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『戦う専業主夫 』
八坂・佑作4238

■専業主婦
 八坂佑作(やさか・ゆうさく)、36歳。職業は専業主夫。
 とある会社の営業マンだったが、リストラされ無職になったので家事ができない(というかやらない)稼ぎ頭の実業家の妻に転職なんて、甲斐性無しのあなたには無理! 暇なら家事やりなさい! と強制的とも言える断言と命令をされ嫌々八坂家の専業主夫になった。
 それ以前は家政婦に全てを任せていたのだが、長期産休のため今はいない。
 嫌々やりながらも、スローペースだが徐々に家事レベルが上がった。
 最初は、妻からはダメ主夫となじられていた、娘二人からはパパカッコ悪いと言われたが、普通の主婦に昇進したわね、という滅多に褒めない妻の言葉が、佑作には凄く有り難かった。娘達は佑作の主夫姿に慣れたのか、もう何も言わなかった。

「さてとぉ〜そろそろ夕飯の買出しに行きましょうかぁ〜」
 掃除と洗濯ものを畳み終え、箪笥に仕舞い込んだ。夕飯まではまだ早いが、近くのスーパーで激安バーゲンがあるのでゆっくりしてはいられない。
 何が安いのかは、新聞の折り込みチラシで要チェック済み。今ではチラシチェックが、佑作の日課となっている。
 やりくり上手を見込まれ、妻所有のテナントビルの賃貸料等の管理の他に、家計の全てを任されている。それだけ、彼のやりくりの腕が良いといいことだ。
 おっとりマイペース、のほほんとした性格、他人を蹴落とすことができない、ノーと言えない程のお人好しの彼が激安バーゲンについていけるかどうか…不安である。

■今夜のおかずは?
「今夜のメニューはぁ〜肉じゃがにでもしますかぁ〜」
 何故肉じゃがかというと、妻のリクエストだからである。
 主夫業当初は八坂を除く家族全員が店屋物やコンビニ弁当、パスタで食いつないでいたが、料理の腕が少しずつ上がったので、いささか不安があるものの、食べたいものをリクエストできるようになったのである。
 手軽に食べられるコンビニ料理やインスタントに飽きたというより、家庭の味が恋しくなった、というのが本音だろう。
 余談だが、その前日は長女リクエストのカレー、前々日には次女リクエストのハンバーグだった。
 それだけ、彼の料理のレパートリーが増えたということだが、まだまだレシピ本通りの調理方法だった。

「まずはぁ〜買出しですねぇ〜。その前にぃ〜材料をチェックですぅ〜」
 冷蔵庫の中を見て、肉じゃがの材料が揃っているかどうか念入りにチェック。
 ひとつでも買い忘れがあると、肉じゃがにならないという彼の拘りがある。
 野菜室にはカレーに使った残りのにんじんがある。
 じゃがいも、玉ねぎもまだ残っている。
 調味料のストックもOK。以前、ブリ大根を作った時に買い揃えたものだ。
 足りないものは…豚肉だけだった。
「お肉がないですねぇ〜。そういえばぁ〜今日のチラシに豚肉のタイムバーゲンをやると書いてありましたねぇ〜。
 夕方からとしか書いてないですがぁ〜やるのはたしかなようですねぇ〜。明日の夕飯に出るブリの照り焼きに使うブリを買うついでですぅ〜。あぁ〜逆でしたねぇ〜」
 呑気ではあるが、天然ボケツッコミを忘れないところが佑作らしい。

■スーパーは修羅場だ
「今日は特売日なのでぇ〜、一円でも安く買いますよぉ〜」
 スーパーに着くなり、お目当ての精肉コーナーに一直線の八坂。
 お目当てのもののタイムバーゲンは、まだ始まっていないようだ。
 ――良かったですぅ〜。もう終わっていたら、今月の家計が少し危ないですからねぇ〜。
 ニッコリ微笑むと、糸目の目が更に細くなっていく。

 さあぁ〜頑張ってお目当ての豚肉をチェックしますよぉ〜! と意気込む言いたいところだが、タイムバーゲンが何時に行われるかわからない。それが気になるので、精肉コーナーから一歩も動けない。
 普段は気分を和らげるほどののほほん雰囲気が漂うスローペースな佑作だが、この時ばかりは獲物を狙うハイエナのようになっていた。
――お肉を逃したらぁ〜このスーパーに来た意味がありませんねぇ〜。何としてでもゲットしなければぁ〜!
 のほほん口調、穏やかな性格である佑作の意外な一面が晒されようとしていた。

「お待たせ致しました。只今より、豚バラ100グラム50円のタイムバーゲンを始めます! 数に限りがありますのでご注意くださいー!」
 店員がメガホンでタイムバーゲンの始まりを告げた。それは、修羅場が繰り広げられる合図でもあった。
「あぁ〜お肉のタイムバーゲンが始まりましたぁ〜!」
 その声に群がるのは「タイムバーゲン」の言葉に目を血走りにした主婦、特に中年女性が群がっていた。その気迫に圧倒されていたが、このままではいけないと佑作も群れに加わる。
 押し合い、へし合いに揉まれながらも、必死でお目当ての豚バラをゲットしようと奮闘する佑作。
 そうこうしている内に残り一パックとなった。佑作の横にいる小太りの主婦がパックを手に取ろうとしたが…
「ちょっと待ったぁ〜! その豚バラぁ〜私が頂きますよぉ〜!!」
 スローペース口調ではあったが、どことなく気迫が感じられる。
 それと同時に、佑作は最後の豚バラを手にすることができた。
 ロールプレイングゲームでレベルアップ時の効果音が聞こえて…ような気がした。

■修羅場を潜り抜けて
「はぁ〜やっとで買い物終了しましたぁ〜」
 お目当ての豚バラだが、二度目のタイムバーゲンも行われたのでそこでちゃっかり安売りの豚バラをゲットしたのだ。
 買う予定だったブリだが、明日ブリ三切れ一パックのタイムバーゲンを行うというので、翌日に買うこととなった。
「それにしても…皆さん凄い勢いでしたねぇ〜。さすがは主婦、といったところでしょうかぁ〜?」
 私も主夫ですけどねぇ〜という自己ツッコミをしながら、佑作は今日の出来事に感心していた。

 結婚前、妻の買い物に付き合わせれてバーゲンがどのようなものかは知っていたが、いざ自分がバーゲンに行くと一苦労だというのが身にしみてわかった。
 男は「職場」という戦場、女は「バーゲン」という戦場で戦うものだ。
 短時間だったとはいえ、佑作は女の気分が理解できたであろう。
 ――バーゲンは大変ですが、手に入れられた時の喜びがいいですねぇ〜。
    明日のブリも絶対にゲットしますよぉ〜!
 早くも明日のバーゲンのゲット意欲を燃やすが、バックの炎はメラメラではなくチョロチョロである…。
「さてとぉ〜、家に帰ってぇ〜美味しい肉じゃがでも作るとしますかぁ〜。腕がなりますねぇ〜♪」
 無意識のうちにスキップをしながら、佑作は家路に向った。

 材料はともかく、どのような肉じゃがができるのかというのは…また別の話である。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
氷邑 凍矢 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月22日

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