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『誘い櫻 』
リラ・サファト1879



☆ ★


 何でも屋・鷺染。
 その依頼帰りでの事だった。
 ふっと、淡い色をした桜の花弁が詠二の前に舞い落ちて・・・
 視線を上げれば、すぐ目の前には巨大な桜の木があった。
 こんなところに桜の木なんてあったか?
 そう思うと、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)は桜の木をそっと撫ぜた。

 ――――― 瞬間

 目の前に、見慣れた姿が浮かび上がった。
 銀色の長い髪をした少女・・・笹貝 メグル(ささがい・ー)・・・
 何かあったのだろうか?綺麗な色をした瞳は哀しみに染まっていた。
「メグル・・・??」
『お兄さん・・・お願い・・・見つけて・・・』
「え?メグル・・・??見つけてって・・・」
『私を・・・探して・・・お願い・・・見つけて・・・お兄さん・・・』
 今にも消えてしまいそうなメグルを引き止めようと、右手を差し出し―――
「あれ?お兄さん??どうしたんです?こんなところで。」
 聞きなれた声に振り向くと、そこにはメグルの姿があった。
 両手に大きな袋をぶら提げ、買い物帰りだろうか?その袋は酷く重そうだった。
「な・・・なんで??だって、メグル・・・」
「どうしたんです?」
 キョトンとした表情のメグルに、今起きた事を全て伝えると、詠二は首を捻った。
 どんな怪異なのだろうかと言う詠二に向かって、メグルが小さく苦笑を洩らし
「お兄さん、それは誘い櫻(いざないざくら)じゃないですか?」
「誘い櫻?」
「その人にとって、一番思いいれのある人の幻を見せて、桜の中に誘うんです。相手を見つけられればこちらの勝ちで、現実に戻って来れます。」
「見つけられない場合は?」
「永遠に桜の木の中に閉じ込められて・・・」
「・・・!?」
「ふふ・・・それはただの噂ですよ。それに、見つけられないわけ無いじゃないですか。だって、自分にとって一番思いいれのある人ですよ?大切な人の姿を、見失うわけがないじゃないですか。」
「そうか・・・」
「それにしても・・・誰か、櫻に誘われているのでしょうか・・・」
「どうだかな。」
「きっと、誘いの出入り口なんですね、ここ。・・・どうします?誰か来るか、待ってみます?」
「そうだな。今日の仕事も終わった事だし・・・・・」


★ ☆


 それは唐突に、二人を分かつ風は知らずに吹いた。
 ふと気がつけば櫻の木の根元、大切な人の姿が見えない。
 リラ サファトは暫く辺りを見渡していたが、彼女の夫である藤野 羽月の姿はどこにもない。
 途中ではぐれてしまったのだろうか?
 でも、確かに・・・数歩前を歩いていたはずなのに・・・
 襲う不安を拭うように、リラは数度首を振った。
 ライラック色の髪が揺れ、まるでそれに絡み付こうとしているかのように櫻の花弁がリラの周囲を舞う。
 甘い匂い・・・・・・・・
 櫻の花がこれほどまでに甘い香りを纏っているとは、知らなかった。
 お砂糖のよう・・・。
 甘い甘い、夢でも見ているかのように香り。
 風が吹く度に広がる匂いに目を瞑り―――――
 ジャリっと、玉砂利を踏むような音が微かに響いた。
 ゆっくりと目を開ければ、櫻の木の丁度後ろ側に、こちらを窺うようにして羽月が穏やかな笑顔を浮かべて佇んでいた。
「羽月さん・・・?」
 その言葉に、羽月がゆっくりと頷く。
 どうして喋らないのだろうか?
 何時の間にそんなところにいたのだろうか?
 矢継ぎ早に浮かんでくる疑問をグっと堪えると、リラは1歩、足を踏み出した。
 羽月の優しい瞳は変わらない。
 また1歩・・・
 風が吹く。花弁が、羽月を覆い隠してしまうのではないかと思うほどに大量に舞い落ちる。
 慌ててもう1歩・・・
 さらに強く、櫻吹雪が吹き荒れる。
 あまりの強風と花弁の量に、目を瞑り・・・暫く耐えてからゆっくりと目を開けた。


