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『Closing ―your eyes― 』
菊坂・静5566



「これどうぞー」
 配られたチラシには、配達屋の宣伝がでかでかと記載されている。
 だがそのチラシ、何か付録のようなものがついていた。
 配っていた金髪の少女はにっこり微笑む。
「桜茶ですぅ。ちょっといわくのあるものですけど、きっと素敵な夢をみれると思います〜」
 桜の葉を使ったお茶のようだ。それほど怪しい感じもないし、素直に貰っておくことにする。
 去り際に少女が声をかけてきた。
「寝る前に飲むと、きっと効果倍増ですよ〜! あと、うちのチラシ捨てないでくださいね〜! そんでもって、よければ今度配達品とかあったらウチを使ってくださ〜い!」

***

 チラシはともかくとして、それに付いている茶葉には興味が出た。
「桜茶……か」
 菊坂静は小さくそう呟く――。

**

 薄く瞼をあげたそこは薄暗く、やたらと……カビ臭い感じがした。
 おかしい。神経質な自分がこんな臭いをさせておくはずがない。昨日の夜だって、きちんと掃除して……。
 再び、ぱち、と瞬きしてから起き上がった。
「な、なにここ……??」
 見たことのない場所、だ。
 静がいたのは座敷牢の中。
 ぼんやりと見回している静は状況を把握しようと記憶の糸を手繰る。
 どうして自分はこんなところに居るのだろう? ここは自分の家ではない。
「え……と?」
 怪訝そうにする静は、足音に気付いて身構える。
 すぅ、と静かな音をたてて襖が開く。入ってきた着物の男は見覚えのない顔をしていた。
(……誰?)
 眉をひそめている静と、格子越しに男は対峙する。
 男はす、と頭をさげた。
「お目覚めになられましたか、静様」
「……静サマ?」
 なんだこの人。あたま大丈夫?
 思わず距離をとりそうになるが、冷たい表情で言い放つ。
「ところでここはどこ? なんで僕はこんなところにいるのかな」
「…………」
「この座敷牢はなに?」
「静様が騒ぎ立てられると思いまして、失礼ながらそこにしばらく居て欲しいのですが」
「は?」
 意味がわからない。
 騒ぎ立てるからここに居ろ?
「……要するに、僕を逃がさないためってこと?」
「そうなりますかな」
 無表情で言う男に、静は嘆息した。
「無理に僕をさらってきた理由はなんなの?」
「……朝食をお持ちします」
 そう言って男は一礼すると立ち上がり、襖の向こうへ去ってしまう。
 残された静は自分の発言を思い出す。
 そうだ。自分はさらわれたのだ。家に帰ろうとして、その途中で突然車に連れ込まれた。
 唐突の出来事だったので静はなんの対処もできずにいたのだ。そして……ここに連れてこられた。
 大きく息を吐いて静は慎重に周囲を観察する。
 見たところ古い家のようだ。それにこの座敷牢……頻繁には使っていないはず。
「でも……なんだか気持ち悪い……。変だ」
 この、胸の奥底にじわりと滲むような、重い空気。
 人の生活する場所ではない。
 箱庭の、中のような。
 頭のどこかで警鐘が鳴る。
 ――逃げろ。
(逃げたほうがいい。勘が、そう言ってる)
 でもどうやって?
 格子には古い錠前がかかっている。壊せるだろうか?
 手を伸ばしてみるが、壊れるような雰囲気はない。
 しばらく色々といじってみるものの、静は諦めて手を放した。
(はぁ……なんなんだろう、ここ)
 だいたいなぜ自分がさらわれるのだろうか?
 窓一つない部屋。今、どれくらいの時間だろうか? 朝食というからには朝なのだろうけど。
 体の調子を考えても、随分長いこと眠っていたのはわかる。なにか薬を嗅がされたのだろう。
 膝を抱えてしまう静はぼんやりとした瞳で呟く。
「誰か……僕の心配してるかな……?」
 してないかも、しれない。



