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『櫻ノ見ル夢 』
セレスティ・カーニンガム1883



 例えば、の話だ。
 あなたがよく通り過ぎる道に、とても綺麗な花を咲かせる桜の樹が植わっていたとする。
 今年もまた、その樹は美しい花を咲かせた。そして季節の移り変わりに従い、はらはらとその花弁を風に撒いていった。
 それでもし、例えばだ。その樹に桜の精が宿っていると言われたら、あなたはどんなのを想像するだろうか。

 ――あんなに綺麗な桜の樹なんだ。どんな美女だと考えるのが普通だろ。風になびく黒髪で、純和風の顔立ちで……。
 そんな風に考えたとしても、男なら仕方がないと思うんだよな。


「オレを助けてくだせぇ。この通りです、頼みます」
 目の前では、筋骨隆々でいかにも無骨そうな男が、歯を食いしばり男泣きに泣いている。
 草間武彦は困惑した。
 いや、初対面でいきなり「自分は、あの桜の樹の精です」なんて言われ、あまつさえ自分より大柄な男に、泣いて頭を下げられたとしたら、誰だって呆然とするばかりだと思う。
 タンクトップから覗く肩からは、金さんよろしくびっしりと彫りこまれた桜の刺青が覗いていて、「ああ、この辺が桜の精なのか」などと、草間は現実逃避っぽくぼんやり思う。


「……とにかく、話は分かった。でもよ、無理だろそれ。この前お前が……でいいのか? とにかくあの桜の樹、今年はもう花が全部散ってただろう。どう考えても無理だと思うぞ」
 ――もう一度、今すぐ花を咲かせたいだなんて。
 常識的に考えて絶対無理だ。
 しかし、何度そう言ってもこの男はがんと首を縦に振らない。
「いや、でも、自分はどうしてももう一度咲きたいんです。それで、あなたのお力をお貸りしたく」
「俺は花咲きジジイじゃないんだぞ……」


 時間の経過があいまいなここではピンとこないが、草間が何の解決方法も見出せずにいた間に、どうやら現実世界では3日という時間が流れたらしい。
 しかし、草間はこの男によって夢の中に閉じ込められたまま、いっかな解放してもらえる気配が無い。
 とりあえず、煙草がなくなる心配だけはしなくていいのは楽だな、などと思いながら、草間はドーナツ型の紫煙を宙に吐き出した。


 ――3日か……3日間も寝っぱなしで、誰かに迷惑かけてなきゃいいが……。
 

 

○A-4 <セレスティ>

「どうでしょう? 彼の夢の中に、我々が入ってみる、というのは」
 思いついた提案を口に出してみせると、目の前に座るシュライン・エマが驚いたように軽く目を見張った。
 隣に腰掛けている劉月璃もまた驚いたような表情を瞬間見せるが、すぐにそれは納得したような表情に変わる。
「なるほど。『夢見』ですね」
 先回りされた返答にセレスティは快さを覚えつつ、その言葉にゆったりと頷いてみせる。

 場所は草間興信所。昼食をとるには遅く、夕食の準備にはまだ早いといった午後の一番穏やかな頃合。
 いつものごとくの退屈しのぎで草間興信所を訪れたセレスティ・カーニンガムだったが、ドアを開けた途端、シュラインと月璃の困った顔に出くわすことになった。
 なんでも、興信所の主である草間武彦が3日間眠り続けているらしい。
 その原因を探るべく3人はすぐさま相談を始めたが―――その実、セレスティが胸をわくわくと躍らせていたことは他の二人には内緒だ。
 ―――やはり、草間興信所にくれば退屈だけはしませんね。

