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『胡蝶・泡沫乃夢 』
アレスディア・ヴォルフリート2919


 ふらりふらりと灯篭が光る。
 淡い橙色の光だけがその向こうに光る。
 気が付けば歩いていた霧の道。
 淡い桜色に彩られた泡沫の夢路。
 突然の突風に手で視界を覆う。
 指と腕の隙間から花びらのように散る霧を見る。
 
「これはこれは盛大な迷子だ」

 風が止んだ先に立つどこか中華風の衣装を来た御仁が微笑む。
 その手には霧の中で見た橙色の光が灯る灯篭を手にしていた。
(ここは……)
 辺りを見回せばどこまでも続く桜の夢幻回廊。
「ふむ…私の関係者でなければ、誰が呼んだんだろうねぇ」
 御仁は辺りを見回し、桜の先を見つめる。
 御仁の顔の動きにあわせて、仙女のような女性がこちらに向けて微笑んだり、太い木の枝の上で寝ていた少年が軽く手を上げる。
 然し皆その姿は淡く、桜色の雰囲気を伴って現実味が薄い。
「好きに、歩くといいよ。もしかしたら君の探し人もいるかもしれない」
 御仁が去っていく姿をただただ見つめていると、橙色に光る小さな蝶が1羽ふわりと飛び立つ。
「おっと」
 御仁はそっと灯篭を持ち上げると、振り返りふんわりと微笑んだ。
 蝶の姿はもう見当たらなかった。





「待ってくれ!」
 アレスディア・ヴォルフリートは、その場を去ろうとしていた御仁の腕を掴む。
「あなたは…あの時の……」
 桜の下で出会った。不思議な人。
「おや、覚えていてくれたのかい?」
 御仁――瞬・嵩晃は、アレスディアに向けてにっこりと微笑む。
「えぇっと、名前はなんだったかな?」
 瞬はアレスディアに腕をつかまれたまま、わざとらしく虚空を見上げて問いかける。
「アレスディア・ヴォ……」
「あぁそうそう、そうだね。アレスだ」
 自分の名前を言い直そうと口を開き、だがそれも途中で瞬に遮られる。
 以前のときも最後は上手くあしらわれてしまったのだが、この調子ではまた同じ事を繰り返しそうだ。
 しかし、生来の生真面目さもあいまって、アレスディアはそのことに気がつく事無く、掴んでいた瞬の腕をすっと離す。
「そうだね、君が私を捕まえたということは、私の関係者という事になってしまうね」
 その言葉には、自分はこの場所で起こる全てのことにおいて実は蚊帳の外だという意味合いを含み、それなのに自分を見つけることで追いかけてきたアレスディアは、この場所に対してではなく、瞬に対して何か関係があると言っているのだ。
「……状況がよく掴めぬのだが」
 しかし、瞬の言わんとしている意味合いは、いつもどこか曖昧にぼやかされ、どうにも上手く伝わってこない。
 アレスディアはこの場所の事を知らないのだから、状況は掴めなくて当たり前なのだけれど、それをフォローする気持ちは瞬にはないようで、ただニコニコとアレスディアを見ている。
 当のアレスディアは、困惑した表情のまま辺りを見回し、ふと何か思い当たったかのように呟く。
「この場所は……まるで、私たち以外は皆、桜のようだが……」
「よく気がついたね」
 瞬の言葉に桜の枝に座る仙女のような人達がクスクスと笑いを漏らす。
「いや…確か……蝶を見た気がする……あの蝶はいったい……」
 どこか透明な桜の上の仙女のような人と、瞬に見つめられたまま、アレスディアは一人考え込む。
「……考えていてもわからぬ」
「おや、諦めるのかい?」
 矢継ぎ早に返ってきた答えが挑発を含んでいることくらいさすがのアレスディアにも察しがつく。
「気になるが、蝶は追えば逃げるもの。慌てても仕方ない」
「確かにそのとおりだ」
 ここの蝶は特に、ね。
 意味深に瞳を細めて笑った瞬に、アレスディは一瞬だけ背筋になにかが走ったような感覚を覚える。
 危険というシグナルではないが、どこか妖しい。そんな感覚。
 アレスディアは気を取り直し、瞬へと真っ直ぐな瞳を向ける。
「よろしければ、ご一緒させていただけぬかな?」
 そう問いかければ、瞬はするりと一度アレスディアに背を向けて、振り返りざま答えが返ってきた。
「追いていこうにも、君はついてくるんだろう?」
 ふわり。と、まるで地面を滑るように移動を始めた瞬に、置いていかれないようアレスディアは歩き出す。
 何処までも続く見渡す限りの桜並木、いや桜回廊。一人でいれば迷い込み、抜け出せなくなりそうな。
「しかし……見事な桜だ」
 瞬が花見をしていた桜も充分に見事だったが、あれは1本だけだった。
 それがこうして何処までも満開に咲き誇っている様は、本当に自然と顔が綻ぶほどに美しい。
 造られた美しさとは違う、本当の美。だけれど、
「まるで、この世のものではないようだ……」
 アレスディアの呟きに、瞬の足がすっと止まる。その行動に、何か悪いことでも言ってしまっただろうかと、アレスディアはフォローするように言葉を続ける。
「それが良い悪いでは、なくて」
 あまりにも美しすぎるものは、現実とは思えない。ただ、それだけの気持ちだったのだけれど―――
「ふむ、君も中々分かってきたようだね」
 何が? と問い返したかったけれど、瞬は感心したように頷いている。
「ここは、何処でもあって、何処でもない」
 永遠に、桜が眠る場所。
 だからここへ迷い込んだのならば、現実から切り離された何かに呼ばれてしまった時だけ。
 例えそれが、故意でも、偶然でも。
 だけど、ここではどれだけ咲き誇ろうとも、見るべき瞳はいない。
 一度は立ち止まったが、瞬はまたアレスディアに背を向けて歩き出す。
 途中、あの橙色の光を放つ蝶が、またゆっくりと飛翔していた。
「今年は多いな」
 何をしているのだろうか、と瞬を見れば、ここへ降り立ったときと同様に蝶に向けてふわりと灯篭を動かす。その後、蝶の姿は無くなり、灯篭の明かりが少しだけ強くなった気がした。
「桜で思い出したのだが」
 あの時、最後に口にしたあの台詞。
「酒を飲めぬようにしていたのは、あなたなのか?」
 今度は瞬の足を止めるには至らなかった。
 桜と人と比べたら、瞬にとって人などその程度なのかもしれない。
「そんなつもりは無いのだけれどね」
 背を向けているから表情は分からないけれど、きっと満面の笑顔を浮かべているに違いない。
「嫌いになるのは、本人の勝手だろう? 私はただちょっと美味しいお酒を振舞っただけさ」
「だが…!」
 クスクスと笑っているような気配だけが感じられる。
「それでも、少々酷とは思わぬのか?」
「思わないねぇ」
 否を唱える人間から是と言わせる事がどれだけ大変か、アレスディアは理解している。だが、それを是と言わせる方法は無いものかと、アレスディアは考えるように一度口を閉ざす。
 そしてまた蝶が飛ぶ。灯篭を動かす。蝶が消える。
 首を傾げるものの、瞬はまた歩き出す。追いかける。
「例え話しをしようか」
 納得がいかないと言わんばかりのアレスディアに向けて、瞬はゆっくりと口を開く。
「海栗という魚介がいる」
 海の栗と名がつくほどに、外見は栗の毬にそっくりな海の食べ物。
 海から上がったばかりのものは食べたいと思うが、店で並んでいるようなものは食べたいとは思わない。そんな人も多いといわれる食べ物だ。
 それと同じことじゃないかな? と、瞬は言う。
「あの時の酒は美味しかったと思いをはせればいい」
 酒と桜の事は覚えているだろうし、思い出は自由なのだしね。とまた瞬は笑う。
「さぁ、君の答えを聞かせてもらおうか?」
 考え込んでいたアレスディアは、至極真面目な表情で問いかける。
「ウニ…とは、いったいどんな食べ物なのだ?」
 ちょっとだけ乾いた風が吹いた。





