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『桜色の子守唄 』
藤野 羽月1989

「どこかの森で、大きくて綺麗な桜が咲いていて……」
「酒を飲みながら見るにはもってこいのな。桜の花びらがそれは綺麗に光っていて」
「ところが、その木の下には一人の女の子がぽつんと立っているんだ」
「可愛い女の子だろ? 何か探しているらしい。宝物だとか何とか」
「お母さんじゃなかったか、何か迷子になったらしい」
「俺はお父さんだって聞いたぞ」

 それは街角の──ありふれた話だと片付けるには、少々広まりすぎていた噂話。
 いずれにしても、共通しているのは──『桜の木の近くで、桜色の髪の少女が何かを探している』らしいということ。
 親兄弟、友人、ふかふかのクッション、金の鈴の黒猫、てのひらいっぱいの宝石、見たこともない花の種、なくしてしまった御伽噺の本、精霊の歌──……女の子が探しているものは、それこそその『夢』を見た者の数以上に存在していた。

 ──その夢には続きがあるらしい。
 少女が探しているものを見つけることができたなら、その女の子が何でも願いを叶えてくれるのだと。
 ただの尾ひれなのかもしれないし、もしかしたら本当の話なのかもしれない。
 しかしながら、まだ少女が探している『何か』を見つけた者はなく、だから、少女によって願いを叶えられた者もまた、いないのだ。

 まるで桜に包まれたような不思議な夢を見たのは、そんな話を小耳に挟んだ日の夜のこと。

「ねえ、あなたは……わたしが探しているものを見つけてくれる?」
 それは、風に舞う小さな桜の花が運んできた、一つの物語。

*・**…・・

 故郷の情景を思い起こさせるような、場所だった。
 朧月に、瞬く星の宴。花の香を纏う微風に、霞む夜桜。春という季節の中でだけ浸ることの叶う、まほろばの異郷。
 仄かな輝きを抱いて舞う桜の花弁に、羽月はそっと手を伸ばす。
 やわらかな感触。触れても消えることはなく、地面に降り積もったそれらは──さながら光の絨毯のようだった。
「桜の中で漂う、一つの噂か」
 夢幻の織り成す世界──けれど夢ではないと思わせる錯覚。だからこそあんなにも人々の唇を湿らせ、記憶の片隅に容易く根を張ってしまっているのだろう。
 羽月は何かに導かれるように、桜色の道を歩き出した。この世界が噂の『夢』であるのならば、どこかにあるはずの一際大きな桜の木と、その下に佇む少女がいる筈だと、そう考えながら。

*・**…・・

 ──その『桜』を見つけるのは容易かった。同様に、噂の『少女』の姿も。
 じっと桜を見上げている小さな背中は、返らぬ答えを求めているようにも、戻らぬ誰かを待ち続けているようにも見えた。
(泣いている……?)
 何故だか、そんな気がした。だからどう声をかけるべきか思いを巡らせている内に、少女が振り向いて花弁が散った。
「こんばんは!」
 そして、笑顔が咲いた。桜に似た淡い色の瞳に宿っていたようにも見えた憂い──のようなもの──は瞬く間に消え去っていて、まるで降る花に紛れてしまったのではないかとさえ思った。
「貴方が、桜の少女か」
「──わたしのことを、知っているの?」
 ある種の感慨を込めてぽつりと呟いた羽月に、少女は大きく目を瞬かせる。ぱっと身を翻し桜の木の後ろに隠れながら、そうっと覗き込んでくる瞳を、羽月は緩く首を傾げて見つめ返した。
「危害を加えるつもりはないと言って、信じてもらえるだろうか」
「わかるわ。あなたは優しい人。……わたしの探しているものを、見つけてくれる?」
 少女が笑う。そこに怯えや警戒の色はなく、どちらかと言うと好奇に満たされているようだった。
「……ああ、私で良ければ共に探そう。貴方の失った探し物──遠くにある、憧憬を」
 少女はそろりと木の陰から足を踏み出して、再び羽月の前にやって来た。やはり好奇心に満ちた眼差しで、窺うように見上げてくる。
「素敵なことを言うのね。でも、とてもぼんやりとしていて、たくさんあるものだわ。あなたに見つけることができる? ──どんなものを探していると、思う?」
 逆にそう問いかけられて、羽月は少しだけ考え込んだ。ぼんやりとしていて、たくさんあると言ったけれど、少女はそれを肯定も否定もせず、こちらの答えを待っていた。
「貴方にとっての探し物は……そうだな――きっと……『安らぎ』だろう」
「安らぎ?」
 鸚鵡返しの呟きに、ああと頷いてみせる。
「一人で探しても見つからないから戸惑い、見つからないからこそあちらこちらを探す。そこには……心の平穏も安らぎもない、だろう。……あるのは、哀しい心ばかりだ。『安らぎ』は、一人で見つけることは難しい。自分だけの力では、それを『安らぎ』だと認めることができないから。誰かの手を、借りなければ」
 少女はただじっと、紡がれる言葉を待ち受けているようだった。その『答え』──『安らぎ』が与えられる瞬間を、そうと確信して待ち侘びているかのようだった。
「──貴方を迎えに来る人は、いないのか……?」
 これだけの桜は、かつて暮らしていたあの世界でもそうそう見られない。こうやって招かれずとも、見に来る人はいないのだろうか。
 夢の中であるとは言え、例えば酒や肴を持ち寄っての宴など、誂え向きな場面ではないだろうか。率先して名乗りを上げるであろう面々をざっと思い浮べて、羽月は曖昧に口元を濁す。首を傾げた少女に、堪え切れなかった笑みを向けた。彼らがやりそうなことだったら、色々な意味で目が離せない。遠くから見ているだけでも――要は、楽しいのだ。
 一人ではないということ、想いを共有できる時間──
「貴方はどこから来て、どこへ行くのだろう。遠くか、それとも身近にある世界か」
 この少女には、いないのだろうか。共に桜を見、酒や肴を酌み交わす気の置けないような存在――家族や、友人が。
「わたし? ──わたしは、どこにも行かないわ。ここにいるの。ずうっと」
 当たり前のことなのだと、少女は言う。まるでそれ以外の答えなど、用意する必要もないと言っているようで。
 彼女ははたして、どれほどの時をここで一人で過ごしていたのだろうか。
 一人でいることが『寂しい』のだと忘れてしまうくらいの時間を、きっと彼女は、たった一人で過ごしてきたのだろう。

