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『桜色の子守唄 』
オーマ・シュヴァルツ1953

「どこかの森で、大きくて綺麗な桜が咲いていて……」
「酒を飲みながら見るにはもってこいのな。桜の花びらがそれは綺麗に光っていて」
「ところが、その木の下には一人の女の子がぽつんと立っているんだ」
「可愛い女の子だろ? 何か探しているらしい。宝物だとか何とか」
「お母さんじゃなかったか、何か迷子になったらしい」
「俺はお父さんだって聞いたぞ」

 それは街角の──ありふれた話だと片付けるには、少々広まりすぎていた噂話。
 いずれにしても、共通しているのは──『桜の木の近くで、桜色の髪の少女が何かを探している』らしいということ。
 親兄弟、友人、ふかふかのクッション、金の鈴の黒猫、てのひらいっぱいの宝石、見たこともない花の種、なくしてしまった御伽噺の本、精霊の歌──……女の子が探しているものは、それこそその『夢』を見た者の数以上に存在していた。

 ──その夢には続きがあるらしい。
 少女が探しているものを見つけることができたなら、その女の子が何でも願いを叶えてくれるのだと。
 ただの尾ひれなのかもしれないし、もしかしたら本当の話なのかもしれない。
 しかしながら、まだ少女が探している『何か』を見つけた者はなく、だから、少女によって願いを叶えられた者もまた、いないのだ。

 まるで桜に包まれたような不思議な夢を見たのは、そんな話を小耳に挟んだ日の夜のこと

「ねえ、あなたは……わたしが探しているものを見つけてくれる?」
 それは、風に舞う小さな桜の花が運んできた、一つの物語。

*・**…・・

 誰かに名前を呼ばれたような気がして──気がついたらここにいた。今の状況を表現するなら、おおよそ、そんな感じだった。
「……ついに俺も呆けちまったかァ?」
 文字通り、世界が入れ替えられてしまったかのようだった。少なくとも我が家の台所に桜の木はないと、オーマ・シュヴァルツはそんなことを考えながら、辺りの景色を呆然と見つめていた。
「──シェラ!」
 咄嗟に──その視線の先にいた、見間違えるはずもない愛しい人の名を呼ぶ。
 淡い桜の色の中に紛れ込んでいた、鮮やかな色彩。振り向いたその人はどこまでも輝きを帯びていて、眩しかった。
「逃がさないよ、オーマ」
 挨拶代わりにこちらから口付けを降らせた。抱き締めれば、やわらかな身体は確かな存在感となって腕の中にいた。
「いいじゃないか、少しくらい味見したって俺のシェラへの愛は変わらねえ」
「何事にも順序ってものがあるだろう。花を見るより先に腹を満たしてどうするんだい」
「腹が減っては戦もできねえさ、だろう? しかしそれにしても……こいつぁ、見事なモンだな」
 森の中、並ぶ桜の花の色は圧巻だった。迷い込んだら戻ってくることが出来るだろうかと、そんなことを容易く思わせるような花迷路。
 けれど、その世界は決して迷路ではなかった。真っ直ぐに続いている道の、その先に辿りつくべき場所はあった。
 二人の視線の先、大きな大きな桜の木。それを見上げている──桜色の髪の少女。紛れ込んだ来客には気づいていないらしい、その背中がとても小さく見える。
「あの子は……ああ、噂の夢の姫君ってところだね。行くよ、オーマ。これも何かの縁だ、どうせなら思いっきり派手にやってやろうじゃないか」
 シェラが持っていた荷物──鮮やかな風呂敷包みに、オーマはさりげなく手を伸ばした。自分が持つ、という意思表示。目を細めて笑ったシェラが、小さく頷いて夫の手にそれを託す。
「愛し子の為なら命を分け与えたって望みは叶えてやりたいのが親というものさ。だろう? ──お嬢ちゃん、一人かい?」
 その呼びかけにゆっくりと振り向いた少女は、あどけなさの残る笑みを浮かべて、小さく首を傾げた。
「あなたたちがいるから、一人じゃないのよ! ……ねえ、わたしの探している物を、見つけてくれる?」
「見つけることが出来たら、何でも願いを叶えてくれるのかい?」
 それはささやかな合言葉。答え合わせを終えると、少女はぽんと手を打って何度も首を縦に振る。
「そう、そうよ! あなたのお願いはなあに?」
 問いかけにシェラが少女を抱き締め、優しくキスを贈った。少女は擽ったそうに肩を揺らし、その腕に身を委ねているようだった。
「あたしの願いは……そうさね──嬢ちゃんに笑って欲しいねえ。なあ、オーマ?」
「……そうだな、嬢ちゃんが心からの笑顔を見せてくれるってんなら、嬢ちゃんのために一肌でも二肌でも脱ぎましょうとも……ってな? ──お、来た来た。やっぱサモンも来たな」
 さながら愛娘探知機が見事な反応を示したかのように、オーマは視界の端でとらえた娘サモンに向かって思い切り両腕を広げ見事な大胸筋を誇示してみせる。
「愛しのマイ・ドゥタァ、さあ遠慮なくパパの膝の上でそのメロキュンプリティな姿を──!」
「……遠慮する」
 夢の中であろうと、サモンの素っ気無い反応は変わらなかった。ハンカチがあればそれを噛み締めたい衝動に駆られるが、代わりにシェラに泣きつくことでそれを鎮める。
「シェラ、これは……いや、この子は?」
 腰の辺りまで真っ直ぐに伸びた髪と、澄んだ瞳を持つ、桜色の少女。
「それを今から聞こうとしていた所だよ、サモン。腹が減っては戦は出来ぬというし、弁当でも食べながらって思っていた所だったのさ」
 母からの挨拶代わりのキスを頬に受けて、サモンはその傍らに腰を下ろした。母を挟んで、どこかぎこちなくそわそわとしている少女と見つめ合っている。サモンのために下の弟妹をと、つい考えてしまったが口にはしなかった。
「ねえ、あなたも、わたしの探しているものを見つけてくれる? 見つけてくれたら、あなたの願い、何でも叶えてあげる!」
 あどけなさの残る、それでいて、好奇心と期待に満ちた眼差しだった。
「探し物……?」
 サモンがそう呟いた瞬間、その胸の中にいた銀龍がぽんと飛び出して少女にじゃれ付いた。
「銀次郎……」
 桜の下で戯れる娘達と仔犬サイズの銀色の龍──何とも微笑ましい光景である。
「あの……シェラ。これは花見弁当と言うより……おせち料理じゃない……?」
 ──娘の突っ込みは、後になって考えてみると存分に的を得ていた。だが食べてみれば意外と──と言うよりも、不思議と──普段自分が作る料理よりも美味しいのではないかと思ってしまうほどに、『食べられる』ものだったから、ついつい箸が伸びてしまうのを止めることが出来なかった。
「よかったらサモンもお食べ? 今日の花見弁当はあたしにしては上出来だ」
「美味いぞ、サモンは食わねえのか?」
「……ごめん、僕はお腹が一杯だから。余ったら食べるよ」
「そうかい、じゃあこれでも飲んで……ほら、お嬢ちゃんも元気をお出し? 元気がないときにはこれが一等効くのさ」
 いつの間にやらそこには四人分のティーカップとソーサーが並んでいて、シェラが手際よくポットのお茶を注いでいた。
 少女が不思議そうにその中身──淡い色のルベリアの茶を眺めやっていたが、徐に手を伸ばし、広げた。まるで砂糖のように散らされた桜の花弁が、ふわりと浮かぶ。
「おや、まあ……風情のある」
 シェラが嬉しそうに目を細め、それを見たオーマも思わず頬を緩めてしまった。

