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『【堕ちるみなも――干渉】 』
海原・みその1388)&海原・みなも(1252)

 ――誰かの夢に入り込めたら‥‥。そんなコトを願った事はないだろうか?
 未知への探求心は人間の性のようなものであり、際限なく知る事を欲する。
 愛しい存在であればある程、全てを知りたいと思うであろう‥‥。
 もし、誰かの夢に入り込む事が出来て、更に干渉できればどうだろうか?
 これらも書物や映像として表現されており、珍しい事ではない。
 ただ、一概には言えないが、これは憧れや理想、または願望や恐怖として描かれた空想である。
 しかし、その空想を現実にする者がいるとしたら?
 干渉する者は救いの天使にも、奈落へ堕とす悪魔にも変わるだろう――――。


 ――静寂の中、ドアが僅かに軋みながら開く音が流れた。
 薄闇に浮かび上がるは、ベッドで寝息をたてる一人の少女だ。あどけなさの残る端整な風貌は切なげに細い眉を戦慄かせており、苦しそうに寝返りを打つ度に、シーツに泳ぐ青い長髪が汗を含んでパサリと揺れる。
「ん‥‥はぁ、ん」
 眠り姫――海原みなも――は悩ましげな表情を浮かべたかと思うと、安堵にも似た吐息を洩らし、恍惚とした微笑みを浮かべていた。少女の寝顔に人影が近付く。
「あらあら★ 最近、様子がおかしいと思いましたら、どんな夢を見ておりますの?」
 みなもの寝顔を見下しているのは、セクシーな黒い寝間着を纏った少女だ。漆黒の如き長髪は生まれてから切った事が無いかのように長く、ボリューム感を伴いながら、薄布越しに浮かび上がる魅惑的な肢体へ流れている。そして、薄闇の中でも艶やかさを色濃く浮かび上がらせる黒髪から覗く風貌は、みなもに酷似していた。否、確かに似ているが、あどけなさの残る顔立ちは大人びており、切れ長の瞳は真の闇の如く黒い。ベビーフェイスにアンニュイな微笑みを浮かべる姿は、不釣合いなほど『大人』のプロポーションと相俟って、危険な雰囲気を醸し出していた。
「無意識に“みなも”から逃げてしまっておられるのですね」
 クス★ と笑い、海原みそのは『眠り姫』の枕元で腰を落とすと、ふわりと黒髪が舞い漂い、遅れて少女の肢体へ流れてゆく。妖艶さを醸し出す少女は、みなもの傍でゆっくりと瞳を閉じた――――。

●かんしょうするもの
 そこは退廃とした世界だった。
 広大な海に周囲は包まれており、僅かに海上から覗く朽ちた超高層建造物が彼方此方に覗える。例えるなら文明の死滅した後のような世界だ。みそのは愛妹の夢に軽く溜息を吐いた。
「なんてことですの‥‥。これが、みなもの無意識による願望?」
 確かに、みなもは人魚の末裔でもあるのだから、大海に覆われた世界を夢見るのは強ち間違いではない。ならば、海中で過ごしているのだろうか? 妖美な姉はビルの屋上から海面を覗おうと、ゆったりとした足取りで素足を運ぶ。刹那、ガクンと体勢を崩し、短い悲鳴を響かせた。
「きゃっ! ッッ、もう少しで落ちてしまう処でしたわ」
 腰を落としたまま、みそのは恐る恐る眼下へ瞳を向け、豊かな胸元に手を当てると安堵の息を漏らした。
 みなもが人魚の末裔なら姉である彼女も人魚の末裔だろう。しかし、みそのは極度の運動音痴であり、先ほどのように何も無い所で容易く転んだりするのだ。その所為か定かでないが、人魚であるにも拘らず泳げないのである。
「夢だからと油断はできませんわね。いいえ、夢だからこそ油断できませんわ」
 みそのは怠慢な動作で腰をあげ、光を射さない闇色の瞳で周囲を見渡した。ここは、みなもの『夢世界』。愛妹に干渉する事は可能だとしても、夢として作られた世界に干渉する事は不可能かもしれない。海中に落ちたら最後、永遠に夢の深海を漂う結果も否定できないのだ。
「この感覚は‥‥みなもですわ。あの森におりますのね?」
 妖美な少女は黒い寝間着を風の悪戯に舞い揺らしながら、森の生えたビルの屋上へと歩を進めた。
『きゃん★』
 どこかで転んだのは言うまでもないだろう‥‥。

