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『夜桜夢現、あなたがそこに 』
葛城・ともえ4170
●夢現
 夢を……見ていた。
 周囲の風景はぼんやりとしていて、よくは分からない。けれども、何となく屋外であろうことは感じられた。それは淡い桜色混じりな、深く蒼い夜の光景。
 自分の前に、男が1人立っている。その男のことはよく……よーく知っていた。探偵・草間武彦――自分の、憧れの人だから。
 向かい合って立っている自分と草間。表情ははっきりしないが、不意に草間の口が動いたような気がした。どうやら自分に何か語りかけているらしい。だけど、口の動きは言葉とならない。自分の耳に、草間の声はまるで届いてこない。
 でも、感じ取っていた。何か、大切なことを自分に伝えているのだと。ただ、それが何だか分からないのが、とてももどかしく思われた。
 次の瞬間――世界は一変した。
「あ……れ……?」
 見慣れた寮の自室の天井が、そこにはあった。葛城ともえ、春の日の目覚めである。
(……夢……?)
 ぼんやりとした頭でそんなことを思いながら、ゆっくりと上体を起こすともえ。休みだからと寝過ぎたせいだろうか、身体が少し重たく感じられた。
(どうしてあんな夢を見たんだろ……)
 ともえは何気なく頬に右手を当てた。中指に、水滴の感触があった。
(えっ?)
 そのまま目の下を擦り、まじまじと指先を見つめるともえ。中指と薬指が、濡れていた。
「涙……だよね、これ?」
 でも、どうして涙を流していたんだろう。原因があるとすれば今の夢しか思い当たらないが、そもそもどういう内容であるのかが抜け落ちてしまっている。
(あたし……草間さんに何言われたんだろう……)
 そんな妙な夢見のせいで、ともえは1日中もやもやとした気持ちを抱えることとなってしまった。おかげで何をするにも身が入らない始末。
 草間からともえに連絡があったのは、その日の夜遅くのことであった。

●夜桜
 呼び出されたのは、神聖都学園から少し離れた小さな公園。ともえの普段の行動範囲とは多少ずれた所にある公園だった。
「えっと……草間さーん?」
 小走りで公園に現れたともえは、息を整えながら草間の姿を探した。すると――。
「呼んだか」
「きゃっ!」
 突然後方から草間の声が聞こえたではないか。どきっとなるともえ。身体がびくっと反応していた。
「も……もうっ、驚かせないでくださいっ!」
 くるり振り返り、ともえが草間を叱る。頬がぷうっと若干膨らんでいたのは、決して気のせいなんかではないだろう。
「……驚かせるつもりはなかったんだけどな。すまなかった」
 素直に謝る草間。その表情にともえは違和感を感じた。
(あれっ?)
 いつもの草間だったら、苦笑しながら今の言葉を口にしていたことだろう。しかし今ともえの前に居る草間は、何だか神妙な雰囲気に見える。
(……ま、いっか)
 憧れの人とはいえ、草間も普通の人間である。そういう日もたまにはあるに違いない。それより、何で草間が自分を呼び出したのかだ。
「もういいです、謝ってくれましたから。それで、あたしに見せたい物って何ですか?」
 ともえは『見せたい物がある』と草間に言われてこの公園に呼び出されたのだ。
「あれだ」
 と言って、草間は公園の奥を指差した。振り向いたともえは、一目見るなり感嘆の声を発した。
「わあ……」
 視線の先には桜が咲いていた。他の場所では見頃も過ぎつつあったが、目の前の桜はまさに今が見頃という咲き具合。それが頭上のおぼろな月明かりに照らされて、何とも言えない味を醸し出していた。
「たまには夜桜見物もいいだろうと思ってな」
「はい、いいですね! 綺麗な桜……すごーい」
「ここは穴場なんだぞ。陽当たりの関係だかで、毎年少し咲くのが遅れるんだ。せっかくだ、近くに行って見てみるか?」
「はい」
 ともえがこくんと頷くと、草間はその隣へやってきて一緒に歩き出した。草間から、ほのかにビールの香りがした。
「……草間さん、ちょっと飲んでますか?」
「あー……まあ……ちょっとだけ、な」
 明後日の方を向き、ともえの問いかけに表情も変えず答える草間。その言い方から、きっと1本では済まないだろうとともえは思った。2、3本は飲んできているに違いない。
(草間さんらしいけど)
 ともえはくすっと笑った。

