▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『本のお使い 』
水鏡・雪彼6151)&藍原・和馬(1533)


 なにやらとても忙しそうだと思ったのは、雪彼がお店に遊びに行った時だった。
「何かあったの?」
「揉め事に巻き込まれたみたいなの、助けて欲しいって連絡が入ったから様子を見に行ってくるわ」
 遊びに行くとは話してあったが急な用事が入るのも良くあること。
「また今度にしたほうがいい?」
 忙しいのなら邪魔をしてはいけないと思っての言葉だったが、帰ってきた返事は予想とは少しばかり違っていた。
「お使い頼んでも良い? 手紙を届けて欲しいの」
「うん、落ち使いなら雪彼にもできるわ」
「良かった、お願いね」
 書き終えた手紙を受け取り、雪彼はおみやげを持ってお使いへと向かった。



 一方その頃。
 待ち合わせ場所である骨董品屋『神影』にて時計を見上げつつ、待っていたのは藍原和馬だ。
 そろそろ来ても良い時間だという予想通り扉が開く。
 ここまでの感は当たっていたが、違うのはその相手だ。
「ええと……?」
 小さなお客は骨董品を見に来た訳ではなさそうである。
 なら一体と思う物の、その答えは直ぐに解った。
「おじゃまします、水鏡雪彼です、代わりにお使いに来ました」
 礼儀正しくお辞儀をし、預かってきたという手紙を微笑みながら渡してくれる。
 かかれていた内容は、要約すると以下の通りだ。
 急な用が入っていけなくなった事。
 本来なら調達屋の彼女と一緒に行くはずだった目的地の住所。
 それからお使いに来た少女、雪彼をよろしくと言った事がきれいな字で書かれている。
 事前の情報も加えてもう少し詳しく言うのなら、今回の仕事はとある旧家にある魔道書を持って来る事。
 本その物が欲しいのが調達屋で、本に書かれた完成品をほしがっているのがこの店だ。
 双方の意見が一致して、今回の仕事と為った訳である。
 もう一度手紙に視線を落とす。
 そこにはしっかりと雪彼をよろしくと書かれていた。
 つまりは、そう言うことなのである。
「藍原ちゃん?」
「いや、とにかく行くか……って?」
「よくお話聞いてます」
「そ、そうなのか?」
 一体どんなことを聞いているのだろうか?
 聞きたいような聞きたくないような。
 まあ、悪いことではないだろう。
「……?」
「いや、何でもない。よろしく」
 かわいらしく小首をかしげる少女、雪彼が今回の仕事の同行者と言う訳だ。
 最初こそ驚いたがしっかりしている子である。
 何も心配することはないだろう。
「うん、よろしくね」
 改めて挨拶を交わしてから、二人は目的地へと向かい始めた。




 場所を目的地である旧家へ移し、最初にしたのは家人への挨拶だ。
「水鏡雪彼です、お世話になります」
 持ってきたおみやげを渡すと嬉しそうに受け取ってくれる。
「ありがとう、頂きます」
「本の件、助かります」
「はい、どうぞ、良くいらっしゃいました。別宅の方にあるから持って行ってください」
 元の本の持ち主は旦那さんであったそうだが、数年前に亡くなってからどう扱って良いか解らずに殆どそのままの状態になっていたそうだ。
 それ故に必要としてくれる人が居るのなら、その人の手元にあった方が良いだろと譲り受ける許可をもらったのである。
 軽く会釈をしてセカンドハウスへと向かう。
「本当にそのままだな」
 建物の外壁を眺めてから、借り受けたカギで扉を開き中へと入る。
 雪彼も後に続いて中へと入り明かりを付けようと扉の側の壁へと目をこらし始めた。
「明かりは……」
「今付けるわ」
「おっ、ありがとな」
 簡単に見つけたスイッチへと手を伸ばし明かりを灯す。
 チカチカという音と共に部屋の中が明るく照らされた。
 部屋の中に並べられた本棚の数々。
 書斎として使用していたのだろう、奥の方にしっかりとした作りの机と椅子が置かれている。
 時折掃除はしてあるようで、埃がたまっていなかったことは救いなのだろう。
「探すの大変そうね」
「予想外に多いな」
 小さな書庫と言える程の蔵書の中から、一冊の本を探し出さなければならないのだ。
 相当の収集家であったようで小さな図書館程度の量がある。
「がんばろ、藍原ちゃん」
「俺はこっちから探すから」
「雪彼はこっちね」
 幸いにして本のタイトルだけは解っているのだ、時間は掛かるだろうが見つけ出すことは可能だろう。
「上の方は危ないから、無理はしないようにな」
「うん、ありがとう」
 立っているだけでは何も終わらないと手分けをして目的の本を探し始める。
 タイトルが背表紙に書いてある本は、棚から出すまでもない。
 一つの本棚をざっと調べ、タイトルが解るものはそのままに。
 背表紙のない薄い本は何冊かずつに別けて取り出し、一冊ずつタイトルを照らし合わせていく。
 うっかり中を読み初めてしまわない様に気をつければいいのだから、作業は順調に進んで行った。
 この調子なら遅くても夕方までには帰ることも出来るだろう。
 半分程探し終えた頃。
 入り口の戸がノックされた後、家主のおばあさんが飲み物とお茶菓子が乗ったお盆を持って入ってくる。
「探すの大変でしょう、どうぞ一休みしてくださいな」
「あっ、すみません」
 気付けば一時間も経っていた。
 返って気を遣わせてしまったと軽く会釈する和馬。
「お気になさらず、おみやげのケーキがとてもおいしかったから嬉しくて」
「ありがとうございます」
 ふわりと微笑み返しながら丁寧にお礼を言う雪彼。
せっかくのご厚意だ、ありがたく受け取ることにしよう。
 残り半分。
 本探しの手を止め、お茶を飲みながら一休みをする。
 小さく切り別けたカステラを口へと、運ぶと程よい甘さが口の中に広がる。
「おいしい」
「良かった、沢山あるから」
 会話をしている雪彼とおばあさんの側で、誰に言うともなく和馬が独りごちた。
「……おいしい差し入れだけなのが幸せだって言うのは、俺だけだろうな」
「……?」
 話を聞いているが、呟いた言葉の意味までは知らない雪彼は首をかしげるばかりだった。




