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『Dream of Pale pink 〜masquerade〜 』
黒崎・狼1614



「『櫻夢丸』?」
 薄紅の桜の花びらが入った瓶を見て、金髪サンタ娘・ステラは首を傾げる。
 彼女の目の前には知り合いが。
「そう。珍しいものなんだ。ステラにあげる」
「ええ〜! ありがとうございますぅ。いつもいつも〜」
「いやいや。いい体験できると思うから、配達のついでに配っておいでよ」
「はい〜! 了解デス!」
 にっこり微笑むステラはふと気になって尋ねた。彼女の友人はいつもいつも珍しいものをくれるが、それが騒動の元になることも多い。
「えと、サクムガンでしたっけ……これ、どういう効果があるんですかぁ? 花びらにしか見えませんけど」
「ああそうか。教えておかなきゃね。
 それは花びらだけど、夢をみている人にしか効果が出ないんだよ」
「ええ〜? なんですそれ〜?」
「いや……眠っている人にしか効果がない、の間違いだな。ほら、夢の中ってのはけっこう奇想天外なことが多いじゃないか」
「はぁ……まあ確かに。人間は特にそうですよねぇ」
「それは夢の世界へ行ける魔法の花びらってこと。ま、経験してみなきゃわからないからなあ」
「な、なんだか全然わかりません〜」
 眉間に皺を寄せるステラに友人は笑う。
「夜の配達の途中でもいいから、風に乗せてその花びらを吹いてみるのはどう? 櫻夢丸は自動的に夢の世界へ連れて行ける人を見つけるからね」

 そんな言葉を信じて、夜中……ステラは空に浮かぶソリの上からふぅっと、掌の上の花びら数枚に向けて息を吹きかける。
 ひらひらと舞う花びらは、唐突に軌道を変えて様々な方向に落下していった。

**

 これは夢――。
 遠い異国の夢。



 同じ馬車に乗っている相手を、菊坂静はにこにこと笑顔で見ている。
 バイオリンの入ったケースを大事そうに抱えていた欠月は怪訝そうにした。
「……さっきからなんだよ」
「いや? 欠月さんと一緒に舞踏会に行けるとは思わなくて」
「…………よく言うよ。馬車に無理やり乗せたくせに」
 嘆息混じりに言う欠月の言葉にも、静は笑顔を崩さない。
「いいじゃないですか。行き先は同じでしょう?」
「……そうだけどさぁ」
「欠月さんのバイオリンを聴くの、久しぶりですね。楽しみです」
「…………」
「ああそうだ。御者をしてくれてる月乃さんです。凄腕の暗殺者なんですよ」
 平然として言う静の言葉に青ざめ、欠月は御者のほうを見遣る。
 無表情の女は黒のパンツスーツ姿だ。うなじのところで髪を一つに括っている。
「な、なんでそんな人が御者なの?」
「知り合いに会いに行くそうなので、ついでにね」
「知り合い?」
「日無子さん」
 誰だそれ? という顔をする欠月。
 静はにこにこと微笑んだ。
「今日の舞踏会の主催者の、お気に入りのメイドさんですよ」



 眼下に見える舞踏会の様子に、黒い帽子と黒装束の黒崎狼は腕組みする。
(……みんな浮かれてるな。仕事がしやすい)
 小さく笑った彼はぎくっ、として身を強張らせた。
 メイドの少女が中庭からこちらを見上げていたのだ。
 驚いて身を伏せる狼。
 おかしい。なんでこんな暗闇で見えるんだ? しかもここは城の屋根の上だというのに!
「日無子、何してるんですか?」
 中庭に出てきたスーツ姿の月乃のほうを日無子は振り向く。
「……変態が居た」
「ヘンタイ……?」
「ま。害はなさそうだし、放っておこうかなって思って」
「……大丈夫なんですか?」
「いーよいーよ。いざとなったらあたしがブチのめしに行くから」
 物騒なことを言う日無子の言葉に月乃は「そうですか」と呟いた。
 広間に戻っていった二人をこっそり見て、狼は安堵する。
(な、なんだあのメイド……。メイドというより、用心棒に近い気配がしていたが……)
 悩んでいても仕方がない。狼が今晩狙うのは、ある歌姫だ。
(穂乃香、自由にしてやるからな……!)