●堕ちたみなも
「あらあら★ なんですの、この森は‥‥みなもったら困った娘ですわね」
 深い茂みに踏み込んだみそのは、周囲を見渡し、クスリと微笑んだ。思春期故か、みなもの夢の中での森に生えた植物は何処か異質だったのである。勿論、多感な少女故の無意識に因るものであり、みなも自身が夢で意識した記憶はないだろう。
 ――バサバサッ!!
 その時だ。上空を羽ばたく大きな影がみそのの頭上を過ぎり、少女は顔をあげた。
「まあ★」
 黒い瞳が愉悦に和らぐ。視界に捉えたのは、異形の妖鳥ハーピィだ。それは既に人間らしい形骸すら失っており、異質な変異体でしかなかった。食べる事に特化した口は嘴状に伸びており、今も枝に止まって虫を啄んでいる。そんな光景に、みそのは額を押さえて溜息を洩らす。
「はぁ‥‥みなもったら完全に異形の妖鳥に『堕ちて』しまった‥‥みたいですわね」
 妖美な少女は、この青いハーピィを『みなも』と呼んだのだ。もはや面影すら無いのだが‥‥。
「しかし、堕ちてしまってはおもしろくありませんわ。悩み困り怒り怯え笑うから、悪戯の遣り甲斐があるのです。とは言え、異形の妖鳥を飼ってみるのも一興ですわね★」
 みそのは悪戯っぽく切れ長の瞳に『微笑み』を浮かべた。何を考えている? お姉さん‥‥。
「みなもちゃん、わたくしの声がお分かりですか?」
 青いハーピィは虫を啄む事を止め、眼下の少女へと軽く囀り、顔を向ける。
(え? だれ? みなもってだれ? このひとは‥‥)
 二人(一羽と一人)は暫らく刻が止まったかのように見つめ合った。青いハーピィはしきりに小首を傾げており、みそのはただ見つめて薄く和らげに微笑むのみだ。
 そして、ゆっくりと黒い寝間着から覗く白い細腕を差し向ける。
「いらっしゃいな★」
(なに? おいしいむしでもたべさせてくれるの?)
 翼を広げて、ハーピィは背中に流れる青い髪をふわりと舞わせて地上へ降下した。異形の妖鳥といえど、元は人間の少女だ。目の前に着地したハーピィは脚が逆関節に曲がっている為に、みそのより身長は低いものの、人間大の妖鳥は迫力がある。
「意外と大きいのですわね。いやですわ、なにを期待しておりますの?」
(ねぇねぇ♪ どうしてよんだの? あたしにようがあるんだよね? なんでもいって☆)
 どうやら意志の疎通は困難らしい。それもそうだ、みなもは命令を聞いている『だけ』でいい存在を選択したのである。つまり、感情も拒否反応ですら彼女にとっては必要ないもの。意志の疎通など意味が無いのだ。
 ――ここまで完全に堕ちてしまわれたのですね‥‥憐れですわ★
「わたくし、住む場所がありませんの。探して下さいます?」
(すむばしょね♪ わかったわ!)
 嬉しそうに鳴くと、ハーピィは青い翼を羽ばたかせて上空へ舞い上がった。眼下にみそのを捉えて再び軽やかな音色を響かせる。
(まってて! よさそうなのさがしてくるね♪)
 みなもは正直、嬉しかった。夢の中に顕われる人間の要求は酷く曖昧で、おぼろげだったのである。こうして自分を頼ってくれる人が明確に存在する事が至高の悦びだ。
 まるで少女の心を映し出したかのように、空は蒼穹に彩られ、陽光が燦々と降り注いで心地良い。風を切って滑空する度、羽毛に包まれた肢体や長い髪を撫でる感覚が気持ち良かった。
(あそこがいいわ♪ うみもみえるしわかいおんなのこにはぴったりね☆ このまどのたかさならつまづいてうみにおちることも‥‥やだわ♪ どうしてそんなことしんぱいしてるのかしら☆)
 青いハーピィはビルを何度か旋回した後、再び森へ向かう。
 命令を与えてくれる者の待つ場所へと――――。

