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『誘い櫻 』
黒羽・陽葵5784



★ ☆


 何でも屋・鷺染。
 その依頼帰りでの事だった。
 ふっと、淡い色をした桜の花弁が詠二の前に舞い落ちて・・・
 視線を上げれば、すぐ目の前には巨大な桜の木があった。
 こんなところに桜の木なんてあったか?
 そう思うと、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)は桜の木をそっと撫ぜた。

 ――――― 瞬間

 目の前に、見慣れた姿が浮かび上がった。
 銀色の長い髪をした少女・・・笹貝 メグル(ささがい・ー)・・・
 何かあったのだろうか?綺麗な色をした瞳は哀しみに染まっていた。
「メグル・・・??」
『お兄さん・・・お願い・・・見つけて・・・』
「え?メグル・・・??見つけてって・・・」
『私を・・・探して・・・お願い・・・見つけて・・・お兄さん・・・』
 今にも消えてしまいそうなメグルを引き止めようと、右手を差し出し―――
「あれ?お兄さん??どうしたんです?こんなところで。」
 聞きなれた声に振り向くと、そこにはメグルの姿があった。
 両手に大きな袋をぶら提げ、買い物帰りだろうか?その袋は酷く重そうだった。
「な・・・なんで??だって、メグル・・・」
「どうしたんです?」
 キョトンとした表情のメグルに、今起きた事を全て伝えると、詠二は首を捻った。
 どんな怪異なのだろうかと言う詠二に向かって、メグルが小さく苦笑を洩らし
「お兄さん、それは誘い櫻(いざないざくら)じゃないですか?」
「誘い櫻?」
「その人にとって、一番思いいれのある人の幻を見せて、桜の中に誘うんです。相手を見つけられればこちらの勝ちで、現実に戻って来れます。」
「見つけられない場合は?」
「永遠に桜の木の中に閉じ込められて・・・」
「・・・!?」
「ふふ・・・それはただの噂ですよ。それに、見つけられないわけ無いじゃないですか。だって、自分にとって一番思いいれのある人ですよ?大切な人の姿を、見失うわけがないじゃないですか。」
「そうか・・・」
「それにしても・・・誰か、櫻に誘われているのでしょうか・・・」
「どうだかな。」
「きっと、誘いの出入り口なんですね、ここ。・・・どうします?誰か来るか、待ってみます?」
「そうだな。今日の仕事も終わった事だし・・・・・」


☆ ★


 それは本当に唐突に、ふと目を開けた時にはその場に居た。
 目の前には1本の大木が、風も無いのに淡い花弁を撒き散らしながら揺れていた。
 ・・・まるでそれは舞っているかのようで、誘っているかのようで・・・
 黒羽 陽葵はそっとその木に触れた。
 櫻の花弁が舞い落ちる。
 はらり、はらりと
 落ちるその姿は、可憐な雪のようだだった・・・。
 触れてしまえば淡く溶け消えてしまいそうなほどに、発する雰囲気は弱々しい。
 ほんの刹那の命なれど
 輝きは強く
 ――――― どこか人の生にも似たソレに、黒羽はそっと・・・遠い昔を思い出す。
 それほど昔ではない
 けれど、今から考えれば遠い・・・昔。
 あの小さな箱の中で、笑いあって、ふざけあって・・・毎日同じ事を繰り返す。
 止まったような時の中で、それでも成長する
 あの場所は不安定な心の持ち主達を集めておく、一種の檻だったのかも知れないと、今では思うけれども・・・。
 櫻の木を見上げていた黒羽の耳に、ジャリっと言う砂を踏むような音が聞こえて来た。
 玉砂利を靴底で押しつぶし、互いに擦れあわせる、あの独特の音に、黒羽は視線を下げた。
 そして・・・・・・・
 その存在を認めた時、黒羽の目は驚きに見開かれた。
「工藤・・・?」
 工藤 光太郎。
 彼との出会いはきっと必然だった。
 互いに絡み合う事の無い運命、定め、星の巡り・・・きっと、そうなのだろう。
 けれど、逢った・・・あの場所で・・・
 何かの強い導きによって ―――――
 名前を呼んだ声は不思議に震え、その声が驚きと歓喜をない交ぜにしたような、不自然な響きだったのは自分でも分かっていた。
「工藤!」
 暫く黒羽の顔をじっと見詰めた後で、工藤が踵を返した。
 寂しそうな瞳のまま、ただ・・・何かを訴えかけるかのように。
 その背を追う。
 届かないと知って、手を伸ばした。
 ・・・・・・・・・・突然の突風が、二人の間に吹き荒れ・・・・・・・・・・
 黒羽は目を閉じた。