☆ ★


 信じられないと言うように、リラは薄く唇を開いた。
 何時の間にかリラの身体は櫻の裏側へと回り込んでおり、目の前には薄暗い森が静かに横たわっている。
 森の中に咲き誇る、赤を基調とした花々。
 薔薇を中心としたソレは、牡丹や石楠花、小さく赤い実は蛇苺だろうか?
 彼岸花が両手を一杯に広げ、揺らめく、その様はまるで誘っているかのようだった。
 黒い森の中に咲き誇る赤い花々。
 あまりに異様なその光景に、リラは口元を手で覆った。
 後ろを振り向けば、あの櫻の木が白い光を撒き散らしながら凛とした威厳を称えて立っている。
「・・・・・・ここはどこでしょう・・・」
 呟いた言葉は儚く揺れ、森の黒さに奪われる。
 リラには分かっていた。
 ここがただの“櫻の裏側”に広がる世界でない事は、はっきりとではないが、分かっていた。
「どうして・・・この森は赤い花ばかり咲いているのかしら・・・」
 確かにリラは羽月の姿を追っていた―――――
 それならば、羽月はどこに消えてしまったのだろうか?
 視線を彷徨わせても、羽月の姿は見えない。
 それどころか、赤の花をジっと見詰めていると・・・まるで、酔わされるかのような・・・
 リラは頭を振った。
 うっかりしていると花に気を取られるようだ。
 しっかりしないと・・・しっかりしないと・・・
「羽月さんは・・・ああ見えて、1人を嫌う方です・・・長く一人にしたくない」
 決心したように1つだけ頷くと、リラは歩き始めた。
 細い獣道はぬかるんでおり、決して進みやすい道ではない。
 茨が道に手を伸ばしており、気をつけていないとそれに足元を取られてしまいそうになる。
 それでも・・・見つけたい・・・見つけ出してあげたい・・・
 その気持ちは強いものだった。
 赤い花には目もくれず、誘うように揺れる彼岸花の細い腕も払いながら―――――
 それは丁度、リラが獣道にぐったりと倒れ掛かっている花に触れた時だった。
 ピリっと、痛覚を刺激する電気のようなものがはしった。
 慌てててを引っ込め・・・不意に、世界が変わったのを感じた。
 森に光が差し込み、赤い花が色を失っていく。
 白、黄、桃、色取り取りの花々が、木漏れ日を受けて美しく揺れている。
『この森がいつか真っ暗に染まるなんて、信じられないなぁ』
『本当だよ。本当に本当に、真っ暗になっちゃうんだ』
 小さな子供の声はリラのすぐ後ろから聞こえてきていた。
 咄嗟に振り向けば、そこには1人の男の子と女の子・・・きっと年の頃は8か9くらいだろう・・・が楽しそうに並んで歩いていた。
 男の子は透けるような淡い銀色の髪をしており、瞳は桃色を凄く薄めたような、丁度、櫻の花弁のような色だった。
 女の子は左右の瞳の色が違い、男の子とは対照的にくっきりとした色合いをしていた。
『うーん、私は信じられないけど、あんたの言う事なら信じるわ』
『本当!?』
『勿論。でも、何で真っ暗に染まるの?だってここは・・・・・・・・』
 話の途中で言葉は途切れた。
 ザワリと木々がいっせいに揺れ動いた瞬間、少女と少年の姿は消え、森の輝きも幻だったかのように、広がるそこは暗い場所だった。
「今のは・・・何だったのでしょうか・・・」
 考え込みながら、無意識のうちに花を見詰める。
 ――――― 駄目だ・・・ずっと見詰めていてはいけない・・・
 目を伏せ、深呼吸をする。
 リラは小さく唇を噛むと、顔を上げた。
 止まっていた足を動かす。奥へ奥へ・・・
 早く羽月さんを見つけてあげないと。だって、羽月さんは私を・・・呼んだんだから・・・
 それからどのくらい歩いたのだろうか?
 気がついた時には、リラは森の最奥に足を踏み入れていた。
 囲うように群生した茨の向こう、その姿を見つけた途端にリラは安堵の息をついた。
 やっと見つけた・・・・・・
 羽月は茨の中央に座り込み、ボンヤリと花を見詰めていた。
 早くその傍に行きたい・・・やっと見つけた、傍にいられる人だから・・・離れたくも、離したくもない。
 そう思った瞬間、リラはもう一つの心の声にはっと動きを止めた。
 なんて利己的な考え。
 ・・・確かに、そうなのかも知れない。
 利己的な考えをする自分。自分の事しか考えていない・・・それでも、彼の傍にいたいと思う。離れたくないと思う・・・
 これは、櫻の見せる自分の心なのだろうか?
 残酷なまでの現実を、きちんと受け止めろと・・・櫻は、それを伝えるために2人を分けたのだろうか?
 考え込むリラの手が、茨の棘に触れた。
 鋭い、痛み・・・
 それを感じ取った刹那、先ほどと同じ感覚に襲われた。
 まるで世界が音を立てて崩れ、再び構築され行くかのような、あの奇妙な音が聞こえる・・・。
『どうして・・・なんで・・・』
 小さな男の子が泣いている声がする・・・哀しそうに、寂しそうに・・・
 顔を上げる。
 目の前には茨なんて無く、そして羽月の姿も無かった。
 羽月がいたその場所には、あの淡い色をした男の子が小さな丸い石を前にしゃがみ込んでいた。
 手には彼岸花が握られ、石の前にそれを供えている。
 お墓・・・だろうか?
“どうしたんですか・・・?”
 リラの唇は確かにそう紡いだはずだった。それなのに、声は響かなかった。
『ずっと一緒に居るって、約束したのに・・・。僕・・・僕・・・』
 少年の嘆きに共鳴するかのように、森が光を失う。
 駄目・・・心を閉ざしては駄目・・・!
 リラは必死になって少年に手を伸ばそうとした。けれど、身体が動く事は無かった。
 赤い花が咲き誇る・・・禍々しく、美しく・・・
『一緒に、いたかったのに・・・・・』
 駄目よ・・・!駄目!心を閉ざさないで・・・駄目ぇぇぇぇっ!!!!!
 リラの心と、誰かの心が共鳴する。
 ・・・・・きっと、あの女の子・・・ですね・・・
 リラはどこか遠くでそう思った。
 景色が変わる・・・音を伴いながら、あの少年の姿が歪み、代わりに羽月がその場に立っていた。
 あの少年は櫻の木だろうか?そして、あの少女は亡くなってしまったのだろうか?
 分からない事ではあるけれども・・・でも、もしそうだとしたならば・・・なんて哀しい事なのだろうか。
 “一緒に、いたかったのに”
 少年の言葉が耳の奥で木霊する。
 そう・・・一緒にいたいんです・・・。
 あの人のそばに、このままの自分が傍に居て良いか解らないけれど・・・一緒に、いたい。その願いは、決して揺るがないものだから。
 リラは意を決すると茨の中に飛び込んだ。
 怪我をしても、傷を作っても・・・あの人のそばに行きたい・・・行きたい・・・!
「羽月さん・・・!」
 リラの声に羽月がゆるゆると顔を上げ、普段と同じ柔らかな笑顔を向けてくれる。
 その笑顔に願う。
 居ても良いと、そう思いたい・・・
 その胸に飛び込む。腰に手を回し、キュっと優しく抱きつく。
 羽月がゆっくりと手をリラの背に回し、抱き締める・・・頭を優しく撫ぜながら―――――