●相反するもの
 みそのをビルの一室へと案内し、『二人』の共同生活は始まろうとしていた。
 ここは少女の夢の中だ。ドアを開けると、広がる室内には調度品が並び、少女らしい可愛い装飾が成されていた。窓から入るそよ風にパステルカラーのカーテンが軽やかに揺れる。
(どお? ねぇ、かわいらしいへやでしょ?)
「落ち着きませんわ」
 妖美な少女は一言告げた。青いハーピィはしきりに小首を傾げて動揺する。
(え? どうして? こんなにかわいらしいへやなのに!?)
 みそのが黒い瞳をスっと流すと、異形の妖鳥は思わず『ピッ!』と鳴いた。
「これはあなたの理想でしょ? みなも。わたくしの服を見て分かりませんの?」
(みなも? またそういった‥‥。あ、でもっでもっ!)
 心なしかハーピィは今にも泣き出しそうな表情を浮かべたように思えた。否、みそのには今のみなもの心境や表情が手に取るように分かるのだ。妖美な少女は黒い瞳を和らげる。
「なぁに? わたくしが嫌だと言っておりますのに、換えるつもりがありませんの? どうやら躾が必要なようですわね♪」
(しつけ‥‥)
 僅かに妖鳥の瞳が恍惚に染まったような気がした。みそのは軽く溜息を吐き、スッと細腕をカーテンへと運ぶ。
 刹那、窓のカーテンが不愉快な音を響かせて引き裂かれた。パステルカラーの切れ端が風に吹かれて舞う中、妖美な少女はテーブルや椅子を次々に薙ぎ払い、壊滅させてゆく。ハーピィは翼をバタつかせてピィピィと鳴いた。
(や、やめて! ひどいよ! あたしがんばったんだよ! こんなにするなんて!)
「はぁはぁ‥‥あら?」
 かくんとみそのは体勢を崩して腰を落とした。夢の中とはいえ、普段から運動音痴の少女は激しく動いた所為で、疲労感を伴ったようだ。慌てて妖鳥が傍へ寄る。刹那、薙ぎ振るわれた細腕に、ハーピィは叩かれて床に倒れた。
(きゃう! ひどいよ、しんぱいしただけなのにぃ)
「いい? わたくしが呼ぶまでは勝手に動かないで頂戴。そうですわね、それまで両翼を水平に開いて片足で立ってなさいな♪」
(かたあしで!? どうしてそんないじわるいうの? あたしは‥‥)
「どうしたのかしら? さっさと鳴いて言われた通りにして下さらないの?」
 ――!? なんだろう? このかんかく‥‥。感覚?
「そうですわ★ わたくしが命令しない時はいつもこうしてなさい♪ それではみなも? このお部屋を綺麗に掃除して頂戴。それから何か食べ物を持って来て下さいます? 一緒に夕飯を食べましょう♪」
(いっしょにゆうはん!? あたしといっしょにごはんを!? うん、わかったわ☆)
 まるで、アメリカ製のカートゥーンアニメのように、ハーピィは嘴に箒を挟み、翼を塵取リ代わりにしながらテキパキと掃除に駆けずり回った。倒れた家具は両脚で掴み、舞い上がる事で整頓させてゆく。瞬く間に部屋は元通りになった。
 そんな様子をみそのは細い顎に指を当て、思案するかのような仕草で見つめている。
(ふーん、さすがはみなもの夢ですわ。自分の都合良く世界を構築できますのね‥‥これは‥‥)
 黒い瞳が僅かに和らぐ。
 ――苛め甲斐がありますわ★
(それじゃ、あたしたべものさがしてくるね♪)
 みそのの思惑など知る由もなく、パーピィは窓から飛び出して行った――――。

