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『すみれいろの空 』
ジュディ・マクドガル0923)&ラルフ・マクドガル(1718)

「やあぁ!」「たぁ!」
 威勢のいい可愛らしい声が鍛錬場に響き渡る。
 声の主、まだ十五のジュディ・マクドガルは冒険者の卵だ。
 憧れの父のようになれる事を心底願って止まない。そう、母が亡くなってからは父は自慢のたった一人の肉親なのだった。
 ジュディはこっそり持ち出した父の剣を構え、華麗に型をとっていく。
 さすが父の剣。切れ味は抜群で、結構な重さもある。こんなのに切られたらさぞ痛いだろうな…。
「とぅ!」
 お、決まった。いいぞいいぞ、順調順調。
 まず右足を下げて、左足を伸ばし、右足を上げる。そして一気に切り込む!
「うわ〜我ながら飲み込みいいんだ、あたし☆」
 父の剣という大切な物を扱ってるという高揚感もあった。何だか楽しくてたまらない。でも、次の瞬間―――――――。
 ガシャーン!!
 ものすごい音を立てて剣が床に崩れ落ちた。
「あちゃー…」
 その有様を見て、ジュディは片手で顔を覆った。
 それは鍛錬場に響き渡り、やがて父の耳の知る所となってしまったのだった。
「どうしたジュディ! 何があった!?」
「お、お父さん…」
 すぐさま駆けつけて鍛錬場を覗いた父がまず眼にしたのは、まずい、って顔したジュディと、床に落ちている真剣。何があったのか、すぐに察しがついた。
 父、ラルフ・マクドガルは腕組みをし、息を吸い込んだ。
「あれ程父さんの剣を持ち出しちゃいけないって言っておいたのに。どうして持ち出したんだ」
「……、だって、剣使いたかったんだもん」
「それならまず竹刀できちんとした型を練習しなさい。いきなり真剣は危ないだろ?」
「で、でも竹刀と真剣じゃ全然違うんだよ! 重さだって……」
「剣は、重いか?」
「……うん」
「だから危ないんだ。もし手元が狂えば自分にどんな風に襲ってくるか分からない。武器を持つという事はつまり、そういう事だよ、分かるね」
 そこまで大人しくしていたかのように見えたジュディだが、言われたら何か返さなきゃいけないと強く思い込み、父の諭すような優しさも省みず口に出した。
「で、でもあたし上手なんだから! 始めは型だってばっちりだったし、お父さんが言う程あたし子供じゃないんだから!」
「でもね、向上心は良いが、怪我をしたら元も子もないんだよ」
「でもあたししっかり出来てたもん! 竹刀なんてヤだよダサくて。お父さんの剣がいいー!」
 ラルフは困った顔で娘、ジュディのこねる駄々を見ていた。
「じゃあ、やってみなさい。最初は勿論竹刀でだ」
「は〜い」
 竹刀ぃ〜!? 少し不貞腐れながら、ジュディは真剣から竹刀に持ち替え、構える。
 そして、
「やぁ! とぉ! てい!」
 ダン! 足元が鳴る。ダン、ダダン!
 ラルフは暫くそれを見ていたが、途中でもういいと手を叩き、息をついた。
「まだ全然なってないじゃないか。こんなんじゃ真剣なんて使えないぞ。いいね、分かったかい? 竹刀で存分に練習するんだ。真剣はそれから」
「えー! ヤだ〜! あたし上手いもん! すぐ上達するんだもん! いいじゃん、ね、剣貸してよ〜!」
「ダメなものはダメだ」
「剣〜! お父さんの剣がいい〜!」
 ダンダン! 床を踏み鳴らしてジュディはわめく。
「剣〜! 剣〜! 剣〜!」
「危ないだろ」
「大丈夫だもん!」
「ほら、無茶をするからここ、刃こぼれてる」
「剣が悪い! あたしのせいじゃないもん! ちゃんと整備してないお父さんのせいだ」
 何の根拠も脈絡もない。ジュディの精一杯の強がり。
 その言葉で、父の中で何かが聞こえた気がした。
 未だ剣、剣、わめいているジュディ。父の異変に気づいた時にはもう遅かった―――――。



