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『誘い櫻 』
黒羽・陽月6178



☆ ★


 何でも屋・鷺染。
 その依頼帰りでの事だった。
 ふっと、淡い色をした桜の花弁が詠二の前に舞い落ちて・・・
 視線を上げれば、すぐ目の前には巨大な桜の木があった。
 こんなところに桜の木なんてあったか?
 そう思うと、鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)は桜の木をそっと撫ぜた。

 ――――― 瞬間

 目の前に、見慣れた姿が浮かび上がった。
 銀色の長い髪をした少女・・・笹貝 メグル(ささがい・ー)・・・
 何かあったのだろうか?綺麗な色をした瞳は哀しみに染まっていた。
「メグル・・・??」
『お兄さん・・・お願い・・・見つけて・・・』
「え?メグル・・・??見つけてって・・・」
『私を・・・探して・・・お願い・・・見つけて・・・お兄さん・・・』
 今にも消えてしまいそうなメグルを引き止めようと、右手を差し出し―――
「あれ?お兄さん??どうしたんです?こんなところで。」
 聞きなれた声に振り向くと、そこにはメグルの姿があった。
 両手に大きな袋をぶら提げ、買い物帰りだろうか?その袋は酷く重そうだった。
「な・・・なんで??だって、メグル・・・」
「どうしたんです?」
 キョトンとした表情のメグルに、今起きた事を全て伝えると、詠二は首を捻った。
 どんな怪異なのだろうかと言う詠二に向かって、メグルが小さく苦笑を洩らし
「お兄さん、それは誘い櫻(いざないざくら)じゃないですか?」
「誘い櫻?」
「その人にとって、一番思いいれのある人の幻を見せて、桜の中に誘うんです。相手を見つけられればこちらの勝ちで、現実に戻って来れます。」
「見つけられない場合は?」
「永遠に桜の木の中に閉じ込められて・・・」
「・・・!?」
「ふふ・・・それはただの噂ですよ。それに、見つけられないわけ無いじゃないですか。だって、自分にとって一番思いいれのある人ですよ?大切な人の姿を、見失うわけがないじゃないですか。」
「そうか・・・」
「それにしても・・・誰か、櫻に誘われているのでしょうか・・・」
「どうだかな。」
「きっと、誘いの出入り口なんですね、ここ。・・・どうします?誰か来るか、待ってみます?」
「そうだな。今日の仕事も終わった事だし・・・・・」


★ ☆


 ソレは唐突に、何の前触れも無く目の前に落ちてきた。
 はらりと、陽の光を跳ね返しながら舞い落ちる一片の花弁。
 櫻の花弁だろうか?
 黒羽 陽月は思わず手を差し伸べた。
 手の上にするりと滑り落ちてきた花弁をつまみ、目の前にかざす。
 薄い膜の向こうには一本の櫻の木が、凛とした威厳を称えて立っていた。
 満開の花弁は空へと枝を重た気に伸ばし、風が吹けば儚く落ちる、花弁の命は淡い。
 ジャリ
 靴底に感じる砂の感触を楽しみながら、黒羽は櫻の根元まで近づいた。
 甘い香りは桜の花弁の匂い。
 それを胸いっぱいに吸い込み―――――
 目の前に現れたその姿に、吸い込み途中の息を止める。
 見慣れた姿。
 カチっとスーツを着込んだ渡部 謙吾の顔を驚きの眼差しで見詰める。
「警部・・・?」
 黒羽の微かな声が聞こえていないかのように、すっと視線を落とすと背を向ける。
 どうしてそんな悲しそうな顔してるんだよ・・・
 声にならない言葉がその背を追う。
「警部・・・!」
 今度は強く、名前を呼んだ。
 ソレなのに・・・振り向いてはくれない。
 おかしい―――
 黒羽はそう思うと、1歩2歩、歩を進めた。
 黒いスーツの背中が迫り、手が届く。
 そう確信した瞬間だった。
 ザァっと音を立てて風が吹き荒れ、桜の花弁が乱舞する。
 あまりの事に目を瞑り・・・そして、黒羽は確かに世界が変わる音を聞いた・・・。


