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『泰山府君、冥土喫茶に参る 』
泰山府君・―3415

■出現
 さる神社の本殿にて御神刀として奉られているのは、その昔、冥府の神が所有していたという退魔宝刀『泰山』。
 その中に住まうのは、道教では閻魔大王と称されている冥府の神と同じ名を持つ退魔宝刀守護神、泰山府君・―(たいざんふくん・―)であった。
 泰山府君は、誰もいないことを気配で確認した後、退魔宝刀からこっそりと抜け出した。抜け出す、というよりは、煙が立ち込めるかのようにすぅっと現れるのだが。
 御神刀の前に立っていたのは、中華風の衣装に簡易な甲冑を身に纏い、額に輝く蒼色の宝玉を埋め込んだ長い黒髪を白い房紐で束ねた凛々しい青年武将であった。正確には、女性なのだが。
「ふぅ…外の空気は久方振りだ」
 思いっきり背伸びをし、泰山府君は久々に羽を伸ばして行動できることを身体全体で感じた。
「刀の中は退屈であった。今日はどこに参ろう」
 念のために辺りを確認してから、本殿を通り抜け、泰山府君はそっと出かけることに。
 
 ―我は陰から主を守る存在。それ故、我の姿を見られてはならぬ

 陰ながら庇護するのが退魔宝刀のお役目。そのお役目を疎かにするわけにはいかない。
 人間界を自由に行き来できる身分になったにも関わらず、泰山府君は常にそのことに常に気を遣っていた。

■秋葉原
 抜け出して、自由気ままに散歩に来たのはいいが、ここは何処なのだろうと首を傾げる泰山府君。
 彼女がたどり着いたのは秋葉原だった。
 秋葉原。そこは電化製品、パソコンショップで賑わうビル街だ。
 そういう中、店の前では、シャツの上に法被を着て、メガホンで商品の売り込みをしている男性店員や、メイドのコスプレをしてポケットティッシュを配っている女性達、電化製品やパソコンソフトを買いに求める買い物客や、観光客で大賑わいである。
 泰山府君曰く、『派手な装飾をされている細長い箱達がが街中にそびえ立ち、商人達が賑わっている市場』。
 折角来たのだから色々見て歩こうと歩いていると、すれ違った男達の会話が聞こえた。彼等は秋葉原で目立っているようで目立たない「オタク」と称される存在だ。
 オタク達とすれ違った後、泰山府君にとって意味不明な会話を聞いた。聞き取れたのは、あそこのメイド喫茶、良かったよなと彼等の声が二重音声になった部分だけだったが。

 ―めいどきっさ? きっさとは茶店のことであったな。このような処にも冥土があるというのか

「貴様等、どの場所は何処にあるのだ? 我に教えてくれ! 頼む! 我は“めいどきっさ”とやらに行きたいのだ!」
 気になった泰山府君は先程すれ違ったオタク二人を強引にひき止め、彼等のデン! と腕組みをして立ち構えていた。
 化身とはいえ、神であるが故その威圧感はただならぬものである。
 それに圧倒された彼等は、は、はいぃ! と情けない声をあげ、身振り手振りを交えて、これ以上関わりたくない存在である泰山府君に場所を教えた。
「待て、我をそこまで案内せい。貴様等の説明だけではわからぬ」
 用件を済ませた、駆け足でその場を去ろうとしているオタク二人をすかさず呼び止める。
「ああ、胸が高鳴るぞ。“めいどきっさ”とやらが如何なる場所か楽しみだ」
 一人、恍惚感に酔いしれる泰山府君。
 彼女の周りは、オタクと似たような一種独特の気が漂っていたのか、誰も近寄らない、いや、近寄れなかった。運悪く捕まってしまったオタク二人を除いては。

■冥土喫茶
「ここが“めいどきっさ”のある場所か」
 オタク二人に連れられ、もとい、案内をさせメイド喫茶のあるビルに来た泰山府君。
 目指す場所はビルの7階にあった。エレベーターでしか行けないとのことなので、訝しげながらも渋々乗ることに。
「この箱は動くのか!? 何と面妖な!」
 エレベーター初体験の泰山府君は仰天。その一言に何事だと驚く者もいれば、クスクス笑う者もいた。そんな人々の共通点は『泰山府君は変わり者』だろう。

 7階に着くと、泰山府君はスタスタとはいかず、ややフラフラな足取りでメイド喫茶に向った。足場が安定していないせいである。
「足がふらつく…我慢せねば。“めいどきっさ”はすぐそこだ」
 ぱっと見は普通の喫茶店と何も変わらないが、それは外見だけ。
「中に入ってみよう。あの者達が喜んでおったということは、ここは楽しい処なのだろう」
 意気揚々と入店する泰山府君を出迎えたのは、ミニスカートの服を身に纏った女性達だった。
 そして、おかえりなさいませ! ご主人様♪ と声を揃え、泰山府君をお出迎え。

 ―な、何たる服装だ!

「ご、ご主人様? おかえりなさいませ? ここでは皆、ご主人様と呼ばれ、出迎えてくれるのか?」
 メイド達は一瞬、はぁ?という表情をしていたが、メイド服の一人が、男の人はご主人様と呼ぶんですよと営業スマイルで答えた。
「わ、我は女なのだが…」
 泰山府君の一言にえぇ!? と驚くメイド一同。
 慌てて、おかえりなさいませ!お嬢様♪ に挨拶を切り替える。どちらにしても、気分の良い呼ばれ方ではない。
 もうどうでも良い、と疲れ気味の泰山府君を席に案内するメイド。その間、男性客達の冷たく、痛い視線を感じたが、「我は何もしておらぬぞ」と全く気にしていないご様子。どうやら、彼女はここの一番人気のメイドらしい。
  
■摩訶不思議
 こちらのお席にどうぞ、と席を勧められ、メイドから受け取ったメニューを手に取り、何を頼もうかと考えているとカップルの客が来た。
 おかえりなさいませ! ご主人様♪ には慣れたものの、次の句に驚いた。
 おかえりなさいませ! お嬢様♪

 ―ここでは女人は皆『お嬢様』なのか!?
  ここでは見ず知らずの者、誰も彼もが「ご主人様」に「お嬢様」なのだな。ひとつ、人間界の良い勉強になった
 
 自分の知らない冥土世界を知り、驚くばかりの泰山府君。
 気分直しに何かを頼もうかとメニューを見ると、そこも泰山府君の知らないファンシーな世界であった。
「ぷりん・あら・萌…これは何と読めばいいのだ? う…うさぴょん? くまたん? このような可愛らしい名前の食べ物を出すのか、この店は!」
 お世辞にも可愛いものが似合う、と言えない泰山府君は更に仰天した。
 辺りを見ると、道案内をさせたオタク達と同類と思われる男性客がメイド達とプリクラを撮ったり、オセロをしたり、萌え萌えジャンケンをしたりと楽しんでる光景が。
 ここは我が思っていた冥土とは全然違うと思うと、自分が情けなくなり、“めいど”という女人達と戯れている処だということにカルチャーショックを受けた。

 ―だ、駄目だ。我にはついていけない冥土だ、ここは。わけがわからぬ…。最早、ここは冥土ではない!

 雰囲気についていけず、注文もせず店を去ろうとしたが、そこで間を逃さずメイドの元気の良いご挨拶が。
 行ってらっしゃいませ! ご主人様♪

 どこへ行けと申すのだ! それに私は女だ! と心の中で叫び、韋駄天走りで店を後にする泰山府君であった。
 もう二度と冥土喫茶には行かぬ! と誓いながら。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
氷邑 凍矢 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月15日

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