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『メインヴォーカル、ゲットだぜ! 』
八重咲・マミ2869)&松田・真赤(2849)&飯合・さねと(2867)


 所属プロダクション『トリプルクラウン』が用意する仕事を淡々とこなし、今の今まで言われるがまま芸能活動に没頭していたスティルインラヴの八重咲 マミは焦りを感じていた。気がつけば、ああ気づけば、新曲の「し」の字も話題に上らない毎日。そんな彼女の気も知らずのんきなマネージャーは「今度のお休みにみんなでどこか行きましょうよ〜、できれば海外がいいなぁ〜」とか、それに便乗して社長が「だったらリゾート地にでも行って、ついでにグラビア撮影とかしてくれない?」などとどこまでも能天気なことを平然と言ってくれる。確かに海は楽しい。彼女も最近、リフレッシュを兼ねて国内最大級の流水プールをいくつも持つ施設で十二分に泳ぎを堪能した。だからではないが、今はそんな気分にはなれない。マミの心の中はずっと「うちのバンドは最近、レコーディングをしていない」という現実が危機感へと変わっていった。そういえば自分がメインヴォーカルをしたのっていつだっけ……ダメな時に考えることはダメな方向に流れがちだが、今の彼女も例外ではなかった。それはおそらくマミだけでなく、ファンも勘付いているだろう。危機感は今にも割れそうな風船のように大きく膨らんでいく。そして利き手の握り拳を豊満な胸の前にある平手に叩きつけた。

 「やるっきゃない!」

 意を決したマミの表情は真剣そのもの。しかしそれをなぜかメインヴォーカルの肩書きを持つ松田 真赤の目の前で見せた。彼女は冷えたスポーツドリンクのボトルをソファーでくつろぎながら飲んでいた。どうやら事務所の一角に設けられた防音室で発声練習をしていたらしい。タイミングもシチュエーションもバッチリだ……マミは満足げに微笑むと、『ビシーッ!』と相手を指差して高らかに宣言する。

 「おい真赤、今度の新曲のヴォーカルを賭けて勝負だ!」
 「えっ、でもそーゆーのってさ……もっと別の人が決めるんじゃな」
 「まさか……逃げるのか?!」

 至極ごもっともであり建設的な発言に対して容赦なく横槍を入れ挑発の言葉のひとつでも返せば、真赤なら簡単に乗ってしまうだろうというマミは計算した。しかし相手もどこまでも果てしなくバカというわけではない。真赤はよくよくマミの顔を観察した。すると、どこか不安そうな表情をしているように見えた。ある程度の状況を飲み込んだ真赤は「はは〜ん」と唸り、余裕たっぷりの表情で切り返す。

 「いいよ、相手になってあげようじゃないの!」
 「よっし、決まりだな!」

 あくまで相手を見下した返事をし、さらに返り討ちにしてやろうという余裕を見せた真赤。ふたりの笑みが不協和音となって部屋の中を響かせる中、のんきな声と一緒に部屋に入ってきたメンバーがいた。キーボードの飯合 さねとである。

 「あれ〜、真赤ちゃんとマミちゃん。ここで何してんの? もしかして……」
 「そう、まさに今から決闘だ! そこで突然だが、おまえに立会人を任せる。ついてこい。」
 「断定口調やね〜。私には拒否権ないっつーことでええの? ま、暇やからええけど。」
 「さねと、さねと。どんな嫌味を言ってもマミに通じないのくらい知ってるだろ?」

 真赤に言われなくても、そんなことくらいさねともわかっている。わかっているからこそ言ったのだ。皮肉の通じる相手に嫌味を言えるほど、さねともバカではない。メンバーそれぞれがバカじゃないことが確認されたところで、なぜか決闘を申し込んだマミがその内容を提示する。