 例えばこうやって誰かが誰かを喜ばせる、そんなささやかな気持ち。
 もしもこの少女が桜の化身であるのなら、その姿はどれだけ多くの人間、あるいは獣の心の琴線を弾くのだろうか。
 桜であるというだけで、少女は誰かを喜ばせることができるのだろう。

 ならば、一体誰がこの少女を喜ばせることができるというのか。
 美しいと、綺麗だと、賞賛するのとはまた違うような気がする。
 少女が真に求めているものは、果たして──

 サモンが立ち上がった。その姿を目で追いかける。彼女もまた、同じ疑問を抱いてくれただろうか。だとしたらそれはとても嬉しいことだ。
 伸ばされた両手が深い皺の刻まれた幹を撫で、額が軽く押し当てられる。それを見ていた少女が同じように桜に手を伸ばし、太い幹に細い腕を回して抱きついた。
「教えて、君の事。……聴かせて」
 ──サモンが触れた少女の『想い』は、きっと鮮やかだったに違いない。それは確信に近いものだった。
 遠い過去の風景が、一瞬だけ強く輝きを増した桜の花弁の中に垣間見えたような気がした。
「……君は……」
「なぁ嬢ちゃん、欲しいモンってぇのは……『てめぇ自身』でラブゲッチュ★しやがってこそよ、ギラリとマッチョに輝くモンでもあるんだぜ?」
 サモンの言いかけの問いを図らずも遮るように不意に口を開いたオーマが、一瞬遠い所を見つめて呟いた。
 その視線の先で何かが光ったような気がしたのはあえて見ないことにする。思った通り、少女は目を丸くしていた。
「ら、らぶげっちゅ……?」
「そんな卑猥な言葉で彼女を混乱させないでくれ。不潔だ」
 容赦なく叩き込まれた言葉と絶対零度の眼差しに射抜かれて、一人影を背負いながら地面に『の』の字を書き出したオーマを、しかしサモンは見ようともしなかった。
「だから嬢ちゃんも探すんだ。……皆で見つけようぜ?」
 娘の仕打ちに対し、立ち直りが早いのもいつものこと。
「ま、こういう時こそコイツの出番……ってな」
 得意気に胸を張ったオーマの手の中で、まるで手品か何かのようにぱっと花が咲いた。鼻腔を擽る甘い香りは、先程飲んだ茶と同じだ。
 少女が不思議そうに見ている。その反応を楽しむかのように、オーマはにやりと笑った。
「こいつは……花そのものが極上のミラクルを起こしてくれるプリティースウィートでな。話せば長くなるが、この花には俺と麗しのシェラとの壮大な愛のメモリアルが──」
「……今はそんな話に時間を割いている場合じゃない」
 この空間にあっては淡い桜色の光をを宿しているようにすら見える──ルベリアの花。それが、四輪。
 シェラは何も言わずにただ目を細めて夫の手から花を抜き取り、サモンも溜め息を交えながらではあるが母に従って花を取った。
 差し出されたその輝きに目をぱちぱちと瞬かせながら、少女もまた、己の手のひらよりも小さな花弁が微笑むそれを受け取った。

