『誘い櫻 』

高遠・弓弦（0322）

☆　★


　何でも屋・鷺染。
　その依頼帰りでの事だった。
　ふっと、淡い色をした桜の花弁が詠二の前に舞い落ちて・・・
　視線を上げれば、すぐ目の前には巨大な桜の木があった。
　こんなところに桜の木なんてあったか？
　そう思うと、鷺染　詠二（さぎそめ・えいじ）は桜の木をそっと撫ぜた。

　――――― 瞬間

　目の前に、見慣れた姿が浮かび上がった。
　銀色の長い髪をした少女・・・笹貝　メグル（ささがい・ー）・・・
　何かあったのだろうか？綺麗な色をした瞳は哀しみに染まっていた。
「メグル・・・？？」
『お兄さん・・・お願い・・・見つけて・・・』
「え？メグル・・・？？見つけてって・・・」
『私を・・・探して・・・お願い・・・見つけて・・・お兄さん・・・』
　今にも消えてしまいそうなメグルを引き止めようと、右手を差し出し―――
「あれ？お兄さん？？どうしたんです？こんなところで。」
　聞きなれた声に振り向くと、そこにはメグルの姿があった。
　両手に大きな袋をぶら提げ、買い物帰りだろうか？その袋は酷く重そうだった。
「な・・・なんで？？だって、メグル・・・」
「どうしたんです？」
　キョトンとした表情のメグルに、今起きた事を全て伝えると、詠二は首を捻った。
　どんな怪異なのだろうかと言う詠二に向かって、メグルが小さく苦笑を洩らし
「お兄さん、それは誘い櫻（いざないざくら）じゃないですか？」
「誘い櫻？」
「その人にとって、一番思いいれのある人の幻を見せて、桜の中に誘うんです。相手を見つけられればこちらの勝ちで、現実に戻って来れます。」
「見つけられない場合は？」
「永遠に桜の木の中に閉じ込められて・・・」
「・・・！？」
「ふふ・・・それはただの噂ですよ。それに、見つけられないわけ無いじゃないですか。だって、自分にとって一番思いいれのある人ですよ？大切な人の姿を、見失うわけがないじゃないですか。」
「そうか・・・」
「それにしても・・・誰か、櫻に誘われているのでしょうか・・・」
「どうだかな。」
「きっと、誘いの出入り口なんですね、ここ。・・・どうします？誰か来るか、待ってみます？」
「そうだな。今日の仕事も終わった事だし・・・・・」


