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『彼らの日常 』
也沢・閑6370)&染藤・朔実(6375)

「染藤君、お疲れ。あがっていいよ」
 店長の声に、染藤朔実は満面の笑みでうなずいた。
 コンビニのバイトは、夜の方が時給がいい。夜遅くにレジに入り、酔っ払いやら終電に乗り遅れた若い女性やらの相手をしつつ、やがて夜が明けるのを待つ。そろそろあくびをかみ殺すのも面倒になってきたころに、時間が来る。
「じゃ、上がりま〜す」
 事務所に入り服を着替え、その場で寝てしまいそうになるのを、頬を叩いて阻止する。
「――あ、そのサラダとか、もらっていってもいいですか? もう廃棄になりますよね」
「ん、そうだねえ……いいよ、もって行きなさい」
 廃棄とは、賞味期限を過ぎた弁当などのことだ。その名のとおり、規則によれば捨てなければいけないものなのだが、はっきりいってもったいない。賞味期限をたかだか1時間2時間過ぎたところでカビが生えるわけでもなし、すぐに食べてしまえば全く問題ないのだ。彼の食費はこのおかげでかなり浮いていた。
 サラダとおにぎりをもらい、朔実は家へと向かった。


 小奇麗なマンションは、オートロック式で、住人の許可を得るか、鍵を持っていなければ入れない。
 エレベータをあがり、そっと部屋のドアを開ける。案の定、カーテンもしまっている室内は中は真っ暗だ。
「たっだいま〜」
 あまり小声にせず言うと、まずはリビングのカーテンを開けた。それから、ちらりとドアを見やる。
 自分を置いてくれている同居人。おそらく今頃は夢の真っ最中のはずだ。
「でも、今日は午前中に仕事あるって言ってたしな」
 うんうんとうなずくと、朔実はそのドアを開けた。
 ベッドの上には、猫のように背中を丸めて寝ている一人の男。目を閉じていても分かる、端整な顔だち。ウェーブのかかった髪も、彼の猫のような印象を強めていた。普段の生活ではなかなか顔を合わせる機会がないのに、妙によく顔を見るのは、彼の職業ゆえであろう。
 朔実はゆっくり息を吸い、そして、
「閑く〜ん、朝だぞ〜っ」
 部屋のカーテンを一気に開けた。朝の光がさんざめき、ベッドの中の閑が「ん……」と声を上げた。けれどまだおきようとはしない。
「今日って仕事なんだろ?」
 ゆさゆさとその身体をゆする。今度は効果があったようだ。うっすらと目が開かれ、黒曜石の瞳が朔実を捕らえる。
「……おはよう、朔実」
「おはよ。ほらほら起きて、なんだっけ、人間起きてから2時間くらい経たないと頭が働かないんだろ。今日午前中から仕事だって言ってたし……」
 誰かから聞きかじったらしい朔実の豆知識に、閑はくすっと笑うとベッドから降りた。起きてしまえば目覚めはいいのだ。閑が起きたことを確認すると、朔実は反射的にあくびをかみ殺す。
「――じゃあ、俺は寝るから」
「うん、おやすみ」
 閑と入れ違いに、朔実は夢の世界へと落ちていく。


 ソファの上で寝てしまった彼の傍らで手早く食事を済ませ――サラダがすでに用意してあったことで、料理の手間が大分省けた――閑は家を出た。
 マネージャーが階下で待っている。
「今日は、例の少女向け雑誌のインタビューです。それから、それに伴う写真撮影。付録にポスターもつけるそうなので、それも一緒に撮影しますね。あと、連絡事項は――」
 手帳に書かれたスケジュールを読んでくれるマネージャーだ。
「今日の仕事が終わるのって、7時ごろでいいんだよね?」
「はい。――何か予定でも?」
「ううん、こっちの話」
 閑は返事の代わりににっこりと微笑んで会話を終了した。


