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『胡蝶・泡沫乃夢 』
紅月・双葉3747


 ふらりふらりと灯篭が光る。
 淡い橙色の光だけがその向こうに光る。
 気が付けば歩いていた霧の道。
 淡い桜色に彩られた泡沫の夢路。
 突然の突風に手で視界を覆う。
 指と腕の隙間から花びらのように散る霧を見る。
 
「これはこれは盛大な迷子だ」

 風が止んだ先に立つどこか中華風の衣装を来た御仁が微笑む。
 その手には霧の中で見た橙色の光が灯る灯篭を手にしていた。
(ここは……)
 辺りを見回せばどこまでも続く桜の夢幻回廊。
「ふむ…私の関係者でなければ、誰が呼んだんだろうねぇ」
 御仁は辺りを見回し、桜の先を見つめる。
 御仁の顔の動きにあわせて、仙女のような女性がこちらに向けて微笑んだり、太い木の枝の上で寝ていた少年が軽く手を上げる。
 然し皆その姿は淡く、桜色の雰囲気を伴って現実味が薄い。
「好きに、歩くといいよ。もしかしたら君の探し人もいるかもしれない」
 御仁が去っていく姿をただただ見つめていると、橙色に光る小さな蝶が1羽ふわりと飛び立つ。
「おっと」
 御仁はそっと灯篭を持ち上げると、振り返りふんわりと微笑んだ。
 蝶の姿はもう見当たらなかった。






 探し人がいるかもしれないと言われても、紅月・双葉にはいまいち思い当たる節がなく、その場に立ち尽くしてしばし考え込む。
 双葉はどうしてこの場所へと降り立ったのだろうか、とか、これは夢なのだろうか、と考え、桜並木を歩き始める。
 いや、コレは夢だ。
 なぜならば、チョコレートを食べた記憶があるからだ。
(まったくあの人は……)
 ただのチョコレートならば良かったのだが、双葉はあろうことが自分の弱点をまんまと突かれたチョコという名のお酒――所謂ウィスキーボンボンを食べさせられてしまった。
 そうして寝入ってしまったような記憶が遠くにあるからだ。
 簡単に言えば、酒を食べさせられて眠らされてしまった。
 などという1行で終らせられる状況ではあったのだが、それで終らせてしまうのは些か釈然としなかっただけのことである。
 しかし今のところ夢から覚める方法や手段、切欠もないのか“現実での自分”が起きるという気配がなくて、逆にこの夢がドンドンと真実のような錯覚さえ生まれてくる。
 まるで、実体のままこの場所に立ってしまったかのような。
 だが夢ならばいつかは覚めるはず、それが任意であろうとも故意であろうとも。ならば、目が覚めるまでこの場所を散策なり、楽しむなりしてしまったほうが有意義な時間を過ごせるのではないか。と、双葉が真面目にも思考を巡らしているときだった。
「え?」
 浴衣の少年が一人、こちらを見て小さく呟く。
「他にも人が居たのですね」
 双葉は少年の登場に小さな安堵の息を漏らす。
 なぜならこの場所に降り立ったあの一瞬のような邂逅っきり、彼は姿を消し、この場所には双葉だけが残されてしまったから。
 双葉は微笑を浮かべ、ゆっくりと少年へと近づく。
 しかし、ふと、足が止まった。

 この状況。似たような事が、前にも無かっただろうか。

 人が居ない。
 そんな中で出会った浴衣の少年。
 あれは―――
 困惑の色を顔に浮かべ、口元を押さえる。
 何か、心に何か引っかかる感覚。
 少年はただじっと双葉を見つめ、つぃっと視線をそらせると反対側へと駆け出す。
「…っ!」
 少年が駆け出したげたの音に、双葉ははっと我を取り戻すと、少年を追いかけるように走り出す。
「待ってください!」
 彼は。
 あなたは。
 桜吹雪が行く手を阻む。
 それでも、大人と子供の足の速さの違いからか、双葉の手が少年の腕を掴んだ。
「あなたは……」
 思いのほか息を切らせてしまった双葉に対して、少年は平生としたままだ。
 少年は無言のまま振り返る。
「どうして追いかけて来たの?」
 僕が、逃げたから?
「違い…ます」
 逃げるから追いかける。そんな単純な理由じゃなくて、もっと何かあるはずなのに、それが喉元まで出掛かって止まってしまったかのような不快感。
 そんな双葉の動揺を見越して、尚少年は問いかける。
「じゃぁ何故?」
 明確な理由は思い出せない。
 双葉は掴んでいた腕を離し、小さく謝り、顔を伏せる。
 その姿を見て、少年はふっと笑顔を浮かべたようだった。
「謝る必要はないよ。それが、普通なんだから」
 その言葉には、覚えているほうがおかしいと言っているようにも受け取ることが出来て、尚更双葉は顔をしかめる。
 思い出せないことが、申し訳なく、そして歯がゆかった。
「あなたと話したいと思った。これでは、理由になりませんか?」
 追いかけてしまった理由は分からないけれど、今の自分の気持ちなら分かるから。
「うん。どこかで引っかかってるんだね」
 少年は一度瞳を伏せ、すっと手を伸ばしながら笑った。
「久しぶりだね」
 名前を呼ばれ双葉ははっと顔を上げる。
「神時…さん」
 双葉の言葉に、少年―――神時はにっこりと笑う。
 気が着けば、双葉の姿は、あの祭りの時と同じ、10歳ほどに若返っていた。



