした方向が、決定的に違う。

 ――…神と、魔と。

「話とは、『それ』についてか?」
「…。いえ。本当にただ、どなたかと話がしたかっただけですよ」
 世間話でも何でも構わない。
 ただ、他者と久々に言葉が交わしたかった。
 私はただ、この濃い紅色の残花の下で――穏やかに過ごせるひとときが欲しかっただけなので。
「…そんな言い方をすると言う事は、貴方は貴方の現実から逃げた結果、ここに居ると言う事なのですか?」
 ふと、トキノ。
「…否定はしません」
「その手の紅も、関わりが?」
「…」
「この夢…本当にひとときならばそれもまた貴方にとって必要な安らぎになるのかもしれません。休息の要らない人間など居ませんからね。ですが、ただこの夢に逃げ込み閉じ篭っているのならば話は違ってきますよ」
 もしそうなら、私は黙っている訳には行かない。…貴方を現実へと叩き起こす必要が出て来る。
 トキノはそう告げ、厳しい瞳で龍樹を見る。
 その視線を受けた龍樹は、少し意外そうにトキノのその顔を見返すと――小さく息を吐き、また微笑みを見せていた。
「…それは。一応、この夢に閉じ篭っていると言う訳ではないつもりなんですが。私は私の現実も承知で受け入れているつもりですし。逃げた、と言っても――このままずっとここに居るつもりもありません。…ただ、望めるなら――眠っていられる僅かな間、夢の中でくらいは現実を――自分の行為を、決断を忘れていたいと言うのも事実です」
 この夢の中では単に、他愛無い話を交わせる話し相手が欲しかっただけで。
 それで、偶然そこにいらっしゃいました、貴方たち御二方をお誘いした次第です。
 …現実の私は、たったそれだけの事すらも、もう望めませんので。
 と、そこまで告げた龍樹の顔を見て、トキノは静かに頷いて見せる。
「…そこまで自覚があり己を律する気があるならば、私が口出しするまでもなさそうですね。貴方は己を真っ直ぐ見据える事が出来る人のようだ。貴方の仰る現実での行為や決断――恐らくは血を伴うものなのでしょう。この場で詮索するつもりはありませんが、それら全て覚悟の上で今の貴方は在るのでしょうね」
「…その、つもりなんですが。ですがどうも――あまり自信がありません」
 こんな夢を、見てしまっている時点で。
「…こんな夢…ただ闇の中に櫻だけがある夢、って事か?」
 珈琲を啜りつつ、見るとも無く残花を見上げ、シェアラ。木も見事だが、花も櫻と呼ばれる花にしては珍しいくらい濃い紅色になる。龍樹にとっては何か思い入れのある櫻なのかもしれない。
「はい。空も大地も無い闇の中、櫻の古木が一本。灯火の如くぽつりぽつりと濃い紅の残花だけが咲いている。自分がそんな櫻をただ見上げている夢を見る事それ自体が、覚悟が決まっていない事の表れのような気がしますから」
「そうなのか?」
「…この櫻は、私の故郷にあるものです――勿論夢ですから今ここにある櫻の古木が故郷に自生する生命そのものと言う訳ではありませんが、その姿を夢の中で映されてしまったからこそ、迷っている自分を思い知らされる気がするんですよ」
 私は、私の故郷で、この櫻の下に数度来た事があります。
 …人に逢う為です。
 特に示し合わせていた訳では無いのですが、櫻の見頃になると、この下で――いつも顔を合わせていました。
 それは、いつ頃からか、とても大切だと思えるようになっていた人、です。
「ほう、意外だな。…女か?」
「ええ。二人とも」
「…更に意外だな。二股か」
「…そうなってしまうんでしょうか」
 四年前に亡くなった私の許婚と、その悲しみに狂っていた私を止めてくれた女性の両方、なんですが。
 時期は違いますが――それぞれ二人とも、初めて出逢った場所は同じこの櫻の下だったんです。
「…すまん。早とちりだったようだな」
「実はそうでもないんです」
「…?」
「亡くなった許婚の方が――生きていたとなれば、今の私はどちらと選べない。…選びたくない」
 選べないなら、シェアラさんの仰る通りになってしまうでしょう?
「生きていたのか?」
「…わかりません」
「それでは、聞いている私たちの方がわかりませんが?」
「…絶対に生きている筈が無いのに、当人でしかない存在が目の前に現れられてしまったら――わからなくなりはしませんか?」
「…そういう意味、ですか」
「はい」
 ですから。
 …安らぐ為の夢の中で、一面の闇の中そんな思い出のある櫻だけが現れる――それも、現実ではあまり見た覚えの無い筈の花の状態、季節を外れても落ちないまま未練がましく咲き残る濃い紅の灯火だけが見えるとなれば。
 何だか、自分でもあんまり覚悟を決めているようには思えない気がして来るんです。
「現実での覚悟とやらは…その二人の女性とも関わる話なのですか」
「そうなります。…ですが、現実での私は――もう、決断を下してあるんですけどね?」
 その証がこの手です。衒い無くあっさり言いながら、龍樹は両手を小さく掲げる――紅く濡れた手を二人に見せる。気負いも無い。引け目も無い。表情からは後悔も見えない。だが感情を殺していると言う訳でもない。ただ、感情は凪にあり落ち着いているような。
 紅に濡れた両手をそんな風に見せられても、何を意味するのかがわからない。わからないが――その紅は、明らかに血。それも当人の血ではない。
 誰かを害して付いた、血。
 もしくは――『己自身で誰かを害したと見なしている』為、そこにある血。

 ――…誰を?

