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『partly for fun 』
雨宮・薫0112)&久我・直親(0095)

 部活に青春を謳歌する友人達と別れ、いつものように一人で帰宅しようと校門を出た雨宮薫は、校内から目に付かない位置に駐車された車に眼鏡越しの視線を向けた。
 エンジンを止めて沈黙する、黒光りしたそれは彼にとって見慣れた車種で、薫は思わず肩に入った力を吐き出す息と共に抜く。
 そうした所で、胸に渦巻く嫌な予感が去る訳ではない。
 携帯電話を直ぐに取り出せるよう、鞄の脇に下げたストラップを引き、メールか着信の有無を示すランプを見るがそれらしい点滅は確認出来ない……仕事であるならば、予めの連絡が家から入っている筈だ。
 が、それがないという事ならば、無視してもいい。
 そう判断を下しながらも、薫の足は自然に停車中の車に向いた。
 歩道に接する助手席側の窓から車内を覗き込めば、運転席に納まる顔馴染みの姿を認めて、いっそ違わぬ予想に感心する。
 窓枠に頬杖をついて目を閉じる……久我直親は眠っているのだろうか。何時から此処に居るかは知らないが、短い時間ではない、と熱の揺らぎのないエンジン部分の外装に目をやって判じ、薫は指の背でココンと軽く窓を叩いた。
「久我」
わざわざ此処に駐車していると言う事は、自分に用があるのだろう、と。ごく当たり前に近い自意識で判断して、相手が目を開くのを待つ。
「……遅かったな」
手元のスイッチでパワーウィンドウを操作し、助手席側の窓を開いた直親が、開口一番、時候の挨拶的に待たされた事を遠回しに告げる。
 知った事かと敢えて無視して薫は腰を屈め、立ったままでは自然に低い相手の視線と位置を合わせる。
「何の用だ」
何か用か、とは聞かない。
 薫の言に直親は口元を笑いに引き上げるとシートベルトを外し、身を乗り出すようにして窓の外の薫へ向けて片手を差し出した。
「手を」
短く請われるが、当然の如く意図は掴めない。
 薫はしばしの逡巡の後、差し出された手に掌を重ねようと……したが逃れ得ぬタイミングで手首を掴まれ、強く引く腕に体勢を崩された所に、直親の身を後ろに傾ける体重に乗せて窓から車内に引きずり込まれる。
「な……ッ!」
それでも薫が鞄を手放さなかったのは、半ば以上奇跡と言えた。
 助手席のシートに膝を付き、背もたれに腕をかけて直親の上に倒れ込む難だけは免れる。
「しっかり座ってろ」
言いながらエンジンを始動し、ハンドシフトを切り替えて走り出す、直親の真っ直ぐ前を向く横顔に、薫は喉元まで出かかる罵倒をぐっと堪えた。
 説明する間すらも惜しんで強引なのは、余程に急を要し、且つ余裕のない緊急の仕事なのか。
 果たして自分が直親に何を求めているのは目を瞑り……かなり無理のある解釈で無理から己を納得させた薫は大人しく助手席に腰を落ち着け、それを横目に見た直親が至極機嫌の良い笑みを浮かべている事に、気付かないままシートベルトを締めた。


 東京に在って、緑の不在を嘆くは今更の感がある。
 鋭さを欠く斜陽にビル群はそこだけ黒く切り取った影絵のようで、気の早いネオンがぽつりぽつりと点り出す様は、文明に拠るしかない人の営みの縮図めいた感があった。
 人が、人の為だけに発展させて来た結果が今の形であるのなら、享受して然るべきである……然れども。
 今の世で、その灯は星よりも確かな標となれるのだろうかと、薫は眼下の夕景に哲学的な思考の材料とする事で自らの現状から逃避していた。
 薫が身を預ける黄色い車体に屋根はなく、カタタン、カタタンと車輪とレールが噛み合って立てる一定の振動に揺られながら、きつい傾斜を昇っていく。
 高所に向かうにつれ、視界を遮るビル群を抜けて視界を確保する……ゆっくりと、進んでいくそれだが、目的は夜景の美しさを堪能させる、それではない。
「下から見るより高いな」
隣では、身体を固定するバーを掴みながら笑顔で眼下を見やり、下の人間に向かって手などを振って見ている直親の姿が。
 此処は所謂遊園地……ドーム型球場に併設された娯楽施設、その敷地内を縦横無尽に駆け巡るジェットコースターに、薫は無理矢理搭乗させられていた。
「久我」
低く名を呼ぶ声に笑みが返る。
 わくわくと、年甲斐なく子供のようなそれに一瞬怯むが、軽い咳払いに気を取り直して、薫はきっと直親を睨み付けた。
「これに何の必要性……がッ?!」
問いの途中で、車体は80mとされる頂点へ到達した。
 身体を固定されてなければ空に投げ出されている事を確信させる浮遊感に胃が浮くような感覚は一瞬、後は80度の急傾斜に従って落ちるのみ。
「〜〜〜〜ッ!」
そんな筈はないと思いながらも、地面にぶつかると思った次の瞬間に車体はレールに沿ってビルに向かい、9階の高さを一気に駆け上がってこれまた激突するかという錯覚を裏切って、急激な方向転換が横殴りの重圧を首にかける。
 人間は恐怖刺激に対する反応を大別すれば、4つに分けられるという……泣くか叫ぶか黙るか笑う。
 歯を食いしばって堪える薫の横で、笑いこける直親はどうやら最後のパターンに当て嵌まるらしい。
 しかし、薫に久我の次期長の意外過ぎる一面に感心する間を与えず、安全なスリルという矛盾を有したコースターは、ある意味好対照な二人を乗せて夕闇の中を疾走した。