★ ☆


 ザァっと言う、世界が崩れる時独特の、ラジオのノイズ音のような音が響いてから数秒後。
 黒羽はゆっくりと目を開けるとその場所の存在に唇を薄く開いた。
 薄いタイル張りの廊下は磨き上げられ、薄っすらと黒羽の姿が映っている。
 天井には等間隔にむき出しの蛍光灯がはめ込まれており、けれど窓から注ぐ太陽のまぶしさに、ソレは微塵の輝きすらも発していない。
 並んだ扉の上には小さなプレート。
 1−1と書かれた無機質の文字が、その部屋が何の部屋であるかを告げている。
 ・・・ここは・・・黒羽が過ごした・・・あの、学校だった・・・。
 皆で笑いあって、ふざけあって、時に協力して・・・
 同じ時を過ごした。
 ここから巣立って行ってしまえば、きっと集まる事の無い・・・膨大な人数の“同じ年頃”の人々の中で・・・。
 そう・・・
 学校と言う所は不思議な所なのだと思う。
 微温湯に浸かっているかのような感覚 ―――
 此処だけがきっと、俺を普通の世界に繋ぎ止めてくれている場所だった・・・。
 普通の場所。
 普通の・・・生き方。
 人は生まれてから死ぬまでに、どれほどの“普通でない事”を体験するのだろうか・・・。
 そして、どれほど“普通の事”を体験し、その中で埋もれながら生きていくのだろうか・・・。
 暫く考え込んだ後で、黒羽は目を伏せた。
「ちくしょー・・・なんか、感傷的になってくんじゃん・・・」
 ポツリ
 呟いた言葉が長い廊下に響く。
 普段ならば、活気溢れるこの場所も、今日はシンと静まり返っていた。
 大声を出しても聞こえないほどに騒がしい教室内。
 誰もが叫ぶようにして話しながら、笑っていた・・・あの頃。
 今ではほんの些細な呟きすらも全ての教室に響き渡るほどに、この場所は神聖とも言える静寂に包まれていた。
 黒羽は暫くその雰囲気を肌で感じた後、ふっと・・・長く続く廊下を見詰めた。
 工藤を捜さなくてはならない。
 パっと浮かんで来たその言葉に頷き・・・
 長い廊下を歩き出した。
 開いた扉から見える、無人の教室。
 ・・・懐かしい・・・
 そっと目を閉じれば思い出す、始まりの時。
 最初、名字の所為で席が前後になって、焦った・・・。
 ホント、探偵とお知り合いになるなんて、犯罪者としては・・・ね・・・。
 周りから浮かないよう、新入生らしく初々しく振舞うのも大変だった・・・。
 そっと、慈しむかのように、黒羽は教室の扉に触れた。
 ――――― 音を伴いながら消えていく世界。そして、構築されていく世界。
 過去の映像は、音も匂いも、全てがリアルだった。
 友達と騒いでいて、廊下でサッカーをやって・・・
 たまたま通りかかった先生が血相を変えて怒り出して、焦って・・・笑って・・・走り出す。
 一生懸命逃げて・・・
 捕まれば、お説教は必死だった。
 だからこそ、こちらも懸命に逃げなければならなかったのに・・・あの時、みんな何故か笑っていた。
 そう、楽しかったんだ・・・。
 きっと、二度と戻らないこの瞬間が、楽しかったんだ・・・。
 映像が消える。
 目の前を走り去る姿は跡形もなく消え、ただ・・・静まり返った長い廊下だけがその場に残った。
「・・・過去が視えたって・・・」
 呟いた言葉を噛み締める。
 戻らない過去を視るのは辛い。
 でも・・・また逢えた・・・それに意味があると・・・思いたかった・・・。
 映像でも幻でも、逢えた。あの頃の自分を視れた。あの頃の学校に戻れた。あの頃・・・
 あの頃、あの場所に居た。
 それは決して揺るがない事実なのだから―――
 漏れそうになる自嘲気味な笑顔を押し込め、黒羽は変わりに違う事を思い出した。
 そう・・・あの時・・・
 確か、工藤も一緒にやっていたんだ。
 それなのに、優等生は巻き込まれたダケって感じで・・・納得いかねぇ・・・。
 でも、先生に見つかった後・・・フォローしてくれたっけ。
 あんまり怒られなかったのも、工藤が上手いフォローを入れてくれたおかげ・・・だったんだよな。
 再び教室の扉に触れる。
 けれど、今度は何も視えなかった・・・・・・・・・