「夢見って?」
 シュラインの問いかけに、セレスティは傍らの月璃と軽く目配せをし合った。そしてすぐに彼女に向き直る。
「文字通り、『夢を見る』ことです。もちろん、当人の話す内容で判断することがほとんどですが、今回は草間さんがあの通りですからね。我々が彼の『中』へ入るしかないでしょう」
「俺たち占い師は、その人が見た夢で占いを判断することがあるんです」
 と月璃がセレスティの言葉を継ぐ。
「夢というのは、その人の深層心理にも関わってくるもの。それを分析することによって、意外なことが分かることがあるんです」
「それは分かるけど……出来るの?」
 シュラインの不安げな問いかけに、月璃はしっかりと頷いてみせる。
「俺はこの通り占いで生計を立てていますし、セレスティさんも結構その心得があるみたいですから……だからやってみるのは不可能じゃありません」
「じゃあ、さっそくやってみましょう!」
 善は急げ、とばかりにシュラインが急いた動作で立ち上がった。どうやら冷静さを装った言葉とは裏腹に、随分と草間のことを心配しているらしい。
「3人で武彦さんの夢の中へ入るの?」
「ええ、それでもいいですが……」
「セレスティさん、俺は残ります」
 と、月璃が言った。
「『中』と『外』に分かれて、出来ることを探っていった方がいいかもしれません。草間君が眠り続けている原因がまだ何か分かりませんから」
「……そうですね、ではそうしましょうか」


 傍らの彼は、セレステイと同じく出自が人ならざらぬものであるらしい。
 おぼろのようにも感じられるその気配に自分自身の姿を重ねながら、セレスティはただ静かに頷いた。




B-1 <夢の中>

「……あのね。なぜかとか、花を見せたい誰かがいるのかとか、理由言わなきゃわからないでしょう!」
 眉間に深い深いしわを刻みつつ、仁王立ちでまくしたてているシュライン・エマに、その前で正座する筋肉男は、ただただ身を縮こまらせるばかりだ。
「おいシュライン、そんなに言わなくても……」
「武彦さんは黙ってて! 私が3日間、どんなに心配したと思ってるの!」
 女性にそう言われてしまうと、男に言い返せる言葉はない。
 彼もまた姿勢を正し、シュラインの言葉に面目なさげに身を縮こまらせるばかりだった。

 草間の横に正座する筋骨隆々たる男。彼こそが3日間眠り続けている原因だった。
 自己紹介によれば、彼の名は猪熊桜之進といって、なんでも桜の精らしい。
 ―――その自己紹介がどんなに彼に似合っていないかは、そう聞いた時の初瀬日和の表情が一番雄弁に物語っていただろう。
 穏やかな彼女ですら絶句し、思わずシュラインたちを振り返ってから、恐る恐る「……本当ですか?」と尋ねたものだ。


「ところで、日和さんはなぜここに?」
「……そういえば、私はなぜここにいるんでしょうか?」
 本当に疑問に思っている風情で小首をかしげる日和に、事態の推移を大人しく見守っていたセレスティ・カーニンガムはおやおやと苦笑する。
「ここは草間さんの夢の中ですよ。眠り続けている草間さんの原因を探るべく、私とシュラインさんはここへ入って来たんです。日和さんは?」
「私は……道を通りかかった時、桜の木が泣いているのが聞こえたんです。その声に耳を澄まそうとして、それで……」
 そうして日和は、あ! と小さく声を上げた。
「悠宇くん!」
「え? ……ああ、いつもあなたと一緒にいる彼ですか」
「どうしよう、私が今ここにいるっていうことは、きっと悠宇くんを心配させて」
「……ああ、いえ。大丈夫なようですよ」
 目を細め、遠くを見るような表情をしたセレスティが、すぐに日和に笑って見せた。
「彼は今、興信所に来ているようですね」
「そうなんですか?」 
「ええ。あなたの彼氏さんは、どうやら勘がいいようです」
「え? ……あ、あの、いえ、悠宇くんとは、その、『彼氏』とか、そういう……えっと、そうなんですけど、その」