 ウォータースライダーで水飛沫の洗礼を受ければ、受付で貸し出されるタオルで濡れた髪を拭われ。
 そろそろ頃合いだと敷地内のビルに誘われるに、漸く仕事の話かと思いきや夕飯時……連れられたのは薫の好みを考慮したのか和食レストラン。
 予約済みだったのか、選択の余地なく出て来たのは新鮮な刺身をメインにした膳で、熱い程の天ぷらは時間を見計らって出てくるあたりに、アミューズメントパークに併設する飲食店にしては丁寧な対応に感心する。
 次いで連れられてきたお化け屋敷に、すわ本命かと身構えれば、凝った仕掛けに陰陽師を本業ながらに驚かされ、薄暗く狭い通路で足下に気を付けろなどと注意と共に肩を抱かれる。
 気遣いなのか嫌がらせなのか判然としない接触を図る直親に、薫は幾度となく説明を求めるのだが、笑ってはぐらかされるばかりで事態は一向に要領を得ないまま、時ばかりが進むに薫がげっそりと疲れを滲ませても無理からぬ話だ。
 夕はとうに過ぎ去り、幻想的にライトアップされた園内の利用者にカップルの姿が多くなっているのは気のせいではない……その中に混じって並んだのは、回転木馬と称しながらキリンやライオンを配した水上メリーゴーランド、薫はこれが良いだろうと選択の余地なくホワイトタイガーに乗せられて、あまつさえその姿を写真に撮られるという苦行を乗り越えて、ここで諦めてしまえば解脱の域に達せそうになりながら、薫は幾度となく直親に向けた問いをもう一度繰り返した。
「……その必要性が微塵も感じられないんだが」
園内で買った使い捨てカメラの残枚数をほくほくと確認しながら、傍目にアトラクションを楽しんでいるようにしか見えない直親の姿に、デフォルトになりつつある薫の眉間の皺も深くなろうものだ。
「想い出を記録しておくには最適だろう。もう少し笑ってみろ雨宮の。お前の守人に高値で売れる」
「それは嫌がらせか」
そして何度となく、口に上らせようとして堪えてきた言をついに吐き出してしまう。
 それは心外、と眉を軽く上げて直親は薫の肩に腕を回した。
「家の者に心配をかけまいとする、大人の気遣いだろう?」
嘘だ、と薫は反論しようとするが、体の向きを45度回転させられて高く……輪の中心に鉄骨の存在しない、世界初だという観覧車へ向けて進行方向を修正される。
「本日のメインイベントだ。ここまで付き合ったなら最後まで楽しんで行け」
ぐいと抱かれた肩に有無を言わさぬ力が込められ、ゲートへ向かう。
 不満も極まっていたからこそ、薫もこれ以上引き回されまいと、抵抗を辞さない心積もりで拳を固めかけたのだが、ゴンドラを前にして凶器となるべき拳を納めた。
 訝しく、高さのある観覧車を見上げる目に力が宿る。
「BGMはコレで」
そんな薫を余所に、直親は係員が差し出す表を一瞥して、適当な箇所を示す……15分の遊覧時間、ゴンドラ内に流れるBGMを選択出来るというのもこの観覧車の売りである。
 人気の無さに、多分自分達が本日最後の客であろうとあたりをつけながら、薫は係員に促されるまま、ゆっくりと動き続けるゴンドラの中に乗り込んだ。
 後に続く直親の背後で、外側からがちゃりと殊更大きな金属の響きで以て施錠がなされ、二人きりの空間は速度を変えずに空へと向かい始める。
「さて」
斜交いに向かい合って座り、上昇する視点に変わる風景を楽しげに見遣る直親の横顔に、しかし薫は腹に溜め込んだ苛立ちをぶつけられずに、眼鏡を引き抜いて少しなりと、相手の細部をぼやかす事で感情を鎮めようとした。
 日が落ちればまだ肌寒い時期、ゴンドラ内は冷暖房完備に快適な気温を約束されている筈なのだが、狭い室内をゴウと揺らす風音に空気は冷たく、そして重く両肩にのし掛かる。
 そして直親が、選択した筈の曲は一向にスピーカーから流れて来ない。
 低い風の音は不安定にゴンドラを揺らし……否、それは風ではない。人の、呻き声だ。
「随分と遠回しなお誘いだ」
眼鏡に視力の補正を頼るとはいえ、そこまで度が進んでいる訳ではない……膝をつき合わせる距離に座る相手の表情が笑みであるのは十分に判ぜられ、不快を拭う一助にはならないと思いながらも薫は眼鏡を胸ポケットに収めた。
「二人っきりの個室にいきなり誘っても、活きが良すぎて飛び出しそうだろう?」
オ・オ・オゥ、と。声は更に声量を増し、狭い空間の中で反響して脳髄に直接響くようだ。
