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『■ケーキショップ赦桜(しゃら)【あい魅せ桜】■ 』
3009

 東京のどこか───アンティークショップ・レンにほど近い場所に、そのケーキショップはあるのだという。
 不思議なことに、初めて訪れて気に入り、もう一度行こうとしても二度とは辿り着けぬという……不思議なケーキショップだ。
 毎日のように催し物があり、子供達にも大の人気だという。
 今は、樹齢何百年という桜の木がイベントホールのような場所にどのような経緯でか植えられており、ケーキも桜に因んだものでたくさんだと聞いた。
 けれど、それは夢かうつつか。

 ───満開を咲き誇っていた桜の木が、とある恋人同士の別れを哀しんで、どうにもできないのだと自信をなくし、精霊が閉じこもってしまってぴたりと咲かなくなってしまった。
 精霊を慰める、この店名物の「ひとつ」である店長が宥めても、どうにもきかないのだと。
<あいがなければさけぬ>
 女のような美しい容姿をした男の桜の精霊は、ただただそう泣くばかり。

 そんな夢を見た。
 そしてその夢を見た者は、
 ───ほどなくして、そのケーキショップに赴くことになる。



■神こぼし■

 いつかひとり みたゆめは
 いつかふたりで みるゆめに



 このケーキショップは人を選ぶのでございます
 人もまた、このケーキショップを選ぶのでございます
 どちらかがどちらかを本当に必要としているのであれば、
 必ずやこのケーキショップに辿り着くことができるでしょう───



 そんな、夢を見た翌日に、清芳と馨は二人でケーキショップを訪れていた。
 なんでも、桜の樹もちゃんとした土に植わっているし、桜のケーキも多数あるということで様々な意味で魅力満載だ。
「でも本当に、それが私達を必要とした理由でしょうか……それとも、私達が必要とした、ということでしょうか……」
 つい深く考えてしまう馨をよそに、清芳のほうはといえばサンタによく似た風貌の人のよさそうな店長に嬉々としてケーキを頼んでいる。
「馨さん、早く」
 その瞳が、きらきらと子供のように輝いている。まったくこの清芳さんは甘いものに目がないのだ。
 くすぐったくなるような気持ちを心地よく思いながら、馨は「はいはい」と愛しい人の元へと歩いていく。
「馨さんは何を頼んだ? 私は桜のチーズケーキだよ」
 お皿にケーキを乗せて持ってくる馨に、清芳は尋ねる。
(あ、違うケーキだ……味見ができる)
 内心そう思っているのをつきあいの長い馨は見透かしていたのだろうか。
「私は桜色の生地に抹茶クリームのロールケーキを希望して、作って頂きました。ここの店長さん、なんでも注文を聞いてくれるうえにお仕事が早いですね」
 微笑んで、馨も席に着く。
「これで桜が咲いていれば風流なんですけれどね」
 そしてふと、時を逆行したかのようにしっかりと蕾に戻ってしまっている見事なまでの桜の樹を見上げる。
「それでもこうして過ごせることだけでも幸せだな」
 清芳は大満足の様子。
 馨は微笑んで、ずっと待っていた清芳と一緒に「いただきます」をした。

 一口ごとに、ケーキが口の中でとろけるように美味しく感じ、気のせいか互いへの愛情まで高まる気がする。

 ただ───そのかわりに、
「ここ……どこだったっけ」
 清芳が、どこかぼんやりした瞳で呟く。
「どこ……でしたか……」
 馨も独り、ぼうっとしたように呟く。

 記憶も一口ごとに、消えていた───まるで、そう……まるで───この桜の樹の蕾のように、時を逆行していた。
 姿まで、変わってきたように思える。
 店内の風景まで。

 清芳は桜色の着物を着た小さな少女に。

 馨は桜色の羽織を羽織った小さな少年に。

 どちらも美しさは変わっていなかったけれど───桜色の視界の中、雑踏の中に二人は、いた。
(誰、だっただろう)
(誰、でしたか)
 互いに互いへの愛情だけしか残っていない。
 これも桜の精の仕業なのか───それすらも二人は覚えていない。
 ただ、ケーキの味だけが舌の上にじんわりとあるだけで。
 二人は雑踏に押されるままに歩き、互いを時折見つめては───再び前を見て、
 気がつけば雑踏を抜けて互いの姿すら見えぬ砂漠の中にいた。
 心細くなって、互いに互いの名を呼ぼうとしても名前すら覚えておらず。
 けぶるような砂埃の視界の中、
 ふと、ぽつんとぼろぼろの小屋を見つけた。

<思い出したいか>

 つと、二人の頭の中に誰かの声。

<思い出したいか───互いの事を、本当に。それは本物の愛か>

 試させてもらおう───

 そんな、声がして。
 砂漠の上には互いの足跡だけが見えた。
 なんと愛おしい足跡だろう。
 何を試させられるというのか。
 これほどまでに、足跡を見るだけで胸焦がれるのに。
「あらあら、それは大変でしたね」
 ふと、そんな二人の耳の中に柔らかな婦人の声が聞こえてきた。
 見ると小屋にはよぼよぼの老人が杖をついて訪れていて、それを見るからに人のよい、穏やかそうな若夫婦が出迎えている。
 二人の視界が、小屋の中へとまた変わる。
 見渡す───少なくとも、お世辞にもいい生活とは言えないであろう事が充分にうかがえた。
「道に迷って、三日も何も食べていないんですって」
「それはお身体にお悪い。今日は私達の結婚記念日なので、とっておきの料理を作ってありましたから幸いです、是非それを食べて下さい」
 恐らくは何日も無理をして働いて食事も切り詰めて、この日のためにこの若夫婦にとってはとても贅沢な、けれど清芳や馨から見れば至ってごく普通の料理が食卓に並べられていた。
 老人は黙って頷き、深くフードをかぶったままがつがつとひとりで平らげてしまう。
 若夫婦は咎めるでもなく、役立てたことが心底嬉しそうに互いに肩を抱き合って微笑みあっている。
(何故───ああ、きっと、愛だけでいいんだ)
 清芳は気付く。
(大切な結婚記念日でも、愛だけでいいのですね───こんな夫婦、いいですね……)
 馨も、気付く。
 そして老人は食べ終わり、一晩そこで眠り───朝が来た。
 老人にベッドを譲って床で直寝した若夫婦はそこに、老人が神の姿に変わるところを見た。
 神は尋ねる。