 日和が頬を赤らめているのをよそに、シュラインの話は続いている。
 ぐずぐずと泣きじゃくり、うなだれるばかりの猪熊。「情けない」という言葉がよく似合う。
「だからね、武彦さんをさっさと解放して頂戴。3日も寝たままじゃ衰弱しちゃうでしょう? そんなことも分からないの!」
「あ、いえ、その、自分は……」
「無理やり拉致して理由も告げず咲かせろだなんて、スジが通ってないでしょ、スジが」
「……うう、自分は、自分は……」
「ああもう、はっきりしない男ね! いっそ、咲く前に斬り倒してあげましょうか?」
 シュラインがそう言い放った途端。
 猪熊が大泣きに泣き出した。うわーん、とでも表現したくなるような、恥も外聞も構わず盛大な泣き方で。
 幼児が菓子をねだる時でさえ、ここまでひどくはないだろう。ましてや大柄で体格のいい男がそのように泣いてみせても、周囲は閉口するばかりだ。
「じ、、自分、ど、どうしたいいか、わからんくって、だから、だから、ぐざま゛ざん゛を、」
「……おいシュライン、お前泣かすなよ……」
「武彦さん! 私に責任押し付けるの!」
「い、いや、そうじゃなくてよ……」
 困り果てるシュラインと草間の前で、男はなおもいっそう泣き声を高くした。



 そうして、一時間は泣き続けた後だろうか。(もっとも、夢の中の時間経過がどのようになっているかは分からないが)
 一同にとって果てしないと思われた時間がようやく過ぎて、やっと(いくらか)冷静になった猪熊が、シュラインの問いに答える形でぽつりぽつりと事情を説明しだした。

 ―――彼はとある道の端に生えている桜の木だという。そう、日和が通りかかった道に生えていた木だ。
 彼は毎年毎年、近所の人々の期待に応え、見事な花を咲かせ続けていた。彼にとって花を咲かせることは何よりも大事なことだったし、また彼のそんな姿を見て皆が喜んでくれることは何よりもうれしいことだった。
 そうして、彼の桜を楽しみにしていた人の中に、一人の女の子がいた。彼女はよっぽど彼の桜が好きだったのだろう。春が来る度に、彼の元へ来ては歓声を上げていたという。
 ―――しかし、今年は花の時期が過ぎてもその女の子は彼の元にやって来なかった。季節は過ぎ、彼の花ははらはらと散っていく。それでも彼女は来なかった。
 どうしたんだろう、あの子はもう来ないんだろうかと思っているところへ―――。


「自分、聞いたんス。あの子、重い病気になって、ずっと入院してたらしいんス。外出もままならなくて……今年は自分のとこに来られなかったんだそうっス。……自分は、その子が可哀想で、可哀想で……!」
 ひっく、と猪熊はしゃくりあげ、赤い鼻をすすった。
「なんだ、じゃあお前が来年また咲いてやればいい話じゃないか」
 草間の言葉に、男はぶるぶると首を振る。
「その子はそのまま、遠くの町の病院に行っちまうんでぇ。だから、来年じゃ遅いんです。今すぐ、あの子に自分の花を見せてやりたくて……!」
「……それで、こんな無茶をしたの?」
 いくらか追求の手を緩めたシュラインの言葉に、猪熊はただうなだれて、すいやせんでした、と言った。

「……おいシュライン、まだ言ってやりたいことがあるんじゃないのか?」
 草間が顔を上げた。
「どうだ、もっとこいつを締め上げるか?」
 彼の言葉に、シュラインは苦笑する。
「武彦さんったら。……私がそう出来ないってこと、分かって言ってるでしょう」
「まあな」
 草間の表情はなぜか可笑しそうだ。 
「猪熊君。……分かったわ、私たちが力になってあげる」
「本当っすか!」
 猪熊がぱっと顔を上げた。涙に濡れた瞳は、期待に満ちている。
「どこまで出来るかわからないけどね。武彦さんも無事だったようだし。
 ……そうね、能力的には、武彦さんにももちろん私も、あなたを物理的に開花させるのは無理だわ。だけど、三人寄らばなんとやらってね。アドバイスやお手伝いは可能かも」
 ね、と後ろを振り返れば、セレスティと日和も力強く頷いてみせる。
 ―――セレスティは穏やかに微笑みつつ、日和はわずかに涙ぐみつつ。
「私に、いい考えがあります」
 と、セレスティが一歩進み出た。
「ここは『夢の中』です。夢の中では、どんなことでも叶うものですよ。……どうでしょう。桜之進さんが自分がどう咲きたいのか、その姿を強く思い描いていただくのです。そして私たちはそれに従い、想像の翼を広げて……夢の中、桜の樹を咲かせるのです」