 恐怖、というよりも不快に眉を顰めつつ、薫は両手で印を組む。
「……成る程、獲物を弱らせてから罠に追い込むのが貴様の常套か」
「基本は大事にしないとな」
いつの間にか指の間に挟まれた長方形の、符は直親の肘から腕を伸ばす、切れのある動きに空気を撫でるその動きにめらりと炎を得て燃え上がり、ゴンドラの窓……防風に強度のあるそれを傷一つつけずに突き抜けて瞬く間、金属であるゴンドラ全体を青白く燃え上がらせた。
 対して薫は口中に呪言を唱え、それに合わせた印を組む。
 それによって招かれるのは、西の方角から強く吹く風。地から駆け上がるようにして、円の頂きに昇り詰め、軋んで揺れるゴンドラに取り付く炎を衝破した。
 下から突き上げる衝撃を、術を為した双方共に座席に掴まって凌ぐ。
 地震等の強い揺れが感知されれば、自動で停止する筈の観覧車は、しかし何事もなかったかのように……直親の選択した、ヤケにムーディなJポップをスピーカーから奏でながら二人の乗ったゴンドラはゆっくりと、地上に向けて下降を始める。
「……説明して貰おうか」
何がどういった理屈で、若しくは某かの条件を満たす事で。
 二人の乗ったゴンドラが不浄霊の塊に襲われたのか、薫はそれを問う。
 目的を達して口を噤んでおく必要はなくなったのか、思ったよりあっさりと口を割った直親が言うに、一番最後にカップルが搭乗すると、観覧車の一番上でゴンドラが停止し、一晩中死霊のオーケストラを拝聴させられるのだと言う……係員も誰も、乗客が居た事すら忘れ去り、翌朝になって観覧車を動かし、半狂乱になった客がゴンドラから転がり出て漸く発見される次第だ。
 それは確かに、自分達の仕事の範疇だと、得心して薫はほ、と息を吐き出す。
「成る程……なら、アトラクションを全て回るのも必要な条件だったのだな」
単なる嫌がらせで無為に連れ回されたのではないと……業腹でこそあるが、カップルを装おう必要性があったと言うのならば、許容の範囲内だと、そして不満を疑念にすげ替えた己の修行不足を内省しかけた矢先に、直親がひらと手を横に振って否定した。
「いや、単に面白かったから」
端的に正直過ぎる物言いに、今度こそ薫は柳眉を逆立てた。
「降ろせ!」
最早一秒たりとてこの男と空間を共にしたくないと、衝動から出た薫の叫びに、直親は面白そうに眉を上げた。
「帰さないといったら?」
 ゴンドラの内部は狭い……年齢の差に必然として体格に差も出る相手が、腕の間に身を挟むように、座席に手を着ければ逃れる隙はなくなる。
 のし掛かるような圧迫感で、しかし触れずに距離だけを詰めた直親の眼に怖じず、薫は真っ直ぐに虎視を注いだ。
 強く、退かず。
 睨みつける薫の次の行動を待ってか、それ以上動かない直親に、ふ、と眼差しから力が抜ける。
「馬鹿らしい……それも得意の揶揄か」
至近で浮かべる片笑みは覇気に満ち、直親の退路を確保して言外の意思を告げる。
 対する直親がふ、と笑みを刻んだ時……ガクンとつんのめるような衝撃で、唐突にゴンドラが動きを止め、BGMが曲の途中で途切れた。
 位置は地上から距離にして10m程だろうか。何事かと外に視線を向ければ、パパパパッ、と申し合わせたかの如く、設備の灯が消えていく。
 祓いは、したが。
 影響下にあった係員は、自分達の存在を最初から認識して居なかったのではなかろうか、という可能性に思い至る。
 飛び降りようにも、事故防止に鍵は内側からは開かず、何よりこの高さである。そして急場の当然のお約束に、携帯電話は何故だか通話圏外だ。
 直親は顎を下げ……先とは違うイントネーションで、似て非なる問いかけを薫に向けた。
「……帰れないといったら?」
瞬間、薫の迷いのない一撃が、逃れる場のない直親のボディに決まった。


 翌朝、関係者・責任者総勢に迎えられながら、ゴンドラから下りて来た雨宮、久我の次期長達の片方は非道く不機嫌に、そしてもう一方はこの上なく上機嫌に。不備を詫びる関係者の謝罪を受容れたと言う。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月09日

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