 お前達の愛がどれだけ深いか、試させて貰った。我を素気無くしなかった礼として、一つだけ願いを叶えよう。さあ、何がいいか言うがいい。

<若夫婦が何を応えるか、お前達に想像がつくか?>

 ほぼ同時に、誰かの声がまた、頭の中に響く。
 清芳は小屋の中を見渡した。誰かの小さな輪郭が見える。愛しい輪郭。
 馨もまた、小屋の中を見渡す。輪郭を見つけ、小さな少女に変わって行くのを見た。愛しい───初めて出会う、少女。
 二人は考える。
 互いに愛し合っている若夫婦。ならば願いは子宝だろうか、それとも金銭だろうか。
(でも、……いなくなるのが一番つらい)
 清芳は思う。
(離れられたら……不安になりましょう)
 馨は思う。
 気がつけば、二人とも声をそろえて応えていた。
「「互いが離れない願い」」
 若夫婦のほうには、清芳と馨の声は聞こえないようだ。姿も無論、見えてはいない。
 ただ神だったということに驚き、そして互いを見つめあい───微笑んで。
 こちらも声をそろえて、願いを言った。
「人の死だけはままなりません。私達は、お互いが離れてしまう事が一番つらいのです。
 願いをかなえてくださるのでしたら、私達の願い事はただ一つ。
 どうか、死ぬ瞬間は一瞬たりとも違わぬようにしてください」

 ───だって、
      遺すほうも、遺されるほうも、つらいから。

<……いいだろう>

 それは神の声か、「誰か」の声か。
 区別がつかぬまま、清芳と馨の頭がまた、霞がかってゆく。

 風景は再び逆行するように、目まぐるしく巻き戻り───ケーキショップの店内に、少女の清芳と少年の馨は、いた。
 それも次第に姿を取り戻して───記憶も取り戻して。
 桜の樹の前に、二人は立っていた。
 ふと見ると、座っていたテーブルも食べかけのケーキも、少し離れたところに鎮座している。
「時々、馨さんがいなくなるんじゃないか、なんて考えるよ」
 清芳が口を開く。
 なんといっても自分は我侭だし照れ屋だし、あまりにも何にもしていない。
 でも、ちゃんと心の中では色々と考えていた。
 今日こそは馨が嬉しいことが出来たらいいな───と。
「好きだけど、」
 清芳の口元が気のせいか戦慄く。
「好きだからこそ難しいことって凄く沢山あるって馨さんから教わった。その分のお礼返しも中々出来ていないけど……いつか、ちゃんとするから。
 待ってて……くれると嬉しい」
 誰かが聞けばぶっきらぼうな言い方だと思ったかもしれない。
 けれど馨には、嬉しかった。
 微笑み、清芳の頬を撫でながら囁く───片手を清芳の手と繋ぎ、もう片方の手を樹にそえながら。
「私もね、いつか清芳さんが私から離れてしまうのではないかと、時折不安になりますよ。意地悪だとよく言われていますし、喧嘩だってしますしね。
 ですが……貴女が意地を張ったり打ち解けてくれたり、そんなありのままの姿を見せてくれるたび、例えようもない幸福に包まれる。
 この気持ちをうまく言葉にかえられず、貴女にも不安な思いをさせているのかもしれませんが───傍にいてくれるだけで嬉しいことなのです」
 そうして、そっと繋いだ手にくちづけ再度微笑む。
 清芳はこんな時、どう言ったらいいのか分からない。それでも嬉しさで胸がいっぱいだった。ただ、ぎゅっと、口付けられた手を強く握り返す。
 ふと、何かに気付いた。
「じっとして───」
 馨の頬に、睫毛。手を伸ばして取った瞬間、馨は優しく清芳を抱きしめる。
 ぱあぁと明るく桜が一斉に花開き、花吹雪が店内を踊った。

<互いを忘れても心だけは忘却せぬほど想い合い、若夫婦のような本物の愛を分かっていた───我はまた、咲くことが出来た>

 桜の樹から、そんな声が聞こえる。
 けれど、ケーキよりも甘いひとときを送っている二人には、気付いたかどうか。
 今はただ、互いの存在を確かめることだけが、ただひたすらに───大事に思えて仕方がなかった。

 あいを魅せてくれたから───

 店内では暫く、桜色の空間が神のこぼした涙のように、尽きることはなかった。



《完》
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3010/清芳 (さやか)/20歳/女性/異界職
3009/馨 (カオル)/25歳/男性/地術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、清芳さん、馨二人作品ということで書かせて頂きました。お二人とも初めまして、ですね。
少し思いついたこともあり、昔どこかで聞いた「昔話」(若夫婦のくだり)を少し捩って、それに絡めてお二人がお互いにどれだけ必要としているかを書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は少しでもそれを入れる事が出来て、とても感謝しております。
たまにはこんなまったりとしたノベルもいいなと実感しつつ。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2006/05/15 Makito Touko
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2006年05月15日

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