 歌い終えた白いドレスの幼い少女――歌姫として有名な橘穂乃香は小さく頭をさげた。
 たくさんの拍手を身に受けて、どこか申し訳ないような表情をする。
 やっと解放された彼女は、中庭のほうへ出た。美しい花園に微笑む。
(とても光栄なことですけど……それでも)
 満たされない気持ち。
 もっと自由に、楽しく、ふつうの女の子でいたかった。
 はあ、と嘆息していた彼女は「あの」と声をかけられてびくっ、と反応した。
 中庭にこっそりと立っている少年がいる。眼鏡をつけた彼は黒のタキシード姿だ。だが着慣れていないのか、違和感が少しあった。
「は、はい……?」
「すみません……。あの、舞踏会はもう始まっていますか?」
「はい」
 この人、もしかして正面から入ってきたのではないのだろうか?
 彼は安堵して胸を撫でおろした。
「……そ、そうですか。ありがとうございます」
「いえ……。どうか、されたんですの?」
「いえ、俺はここの庭師をしているんですが……舞踏会に参加するのは初めてで」
 照れ臭そうに笑う彼は穂乃香に軽く頭をさげて広間に入って行く。
 庭師の少年が参加できるようなものではない。だからこそ、彼の格好に違和感が出るのだ。
 穂乃香は不安そうに見つめた。
「あ、あの!」
 呼び止めると彼は振り向く。
「が、がんばってくださいね!」
「はい。ありがとうございます、小さな姫君」
 微笑して歩いていく彼の背中を見送り、穂乃香は溜息をつく。
 その背後にばさ、と音をたてて何かが降り立った。
 振り向く彼女。
「迎えに来た。天上の神々が聞き惚れるという歌声を持つ――――姫よ」
「あなた……は……?」
「俺は――名もなき盗人」
 微笑む黒ずくめの少年に、穂乃香はすぐに目を見開いた。
「ら、狼……?」
 舞踏会の人々はこちらに気付いてはいない。宴の楽しさに、みな、酔っているから。
「……れていって」
「え?」
「連れていって、私を……!」
 しがみつく穂乃香に彼は呆然とする。
 その光景を見つけたのは――メイドだった。
「さっきの変態!」
「げっ」
 うめき声をあげる狼は慌てて立ち上がる。
 日無子はスカートをばっ、と持ち上げた。その白く細い脚にくくりつけてあるのは細身の剣だ。
「お、おまえっ、ほんとにメイドなのか!?」
「どこからどう見てもメイドでしょ!」
 剣を握りしめて日無子は構える。
「歌姫を放しなさい。来賓は丁寧に扱えとご主人様に言われているの」
「そう言われて、ハイそうですかと引き下がれるわけないだろ。こう見えても俺は……」
「怪盗、ね。フン。ヘッポコ怪盗のくせによく言う!」
 日無子が剣を走らせる。狼は穂乃香を抱えてそれを避けた。マントが簡単に切り裂かれる。
「そんな幼い姫君を攫うなんて……! このロリコン! ド変態!」
「うわっ! わっ、お、なにげにひどいこと言ってないか!?」
「うるさい! 幼女好きに弁解の余地は……ないっ!」
 攻撃を避ける狼はすぐさま逃げ出した。
「こ、このっ……!」
 追いかけようとする日無子だったが、穂乃香の叫びに動きを止める。
「見逃してください……っ! お願いします!」
 涙を浮かべていた穂乃香に、日無子は唖然として……そのまま狼の逃走を見逃してしまった。
 走って逃げる狼は目を見開く。
 道の真ん中に立っているスーツ姿の女がいた。
「…………あなたが、日無子の言っていた変態ですか」
「変態じゃないっ」
 長い髪のなびかせて、氷のような女は指差す。
「あちらの道を行くといいでしょう」
「え……?」
「今日の私は仕事で来ているわけではないので、見逃しましょう」
 狼は戸惑うものの、軽く頭をさげてそちらの道へ駆けた。
 残された女は目を細める。
 逃げる二人の幸福を想う顔ではなかった。どちらかといえば……それは同情に近い。