★　☆


　それは確かに、何の前触れも無く、気付いた時には２人は別々の道を歩んでいた。
　夢現のままに進んでいた高遠　弓弦は、ふとその事実に気付き歩を止めた。
　つい先ほどまで一緒に歩いていたはずの彼の姿がどこにもない。
　キョロキョロと視線を巡らせるが、漆黒の闇に染まるそこに、人の姿はない。
　・・・闇・・・？
　弓弦は目を伏せた。
　闇なんて、どう考えてもおかしい・・・だって、さっきまでは一緒に、お日様の下を歩いていたはずだった。
　時折吹く風の香りが夏を含んで来て、きっと日差しももっと強くなるんだろうと、他愛もない話をしていたはずだった。
　夏物のワンピースの、あの軽やかな色を思い出しながら、今年の夏はあのワンピースを着てどこか遊びに行けたら素敵だと、仄かに思ったのだ。
　それなのに、今は夏の気配どころか、ヒンヤリとした風が弓弦の長い髪を揺らしている。
　目の前には１本の櫻の木が、月光を浴びて妖しく光り輝き、ザワザワと・・・風が吹く度に小さな淡色の花弁を撒き散らしている。
　見れば周囲は櫻の木に囲まれていた。
　右を見ても櫻の木が夜空に向かって大きく腕を伸ばしており、左を見ても同じ・・・後ろを振り向いても・・・
　ここはどこなのだろうか？
　彼は・・・どこに行ってしまったのだろうか・・・？
　答えの無い問いはグルグルと頭の中で堂々巡りを繰り返す。
「ジェイドさん・・・？」
　不安気に紡がれた声は、直ぐに櫻のざわめきに掻き消される。
　どちらを向いても櫻の木が無表情に立っており・・・怖いと、弓弦は心底思った。
　あんなに綺麗に花は開いているのに、どうしてこんなに無表情で・・・虚無的なのだろうか？
　ただ美しいだけの色は淡く、冷たい月光の色に照らされて妖しく輝いている。
　どうしてこんな事に・・・・・・・
　ギュっと目を瞑った弓弦の耳に、不意にあの優しい声が響いた。
『見つけて・・・・・・』
「ジェイドさん？」
　パっと顔を上げてみるものの、彼の・・・ジェイド　グリーンの姿は見えない。
　でも、決して聞き間違いではない。
　確かに弓弦の耳には、彼の声が響いた。
『見つけて』
　必死に声のする方に目を向ける。
　姿は見えないけれど、確かに声はそちらから響いていた・・・・・。
　弓弦はほんの少し、躊躇したようにその場でギュっと手を合わせると、歩き始めた。
　鬱蒼と茂る桜の木が、空を細かく千切っている。
　淡色の花の間に見え隠れする空はまるで墨汁を流したかのように黒く、星の輝きは無い。
　月だけがこの世の全ての光だとでも言わんばかりに、神々しい輝きを発している。
　弓弦はひたすら前だけを向いて歩いた。
　見つけてと、声がした・・・つまり、彼は見つけてほしいんだ・・・
　他の誰でもない、弓弦に、見つけてほしいのだ。
　目の前に、彼の笑顔が浮かんでくる。
　優しくて、一緒に居ると安心できる・・・あの、不思議な笑顔・・・
　それが見えないだけで、こうも不安になるとは思わなかった。
　何時の間にか駆け足になっており、呼吸は激しく肩を上下させていた。
　苦しい・・・けれど、止まるわけにはいかない・・・・・・
　髪が櫻の枝に絡まり、プツンと１本切れ落ちた。
　風が吹く度に降り注ぐ花弁のシャワーはどこか幻想的で、それでも恐ろしいと、弓弦は思った。
　そう言えば以前、櫻の森で迷うのは良くないと言われた事があった。
　それは誰に言われたことなのか、今では思い出せないけれども・・・・・・
　櫻の森で迷うと、出られなくなる。
　その美しい色に惑わされ、甘美な匂いに酔わされる。
　確かに、櫻の花には不思議な何かがあった。
　見詰めていると、どこか遠い昔を思い出すかのような・・・ずっと見続けていても、時の流れを感じさせない何かがあると言うか・・・
　何時の間にか、弓弦の足は止まっていた。
　ボウっと櫻の木を見上げ、夜桜の色に酔いしれる。
　足元を見れば花弁がまるで絨毯のように敷き詰められており、その上を歩く度にどこか不思議な感覚に陥る。
「綺麗・・・」
　月にかかるように、櫻が枝を伸ばし、揺らめく。
　冷たい空気は凛としており、周囲は静寂に包まれていた。
　目を閉じてしまえば今にも眠りに落ちてしまいそうなほどに、弓弦の心は穏やかだった。
　丁度眠る前、１日の出来事を思い出し終えた時・・・幸福だった今日と言う日に感謝しながら眠りに着く、まさにその瞬間の気持ちがした。
　布団に入り、そっと目を閉じる。
　そうすれば・・・夢の世界の扉が開く―――――
「私は、もう二度と忘れる訳には行かないから・・・・」
　無意識のうちに呟いた言葉の不思議さに、弓弦は驚いて口元を手で覆った。
　いったい何を言っているのだろうか？
　櫻の花に、魅入られてしまったのだろうか・・・？
　混乱しそうになる頭をいったん整理すべく、弓弦は再び櫻の花を見上げた。
　今は１人、恐ろしいまでに美しい夜桜を見上げているけれども・・・きっと、これが自分１人でなければ、ただ美しいと思ったのだろう。
　親しい友達と、家族と、おしゃべりをしながら見る、花見での出来事ならば・・・恐ろしいとは思わなかったのかもしれない。
　そんな事を遠くで思いながら、弓弦の唇は再び軽やかに言葉を紡ぎ出した。
「私は・・・父様や母様が死んだ事を忘れてしまった・・・」
　ザワリと櫻の木が揺れる。
　まるでその言葉を肯定しているかのように、優しく・・・花弁を弓弦の上に舞い躍らせる。
　つと細い腕を伸ばし、落ちてくる花弁を掌に乗せると、そっとソレを指で撫ぜた。
「夢の中でしか思い出せない・・・この事は、誰にも言えず・・・消えるのみ」
　ふぅっと、息を吐きかける。
　軽い花弁は弓弦の吐息に乗って、はらりはらりと舞い上がり・・・やがて、回りながら地面に着地した。
「・・・今は、見つけなくては・・・」
　そう、私にとって彼は暗い闇を照らし出す光。
　光明・・・・・・・だから・・・・・
　お日様の色にも似たあの、白金の髪を、私に向けられる、笑顔を―――――
　失ったりはしない。手放したりはしない。
　彼は大切な人。
　私の中に強く輝く、光・・・・・・・
　弓弦は暫く櫻の木を愛しそうに見つめた後で、走り出した。
　森の奥へ奥へ
　この暗い森の中で光を見つければ、決して迷う事は無い。
　光を纏いし人は、櫻の導きを受ける。
　弓弦の目には、櫻の木はすでに怖さを失い、道を照らす光になっていた―――――