●告白
 間近で見る夜桜は、離れた所から見るのとまた違った趣があった。離れた場所では全体の姿を見て楽しむが、真下と言っていい所で見るとまるで桜に包まれているような楽しさがあった。
「ええと……」
 ともえはきょろきょろと辺りを見回した。公園に居るのは自分と草間の2人だけ。他に誰の姿も見当たらなかった。
「どうした」
「他には誰も来ないんですか?」
 いつもだったら、他に何人かやってきて、一緒にがやがやと騒いだり楽しんだりすることが多い。それを知っているからこそのともえの質問であった。
「……呼んだのはお前だけだぞ?」
「はあ、そうなんですか」
 草間の返答に、ともえは妙な感じがした。
(ここからだとあたしが近いこと思い出して、わざわざ呼んでくれたのかな。だって、こうして外に呼び出されること自体、珍しいことだし……)
 真意はよく分からないが、草間が自分を気にかけてくれていたことをともえは嬉しく感じていた。憧れの人が自分のことを思ってくれた時間があったのだ、嬉しくないはずがない。
「そうだ、喉乾いてないか。何か飲むか? 奢るぞ」
「いいんですか? でも……」
「遠慮するなよ」
「……はい。だったら、草間さんの好きな物でいいです」
「そうか。ちょっと待ってろ」
 草間がそう言ったので、きっと近くの自動販売機に買いに行くのだとともえは思った。視線を頭上に向け、その間は夜桜を楽しもうとした。その直後――ともえの首筋に、ひんやりとした刺激が。
「ひゃぁっ!?」
 慌てて飛ぶように離れて、ともえは草間と向かい合う形で対峙した。
「なっ、何するんですかぁっ!!」
「……無防備だったんで、何となく、な。そこまで驚くとは思わなかった、悪かったな」
 草間が神妙な表情でともえに謝る。手には冷たい缶コーヒーが握られていた。
「全く、もう……」
 怒りながらも缶コーヒーを受け取るともえ。その間ずっと、草間は失敗したなといった表情を浮かべていた。
(……やっぱり変、かも……)
 またまた感じる違和感。こういったちょっとおちゃらけた所が草間にはあることを、ともえはよく分かっている。今日だって、そうだと思う。でも……何と言えばいいのだろう、いつものキレがないとでも言うのか。真面目に振る舞おうとしているのに、ついついおちゃらけてしまう……しかし、やっぱりいつもとどこか違う。そんな感じなのだ。
「草間さん、何か悩んでいることでもあるんですか」
 心配になったともえは、思わずそんな質問を草間に投げかけてみた。まじまじとともえを見つめる草間。
「まあ……そうなのかもしれないな……」
 どうにも歯切れが悪い答えである。
「あ! だからビール飲んだんですねっ?」
「……だろうなあ……」
 溜息を吐いて、草間が素直に認めた。
「ダメですよ。悩みがあるからってすぐ飲んじゃ。ほら、こんなに綺麗な桜がある場所を知っているんですから、これを見て気分転換すれば、悩みなんてすぐどこかへ行っちゃいますよ!」
 ともえは笑いながらそう言って、頭上の夜桜を見上げた。淡い桜色が、自分をすっぽり包み込んでくれるような感じがした。
「だけど、こんなに綺麗だと、来年もまた見たくなっちゃいますね」
 何気なくともえがつぶやいた言葉。それから何10秒経っただろうか、草間の声が聞こえた。
「……メか?」
「はい?」
 草間の方へ向き直るともえ。目の前には、夜桜を背負った草間が自分のことをじっと見つめていた。今まで全く見たこともない、とても真面目な表情で。
「来年だけと言わず……一生、じゃダメか?」
「……え……?」
 今の言葉は――。
「あ、あれ……? そ、その、草間さん……酔って……ます、よ……ね……?」
 ともえは自分の耳を疑った。だからこそ、もう1度確認しなければならない。きちんと、草間に。
「飲む前に考えた言葉だ……って言ったら信じるのか、お前は?」
 大きく息を吐き出し、草間は照れたようにともえから視線を外した。
「じゃ……これ……ひょっとして……プ……プロポー……ズ……?」
「……それで、お前はどうなんだ?」
 その草間の一言で、ともえの視界が一気にぼやけてきた。それは今朝の夢で見たのと、まるで同じ光景。溢れる涙が、その光景を作り出していた。
 ともえの口がゆっくりと動いた。今の質問に対する答えは、たった1つしか存在しないのだから――。

●現夢
 夢を……見ているような気がした。
 周囲の風景はぼんやりとしていて、よくは分からない。でも、夜桜の下、隣に憧れから大切に変わった人が居ることが分かる。
 あなたがそこに居る。もしもこれが夢であるならば、決して覚めてほしくない自分がここに居る。
 しかし、あなたから伝わってくる温もりは確かなもの。
 とてもとても大きな幸せが、ここにある……。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月11日

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