 「じゃあ、まずはケーキバイキング大食い対決だ!」
 「……仕切りもマミちゃんでええの?」
 「いいのいいの。相手が得意なものでヘコませるのが一番だから。」
 「マミちゃんが気高く吠えるのは、ここまでっつーことやね。」

 勝負もしないうちから勝った気でいる真赤を本っ気で睨むマミだが、ここで逆転ホームランをお見舞いすれば次回のヴォーカルは自分のものだ。今回は立会人のさねとがいるのだから、絶対そういう流れにさせてみせる。こんなことだったら『アルバムが出るまでのシングルは全部ヴォーカルを担当する』という条件にすればよかったかもしれないと、意味もなく心の中でニンマリするマミ。まさに三者三様といった雰囲気のまま、決戦の火蓋は切って落とされた。


 名付けて『ケーキバイキング大食い対決』は、都内某所にある高級ホテルが期間限定でランチタイムに催しているレストランの一角で行われた。とにかくケーキをひとつでも多く食べた方の勝ち。ケーキはサイズが大小を問わず食べれば1個とみなし、インチキをすればその場で失格になってしまうという非常に脇の甘いルールでスタートした。マミと真赤は有名パティシエが丹精こめて作り、食べやすいサイズに切り分けられたケーキを小さな皿に遠慮なく山のように積み上げていく……さねとが「職人さんが作ったケーキは見てから食べるもんやで」と極めて緩いツッコミをかますも、ライバル心剥き出しのふたりの耳には届かなかったようだ。
 開始してまもなく「ひと〜つ、またひと〜つ」と番町皿屋敷のごとく減っていくケーキ。ふたりとも空いた手でボールペンを持ち、いちいち紙ナプキンに『正』の字を書きながら食べまくる。一方、この勝負とはまったく関係のないさねとは不正に目を光らせながらも、なぜか彼女たちと同じようなペースで食べていた。周囲の女性客は食べる勢いと積み上がる皿の数、そして筆記用具を中途半端に用意していた3人組に得体の知れない恐怖を感じたに違いない。誰かがおかわりを取りに席を立って動けば、誰もが「どうぞどうぞ」と場所を譲ってしまうほどだった。恐るべし決戦、恐るべしスティルインラヴ。さまざまなところに影響力を発揮するのが彼女たちの宿命。そう、宿命と書いて『さだめ』と読む。
 序盤こそお互いに「自分のポジションを奪われてなるものか!」という勢いだけで甘いものを食べていたが、ふたりとも取り立てて「甘いものが好き」というわけではない。しかもこの勝負には大きな落とし穴があることに誰も気づいていなかった……そう、実は時間制限を設けていなかったのである。こうなると、見るも無残な展開がただダラダラと続くのみ。お口直しに飲み物を替えたり、深呼吸を繰り返しながら一口ずつ食べていくその姿はもはやかわいそうを通り越していた。ふたりは示し合わせたかのように、ふと立会人の姿を見る。すると、平気な顔して自分たちと同じ量を食べる剛の者がそこにいた。そして彼女は決戦では口にしてはならない禁断の一言を発する。

 「これ、太りそうやなぁ……ダイエットに苦労すんで〜。」
  ギク、ギクッ!
 「まっ、真赤は今、私と同じ個数だな。どうだ、この辺で決闘の内容を変更するってのは。」
 「そっ、そうだよねぇ〜。なんてったって私たち露出する商売だから、急に太ったらマズいもんねぇ〜!」

 さねとによって勝負の世界から現実へと引き戻されたふたりは同じ音程で乾いた笑いを広いレストランの中で響かせる。その後の協議で「太って帰るのは事務所的にもマズいので、ゲーセンの体感ゲームあたりで爽快な汗を流しながら雌雄を決する」ことになった。テーブルに残されたのは漢字だらけの紙ナプキンと高く積み上げられた小さな皿。帰った後も他の客に影響……いや脅威を与え続けるスティルインラヴであった。