 そうまでして探したかったもの、あるいは、探さなければならなかったもの。
 一番大切な『何か』すら、忘れてしまわなければならなかった少女は――

(だから、泣いているようで)

 一人で、声さえも忘れてしまったのか、それはわからない。けれど、語りかける相手がいなければ、語ることをやめてしまう。
 抱え込むには重すぎたのだろう。かと言って、誰かにそれを渡すこともできなかった。
 桜は咲く花だ。咲いて散り、葉と実をつけた後にはやはりそれらも散って、巡る季節の中で穏やかに眠るのだ。次の春に、また同じように咲くために。眠っている間に、桜自身も夢を見るというのなら、どれほど膨大な瞬間が泡沫のように現れて消えていくというのだろう。

 この夢に訪れた者達に彼女が探してと言ったものは、おそらくはすべて――彼女が本当に欲しているものなのだ。長い夢の中で手に入れたけれど、夢から覚めるために手放さなければならなかったものと、そう考えることもできるだろう。
 どこにも行かない、ずっとここにいると言った少女が、例えばこの桜の化身であるのなら。
 まほろばの異郷たるこの世界は、少女の墓場とも言えるのではないだろうか。少女の母体たる桜の樹はずっと昔に死んでしまって――それを受け入れられないのか、それに気づかないのか、あるいは、少女の意識は生きていたのかもしれない。それだけ、彼女がたくさんの人々に愛されていたということなのだろう。
 人の『想い』はとても強い。死した桜に寄せられたそれらが、少女をつくり上げてしまう奇跡だって、あってもおかしくはないのだろうから。
「覚えている事を、何でもいいから聞かせて欲しい。懐かしく思うものが、誰かの笑顔や言葉が、貴方の心に少しでも残っているのなら」
 忘れ去られて朽ちていくだけの想いを、少しでも受け止めることができるのなら。
 そんなささやかな切っ掛けを散らさずに掴み取ることができた幸運を、何もせずに離してしまわないように。
「例えば、貴方が覚えている歌があるならば、私も共に歌おう。貴方の心が安らかであるように、眠れる、ように」
 少女は少しだけ、何かを考えるように背後の桜を振り返り、そうして穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「……あなたは──知っている?」
 そうして瞳を閉じ、両の手を胸を抱くように握り締めて、小さな口を大きく開いた少女が、緩やかに紡ぎ出した旋律は。
 遠い昔に聴いた事のある、子守唄に似ているような気がして──羽月はそっと目を閉じ、頬を擽る穏やかな風に身を委ねた。

*・**…・・

 ──目覚めれば桜も少女の姿もなく、自分を見下ろしていたのは見慣れた天井で。心地良い微睡みの正体は、よく知るぬくもりだと頭のどこかで答えがある。

 羽月は緩く瞬きをして、握り締められていた手を開いた。
 己の爪よりも小さな桜の花弁が、淡く微笑んだような気がして──目を細める。

 伝えよう。聞かせよう。
 不思議な夢と少女のことを。
 抱いた思いを封じ込めずに形にして、言葉にして、大切な人に教えてあげよう。
 もしかしたらこの広い世界のどこかで、また出逢えるかもしれない奇跡を願おう。

 朝の光に溶けてしまいそうな仄かな輝きが、一瞬、風にいざなわれたかのように現れて消えた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1989/藤野 羽月(とうの うづき)/男性/17歳(実年齢17歳)/傀儡師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして。この度はご指名頂きまして、誠にありがとうございました。
穏やかで丁寧なプレイングに、物語として形にする前から嬉しい気持ちにさせて頂きました。
かえって拙い所ばかりが目立ってしまいまして、申し訳なくも思っております。
櫻の夢の物語のひとつとして、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

羽鳥日陽子 拝
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
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聖獣界ソーン
2006年05月11日

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