 朝食、昼食、と運ばれ、今度は夕食。
 運ばれてくるものは和食だが、なんというか……精進料理のようなものだ。
 タイミングをうかがっていた静は運んできた男と視線を合わせた。
「『視ろ』」
 こちらを。
 静の赤い瞳を凝視したまま、男は硬直してしまう。
「『おまえの目に映るのは、誰も居ない牢。僕の姿はおまえには映らない』」
 それは暗示の囁き。
 男から視線を外し、静はす、と出入口から離れた。
 硬直していた男は五秒くらい経ってから瞬きし、それからぎょっとしたように目を剥いた。
 静の幻術で、男はいま幻をみているはず。静の姿のない、座敷牢の。
 慌てて視線をあちこちに向ける。勿論、静のほうにも。だが男にはそれが認識できない。
 男は青ざめ、何度も何度も周囲を見回す。そしてふところから鍵の束を取り出して牢の錠前を開けた。
 男は中に入って確かめる。
 それを横目に静は堂々と牢から出た。そのまま足音をたてないように部屋の隅に移動する。
 男は静がいないことを確認するや、襖を乱暴に開け、ばたばたと行ってしまった。
 開けっ放しはありがたい。静はそこから部屋の外に出る。
 見知らぬ屋敷の中を、人の気配を感じるたびに隠れつつ、静は逃げた。
 その途中、静は妙な話を聞いた。
 主のいない家とか。
 使われた、とか。
 意味はさっぱりわからないし、知りたいとも思わない。だいたい自分はこの家にはなんの関わりもない。
 自分の居るべき場所はここではない。こんな場所に自分が居るほうがおかしいのだ。
 それに――――ここは嫌いだ。
 荒い息を吐きながら屋敷の外まで逃げてきた静は、額に浮かんだ汗を拭う。
(ここまで逃げてきたのはいいけど……。ココって、どこなんだろう……)
 この場所がドコなのかわからなければ、帰れない。
 塀に手をついて休み、とりあえず考える。
(見た感じ、それほど田舎ってわけでもないし……道を探すのが先決だな。それから、車が通れば乗せてってもらおう)
 安易な考えだが、それ以外にいい考えは浮かばない。
「静様!」
 名前を呼ばれて静はビクッと反応し、そちらを向く。
 着物姿の初老の女がいた。静に懐中電灯を向ける。
 眩しさに顔を隠す静は、慌てて逃げ出した。
「だれかー! 静様がっ、静様がこちらに……!」
 大声で叫ぶ女に静は苛立つ。
 屋敷から大勢出てくる気配がした。
「あっ」
 転ぶ!
 裸足で逃げてきていたため、石を踏んで体が前に傾いた。
「はい、セーフ」
 受け止めた相手は軽い口調でそう言う。静は驚いて顔をあげた。
 黒のライダースーツ姿の若い男は黒のヘルメットまでしている。
(だ、だれ?)
 疑問符が浮かぶ静の前で男はヘルメットをとった。
「さらわれた王子様にしては、泥だらけだねえ」
「! 欠月さんっ!?」
 うそ!
 仰天している静は違和感を感じる。
 なんだろう……? 知っている欠月と、なにか雰囲気が違うというか……。
(あれ?)
 どこが違う?
 そういえば、なんだか身長が少しだけ高い。髪型が違う。真ん中分けじゃない。それに……。
 なんだかよくわからないが、色気が……以前とは比べ物にならないというか。
 妖艶さにさらに磨きがかかった笑みを浮かべた欠月は静にヘルメットをかぶらせた。
「さて、帰りますか」
「あ、あの?」
「早くしないとあいつらうるさそうだし……。ほら、モタモタしないの。バイク乗って」
 バイク?
 聞きなれない単語に静は完全に困惑していた。
 欠月に押されて、停めてあるバイクに向かう。大きな黒いバイクだ。残念ながら、どういう種類なのか静にはわからない。
「ほらほら」
「は、はい」
 乗るのにもたもたしていると、早速見つけてこちらに向かう男たちの姿が見えた。
 慌ててしまうが、乗りなれないものに簡単に乗れるわけがない。
 静がまだ乗れないのを確認するや、欠月は地面の影に掌を向ける。影がどろりと浮かび、形を変える。影は漆黒の棍になった。
 見慣れた光景になんだか嬉しくなる静はなんとかバイクに乗った。
「欠月さん、乗りました!」
「了解!」
 にやっと笑いながら返事をした欠月は襲いかかってくる相手を、
 ドカカッ――!
 と、一撃で叩きのめした。
 いや、音からして一撃ではないが、静の目には一撃に見えたのだ。
 倒れている男の数が六。今の一瞬で六撃は相手に放ったということになる。
「あ、相変わらず素晴らしい武器捌きですね……」
 自分も棍を扱うのが得意だが、純粋な戦闘を訓練してきた欠月とは比較にならない。
「今度教えてください、僕にも」
「いいけど……キミの保護者さんが怒りそうだからさぁ」
 苦笑する欠月はバイクに跨った。
 あれ? やっぱり変だ。
 欠月との身長差は5、6センチだったはず。それなのに、なんだか目線が違うし……。
(背中も……広いというか)
 華奢だったはずの欠月の体は、今はどちらかといえば『男性』のものだ。細身に変わりはないが、違う。
 それに。
「? 欠月さん……僕の保護者のこと知ってましたっけ?」
「え? なに言ってんの?」
 エンジンをかけて発進させる。
 静は欠月の腰に手を回してしがみついた。