☆　★


　森の奥、ポッカリと開けた広場のような場所に、彼は佇んでいた。
　白金の髪が風に揺れ、弓弦の立てた足音にジェイドがゆっくりとこちらを向く。
「ジェイドさん・・・！」
　弓弦は走り出した。
　やっと逢えた・・・見つけられた・・・その事実が嬉しくて。
　離れていたのはほんの数刻程度だろうに、随分と長い間会っていなかったような気さえする。
　その腕に触れ、抱きつき・・・ふっと軽くなった心に苦笑を洩らす。
「良かった・・・」
　ふわりと柔らかい笑顔を浮かべれば、ジェイドも普段と変わらない明るくて優しい笑顔を向けてくれた。
　あの迷路のような櫻の森の中で、どれほど不安だったのか・・・どれほど、寂しかったのか・・・
　そんな事も、この笑顔の前には儚く消え去ってしまう。
　抱きついた腕の温もりが優しくて、柔らかくて・・・・・・・
『有難う、弓弦ちゃん』
　よく響くジェイドの声に、再び笑顔を向けようとして―――――
　刹那の突風が、２人を分かつ。
　目を瞑り、風をやり過ごした後で・・・弓弦の腕にはもう何もなかった。
　何時の間にか、ジェイドは姿を消していたのだ。
　それどころか、景色までも違う。
　夏の予感を含んだ日差しは強く、風は生ぬるい。
「夢・・・だったんでしょうか・・・」
「や、夢ではないよ」
　ポツリと呟いた言葉に答えがあり、弓弦は声のほうを振り返った。
「詠二さん・・・！」
　紫色の瞳をした少年が、ニヤリと彼独特の笑みを浮かべ
「また会ったね。元気だった〜？」
　人懐っこい表情でそう言ってひらひらと手を振った。
　詠二の背後には１本の櫻の木が立っており、太陽の下で見るそれは、生き生きとしていた。
「誘い櫻に誘われていたんだね」
「誘い櫻・・・ですか？」
「そう。想いと想いを繋ぐ架け橋。それが、誘い桜なんだ。弓弦ちゃんは、大切な人の幻を見つけられたんだよね？」
「はい。あ・・・でも、それならジェイドさんはいったいどこに・・・」
「きっと、櫻の中だよ」
　そう言って、櫻の木を指し示す。
　まるでそれに答えるかのように櫻がザワリと枝を揺らし・・・
「でも大丈夫。きっとすぐに戻って来るよ。だって、弓弦ちゃんの・・・大切な人、でしょう？」
　詠二がニマっと笑ってそう言い、ポンと弓弦の背中を叩いた。
「どうせならさ、戻って来るまで待たない？あっちにメグルもいるんだけど・・・お茶の用意、してあるんだ」
「宜しいんですか？」
「モチ。きっとメグルも弓弦ちゃんが行ったら驚くぞ〜？」
　悪戯っぽく、紫色の瞳を輝かせると詠二は弓弦の前に立って歩き始めた。
　その背中に数歩ついて行き・・・
　弓弦は櫻の木を振り返った。
　どうか、無事で出て来てほしいと、その願いを風に乗せながら・・・・・・



　　　　　　　　　　　　　　　≪ E N D ≫



　━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
　登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
　━┛━┛━┛━┛━┛━┛
　【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】


　　0322 / 　高遠　　弓弦　　 / 女性 / 17歳 / 高校生


　　5324 / ジェイド　グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター・・・っぽい（笑）


　ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
　━┛━┛━┛━┛━┛━┛

　この度は『誘い櫻』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
　そして、続きましてのご参加まことに有難う御座いました。（ペコリ）
　誘い櫻、如何でしたでしょうか？
　弓弦様の雰囲気を壊さずに描けていれば良いのですが・・・。
　今回は全体的にふわりと軽く、少し不思議な雰囲気を目指して執筆いたしました。


　　それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。

ＰＣゲームノベル・櫻ノ夢

雨音響希

東京怪談

2006年05月22日