 ――数時間後、ハーピィは帰路に着いた。
 嘴に篭をぶさ下げており、嬉しそうにみそのに近付く。
(ほらほら♪ おさかなとくだものだよ☆ あと‥‥)
 口からボトボトとパーピィは白い物体を落とした。床にぶちまけられたのは、うねうねと蠢く乳白色の幼虫だ。さすがにみそのも予期せぬ行動だったらしく、妖美な風貌を青褪めさせた。
(これね、あたしのお気に入りなの♪ おいしいん‥‥きゃあぁッ!)
「何を考えていますの? わたくしが虫なんて食べる訳がないじゃない?」
 あくまで冷静に穏やかな口調で、みそのは微笑みながらパーピィの頬をすぱぱぱんと張っ倒す。妖鳥はピィーピィーと鳴いた。
(ごめんなさいごめんなさい! やぁん、いたいよぉ! もうしませんからぁ!)
「‥‥まったく、情けないですわ。すっかり小鳥のつもりですのね(ここまで進行してたなんて‥‥あの娘、現実で目が覚めてから、こっそり虫なんて食べてなかったでしょうね?)」
 夢と現実の境界線など脆いものだ。無意識とはいえ、同じ夢を繰り返し見ていれば、表層意識にも影響を与えないとは断言できない。どうやら急ぐ必要があるようだ――――。