C <夢幻の桜>

 ――闇に浮かび上がる、薄く色づいた霞。

 ざあ、と吹き付けてきた風。かぐわしく匂い立つそれはしかし、自分だけが感じていた香りなのか。
 それを合図としたかのように、枝のそこかしこで固く結ばれていた花のつぼみがいっせいにほころびだす。VTRの早回しのように、花開いていく桜。皆の息を飲む音が重なる。
 取り囲む一同が静かに見守る前で、そのさくらの木は確かに、今花咲こうとしている。
 ――そして桜は花開いた。白霞、堂々たる枝ぶりを持つ桜の木に宿る、今や満開の花。
 あるかなきかの風に、花をまとった枝がまた揺れる。ざわ、という音は胸のざわめきにも似て、見ているものの心をも揺さぶっていく。

 そうして、はらはらと涙をこぼすかのように、少しずつ、少しずつ宙に織り交じっていく花びら。
 まるで薄紅色の花自体が光に包まれているかのように、薄暗かった闇の中心にその桜の木は鎮座していた。昼の明るさとは違う、闇夜を照らす明るさ――そう、月の明かりのような。



 きゃあ、とかわいらしい歓声が響いた。
 ぱたぱたと満開の桜の木の回りを走り回るのは、赤いリボンで髪を結った小さな女の子。
 何がそんなにうれしいのか、満面の笑顔を浮かべ、風花のように舞う白い花びらを追い掛け回している。

 ――そして。
 木より数歩離れた位置から、草間以下、一同が木を見上げていた。
 ヒュー、と小さく口笛を吹いたのは草間だ。 
「あの桜の木の精、やるじゃねぇか」
「すごいわ、……綺麗ね」
 彼の横で素直な感嘆の声をあげるのはシュライン。
 それ以上の言葉が出てこないのがもどかしいらしい。ううん、と軽く唸った後、苦笑しながら小さく首を振った。
「いいわ、こんなに綺麗な風景は……言葉にしたらもったいないのかも」

「素晴らしいですね、私……こんなに綺麗な桜を見たのは、初めてです」
 感動のためか目をうるませつつ、日和が頷く。
「例え夢だとしても、いえ、夢だから……この美しさをいつか忘れてしまうかもしれないって考えると、怖いくらいです」
「じゃあ忘れなきゃいいのさ」
 彼女の横でそう答えたのは、月璃と共に後からこの夢の中にやって来た悠宇だ。
「俺だって忘れない。俺たち2人で覚えていれば、記憶はきっと消えない」

「これが……想像の翼を広げた結果、ですか?」
 月璃の問いかけに、セレスティは静かに微笑む。
「そうでもあるし、そうではないとも言えます。……私たちは、夢の中で彼の花を開かせてあげるお手伝いを確かにしました。ですが、それだけではこれだけ見事な花を開かせる事は出来なかったでしょう。例え、夢の中であったとしてもね」
 彼――猪熊君が、花を開かせるイメージをしっかり持っていたからですよ。セレスティはそう言った。
「彼自身が、どれだけ花を咲かせたかったか……その強い願いの結果といえるかも知れません」
 ああそれから、とセレスティは微笑みをわずかに変える。
「あなたと悠宇さんが集めてくれた桜の花はとても役に立ちました。……あの花が『媒介』となったから、あの女の子をここへ呼び寄せることが出来たのです」
「ああ、あれ? 役に立ってよかったよ」
 セレスティの言葉に、悠宇が振り向く。
 結構大変だったからさ、な? と月璃とうなずき合いながら、悠宇は照れくさそうに笑った。
「案の定、この辺の桜はほとんど散ってたからさ。白露と末葉に頼んで、それでようやくって感じ」
「白露と末葉に?」
「ああ日和、末葉ちょこっと借りたぜ? ……あの女の子、きっと目が覚めた時ビックリするだろうなぁ。集めた花をさ、ランドセルの中いーっぱいに詰めておいたんだ。もちろん、俺じゃなく2匹にやらせたんだけど」
「……それはあの子もびっくりね」
 そう言って笑ったのはシュライン。
「でも悠宇くん、どうやってあの女の子の家を調べたの?」
 日和の問いに、今度は月璃が答える。
「それは俺の占いで。あの桜の精の想いを辿れば、簡単でした」
「なるほどな。……やれやれ、これで一件落着か? ふあーあ、これでようやく俺も目が覚めるってか。ま、ずっと夢の中ってのも悪くなかったけどな」
 ぷかり、とタバコの煙を浮かす草間。
「全くもう、武彦さんは気楽なんだから。……でも、そこが武彦さんらしいけどね」
 シュラインの言葉が、何よりも一同の声を代弁していたに違いない。
 皆で笑い、ただ一人草間だけが憮然としていた。