 日無子は剣を脚につけてある鞘におさめると嘆息する。
 あの歌姫はまるで珍獣のように扱われていた。ただ歌うための道具として、皆に重宝されていたにすぎない。自由を求めてしまうのも、少しわかる。
 広間に戻って来た日無子を迎えたのは、演奏している欠月を見ていた静だ。
「お帰りなさい、日無子さん」
「……どうも」
 演奏しているバイオリニストの欠月の友人であり、この城にも顔がきく金持ちの息子。ちょくちょくここにも来ている顔見知りだ。
「うちでも働いてくださいよ。警護もできるメイドというのはなかなかいませんし」
「……今の、うちのご主人には言わないよね」
「そんな無粋なことしませんよ。あの間抜けそうな怪盗、あの歌姫のお友達だと思いますし」
「お優しいこと」
 皮肉っぽく言う日無子の手を静はとる。
「踊りませんか?」
「……あたし、ドレスじゃないけど」
「あなたのご主人様に言ってみればいかがですか? 彼ならば用意してくれるでしょう?」
「残念だけど、あたしは今のご主人様と契約中の身。貸し出し禁止になってるの」
「それは残念」
 さほど惜しくもないような声で、静は微笑したまま手を放した。
 彼はグラスを片手に言う。
「では欠月さんの演奏が終わるまで、ダンスを見物しましょう」
「……踊ればいいじゃん」
 呆れたように言う日無子の言葉を無視して、静はワインに口をつけた。とても美味しいワインだ。



 たくさんの人々。軽快で優雅な曲が流れる中、神崎美桜は嘆息していた。
 喧嘩した彼のことを思い出す。
(あれは和彦さんが悪い……)
 一緒に行こうと誘ったのに、彼が頑として譲らなかった。
 理由は痛いくらいわかっている。彼は……使用人だから。
 美桜の父はこの城の持ち主とは知り合いで、美桜もよくここに遊びに来ていた。
 この城で働く庭師の少年に、美桜は想いを寄せている。
 彼も、美桜と同じ想いだが……身分が違うことでかなり遠慮していた。
 美桜は身体のラインがよくわかる大胆なドレスを着て壁際に居た。このドレスも、彼のために着たものだ。
「私が他の誰かと踊っても構わないんですか!?」
「お嬢様……あまり無茶なことをおっしゃらないでください」
 そんなやり取りを思い出して美桜は俯く。
 ……来るんじゃなかった。
 そう思っていた美桜に誰かが声をかける。見知らぬ男性だ。
「よければ私と踊っていただけませんか?」
「え……?」
 誰この人。
「さあ、こちらへ」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください! 私……!」
(やだ……! 放して!)
 掴まれている手を見て嫌悪に少し眉をひそめる。
「お手をお放しください」
 男の手を止めた声に美桜は顔をあげた。見慣れない姿の和彦だった。
「彼女は俺のパートナーです」
「和彦さ……」
 きっぱりと言い放った彼を見つめる美桜。
 男は手を放して去っていく。
「ど、して……」
「す、すみません。お怒りなのはわかっているのですが……。服を用意するのも手間取ってしまい……」
「…………」
 美桜は眉を吊り上げた。
「遅いです!」
「申し訳ありません。ですが、本来ならこんな場所に居ることすら許されることでは……」
 す、と美桜は手を差し出す。その手を彼は不思議そうに見つめた。
「踊ってあげます」
「……え? あの、でも」
「口答えは許しませんっ」
「…………」
 無言になる和彦は視線をさ迷わせ、小さく言う。
「お嬢様、俺はしがない庭師です……。ダンスなど、踊れません」
「私がリードしてあげます」
「そんなっ! いいです!」
 真っ赤になって美桜から離れようとする和彦の手を彼女は掴んだ。
「ここまできて、私に恥をかかせる気!?」
「すみません!」
「謝って欲しいわけじゃないです!」
 そう怒鳴ってから、周囲の視線を気にして彼を引っ張って中庭のほうへ歩いていく。
 中庭に来ると、そこには誰もいない。
「お嬢様……」
「……とても綺麗な庭ですね。あなたの心がこもっています」
「恐れ入ります」
「…………」
 彼の手をバッと放す。和彦は美桜をうかがった。
 前に立つ美桜は動かない。不審に思った彼は美桜の正面に回った。そして……。
 彼の顔色が真っ青になる。
「お、お嬢様!?」
 涙を、唇を噛んで堪えていた美桜に彼は慌てる。
 美桜はわっ、と泣き出してしまった。
「ばかー! 怖かったんだからーっ!」
「すっ、すみません!」

 華やかな人々。美しい音色。
 宴はまだ――――続く。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 月乃との絡みが本当に少しだけになってしまったのですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月09日

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