 物凄いスピードで進んでいたバイクだったが、やがてそれが緩んでくる。
「ここまでくれば安心かな」
 欠月の声に静は意識がはっきりした。
「え?」
「だから、ここまでくればもう大丈夫って言ったんだよ」
「…………あの、どうして欠月さんが?」
「んー?」
「僕を、助けに来てくれたんですか?」
「そうだよ」
 さらりと欠月がそう言い放った。
 それが静には嬉しい。
「あの、さっきのは、どこなんですか? 誰の家なんです?」
「ああ……キミは関係ないの。知らなくていいよ」
 軽く笑いを含んで言う欠月の後ろで、静は怪訝そうにした。隠そうとしている?
「…………」
「なんか不服そうだね」
「教えてくれないからです。さらわれたのは僕なのに」
 欠月は夜目がきくのか、夜の道でも平気で運転している。しかも、バイクの運転も手慣れたものだ。
 夜風が少し寒い。
「知りたいの?」
「それは……はい」
「だーめ。知ってもいいことないから」
「どうしても!?」
「うるさいなあ。ダメって言ったらダメなの。あんまりうるさいと、チューしちゃうぞ」
「はあっ!?」
 あまりの発言に度肝を抜かれてしまうが、欠月はケラケラ笑った。
「濃厚なキッスでもお見舞いしてあげようか?」
「い、いりませんよそんなの!」
「まあそう言うだろうと思ってたよ。早く帰ろ。保護者さんてばすんごい眉間の皺だったし、警察沙汰になってるからさ」
「け、警察沙汰!?」
 とんでもないことになっているではないか!
 帰った時の保護者の怒り具合とかを考えると、静は少しだけ帰りたくなくなる。
 ああそうだ。
「欠月さん」
「ん?」
「助けてくれて……ありがとうございます」
 微笑んで感謝を口に出すと、欠月はふふっと笑った。
「いえいえ。キミが無事で良かったよ」
 そんな欠月の言葉を噛み締め、静は欠月にしっかりとしがみついた。

**

 瞼を開けた静は怪訝そうにした。
「……ん?」
 小さく呟いて起き上がる。
 見覚えのある部屋。そして、吸い慣れた空気。
 枕もとにあった携帯電話を取り、時間と、日付を確認した。
 いつもと同じ。昨日の続き。
 しかしまあ。
「……なんか変な夢だったな」
 まあでも、欠月が出てきたのでいい夢だったのだろう。たぶん。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 二年後、ということに気付かないようにとのことでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月08日

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