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『綿毛の夢 』
メラリーザ・クライツ3271)&朝霧・乱蔵(3272)


 突然強い風が目の前を吹き抜けて、メラリーザ・クライツの腰まである長い髪が激しく乱れた。

「わぁ〜」

 ついこの前まで辺り一面を黄色一色に染め上げていたタンポポの花がいつの間にか綿毛で真っ白になっている。
 さっきの強い風で舞い上がった綿毛にしばらく目を奪われていたメラリーザは、ふと我に返りパタパタと足音をさせてその場を後にした。


■■■■■


 ある話を聞いたメラリーザはとるものもとりあえず、急いで故郷へ向かいとんぼ返りで戻ってきた。

 眩しい新緑の森に囲まれ色とりどりの花が生い茂る水辺。
 懐かしい故郷でも1番大好きだったあの場所。
 目を閉じれば瞼の裏に浮かぶ景色。
 そう、景色だけではなく匂いも、音も全て覚えている。五感の全てがそれを記憶している。

 でも、そんな五感の全てで覚えている懐かしい大切な思い出も、あの人のことを思えば一瞬で塗り替えられてしまうことを今のメラリーザは知っていた。

「乱蔵ちゃ〜ん?」

 おじゃましま〜すと小さく呟いて、勝手知ったる人の家に上がり故郷から持ち帰ってきた水を入れた水筒に市場で買いこんで来た食料の入った紙袋を置いて、メラリーザはそっとこの家の家主である朝霧乱蔵(あさぎり・らんぞう)の寝室をそっと覗きこむ。
 メラリーザの目に写ったのは、乱蔵がベッドの上で上半身を起こそうとする姿であった。
「乱蔵ちゃん、風邪なのにちゃんと寝てないとだめです」
 普段からどちらかと言えば「おっとり」とか「のんびり」という言葉が似合うメラリーザにしては珍しく素早く乱蔵の元に駆け寄って乱蔵を再び横にさせる。
 しぶしぶ自分の指示に従った乱蔵を見て満足そうに頷いたメラリーザは、
「あ! でも乱ちゃんがちょうど起きてて良かった!」
と言うと、先ほど置いてきた色々な物を取りに行こうと部屋を出て行こうとして不意に足を止めた。
「?」
「乱ちゃん、絶対起きちゃだめだからね」
と、振り向いて大きな目で、メラリーザなりに精一杯怒ったような顔を作って乱蔵を見る。
「あぁ、判ったから」
 乱蔵は小さくため息をつくようにして、ベッドに入ったまま手をぶらぶらさせて追い払うような仕草をする。
「すぐ戻ってくるから〜」
 メラリーザ自身に全く自覚はないようだが、パタパタとペンギンか何かのような足音を立てながら廊下を駆けていった。
 そんなメラリーザの後ろ姿を見ながら、
――あんなに急いぐとアイツ……
と、心の中で思っていた乱蔵の予想は的中したようで、廊下の遥か向こうから、ドシン! と言う何かがぶつかる音や、ガシャーンという何かの破壊音、そして、
「きゃぁ〜」
だの、
「痛ぁい〜」
だの言う声が聞こえて、乱蔵は、
「頼むからあんまり破壊行為はしてくれるなよ」
と届くはずもない言葉を呟いた。

 ベッドサイドまで椅子を持ってきて林檎をむいていたメラリーザが乱蔵に林檎の乗った皿を渡す。
 最初、メラリーザは自分が食べさせてあげるから大人しく寝ていて欲しいと言ったのだが、当然乱蔵が強固に反対したためにとりあえずむいて渡すだけに我慢した。
 おかげで乱蔵はベッドに張り付くようにずっと身体を横たえさせられていたのだが、ようやく上半身を起こす許可が出たので、ベッドヘッドに背中をもたれさせながら渡された皿の上の林檎を見る。
「……小さいな」
「う……そ、そんなことないもん」
 とっさにメラリーザはむいた林檎の皮を隠した。
 赤い赤い皮にはしっかり林檎の果実がいっぱい付いている。
 しかも、最初は林檎のウサギを作ろうとして失敗したという経緯があるので、更に余計に林檎の皮に実が残っているわ、表面はがたがたして不恰好だわでメラリーザはふにゃっと泣きそうな目をする。
 そんなメラリーザを見て、乱蔵は仕方ないなといわんばかりの顔をして林檎を口に入れた。
「見た目は味に関係ねーよ」
 決して『美味い』と口には出さなかったが、乱蔵は黙々とその不恰好な林檎を次々と食べる。
 そんな口には出さない乱蔵の不器用な優しさが嬉しくて、メラリーザはさっきとは違い満面笑顔を浮かべていた。
「あ、私、栄養を取らなきゃだから途中で市場に寄って……果物と、あとそれから――故郷に戻って病気によく聞くお水と薬草を貰ってきたの」
 肝心なものを忘れるところだったと、メラリーザは何かの葉を煎じた、見るからに苦そうな粉末と水を注いだコップを渡した。
 一瞬、乱蔵は躊躇うがメラリーザにじっと凝視されて覚悟を決めて緑の粉末を口に放り水でそれを咽喉へと流す。
「これで寝て起きたらきっと治るから〜」
 そう言うとメラリーザはまた乱蔵をベッドへ押し込んだ。


■■■■■


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい乱蔵が目を覚ましたのは太陽が随分と低くなった頃だった。
 病み上がりの割りに頭はすっきりとしている。
 どうやら熱は下がったらしいなと起き上がろうとした乱蔵は足元に不自然な重みを感じ目をやった。
「重いぞ……」
 目をやると、慣れない看病に張り切りすぎて疲れたらしいメラリーザが乱蔵の膝に頭を乗せて転寝をしてしまっている。
「メラコ、そんなところで寝てると風邪ひくぞ」
 そう言って身体を揺すってもメラリーザは起きる気配はなかった。
 それどころか、服の上から触れたメラリーザの体温が妙に温かい。温かいというか寧ろ―――
 乱蔵が触れたメラリーザの額はとても熱かった。
 乱蔵は腹立たしげに小さく舌打ちをする。
 腹を立てているのは、よりによってメラリーザに風邪をうつしてしまった自分にたいしてか、もしくは風邪の菌にたいしてだ。
 メラリーザを起こさないように静々とベッドを抜け出した乱蔵は少し苦しそうに浅い息をついているメラリーザを抱いて客間へ連れて行きベッドにゆっくりと降ろした。
「ん?」
 メラリーザの髪に付いている綿毛に気付き、その綿毛をそっと乱蔵が摘んだその時だった。
「乱ちゃん――」
「?」
「……大好き」
 熱を出して苦しいだろうに、メラリーザは口元にはうっすら笑みまで浮かべている。

「何言ってんだ、バーカ」

 言いながらも乱蔵の耳は真っ赤に染まっていた
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遠野藍子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年05月11日

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