 それから或る程度躾を施した後、二人はテーブルに向かい合って食事の席を共にした。
 みそのはチラリとパーピィに視線を流す。人間大の妖鳥を眺めて食事するのも滑稽だが、しきりに首を上下させて忙しなく皿の料理を啄む姿はとても落ち着かない。
「みなも、もっと落ち着いて食べなさいな。ほら、また零してる! 皿をカチカチ音たてない! それに‥‥啄むのではなくて手を使ったどうなのかしら?」
(え? ‥‥ご、ごめんなさい。でも、あたし、つばさでモノをもつなんてむりだもん!)
 刹那、床に何かが滴り落ちたような音が響き渡った。切れ長の黒い瞳が鋭利に研ぎ澄まされる。
「みなも! あなた、用を足しましたのね?」
 ハーピィはこれ以上ない位に身を縮めて、上目遣いでみそのを見つめた。
(だ、だって‥‥ご、ごめんなさい)
 ――どうして? あたしはハーピィだもの‥‥とりなんだもの‥‥。
 でも、命令には従わなくちゃ‥‥それだけでいいんだから‥‥それだけで――――。
 ハーピィは涙目でフルフルと小刻みに震えながらも、ぎこちなく微笑んで見せた。しかし、心の内側を妖美な少女が見抜かぬ訳がない。テーブルに肘を着き、手の甲に顎を乗せると、愉悦の笑みを浮かべた。
「悔しい? 泣いておりますの? 自分の夢で思うように生きて、急に全て否定されて哀しい?」
(‥‥ゆめ? なにを‥‥)
「わたくしには見えますわよ。人間のみなもが裸のままで口だけを使って食事していた姿が‥‥。それは妖鳥なんてもので説明できませんわ。だって、鳥のつもりでいる『人間』なんですもの」
 ――ハーピィは戦慄に染まった。
 妖鳥は小刻みに震えながら否定する。
「(!!ッ、ち、ちがうわ! あたしはハーピィだもん! にんげんなんかじゃ‥‥人間なんかじゃ‥‥)そうよ! だってあたし飛べるもん!」
「飛べる? みなも、本当にそう思っていますの? あなたは飛んでいると思っていただけ。初めて出会った時も、あなたはわたくしの背後で木に攀じ登り、枝に止まって虫を食べていた憐れな少女でしたわよ。窓から出て飛んでいたつもりでも、あなたはそのまま海に落ちて泳いで魚を獲っていただけですわ」
「う、うそよ。嘘よ、そんなの、み、みその姉さんの意地悪ッ!! !?」
 みなもは自分の口から出た言葉に、動揺した。みそのは尚も微笑みながら少女を言葉で責める。
「嘘? そう仰るなら、この窓から飛び立ってごらんなさいな?」
「い、いいわ。あたしは飛べるもの‥‥」
 ハーピィはトコトコと窓へ向かい、窓枠に『白くしなやかな足』を掛けた。
「え? うそ‥‥」
 青い瞳は見開かれ、潮風が少女の青い長髪を舞い揺らす。愕然とするみなもの背後で、みそのがゆっくりと口を開く。
「どうなさいましたの? 後ろから見ても滑稽な格好ですわよ。年頃の少女が素裸に皮の首輪だけをつけた姿で窓枠に片足を掛けているなんて、わたくしの妹ながら恥かし過ぎますわ。ご近所に見られたらどうしますの? もしかすると、ここは学校かもしれませんわね」
「ご近所‥‥学校? ッ!?」
 みなもの視界が揺らいだ。眼下の大海は部屋の窓から覗える風景へと変わり、教室の窓から見える校庭へと変容した。少女ははっきりと自分の姿を認識すると、「きゃっ」と悲鳴をあげ、端整な風貌を羞恥で真っ赤に染めながら背中を向ける。慌てて胸元を庇い、ズルズルと腰を落とした。
「‥‥やだ‥‥あたし‥‥」
 みそのの言葉が事実なら滑稽過ぎる話だ。自分は妖鳥の『つもり』になっていただけなのだから。蹲って小刻みに震えるみなもに、妖美な姉が優しく言葉を投げる。
「目が覚めた? でも、これはみなもの夢。あなたが強く想えば妖鳥に『なれ』ますわ。ですが、忘れないで下さい。あなたは決して妖鳥にはなれませんのよ♪ だって人間ですもの★」
「人間‥‥あたし、もう嫌なの! 人との関係って難しくて‥‥考えるだけ頭の中が押し潰されそうで! だから‥‥あたし‥‥」
 ――鳥(ペット)になりたいって思ったの‥‥。
「そお? なら、妖鳥になっちゃいなさいな★」
「え? だって、さっき‥‥」
「あら? みなもが妖鳥に『慣れ』る事はできますのよ? 飛んでる振りして走り回っていればいいじゃありませんの?」
「‥‥い、いやです! そんな、それじゃあたし‥‥」
 みなもは光景を想像して戦慄いた。確かに夢の中なら自由だ。例え自分がハーピィのつもりになって一糸纏わぬ姿で楽しそうに翔け回っていても誰にも咎められやしない。しかし――――。
「何を動揺しておりますの? みなもは平気で虫を食べて、当たり前のように何処であろうと用を足した恥かしい娘じゃありませんの★ ごらんなさい、あの床を♪」
「いやぁっ! そんなこと言わないで! あたし! あたし!」
「それにね? 夢と現実の境界線って何処にあるかお分かりかしら? それはみなもの意識次第なのよ♪ もしかすると、あなたは夢の中のつもりで現実でも」
「いやあぁっ!! それ以上いわないで下さいっ!! もう何も言わないでぇっ!!」
 みなもは羞恥に頬を染め、青い髪を両手で掴むと、ブンブンと頭を横に振った。閉じた瞳からキラキラと涙が舞い散る。
 まるで糸が切れた操り人形のようにうな垂れると、光を見失った瞳を見開き、「いや‥‥いや‥‥」と何度も呟いていた。
 大切なものを失い、絶望感すら漂わす悲壮な愛妹を見下ろす妖美な姉は、尚も愉悦の微笑みを浮かべて見せる。
 ――あらあら★ 苛め過ぎて精神を崩壊されても困りますわね。
「みなも? 何があったか知りませんが、悩まない人間なんておりませんのよ? 悩みは人としての試練であり希望。悩んだ分だけ成長できますの。勿論、悩んだ挙句、判断を誤る事だってありますわ。でも、そこで未来の可能性を失う訳ではありませんのよ? 未来の可能性を失うのは、今のみなものように諦めて堕ちてしまった時だけ‥‥。それに」
 みそのはふわりと腰を落とし、豊かな胸元にみなもの頭を包み込み抱き締めた。
「それに、悩んで辛くなったら家族に相談すればいいじゃありませんの★ みなもは一人ではないのですよ?」
 ――みそのお姉さま‥‥温かい☆
 少女は涙を流しながら柔らかい膨らみに頬を埋め、安堵の息を漏らした‥‥。