「…それでも、まだ迷っている――迷っていたいのかもしれませんね」
 だからこの夢を見ている。
 貴方たちを呼び込んで、話し相手に求めている。
「…私の甘えなんだと思いますよ、この夢は」
「…そうか。…だから、世間話でも何でも良いから話をしたかった、と言う訳か」
 確かに、一番の用件が『一時の逃避』や『休憩』ならば何も肩肘張った話をする必要はあるまい。
「…。ならば私はあまり適した相手とも思えませんが…」
「まぁ、そう言うなトキノ。…先程貴方と龍樹が話していた櫻の件もある。龍樹の着物の事も知っていた。それに貴方が腰に差しているその得物は日本刀になるだろう。…文化的なものが近いようだが、だったらそれなりに話も弾むんじゃないか?」
「…シェアラさんはこのブレードの形まで御存知なのですか? 私が客観的に見ても独特の形と思っているのですが…まさかそれも」
「ああ。使うぞ、こいつ」
 トキノの科白に続けて言いながら、あっさりとシェアラは龍樹を指す。
 が。
 当の龍樹は少し痛そうな表情を見せ、苦笑している。
「…剣の話は、ひとまず」
 遠慮しておいて頂けると、有難いです。
 そんな控え目ながらもきっぱりとした龍樹の口調に、他の二人はすぐ気付く。
 …龍樹が夢の中で逃げていたいのは、そこでもあるのか。
「ならば…琴の話はどうでしょう?」
 ふと思い付いたように、トキノ。
 と、龍樹は緩く頭を振る。
「…残念ながら私は嗜みませんが。ただ音色は美しいと思います」
 この残花の灯火の下で琴の音を、と言うのも一興かもしれませんしね。
「ええ…。そうしたいのは山々なのですが――まぁ、琴はこの場には持って来れませんでしたし…。シェアラさんの方は何かありませんか」
「私の方か? そうだなあ…近況でも話しておくか? あまり変わり映えしない日々の気はするが。さて、最近何があったかな。…死んだ話や仕事の愚痴は言っても面白くないしな」
「…シェアラさんは葬儀を生業となさっているのですか?」
 仕事の愚痴はともかく、それに合わせて死んだ話とも言われると。
「…いや。生業は織物師だ」
「…」
「…深く考えるな。それもまた界が異なる故の疑問になりそうだ」
「…ですか。まぁ、今ここで細かく詮索する必要も無いですね。我々は今、この見事な櫻の古木の元にいる――この奇跡のような偶然だけで、充分でしょう」
「だな。花見と言うならこの櫻だけでも充分に興が乗る。トキノに貰ったこの珈琲とやらもなかなか悪くない」
「…御二人とも」
「このくらいの事なら暇が出来れば幾らでも付き合うさ」

 ――…但し、次に呼ぶなら予め茶くらいは用意しておくんだな。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業 or クラス

━━聖獣界ソーン
 ■1514/シェアラウィーセ・オーキッド
 女/26歳(実年齢184歳)/織物師

━━PSYCHO MASTERS ANOTHER REPORT
 ■0289/トキノ・アイビス
 男/99歳/オールサイバー

※表記はタイアップゲーム毎、発注の順番になってます

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 PC様には初めまして(礼)。PL様にはいつも御世話になっております…の御方のような気がしてはいるのですが。違っていたらすみません(汗)
 今回は発注有難う御座いました。
 結果として、二名様ご参加になりました。
 …で、何だか良くわからない話だったらすみません…。他タイアップゲーム含め、他の当方櫻ノ夢参加者様の物も見てみると、和装の男や櫻の古木についてまた色々と違った事が語られていたりもします。ノベルによっては正反対の事、全然違う事を言っているような描写に見える場合もあるかと思われますが、別にこちらの手違いと言う訳ではありません。こちらの意志でそう書いてます。
 なお今回の櫻ノ夢、十名様から発注頂いているのですが…演出上の都合で、ソーン黒山羊亭の方にも参加下さった方が登場しているノベルに限り先行納品させて頂いております。他の参加者様のノベルについてはもう少しお待ち下さいまし。

 殆どお任せとの事でしたが、如何だったでしょうか。
 何だか初っ端シェアラ様に提供した珈琲のせい(…)で若干ギャグめいてしまったような気もしておりますが(汗)
 サイコマスターズの世界(時代)では櫻の現状はどうなのだろうともふと考え込んだり(…)
 それから…初めましてのPC様ですからして、PC様の性格・口調描写等で引っ掛かったり、何かありましたらお気軽に言ってやって下さいまし。
 出来る限り善処致します。

 少なくとも対価分は満足して頂けていれば幸いです。
 では、またお気が向かれましたらその時は。

 深海残月 拝
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
深海残月 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2006年05月23日

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