★ ☆


 突然の強風に、目を開ければそこはあの櫻の木の前だった。
 紫色の瞳をした、どこか不思議な雰囲気を纏った少年がにっこりと微笑み・・・
「お帰りなさいませ〜」
 おどけるようにそう言って、ペコリと頭を下げた。
「此処は・・・?」
「お姉さん、誘い櫻に誘われてたんだよ。大切な人の幻を・・・見つけられたんでしょう?」
「えぇ・・・でも、でも・・・それじゃぁアレは・・・?」
「アレ?」
 困惑したように瞳を濁らせる少年に、リラは森の中で出会った男の子と女の子の話をした。
「そっか。それは櫻の記憶だね」
「櫻の・・・記憶、ですか?」
「どうもね、この櫻には哀しい思い出が宿ってるそうなんだ」
 少年の言葉に櫻の木を仰ぎ見る。
 哀しい思いなんて、微塵も無いかのように・・・咲き誇る、花は綺麗だった。
「誘い櫻ってね、想いを繋ぐ架け橋なんだ。つまり、双方が想っていてこそ・・・道は、繋がる」
「そう言えば、羽月さんは・・・どこに行ってしまったのでしょう?」
「きっと櫻の中だよ。誘われてるんじゃないかな・・・?」
 貴女にねと言って、少年が悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「あっ・・・私、リラ サファトって言うんです」
「俺は鷺染 詠二っつーんだ。宜しくね?リラさん?」
 宜しくお願いしますと言って、頭を下げる。
 ライラック色の髪が風に吹かれ、大きく広がり・・・・・・・
「もし良かったら、羽月さん?が、来るまで待ってたらどうかな?あっちに妹がお茶の用意をして待ってると思うんだけど」
「妹さんですか?」
「そう。俺が言うのもなんだけど、スッゲー美人でさぁ。でも、性格キツくって・・・」
 クスンと鼻を鳴らしながら目尻を拭う仕草をする詠二に、リラはクスリと笑った。
「そうですね。もし・・・お邪魔でなければ・・・」
「どーぞどーぞ。きっと妹も喜ぶよ」
 そう言って先に立って歩き出す詠二の背を暫し見詰めた後で、櫻の木を振り返った。
 あの男の子と女の子の顔が浮かび・・・次に、羽月の顔が浮かぶ。


   ――――― ずっと、ずっと・・・一緒にいたい・・・・・

   その願いを風に託す。
   櫻の想いも一緒に・・・風に乗せ、想う人の元に届けば良いと

     そう、願いながら・・・・・・・・・



               ≪ E N D ≫



 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  1879 / リラ サファト / 女性 / 16歳 / 家事?


  1989 /  藤野 羽月  / 男性 / 17歳 / 傀儡師


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は『誘い櫻』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、続きましてのご参加まことに有難う御座いました。(ペコリ)
 誘い櫻、如何でしたでしょうか?
 ご夫婦でのご参加、まことに有難う御座いました。
 全体的に不思議で柔らかい雰囲気が出せていればと思います。
 リラ様の可愛らしい雰囲気も損なわずに描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年05月22日

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