 幾度と無く瞬の行動を見ていれば、関係性は分からないが、とりあえずどうやら瞬は蝶を見つけると、灯篭で捕まえているらしいと、推測することが出来た。
「あの蝶は…?」
 この場所へ来た最初に見たときも、瞬は同じ動作をしていたように思う。
「夢光蝶」
 瞬はその一言を言ったきり、それ以上の事を口にしようとはしなかったが、それ以上にきな臭い笑顔を向けてくれたので、どうにも二の句が続けられなかった。
「すまないけれど、少し場を放れさせてもらうよ」
 少々遠そうだ。と、瞬は一人ごちて、すっと桜吹雪に掻き消えるようにその姿を消す。
「……瞬殿!?」
 花びらに奪われた視界を手で守りながらその姿を追うが、完全に花吹雪が収まると、アレスディアはその場に取り残されていた。
「悪い事を、してしまっただろうか」
 説明をしてくれたのだが、どうにも楼蘭知識に乏しいアレスディアは根本で躓いてしまった。
 考えているうちに戻ってきた瞬の手に、あの灯篭がなくなっている。
「灯篭は…?」
「小さな女の子…いや、お嬢さんが壊してしまったのだよ」
 という笑顔の返事が返ってきた。
「さて、君もそろそろ帰る時間だよ」
 橙色の蝶が群れを成して飛んでいく。
 夢光蝶。
 不思議な蝶だとは思っていたが、結局あの蝶の謎は解けぬまま。























 軽く掛け声を上げるようにして、両手の上に積まれた本を置き、ふと見知らぬ影にコールは顔をかしげた。
 ひょいっと覗き込んでみれば、机に突っ伏した背中が視界に入る。
 どこか見知ったような黒の装束に、コールはぱっと顔を輝かせると、くるりと机の前に回りこんだ。
「やっぱりアレスちゃんだぁ」
 コールの声に、今まで心地良さそうに響いていた寝息がピタリと止まる。そして、ゆっくりと瞳を薄く開けた。
「おはよー」
 コールはそんなアレスディアの顔を覗きこんでにっこりと笑う。
「…………」
 開いた視界の面積の殆どがコールであったことに、アレスディアの思考が一瞬停止した。
「コ…コール殿!?」
 ばっと顔を上げて、なぜかぜいぜいと肩で息をするアレスディア。
「わ、私は、転寝、していたのか」
 寝顔を見られてしまった恥かしさに、アレスディアは少し蒸気した頬を手で隠すようにして、辺りを見回す。
「図書館……」
 あれは、夢…だったのか。
 もし今度、楼蘭へと赴き会う事があったなら尋ねてみよう。
 そんな事を思いつつアレスディアは、コールが抱えていた本を見つけ、手伝おうと椅子を立ち上がった。












fin.






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【NPC】
瞬・嵩晃(?・男性)
仙人


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 胡蝶・泡沫乃夢にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。
 今回初顔会わせノベルの続きのような内容にさせていただきましたがよろしかったでしょうか?西洋型ファンタジーでは生魚系が出ることはないので、ウニの存在を知らないものとして描かせていただきました。ちょっと天然返答ですが、瞬をたじろがせたことは間違いありません(笑)
 それではまた、アレスディア様に出会える事を祈って……

PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年05月17日

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