「いったぁ〜い」
 自室に戻ったジュディは、少し赤くなったお尻をさすりながらベッドに突っ伏していた。
「お尻ぃ叩かなくたっていいのにぃ。あたし悪くないもん。悪くないんだもん」
 剣の鍛錬の事を思い出していた。今思えば、無茶だったのかも知れない。だからと言って、それくらいの事でお尻叩かなくてもいいんじゃない!?
 すっご〜く痛かった。お父さんったら平手で何度も何度も叩くんだもん。拷問だよアレは。「痛い! 痛い! いたいー!」って何度も何度も叫んだのに、父は許してくれなかった。
 無言の怒り。父は始終娘を咎めるような事を言う事はなかった。それが逆に怖かったりした。叩くのを止めた時、最後に一言「もう行きなさい」と言ってジュディを解放した。
 自分のせいじゃないのに父は、危ない事を娘にさせてしまった事で己を責めてるようにも感じた。それが厳しい罰を与える父の優しさ。
 それでもジュディはまだ意地をはってて、自室で不貞腐れている。
「手の届く位置にあった剣が悪いんだ。だってさ、使ってくれ〜使ってくれ〜ってあたしを誘っていたんだから。いいじゃん。お父さんのケチ!」
 本当にそれくらいの事?
 もう一度よぉく手の平を自分の胸に当てて訊いてみる。
 けれど出てくるのは父に対する不平不満ばかり。
 けれどいつもは優しい父を、また怒らせてしまったという罪悪感がチクリ。
 悪くない。悪くない。あたしは全然悪くないんだから。
 ただ―――――父のようにカッコよく剣が扱えるようになりたかっただけ…。
 自分を心配してくれた父。それに反逆してしまったあたし。
「あたし、悪くないもん! それにお尻を叩かれたあたしって被害者だよ〜。もうお父さんなんか嫌い! どうしてお尻叩くんだろう。もうっ痛いなぁ」
 お尻をさすさす。まだじんじんしてる。
 父に言われた言葉。それが心の奥で、渦を巻き始める。少しして、ジュディの口からポロリとそれは零れた。
「………あたしって、まだまだ未熟なんだもんな〜」
 正直、剣の型が全然なってないという言葉はグサリと心を抉った。
 そんなに自分、危ない事をしていたのだろうか。
 だから父は、あんなに怒った? 何故?

 何故って――それは―――――。

 ふと、窓から鍛錬場が見えた。明かりがついている。まだ父がいるのだろうか。そぉーっとジュディは覗いてみる。
(あ――――――――――)
 父のいる場所。そこは釘が露出していて危ない所だった。
 少し額に汗をかきながら、父はそれを一生懸命トントントントンと直しているのが分かった。
「お父さん……」

 何故って――それは―――――娘を愛しているから……。

 ただ―――――父のようにカッコよく剣が扱えるようになりたかっただけ…。
 そう、憧れの父のように。
 ジュディにとって父親は、たった一人の肉親で、たった一人、尊敬に値する人物なのだから。
 自分の為に怒ってくれた父。自分が怪我をしてしまったら大変だから。
 その時、父にお尻を叩かれた時とは違う別の感情(もの)が、くりくりとした大きな瞳を覆ってくのをジュディは感じていた。

 嫌いなんて、嘘。

 本当は大好きでたまらないの。

 ねぇ、お父さん、あたしって悪いコかな―――?

 こんなに愛されてるって、今更になって気づくなんて。

 まだ、遅くないよね。

 そうだ。明日言おう。

 ジュディはじっと、鍛錬場で一人汗を流す父の姿を見ていた。
 厳しくするのは、きっと娘を愛しているから。きっと、もっとしっかり娘に強くなって欲しいから。父の姿を見ていれば分かる。そのお尻を叩く手にだって、娘への愛情で、ほらこんなにも温かいのだ。

 言おう。明日必ず。

 生意気ばかり言って、ごめんなさい―――――って……。



 それはとてもよく晴れた空だった。
 トーストを齧っている父の前に、ジュディはひょっこり顔を覗かせた。
 少し赤くなった眼。決意からか、昨日はあんまり眠れなった。
「お父さん。昨日はごめんなさい」
 そう言うとジュディはズボンと下着を下ろし、父にお尻を差し出した。
「真っ赤になるまで叩いて下さい! お願いします!」
「どうしたんだジュディ。昨日の事ならもういいんだぞ?」
「よくないです! あたしあんなにわがまま言っちゃったっ。あたし悪いコなの。だからもっと罰を受けないと気が済みません!」
 暫くその突然のお願いに唖然としていたラルフだったが、ジュディの決意が固い事を知り、食べかけのトーストを皿に置いた。
「分かった。じゃあこっちへ来なさい。昨日わがまま言ったおしおきだ」
「はい!」
 父の膝の上に身体をもたげジュディは可愛らしいお尻を差し出す。父は懇親の力を込めて、彼女のお尻を引っぱたいては一定のリズムを保ちまた叩く。
 ジュディの目頭に涙がうずく。でもじっと我慢だ。叩かれなきゃ気が済まない。それだけ昨日は酷い口答えをしてしまったのだから。
 お尻が真っ赤になった頃、涙声でジュディは宣言した。
「もうお父さんに生意気は言いません!!」
 娘の一言に、父の眼にも薄っすら涙が浮かんでいた。
 バシ! バシ! バシ!
 そして最後にもう一発。バシ!
「よし、このくらいで許してやろう。大丈夫か、ジュディ。痛かっただろ」
「うん! でも平気! お父さんのお尻叩きはもう慣れっこだもん☆」
 目頭を拭いながら、ジュディはまた強がりを言う。本当は痛くてたまらないのに、何故だか自然と笑顔が零れる。
「ははは、それは良かった。じゃあ今度は飛び切り痛いのをお見舞いしないとな」
「えーっ。もう痛いのはイヤぁ!」
 あはははは。
 家中が温かな笑いで包まれた。
 泣いてる事への照れ隠しなのか、ジョディは最愛の父に抱きつく。
「おい、どうしたんだ急に?」
「お父さんってあったかいね」
 何故だろう。また涙が溢れてきちゃった。父は笑っている。
 大好きだよ、お父さん―――!

 もう叱られるような事はしない。
 もし叱られるような事があっても、その時にはジュディは口答えなどせずに迷わずお尻を差し出すだろう――――――。








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2006年05月09日

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