 双葉は少しだけ照れるように、胸の前で手を合わせて小さくそっと微笑む。
「思い出しました」
 神時を追いかけてしまった理由。
「お礼を言いたかったのです」
「お礼?」
 聞き返した神時に双葉は「はい」と頷いて、神時の瞳を真正面から見つめる。
「お祭りに呼んでもらったお礼を」
 双葉の言葉に神時は一瞬驚きに瞳を大きくする。
 そんな事を言われるなんて思いもしなかったのだ。だって、
「気にしなくていいよ。君達は祭りに呼ばれた理由を知らないのだから」
 それは至極自分勝手で、相手の自由を完全に奪ってしまう。そんな理由だから。
 清々しいまでもにっこりと微笑んだ神時に、
「それでも」
 双葉は小さく首を振り、いつも浮かべている仮面の微笑ではない、本当の笑顔を浮かべる。
「私には子供の頃そういう経験がほとんどありませんでしたから」
 実はすごく楽しかった―――
 それは、子供にまた戻ってしまったからか、それとも心の奥から感じて生まれた笑顔か。
「ありがとうございました」
 ペコリと頭を下げた双葉に、神時は視線を泳がせる。
「君はそれで、良かったのかもしれないけれど―――」
「?」
「いや」
 何でもない。
 言葉の意味が読み取れずに双葉は首を傾げる。しかし、神時はつぃっと視線を逸らしてしまい、それ以上の事は話そうとはしなかった。
 そのまま顔に疑問の色を浮かべたまま視線をそらせた神時を見れば、その表情はどこか硬く、まるで先ほどの言葉は拒絶の意を表していたかのよう。
「楽しかった。か……」
 そして、ふっと息を吐き出すように小さく笑う。
「忘れないで双葉」
「忘れませんよ?」
 むしろ忘れたくない。そう思った。
 だけど、神時はただ自問自答のように言葉を発し、ゆっくりと首をふる。
「君は大人だから、それは出来ない」
 だけどこうしてまた出会う事が出来たら、はっきりと覚えていなくてもいい。気にかけてくれるだけでいいから、心のどこかに置いておいて。
「大人に戻ったら、神時さんの事は覚えていられないのですか?」
 双葉の問いに、神時はゆっくりと、そして大きく頷く。
「たとえ、大人に戻って、神時さんのことをはっきりと覚えてられなくても」
 双葉はぎゅっと胸元を握り締める。
「頂いた気持ちは絶対に忘れません」
 小さな沈黙が2人の間を駆け抜ける。
「双葉に、会えてよかった」
 初めて、神時が花が綻ぶような満面の笑顔を浮かべた。
「おや?」
 双葉を神時の間を飛びぬけた橙色の蝶。
 それを見て、神時はふと立ち上がる。
「橙色の蝶ですね」
 まるで小さな、本当に小さな太陽のような蝶に、そっと双葉は手を伸ばす。
「あ……」
 しかし、蝶はその手を逃れ、ひらひらと飛んでいく。
 双葉の視線は蝶が飛んでいった方向を追いかける。
 神時はそんな双葉の姿を、どこか切なさを含んだ穏やかな笑顔で見つめていた。

 ひらひら。
 ひらひらと、橙色の光を放つ蝶が飛んでいく。
 大群になって飛んでいく様を見つめていると、遠くで名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。



















 タオルケットをかけるべきか、起こすべきか悩み、やはり起こす事にして柊・秋杜は遠慮気味に双葉の肩に手をかけた。珍しく双葉が何かの本を枕にして食堂で転寝していたからだ。
「紅月神父…こんなところで…寝ていたら、風邪を……引いてしまい…ます」
 ふと双葉が寝ている周りに散らばる、何かのお菓子の包み紙を手に取り、そしてまた双葉に向き直る。
 包み紙に残る微かな匂いから、チョコレートのものだと分かったが、その他にも違う匂いがする―――これは、お酒か。
「紅月…神父」
 秋杜はめげずにその肩を揺さぶれば、ゆらりと双葉の頭が持ち上がったことに、ぱぁっと笑顔を浮かべた。
「…あきと、くん?」
 少し上気した頬と、名を呼んだのに虚空を見つめるような視線は、眠気眼なのか、はたまた―――
「あぁ…すいません。食事の準備ですか?」
 双葉は辺りを見回し、ここが食堂だと確認するや、手伝うと口にして双葉は椅子を立ち上がる。しかし、思いのほか身体に残っていたらしいアルコール分に、双葉は足元をふらつかせた。
「だ、大丈夫…ですか?」
 心配そうに覗き込む秋杜を安心させるように、そっとその頭を撫でながら微笑む。
(今日は多めに見ましょう…)
 夢の中で、切ないけれど懐かしいと感じた出会いに生まれた暖かさがまだ胸に残っていたから。
 偶然とはいえ、それを呼ぶ要因の1つとなったであろう彼の悪戯に、今日だけは感謝した。









fin.




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3747/紅月・双葉(こうづき・ふたば)/男性/28歳/神父(元エクソシスト)】

【NPC/神時(かむとき)/男性/?/村人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 胡蝶・泡沫乃夢にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 お久しぶりでございます。一応霹靂祭りに参加したという記憶は大人に戻ると無くなってしまいますので、必然的に若返らせていただきました。実はOPにて呼ばれた理由のヒントが出ているのですが、気付かれませんでしたので呼ばれた理由の解明が謎のままで終っております。申し訳ありません。
 それではまた、双葉様に出会える事を祈って……

PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月17日

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