☆ ★


 工藤のいそうなところは最初から分かっていた。
 2年の教室・・・。
 そう、俺が消える前に居た・・・あの教室だ・・・。
 廊下に並ぶ教室の中、1つだけ扉が閉まっている場所があった。
 ・・・ゆっくりと扉を左にスライドさせる。
 一呼吸置いた後で、そっと足を中に滑り込ませる。
 ――――――― 思ったとおり、工藤はそこに居た・・・・・・・
 椅子に座って、隣に・・・黒羽陽葵様特等席と言わんばかりに、椅子が・・・。
 瞬間、涙が出そうになった。
 けれど、ぎゅっと唇を噛んで堪えると、代わりに笑顔を浮かべた。
 めいっぱいの笑顔で、軽く片手を上げる。
 それに応えるかのように、工藤も薄く笑むと片手を上げた。
「久しぶり」
『あぁ』
「・・・何コレ。俺の専用席?ワザワザ作ってくれたわけ?」
 その言葉に、工藤が無言で頷く。
「へー。・・・ってかさぁ、もしかして・・・お前、俺の事覚えててくれたりすんの?」
『何言ってんだよ』
 不思議なモノでも見るかのように、工藤の眉が微かに動く。
 この工藤が本物でないことは分かっていた。
 でも・・・幻でも何でも、今、目の前に居るのは・・・確かに工藤の姿をしていた。
 姿も声も、話し方までもまるっきり同じ。
 手を伸ばし・・・触れる・・・
 けれど、指先が工藤に触れる前に黒羽は手を引っ込めた。
 なんとなく・・・触れてしまったならば、儚く消えてしまいそうな気がしたのだ・・・。
「なぁ、本物のお前は、俺の事・・・覚えててくれてるのか?」
『本物の俺?』
「都合いい解釈過ぎ?」
 でもさ、工藤。
 お前がもし俺を忘れてたとして・・・
 それだったら、何で今更・・・目の前に現れるんだよ・・・。
 本物じゃないとしても、お前の心の隅、どこか・・・小さくでも良い。
 俺を覚えてくれているからこそ、こうして・・・現れてくれたんじゃないのか・・・?
「俺、お前に覚えていてほしいんだ」
 口を伝って零れた言葉ははっきりとした色を持っていた。
『何言ってんだよ。お前みたいなの、忘れられるわけ無いだろ?』
 苦笑しながらそう言って、大丈夫か?と、優しく訊いてくれる。
 ――――― 例え嘘でも偽りでも、目の前に居る工藤が本物でなくても・・・いい。
 その言葉を工藤の声で聞けた。
 それだけで、嬉しかった・・・・・・・
「・・・忘れろよ。俺の事なんか、忘れてくれ」
『黒羽?』



   「 ――――― 忘れて・・・・・・・? 」



 驚いたような工藤をその場に残し、突風が吹き荒れる。
 目を閉じ、世界が崩れ、終わって行く音を聞きながら・・・
 そっと、目を開けた。
 目の前には1本の櫻の木。
 そして・・・櫻の根元には以前逢った事のある紫色の瞳をした少年・・・詠二が、佇んでいた。
「お前・・・」
「想いの強さってヤツかな?」
 悪戯っぽく微笑んでそう言うと、詠二が大きく伸びをした。
 白く細い腕が空へと伸び、Yシャツの袖口が肌の上を滑る。
 肘の部分まで滑り落ちたところで、詠二は腕を下げた。
「忘れられない人との、邂逅は如何でしたか?」
「・・・俺だけ、忘れられないのかな・・・?」
 詠二の質問には答えずに、黒羽はそう呟くと櫻の木を見上げた。
 はらりはらりと落ちる、花弁の色は淡い。
 目の前に落ちてきた花弁を、そっと手の上に乗せ・・・・・・・
「想い合う。それが誘い櫻」
「え?」
「想いを繋ぐ架け橋が、誘い櫻なんだよ」
 どう言う事なのか、そう訊こうとして・・・黒羽は口を閉ざした。
 まるで幻のように、詠二の姿は一瞬のうちに消え去ってしまっていた。
 先ほどまで目の前に居たはずなのに・・・
 そう思い、詠二が立っていた場所を見る。
 ・・・そこには確かに、くっきりと・・・靴の跡が刻み付けられていた。
「・・・想いを繋ぐ架け橋・・・か・・・」
 黒羽は小さく呟くと、そっと・・・櫻の幹を撫ぜた・・・・・・。



               ≪ E N D ≫



 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5784 / 黒羽 陽葵  / 男性 / 17歳 / 高校生


  6198 / 工藤 光太郎 / 男性 / 17歳 / 高校生・探偵


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は『誘い櫻』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつも有難う御座います。(ペコリ)
 誘い櫻、如何でしたでしょうか?
 どこか寂しく、美しく・・・それでも柔らかいお話になっていればと思います。
 黒羽様の繊細な雰囲気を損なわずに描けていればと思います。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月22日

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