 輝きの色は赤。
 ──決して揺らぐことのない、確かな絆の色。

「……わた、し……お家がもう、ないの……っ。かえれ、ない……帰れないの……っ!」
 少女の瞳から大粒の涙が溢れ出すと同時に、その『想い』は言葉となって紡がれた。
「わたし、もう、ない……ないのに、みんな、どこかに行ってしまった。わたし、一人で……ここにいて、帰りたいのに……かえれ、なくて……」
「君は、一人じゃないよ」
 少女を抱き締める役目は、母であるシェラが自ら買って出る。その温もりが確かなものであると感じて欲しいと、サモンは願った。
「やっと答えてくれたな、嬢ちゃん」
 オーマの呟きが、花を輝石に変える。常日頃から見ていると言っても過言ではない父の、そして己も持ち合わせている力が、この桜色の夢の世界にあってはそれこそ──奇跡のようだった。
「こいつは嬢ちゃんのモンだ。何だ、まあー……その、家族の証っつうか、絆っていうか、な」
 きょとんと目を瞬かせた少女の両の手のひらに、『絆』の色の石が託される。もう一人の『娘』に、オーマは照れくさそうに頬をかきながら続けた。
「少なくともよ、嬢ちゃんは一人じゃないさ。嬢ちゃんは俺達を……俺達だけじゃねえ、色ンな奴を、嬢ちゃんの世界に呼んだんだ。多分ここと、俺達のいる世界は違うンだと思うが──俺達の世界じゃあな、今、みんな嬢ちゃんの話をしてる」
「……ほん、とう? ──わたし、一人じゃない……?」
 手の中の輝石と、三人の顔を見やりながら、少女は震える声でその問いかけを紡いだ。
 三人は──力強い、良く似た笑みをそれそれに湛えながら、しっかりと頷いてみせた。
「頼りないかもしれねえが、俺で良けりゃいつだってパパって呼んでくれよ」
「お母さんって呼んでおくれ。いつかうちにご飯を食べにおいで? ……待ってるからね」
「じゃあ、僕は……お姉ちゃんと妹、どっちだろう……」
 ──三人の言葉と、笑顔に。少女が本当に嬉しそうに笑って、頷いた。

 そして。
 夢の終わりは唐突に訪れる。

 少女の瞳から溢れる涙が桜の花弁に変わり──やわらかな風が桜の香りを纏って駆け抜けた。

*・**…・・

 どうやって夢の世界から帰ってきたのかは、覚えていない。
「あれ……?」
 ふと気がつけば見慣れた台所で、いつの間にか揃って気を失ってしまっていたようだった。
「……二人とも、見たかい?」
 束の間の『夢』が、夢ではなかったという証。共有できた記憶と、空っぽになった重箱──もとい、弁当箱と。
 そして、ふわりと舞って消えたような気がした、小さな桜の花弁。

 それは春色の風と膨らみ綻んだ花の微笑みがもたらした、一つの優しい物語。
「また、逢えるといいね」
 確かな想いが絆に変わる。それはきっと、いつかまた出逢うための約束と、道標。



 ──数分後。
 爽やかな夜明けの空の下に、夢から醒めたオーマの──愛しの妻の『手料理』による──悲鳴が轟いたのは、また、別の話であるが。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳(実年齢39歳)】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳(実年齢439歳)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご指名頂きまして、誠にありがとうございました。
ご家族の皆々様の設定や素敵な雰囲気を生かしきれたかどうか、不安が尽きませんが…!
櫻の夢の物語のひとつとして、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

羽鳥日陽子 拝
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
羽鳥日陽子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年05月08日

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