☆ ★


 どこか懐かしい香りに目を開ける。
 ギシギシと音を立てながら白馬が回る。
 七色の輝きを撒き散らし、軽やかなオルゴールの音を響かせ・・・
 そこは遊園地だった。
 目の前にあるのはメリーゴーランド。
 その向こうには緑色の屑箱に、赤い色をした自動販売機。
 木のベンチはところどころペンキがはげており、茶色の色彩の中央に白が鮮やかに光っている。
 風が吹けば砂埃が舞い上がり、誰が捨てたのだろうか、空き缶がカラカラと虚しい音を立てて転がっている。
 ・・・全てはどこにでもあるような、普通の遊園地だった。
 けれど、普通の遊園地とは決定的に違うもの。
 それは、押し黙ったかのような静寂―――――
 人のいる気配すらない遊園地は広く、それなのについ先ほどまで人が居たかのような賑わいを見せている。
 白馬が上下に動きながら回り、その後ろからは馬車が無言でついてくる。
 右手の置くには高い岩場が広がり、そこを疾走するのは無人のジェットコースター。
 中央にある噴水からは勢い良く水が空へと手を伸ばし、輝かしい陽の光に照らされてキラキラと色彩を撒き散らしている。
「ここって・・・・・・」
 見覚えのある遊園地の風景に、黒羽は口を閉ざした。
 思い出がそこかしこに眠るような、そんな錯覚を覚える。
 ふっと視線を向けた場所から湧き上がる、思い出と言う名のスライドショー。
 黒羽は目を伏せると暫く深い深呼吸を繰り返した。
「警部を、見つけないと。」
 誰も居ない遊園地の中、黒羽の声だけが風に攫われながらも確かな音を保って響く。
 あの、櫻の木の前で・・・確かに警部は黒羽を誘った。
 この場所の雰囲気は地上とは違う・・・そう、きっと・・・櫻の、中・・・なのだろうか・・・?
 櫻の中に誘われたなんて、馬鹿な話があるもんかと、事実を突っぱねる気にはなれなかった。
 ココが何処であれ、警部は確かに黒羽を誘った。
 そして、見つけてほしいんだと・・・そう思う。
 悲しそうな顔が目の前に浮かび、黒羽は唇を噛み締めた。
「捜さなくちゃ・・・」
 独り言はあまりに寂しく、メリーゴーランドが奏でる軽快な音に掻き消される。
「いつもは警部が追っかけて来てくれるけど、今日は逆だね。」
 苦笑混じりにそう言って顔を上げると、黒羽は歩き出した。
 軽やかにも拘らず、どこか悲壮感を漂わせるオルゴールの音色を後にし、遊園地の中央へと歩を進める。
 きっと、音色自体は明るいものなのだろう。
 それを悲壮だと思うのは黒羽の心の明暗、ただその1点なのだろう。
 いつもは警部が追いかけてきてくれる。
 でもそれは・・・
「つっても・・・“俺”をじゃ無いケドさ。」
 ポツリ
 呟かれた言葉は確かに哀を含んでいた。
 口元に無意識に浮かぶ笑みがどこか惨めで・・・無理矢理それを押し殺す。
 真顔になり数秒。
 目を瞑り、数秒。
 深呼吸をし、数秒。
「さて、サクサク捜してこっかね〜。」
 大きく伸びをしながら明るくそう言って、あまりにわざとらしい声の響きに余計空しさが募る。
 この遊園地と同じ。
 いくら明るい光を纏い、軽やかなメロディーを響かせても・・・結局は孤独に沈む空間で、ソレはただの滑稽な一人芝居。
 分かってはいるけれど、ソレを認めたくは無かった。
 だからこそ・・・
「でも、警部が遊園地に居るとして、どこだよ。テキトーにぶらぶら捜しますか。」
 明るい声を出す。
 誰にとも知らず、言葉を紡ぐ。
 まるで自分との対話だった。
 もしくは、孤独に染まる遊園地との、静まり返った空気との、小さな円の上をひたすら上下に動きながら回る哀れな白馬との、対話だった。
「こゆーのは勘で捜した方が早いしね。」
 そう言って、ジャリっと砂を踏みしめる。
 どこに居るのか・・・・・・・・
 周囲を見渡しながら、トンと、軽くベンチに触れた。
 カサカサになった木が指先に微かに触れ―――
 刹那、景色が色を失った。
 ザァっと音を立てながら変化する、その速度は速い。
 死んだようだった遊園地に活気が戻る。
 子供の声が甲高く響き、大人達の控え目な笑い声が心地良い。
 目の前を、赤い風船が空へと舞い上がる。
 ふわりふわり・・・・・・
 自由を求めて彷徨う風船の下、地面にへばりつきながら走る小さな子供。
 その顔には見覚えがあった。
 幼き日の黒羽自身の姿・・・・・・・・。
 一生懸命になって風船を追い、その足が縺れる。
 あっと思った瞬間には、幼い黒羽は地面に一直線に倒れ込み、その途端に・・・瞳が潤む。
 そこまで見ると、風景は再び色を変え始めた。
 人々の生気が失われ、元の静寂のみが支配する遊園地へと色を戻す。
「・・・・・・うわ・・・・何アレ・・・ハズカシ・・・」
 心持頬を朱に染めながらそう言うと、黒羽は口元を手で覆った。
「懐かしの何とかってヤツ?」
 一人そう呟き、遠い昔に思いを馳せる。
 あの時、迷子になっていて・・・相棒だった赤い風船を空へと手放した。
 独りになる、その恐怖は脅迫的で・・・追いかけた。
 遠ざかる風船の後姿を。
 でも・・・・・・・・届かなかったんだ・・・・・・・
「つか、俺アホですか。」
 追いつかないのなんて分かっていたはずだった。
 手を放せば空へと逃げて行ってしまう。
 そんな事は、分かっていたはずだった。
 それでも、そんなボロボロになった黒羽を救ってくれた人が居た。
 あの時、転んで泣いている黒羽を見つけてくれたのは、他でもない・・・警部だった。
「ホントマジ、あれは格好良かったね。」
 手当てをしてくれて、頭を撫ぜてくれた・・・その、大きな掌は今でも鮮明に思い出される。
 力強くて、優しくて、格好良くて―――――
 遠い思い出に口の端を薄っすらと上げた時だった。
 まるで付属のようにくっついてきた思い出の1ページ。
 その中で交わした会話を思い出し・・・あっと、唇を薄く開けた。