●リセット‥‥。
 蒼穹の下、古風なデザインのセーラー服を風にはためかせる少女の後ろ姿が防波堤に立っていた。
 青い長髪を風に靡かせ、彼女が見つめるのは見渡すばかりの大海原だ。
 みなもは、ふと視線を足元に落とす。海中に浮かぶは幾つもの沈んだビルの群れ。
 しかし、その事実にあどけなさの残る端整な風貌は驚愕の色を見せず、まどろみの中にいるかの如く虚ろな表情のまま、遠くを見つめているようだった。ふと意識が呼び戻される――――。
「あれ? あたし‥‥」
『みなも、もうすぐ朝食の時間ですわよ★ 早く戻ってらっしゃい♪』
 背中へ向けて投げられた少女の聞き慣れた声に、みなもは振り返った。ぽぉーとした表情が次第に活気に満ちてゆく。
「そっか、もうすぐ朝ご飯なんだ。はーい! 今いきます!」
 みなもは元気に手を挙げて駆け出した――――。


「ん、‥‥あれ?」
 少女はゆっくりと青い瞳を開いた。カーテンの隙間から覗く窓ガラスから薄っすらとした明かりが注いでおり、朝の空気を何となく感じられる。ふと人の気配を感じた。頬に吹きかかるのは誰かの息? みなもは恐る恐る視線を流し、青い瞳を大きく見開いた。
「みそのお姉様!? ち、ちょっと、起きて下さい。こんな所で寝てたら風邪ひいてしまいますよ!」
 一気に眠気が掻き消され、みなもは姉の背中をゆさゆさと揺する。暫らくすると、みそのはゆっくりと黒い瞳を開いた。普段からぽぅーとしている姉は、一際惚けているように見えなくもない。
「あら? おはよう★」

 ――時間は瞬く間に過ぎてゆく。
 みなもは食パンを咥えたまま、鏡に向かってセーラー服のスカーフを結んでいた。対する姉はのんびりとした動作でトーストにバターナイフを滑らせている。ふと、黒い瞳が鏡越しにみなもを捉えた。
「ねぇ、みなも?」
「にゃんでふかぁ(なんですかぁ)?」
「‥‥両腕を左右に開いて片足で立ってくれないかしら?」
 この姉は朝っぽらの忙しい時間に何を言うのだ? みなもは食パンを口から離すと、怪訝な表情でみそのへと振り向く。
「な、なに言ってるんですか? いやですよ、そんな、あたしは急いで‥‥!? あれ? あれれ? えぇっ、どうしてー!?」
 みなもは素っ頓狂な声を響かせ動揺した。身体は拒否せず、素直に片足で立つ姿勢をとっていたのである。滑稽な格好を言われた通りに行った少女は、恥かしさに頬を染め、青い瞳は涙目だ。みそのが薄く微笑む。
「ねぇ、夢と現実の境界線って何処にあるかお分かりかしら?」
「えっ?」
 みなもの頬に一筋の冷たい汗が流れた。
 何を言っているの? みそのお姉さま――――。


<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 正直、驚いています。まさか、ついこの前ノベルが完成したのに再び発注頂けるとわっ。
 ファンレターも有り難うございました☆ いつもいつも励みになります♪ 感謝です☆
 さて、いかがでしたでしょうか? まさかお姉さんがいたとは知りませんでした(汗)。口調はこんな感じでよかったですか? みその様も対照的で魅力的ですね。
 今回は折角なのでザッピングを演出させて頂きました。みその様から見た夢世界景色ですね。無意識だからこそ、みなもちゃん自身が気付かない部分もあると思うのですよ。
 前回はダークっぽさが出ていたと聞き、ホッとしておりましたが、今回はイメージと違うものになっていないか不安です(その時はまた発注して頂ければと(苦笑)。みその様なら何度でも干渉してみなもちゃんを弄ぶ事ができるのではないでしょうか(なんて表現だ))。
 躾は他にも色々されたと思います。その辺はご想像にお任せしますね。
 ちょっとここで章タイトルの意図を解説させて頂きます。『かんしょうするもの』が平仮名なのは干渉と観賞の二つの意味があるからです。『相反するもの』は、飴と鞭、つまり苛めと慈愛です。
 尚、非常に読み難いと思いますが、ハーピィのままの台詞が平仮名なのも意図したものであり、揺らぎと共に漢字が現われ、次第に人間である事を自覚してゆくと感じて頂ければと。
 最後にラストシーンですが、解釈はお任せしますね★ もし、これまで描かれた家庭の日常と違っているなら、それは‥‥‥‥。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
切磋巧実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月18日

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