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『降る櫻の下 』
門屋・将太郎1522



 気が付くと、そこには一本の櫻の木。
 ふわふわとした感覚。
 これは夢の中なのかもしれない。
 櫻の木しかそこでは感じられない。
「ここは……桜に見蕩れてる間に迷っちまったみたいだな。まぁ、たまにはこういうのも悪くは無いか」
 コンビニ帰り、ふらふらといつの間にか迷い込んだその場所。
 門屋将太郎はふっと落ちてくる桜の花びらを掌に乗せる。
 それは淡いピンクというよりも白。
 そんな花びらを落とす木の下では、座り込んでぷかぷかと煙管から紫煙を浮かべる者がいる。
 長い青い髪をばさばさとさせ、そして濃い紫の着物を纏っている。
 と、将太郎の視線に気が付いてか、その人物はこちらを向いた。
 額には、立派な二本の角。
 にやりと不敵な表情だ、敵意は感じられない。
「どうやって迷い込んだのか……まぁ、いい、それは問題ではないな。こっちに来い、突っ立っておってもしょうがないだろう」
 穏やかに笑うその人物は、手招きをしてくる。
「あんた、誰だ? 鬼…か? まぁ、額に立派な角つけて人間ですはねぇだろうし……ということは、ここは鬼の里ってことかい? すっごいとこに来ちまったもんだぜ……」
 将太郎はただただ感心し、慌てることも何も無くいつも通りだ。
「ああ、人間など来ない場所にある鬼の里……のさらに離れた場所だな。お前は幻なのかもしれないな」
「はは、けどここに実際いるからなぁ……」
 手招きに応じ、将太郎は苦笑しながら歩を進める。
 近づくとそこにある桜が見事なものだと見ただけでもわかる。
「暇ならば少し付き合え。そうだな……この櫻の話でもしてやろう」
 言いながら、彼は将太郎を見上げ笑い、そしてふと気が付く。
「ああ、まだ名乗っていなかったな。私は……大角と呼ばれているからそう呼ぶと良い」
「大角か、良い名前だな。俺は門屋将太郎だ、宜しく」
「ありがとうな、お前も良い名だ。ほら、座れ座れ」
 たすたすと地を、木の根元を叩き勧められる。別段断る理由もなく、将太郎はそこに腰を下ろした。
「桜を見ながら歩いているうちに、ここに迷い込んだみたいで……暇だからあんたに付き合うよ」
「うん、そんなこともあって良いだろう。それでは……そうだな、この櫻の話でもしよう」
「この櫻か? この櫻にも何か謂れがあるのかい? とある作家の小説の書き出しにある、桜の木の下には死体が埋まっている、ってみたいなやつが」
 将太郎の言葉にハハ、と大角は声を出し笑い、そして煙管を吸い、吐く。
「残念ながら死体は埋まってないな、私の記憶の限りでは」
「違うのか。是非、聞かせてほしいもんだね」
 そうかそうか、と大角は頷く。
 そして、話し始める。
「謂れというほどでもないが……この櫻は昔……そうだな、六百年前くらい前に植えられたものだ。いつの間にかこんな立派になってな、日々成長を見ているとわからないが……昔は掌に乗るほどだった」
「へぇ、あんたが植えたのか……」
「実際は見ていただけなんだがな、植えられるのを。植えたのは私の末っ子だ。どこからか今にも枯れそうな苗を持ってきてな」
 懐かしそうに、苦笑しながら大角が話すのを将太郎は相槌を打ちながら聞く。
「どろどろになりながらこの場所に埋めて、毎日毎日様子を見ていた。ものすごく、この木を気に入っていたようだ。私は苗を植える時にそんなもの一週間も持たないだろうからやめておけと言ったのだが泣きながらそんなことは無いと言って聞かなかった。どうやら子の方が正しかったようだな……今こうして見事な大樹になっている」
「愛情注いでたんだな。うん、確かに見事だ」
「見事な上に、一年中咲いている」
 ぷかりと紫煙だ立ち昇る。
 何故だかわからないけれどもな、と言いながらそれを立ち昇らせたのは大角だ。
「一年中? 世の中不思議はたくさんあるが、この櫻もそれなんだな。まぁ、一年中花見ができて良いんじゃないのかい?」
 将太郎はそう言って、見上げる。
 広がった枝に。
 はらはらひらひら降る白い花弁。
 この木の下では時間が穏やかに流れているようだった。
「確かに、花見は嫌なものではないな」
「だろう? 他にも何かあるのかい?」
「他か……そうだな、里の者は夜になるとこの場所で白い影を見ると言うが……私は見たことが無いんだ」
「お、また一つ不思議だな。それじゃあその影が現れるまで待ってみるかい? 話疲れただろう、お疲れさん。ちょっと小休止ってことでさ、酒は飲めるかい? コンビニの帰りにここに迷い込んだから、ちょうど酒があるんだ」
 がさっと傍らのコンビニ袋を将太郎は掲げて見せる。
 大角はもちろん飲める、と嬉しそうに答えた。
「綺麗な櫻を眺めながら飲む酒ってのは美味いぞ、大角もそう思わないか?」
「そうだな、格別に美味い」
 がさがさと将太郎は買ってきた酒を一つ、大角に渡す。
 ありがとう、と言葉が返ってきた。
「そういや、この木を植えたあんたの末っ子ってのは鬼の里にいるのか?」
「いや、いないな。どこにいるのかもわからんが、まぁ生きているだろう」
「ははは、放任だな。あんたが信頼してるのがわかる」
 酒を口に含み、気分は良い。
「さぁて、その白い影とやらは現れるもんかな」
「それは白い影次第だろうな」
「だな。気長に待つか」
「ああ、ゆっくりと待っていればいい」
 軽く笑い合って、言葉を交わし。
 櫻の木の下で、夜が更けていく。
 白い影が現れるのはいつだろうかと期待する。
 その反面、現れなくてもいいか、とも思う。
 ただただ酒を飲んで楽しむ。それだけの時間があるだけで満ち足りるような感覚。
 その感覚が酒が回ってきた所為なのか、そうでないのかは曖昧だった。
 でも気分が良いことには変わりなく、将太郎はそれを受け入れる。
 いつまでも続けばいいと思うほどに。



<END> 




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1522/門屋・将太郎/男性/28歳/臨床心理士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 門屋・将太郎さま

 お久しぶりです、ライターの志摩です。ゲームノベル櫻の夢ご発注ありがとうございましたー!
 緩やかに緩やかに、櫻の木の下でのひと時をお楽しみいただきました、楽しんでいただければ幸いです。大人の男な余裕のようなものを出せていればと思っております…!
 ではではまたどこかでお会いできれば嬉しく思います!
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
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東京怪談
2006年05月09日

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