 ゲーセン対決は奇跡の連発でさねとやギャラリーを圧倒。最初の勝負は『パンチングマシーン対決』。マミも真赤もパンチの出方が明らかに違っていたのだが、表示されるスコアは何回やっても一緒になってしまう。しかしさっきのケーキ対決とは違い、ここには勝敗を決めるものがたくさん存在する。これに関しては「機械の故障」ということで話をまとめ、今度は白黒つけやすい格闘ゲームで勝負することにした。当然、選択したキャラクターは別々。なのになぜかゲームの終盤になると、同時に繰り出した必殺技がヒットしてダブルノックアウトしてしまう。しかも立て続けに。とめどなく。

 「この機械も故障だな。ろくなゲームがないな、ここは。」
 「絶対に機械のせいちゃうって。」

 その後もダンスステップやガンアクションのゲームで勝負をするが、もはや謀ったようにタイスコアを連発するふたり。その頃にはもう、この事実がいったい何を意味するかを考える余裕すらなくなっていた。マミも真赤も、ただ無意味に「勝たなくてはならない」という怨念にも似た思考が身体を支配し始めている。
 そこでマミは最後の勝負に出た。「太って、さらに汗だくで帰るのは事務所的にもマズいので、健康ランドのサウナあたりで爽快な汗を流しながら雌雄を決する」ことにしちゃったのである。これならどうがんばっても壊れた機械の曖昧な判定やさねとの心揺さぶる呟きとは違い、両者同時ノックアウトや試合放棄になることはない。サウナルームに入れば自動的に勝敗が決まるというわけだ。
 しかしこれはマミにとっても賭けだった。重い食事と軽い運動の後にサウナを選択したことに関する危険性は十分に承知である。しかし、それは真赤も同じだ。ふたりはこれが文字通り『最終決戦』であることを理解していた。


 夕暮れ時の健康ランドはガラ空きで、サウナはもはや貸し切り状態。3人はバスタオルで身体をくるみ、黙ーって熱気揺らめく個室の中で座っていた。相手に勝つために、いや自分の弱さに勝つために。もはや何のために戦っているのかさえも理解できない状況に置かれたふたりを突き動かしているのは……間違いなくただの意地である。ふたりは「これはメインヴォーカルの座を手にするための戦いなんだ」と自分に向かって呪文のように言い聞かせていたが、そろそろ限界が目前まで迫ってきた。
 幾度ともなくマンガのような熱戦を繰り返してきたふたりもさすがに今回ばかりは疲労を隠し切れない。ところがそんな時、この白熱した決闘に文字通り水を差す行動をさねとが取った。自分からさっさとサウナから出て行くではないか。さすがに真赤は慌てた。

 「おい、さねと! 立会人なら見届けろってば!」
 「いいんだ……あいつは扉の前で厳正な判断を下すために行ったんだ。放っておけ。」
 「あ、そういえば。事務所で言いそびれたからここで言うけど、今度の新曲は真赤ちゃんとマミちゃんのツインヴォーカルになったから。」
 「「はぁ?!」」
 「これ、何の勝負か知らんけど、マミちゃんが外で待っとれって言うんならちゃんとおるで。任せといて。」

 何を今さら改まって……もう勝負も何もあったものか。勝負を持ちかけたマミに至っては開いた口が塞がらない。さねとの爆弾発言で驚きの表情のまま固まってしまったふたり。その間も容赦なく灼熱の空気が身体から水分を放出させていく。ふたりの今の気持ちを表現するなら、カラッカラに干上がった雑巾そのものである。そして示し合わせたかのように立ち上がり、ふたり同じ歩幅で歩き、仲良く並んでサウナの外に出た。さねとは意味もなくそれをじっと見守っていたのである。こうして決戦は意外な決着で幕を閉じた。


 最近、音沙汰のなかったスティルインラヴの新曲は……勝負を持ちかけた八重咲 マミと勝負に乗った松田 真赤のツインヴォーカルでリリースされるそうです。

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市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月23日

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