 と。
 なぁ、と悠宇が誰へともなく言った。
「あの子がさ、いつか退院して元気に学校通えるようになって……それでランドセル見るたびに、あの桜の木を思い出してくれればいいよな」
「それで悠宇くん、お花をランドセルに詰めたの?」
「実はな」
「そういうことだったの」
「大丈夫ですよ。俺のカードに、不吉な影は出ませんでしたから」
「……そうですね。私も、我が身を司る『水』に、あの女の子の未来と幸福を願いましょう」


 ――女の子が嬉しそうに駆け回っているのは、桜の木が見られた喜びもあるだろうが、こうして自分の脚で好きに駆け回れる喜びもきっとあるのだろう。
 例え夢の中からであっても、あの女の子が心安らかであってほしいと、皆がそれぞれに思う。



 そして。
「……んーでも、ちょっとだけ残念だな」
「何が? 悠宇くん」
「いやほら、俺今までずっと『現実』の方にいたろ? だから桜の精がどんな人か拝めなかったからさ。日和は見たか? やっぱりすごく綺麗な人だったりしたんだろ」
「……そ、そうね、う、うーんと」
「まぁ、でも日和が一番桜の精っぽいけどさ! ……な、なんてな……ごほごほ」

 言葉に困った日和はとっさに視線を周囲に巡らせるが、彼女と視線を合わせようとする者は誰一人としていなかった――。



 
 
 
 ――夢から覚めれば、また平凡で退屈な日常がやってくる。
 
 「どうぞ」
 ノックの音に、セレスティは顔を上げないまま答える。
 「失礼致します」
 そう言って薄暗い執務室に入ってきたのは、セレスティの忠実な部下だ。いや、部下というより家臣と言った方が近いかもしれない。屋敷に住み込む何人かの部下たち。その誰もが皆、仕事の面だけでなくプライベートの面でもセレスティに従順で――その誰もが、一筋縄ではいかない性格をしている。
 足音もなく近づいてきた彼がぴたりと執務机の前で止まる。主人の言葉を待つように、彼はそのまま動かない。そうして初めてセレスティは顔を上げた。
 今日もまた、いつもと同じ、仕事に埋没しがちな日常の風景。
 そう、いつものように屋敷の執務室にてセレスティは仕事をこなしているところに、いつものようにこの時間ぴったりに彼は報告に現れ――それでいて、彼の携えてきた報告は少しだけ、いつもと違った趣を持っていた。
「先日ご命令された件の事ですが」
「先日?」
「あの怪奇探偵がらみのことです、お忘れですか」
「ああそうですね、忘れていました」
 セレスティがにっこり笑ってそう言えば、目の前の彼は「嘘ばっかり」と視線で訴える。
 が、それを言葉にしてくることはなかったので、さらりとセレスティは無視を決め込んだ。