☆ ★


 見上げるほどに大きな観覧車。
 ゆっくりと回るソレを見詰めながら、黒羽はジっと時を待った。
 下りて来る・・・1つだけ、人影を中に抱いたボックス・・・。
 ゆっくりとだが確実に迫り来るボックスに、黒羽は目を閉じた。
 淡い思い出が蘇る。
 乗りたいと、せがんだ幼い時。
 そう言うのは友達か、好きな人と乗りなさいと・・・苦笑交じりに返された。

 ――――― 俺の好きな人は、アンタだよ・・・・・・・・・

 けれど、どうせ本当に言っても子供扱いで本気にはしてもらえないだろう。
 それならば・・・折角櫻の中なんて特殊な場所で、幻・・・なんだから・・・
 想いが、伝わったらいいのに・・・・・・

 どこか虚ろな目をした警部を乗せたボックスが地上に滑り降り、黒羽は扉を開けた。
 中から下りて来る警部の顔が微かに笑む。
『ここにいたのか、捜したんだぞ?』
 違うよ、警部。
 今日は俺の方がアンタを捜してたんだ。
「そっか・・・うん、有難う・・・。」
 言いたかったのはお礼の言葉ではない。
 折角の場所、折角の幻。
 幻は、本物の警部ではないけれど、見かけは警部だから―――――
「俺・・・俺さ・・・・・・・・・」
 本当は、アンタの事が―――
 続くはずの言葉は掻き消された。
 吹いた突風が2人を分かつ。
 目を瞑り、再びの感覚。
 世界が崩れ、構築される音を聞きながら、黒羽はゆっくりと息を吐いた。
 馴染みある東京の香りと櫻の香り。
 目を開ければ警部はいない。
 分かっているからこそ、どうしても・・・目を開けたくなかった。
「お帰りなさい。」
 背後から声が聞こえ、黒羽はほぼ、反射的に振り返った。
 銀色の長い髪をした美しい少女が、透明な笑顔を浮かべて佇んでいた。
「あんたは・・・?」
「誘い櫻に、誘われていたんですね・・・・・・・」
 ザァっと風が吹き、少女の長い髪を大きく広げる。
 陽の光を受けて透ける、髪の向こうには見慣れた東京の町並み。
「やっぱ、さっきのって櫻の中なんだ?」
「えぇ。」
 コクリと軽く肯定した後で、少女が小さく頭を下げた。
「初めまして。私、笹貝 メグルと申します。」
 にっこり
 道端に咲いた小さな花を思い起こさせるような笑顔だった。
 決して大輪の華ではない。けれど・・・心にすんなり入ってくるような笑顔だった。
「俺は・・・・・・・」
「誰の幻を追っていたんですか?」
 名乗ろうとした黒羽の言葉を制すように、メグルは言葉を紡いだ。
「俺の、大切な人。」
「・・・それならば、もしかしたら・・・その人も貴方を捜しているのかも知れませんね。」
「え?」
「捜し合う。それが、誘い櫻なのですから・・・」
 双方の想い合う心が繋ぐ透明な糸は強く、それを視る、櫻の願いは双方の甘い邂逅。
「もう直ぐで戻っていらっしゃるでしょう。もし宜しければ、あちらでお茶でもしませんか?私の・・・私の、兄もいるのですけれども。」
 困ったようにメグルがそう言って、兄は猪突猛進型なんですと小声で付け加える。
 それだけの言葉で、口調で、仕草で、兄妹の仲の良さが窺い知れる。
「お茶か、いいかもね。」
 肯定の意を表すと、メグルが先に立って歩き始めた。
 スっと伸びた背に声をかける・・・・・・・・
「俺、黒羽 陽月って言うんだ。」
 メグルが振り返り、再び・・・あの透明な笑顔を見せる・・・。
「陽月さんですね。」
 凛と響く声は風に乗り、もう直ぐで帰ってくるであろうあの人の・・・その存在が、待ち遠しい・・・。



               ≪ E N D ≫



 ━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6178 / 黒羽 陽月 / 男性 / 17歳 / 高校生(怪盗Feathery / 紫紺の影


  6363 / 渡部 謙吾 / 男性 / 41歳 / 警察官(怪盗Feathery専任の警部


 ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度は『誘い櫻』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつも有難う御座います。(ペコリ)
 誘い櫻、如何でしたでしょうか?
 過去の思い出と絡めつつ、サラリとした文章を目指してみました。
 今回も、陽月様の繊細で儚い雰囲気を上手く描けていればと思います。
 全体的に穏やかな雰囲気が出せていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月17日

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