「ん……あぁ、よく寝た、ッと……」
 朔実が起きだしたのは、日も高く上がったころだった。部屋には閑の気配はない。分かりきったはずのことだが、つい確認してしまう。
 コンビニでもらってきたおにぎりを食べるのもそこそこに、朔実は家を出た。
 向かった先は、この界隈では最大の品揃えを誇るCDショップだ。視聴もできるので重宝している店の一つである。
「んっ、この曲いいな」
 店内に流れるノリの良い海外のポップスに、朔実の体が自然に揺れる。ダンスに音楽は欠かせないものだ。いい音楽は、自然と体が動く。踊ろうと思わなくても、音が身体を動かしてくれる。今流れている音楽は、ちょうどそんなパワーを持っている。
「お金たまったら、買おうっと」
 ケータイを出して、タイトルをメモしておく。給料日前なので、下手に大きな買い物ができないのが現状なのだ。だから、今日はほぼウィンドーショッピングである。
 CDショップを出て、次に向かうのはレンタルビデオショップであった。ここでもやはり眺めるだけだ。ずっとみたかったSF映画がようやくレンタルされたが、まだ新作なので手が届かない。
 時間をつぶすのもなかなか大変だ。
 次にどこに行こうかと考えていたら、声をかけられた。一瞬警戒するが、相手の顔に見覚えがある。いつもの人懐っこい笑みに戻った。
「朔実じゃん、何やってんの〜、こんなトコで」
「何やろうか考えてたトコっ。ちょうど良かった、どこに行くところ?」
 声をかけてきたのは、ダンス仲間の男たちだった。タイミングのよさを神様に感謝だ。
「俺らはゲーセンに行こうと思ってたんだけど。音ゲー対決。来るか?」
「うん、金ないけどっ」
「貸さなくていいなら、いいぜ」
「うん、もちろん」
 交渉成立だ。
 それから数時間、朔実と友人たちはゲーセンに入り浸り、音ゲーだけでは飽き足らずクレーンゲームでも大いに白熱したのであった。


「閑さん、視線こっちにください、――はい、ありがとうございます」
 カメラマンの指示にあわせて、あちこちを向いてポーズをとる。今日は雑誌の取材の仕事なのだ。今は、記事と一緒に載せる写真の撮影である。
「本当に、ユニセックスな色気があるよねぇ」
 写真家の男がしみじみと感想を述べる。閑のそういう部分が、今回の役柄の抜擢に関係しているのだろう。
 閑はふと先ほどまでやっていたインタビューを思い出した。
『今回の舞台では、閑さんは「天女」という役どころだそうですが、その役についてどう思われますか? ――男性なのに、そういった役を任されたことについて、と言いますか……』
『そうですね、とてもやりがいは感じています。天女は、女性とはいえ浮世離れした迫力が必要なのではないかと考えているので、そういった部分の表現を試されているんじゃないかな、と』
『天女と言えば、人間に幸せをもたらすというイメージですが、閑さんに天女はいらっしゃいますか?』
 インタビュアーの女性が、随分とプライベートに踏み込んだ質問をした。閑はにっこり笑って、
『そうですね……天女、は今のところ現れていません。僕も相手も忙しくて、すれ違っているのかもしれませんけれど』
 多忙なので、恋人を作る暇がない、と暗に告げる。――閑としては、もう一つ意味をこめたつもりだが、それはあくまでこのインタビュアーに伝えるつもりはなかった。
 撮影終了予定時刻まで、あと1時間。
 延びたりしないようにと心の中で祈りつつ、その内心をおくびにも出さず撮影に専念する閑である。


「――あ、閑くんッ! すごいじゃん、時間ピッタリ」
 スタジオを出たところにある植え込みの前で、朔実は閑に手を振った。周りに人通りが少ないのが幸いだ。注目されずにすむ。もちろん朔実もそれをわかっていてやっているのだろうが。
「みんな時間に厳しい人たちで助かったよ」
 閑は笑い返し、すぐに訊ねる。
「で、何が食べたい?」
「俺? そうだな、パスタ……も捨てがたいけど、ラーメンもいいかも。肉もいいなぁ……」
「そのリクエストを全部叶えてくれるところというと、あそこかな」
「あそこ?」
 何のことはない、全国チェーンのファミレスだ。
 メニューを見た朔実の目が輝く。
「やった、じゃあ俺、この世界一周定食でッ!」
「僕は卵たっぷりオムライスを」
 思い思いの品を頼み、それらが運ばれてくるまでのんびりとおしゃべりにふける。たまに話がかみ合っていないこともあるがそこはご愛嬌だ。ようは、お互いに居心地がよければいいのだ。
 一日の中で、この時間が一番心地良い。わざわざ口にすることはないが。
 食事を終え、めいめい支払いを済ませると、外に出る。外気との差に思わず身震いする。
 いち早く外の気温に順応した朔実はが、ちらりと時計を見やり、なにやら思い出し笑いだ。
「――じゃ、俺はこれから踊りに行くから」
「そっか、調子はどう?」
「バッチリ。これ以上ないってくらい。閑くんはどうする?」
「俺は帰るよ。夜更かししてられるほど若くないしね」
「まったまたぁ、舞台の上ではスゴイくせして。――じゃあ、おやすみ」
「うん、行ってらっしゃい」



−了−
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2006年05月11日

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