「それで、お探しの少女のことですが、……見つかりましたよ。この町を引っ越した後、とある地方都市の大病院に入院しているそうです。日本でもあまり症例の無い病気だそうで、そこの医師が日本で初めて手術に成功した人なのだそうで」
「なるほど、そうですか」
「で、いかが致しますか」
 あえて聞いてくる部下に、セレスティは首を捻ってみせる。
 答えに迷ったからではない。――いつもいつも、部下たちは私が何と答えるか分かっているクセに。
 皆はなぜこうも一様に、生真面目に尋ねてくるのでしょうか、ね。
 だが、そんな性格を見込んで部下たちを自分の懐に入れているのは事実だ。その矛盾が、我ながら可笑しい。
 ――だから、遊んでみる事にした。
「そうですね、やはりこの件はなかったことにしましょうか」
「そうですか。で、送金はいつからになさいますか、セレスティ様」
「……話を聞いていますか? 主人の言う事はきちんと聞きなさい」
「ええ、私の主人はいたいけな少女を見捨てるわけがありませんから。もちろん、誰も彼も救いたがる博愛心あふるるはた迷惑な人物でもありませんが。ああ、その女の子の手術は1週間後だそうです。よろしかったですね、早く見つかって」

 ――いったい部下たちに、自分はどう思われているのだろうか。
 そうふと思いつつも、セレスティはすぐにその考えを打ち切った。
 他人は時に、己のことに関して自身が知っている以上のことを知っているものだ。自分をよく知る部下がこう言っているのだから、自分はきっとそういう性格なのだろう。
「私は別に、困った人をみな救いたいと考えるような慈善者ではありませんよ」
「セレスティ様、今さら気づいたんですか?」
「あの女の子のことは、たまたま私が係わり合いがあったから、こうして陰から手を貸そうと考えているだけです。もし何かあったとしたら、目覚めが悪いですからね」
「……へぇ」
「どうしました?」
 あいまいな返事にセレスティが首をかしげると、失礼なことに部下はじろじろとセレスティの顔を見た後、面白そうに言った。
「セレスティ様、いつになく口数が多いと思ったら」
「?」
「慣れない事をしようとしてるものだから、照れていらっしゃるんですか?」

 セレスティ様でも、そんなことがあるんですね、とあくまで大真面目な口調の部下に、セレスティは本気で感心した。
 ――この私が、照れている? ……そうですかなるほど……。
 自分自身、言われた今でさえよく分からない感情を、部下である彼が気づくとは大したものだ、と思った。
 
 
 
 花は咲き、風に散り、そうして季節は巡っていく。
 毎年のように咲く花が、少しずつその表情を変えていくように――長く生きる自分たちも、また少しずつその心持ちを変えているのかもしれない。
 変化に恐怖を覚える時代は過ぎた。気の遠くなるほど生きてきた身となっては、その兆しすら待ち遠しい――。








━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 高校生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4748 / 劉月璃 / らう・ゆえりー / 男 / 351歳 / 占い師】

(受注順)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
こんにちは、つなみりょうです。この度はご発注ありがとうございました。
そして何より、大変おまたせして申し訳ありませんでした。その分、ご期待に沿えるものをお届け出来ていればよいのですが。

さて、少しだけ補足をさせていただきます。
今回はA〜Dの4つのパートに別れています。そのうちAとDは完全個別パート、Cは全員共通パート。そしてBは2パートに別れています。
それで、A、BとDのパートにナンバリングを振らせていただきました。ちなみに時系列順です。
これを参考に、他の方の納品物を一緒に読んでいただけますとまた面白いかなと思います。時間がある時にでも、読んでいただけると嬉しいです。
もちろん、みなさまそれぞれに納品した作品は、それ単品で一つの作品になっておりますので、他を読まなくては分からないということはないと思います。安心してお読みくださいませ。


セレスティさん、今回もご参加ありがとうございます! ……そして大遅刻、申し訳ありませんでした……。
ええと。今回ですね、偶然占いをされている方がもう一人いらっしゃいましたので、ぜひセレスティさんと組んで何かしていただきたいな、なんて思ってこのような展開になりました、いかがでしょうか?
それから夢の中での花の咲かせ方――ここに関するプレイングの一文がとても素敵だったので、今回文中に使わせていただきました。うまく生かせることが出来ましたでしょうか? 楽しんでいただけてれば嬉しいです。


また今後も細々と活動していくつもりですので、もし機会がありましたらぜひご参加くださると嬉しいです。
感想などありましたらぜひお聞かせ下さいね。
ではでは、つなみでした。



追伸>前回ノベルへのひとこと、ありがとうございました!




PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
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東京怪談
2006年05月23日

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