 休憩も終わり本探しを再開する。
 残りは半分。
 もう何時見つかってもおかしくない。
 そう思いつつ探して居る内に残りは三分の一。
「見つからないね」
「どこかにはある筈……」
 他の誰かに渡したと言う事はない。
 集めた本は全てこの中にあると言う話も聞いている。
 確かにこの家、この別宅のどこかにある筈なのだ。
 考えながらもしっかりと手は動かしている内に、残す本棚はあと一つ。
「ここ?」
「うーん、とにかく探そう」
「そうね」
 上と下に分かれて探していくが、二人がかりでやるととても早い。
 あっという間に終わってしまった。
「……ないね」
「……無かったな」
 どこかで見落としてしまっていたのだろうか?
 そんな考えが脳裏を過ぎりかける物の、直ぐにそんな事はないだろうと否定する。
 お互いしっかり探しているのを見ているのだ。
「背表紙と中身が違う可能性は……無さそうだな」
「そうよね、本の並べ方から考えるととってもマメな人だと思うの」
 同じ種類。
 同じ大きさ。
 古い本は丁寧に補修されている。
 更には別宅を造るほどに本を大切にしているのだ。
 例え何かがあって隠そうとしたとしても、表紙と中身を入れ替えたりはしないだろう。
「本棚はこれだけよね」
「部屋もここだけだし」
 もう一度探すべきだろうか?
 何しろ見つからないのではどうにもならないのだ。
 再度がんばろうと立ち上がりかけた雪彼は、何か小さな音が聞こえた気がして振り返る。
「………?」
 視線の先にあるのは机と椅子。
 何も音がするような原因は無いのだが、ちょっとした違和感に気付く。
 この部屋の中にあるのは本棚だけではない。
 それに気付いた時に、もう一度コトンと言う音が聞こえた。
「どうした……あ」
 同じく気付いたらしい和馬も視線を机の方へと移す。
 ここの部屋は元の持ち主の死後そのままになっていると言った。
 時折掃除はしているが、それは埃をはらったり床を拭いたりに限られる。
 一人で本棚を動かしたり、ましてや机を移動したりは出来ない。
「見てみるか」
「うん」
 引き出しのある方へと回り込む。
「開けても良いか聞いた方が良いかな?」
 今は居ない人だからこそ、勝手に開けるのは気が引ける。
 中に何かはいっているか解らない以上、一緒に居てもらった方が良いと考えたのだが。
「どうやらその必要は無いみたいだ」
 机の下にしゃがみ込み下へと手を伸ばす。
 きっと、何かの拍子で机の下へと潜り込んでしまい、取れないままに為ってしまったのだ。
 僅かに見えた本の端を持って引っ張り出す。
 埃にまみれたその本こそが、探していた魔道書だ。
「あった!」
「よかったぁ」
 正直なところ、もう一度あの本棚を探すのは大変だと思っていたのである。
 こうして見つかって本当に良かった。
「でも良く気付いたな」
「なにか音が聞こえた気がして」
「音?」
 不思議そうな顔の和馬に雪彼も同じ様な表情をする。
「コトンって音が二回、聞こえなかった?」
「いや、何も? 耳には自信があるから、二回もなったら気付くし」
「え? さっき藍原ちゃんも気付いたと思ったけど……あれ?」
「いや? 机の方に何かあると思って……え?」
 そこで一度会話が途切れ、机の方に視線を動かす。
 その後に本の方へ。
「……見つけて欲しかったのかな?」
「そうかもな」
 だとしたら、誰もが思っていた以上に、本好きな人だったに違いない。
 とにかく目的は果たした。
 少し意外な出来事はあった物の本は無事発見。
「おばあさんにお礼言ってから帰ろう」
「そうだな、お疲れ様」
 本を届けて今回の仕事は完了だ。
 丁寧に本を鞄に収納し、部屋を後にしようとしたその時。
 コトン。
「………」
「………」
 今度こそはっきり聞こえた音に、雪彼と和馬の二人は顔を見合わせる。
「本、ありがとうございました」
「おじゃましました」
 もしかしたらそこにいるかも知れない持ち主へと軽く頭を下げ、今度こそ部屋を後にした。





 

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.