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『桜色の子守唄 』
シェラ・シュヴァルツ2080

「どこかの森で、大きくて綺麗な桜が咲いていて……」
「酒を飲みながら見るにはもってこいのな。桜の花びらがそれは綺麗に光っていて」
「ところが、その木の下には一人の女の子がぽつんと立っているんだ」
「可愛い女の子だろ? 何か探しているらしい。宝物だとか何とか」
「お母さんじゃなかったか、何か迷子になったらしい」
「俺はお父さんだって聞いたぞ」

 それは街角の──ありふれた話だと片付けるには、少々広まりすぎていた噂話。
 いずれにしても、共通しているのは──『桜の木の近くで、桜色の髪の少女が何かを探している』らしいということ。
 親兄弟、友人、ふかふかのクッション、金の鈴の黒猫、てのひらいっぱいの宝石、見たこともない花の種、なくしてしまった御伽噺の本、精霊の歌──……女の子が探しているものは、それこそその『夢』を見た者の数以上に存在していた。

 ──その夢には続きがあるらしい。
 少女が探しているものを見つけることができたなら、その女の子が何でも願いを叶えてくれるのだと。
 ただの尾ひれなのかもしれないし、もしかしたら本当の話なのかもしれない。
 しかしながら、まだ少女が探している『何か』を見つけた者はなく、だから、少女によって願いを叶えられた者もまた、いないのだ。

 まるで桜に包まれたような不思議な夢を見たのは、そんな話を小耳に挟んだ日の夜のこと

「ねえ、あなたは……わたしが探しているものを見つけてくれる?」
 それは、風に舞う小さな桜の花が運んできた、一つの物語。

*・**…・・

「……見事な花見日和じゃあないか」
 ちらちらと舞う、ほのかに輝きを抱く桜の花弁を見やりながら、シェラ・シュヴァルツは感嘆の息と呟きを零した。
「で、オーマとサモンはどこにいるんだい?」
「──シェラ!」
 まるで桜に問いかけたような言葉に、はっきりとした声で答えが返った。聞き覚えのあるそれに振り返ると、その先に思い描いた人が居た。
「逃がさないよ、オーマ」
 笑いながら、挨拶代わりのキスに酔いしれる。夫の背中に両腕を回して、大団円にはまだ早いと言わんばかりの束の間の抱擁を楽しんだ。
「いいじゃないか、少しくらい味見したって俺のシェラへの愛は変わらねえ」
「何事にも順序ってものがあるだろう。花を見るより先に腹を満たしてどうするんだい」
「腹が減っては戦もできねえさ、だろう? しかしそれにしても……こいつぁ、見事なモンだな」
 オーマの言葉に同意するように、シェラは深く頷いた。おそらくは噂の夢の世界に迷い込んでしまったのだろうが、こんなにも多くの桜が舞う場所は、もしかしたらソーン中を探し回っても見つけるのは難しいかもしれない──そんな思いすら抱かせる花の世界だった。
 道は真っ直ぐに続いていて、二人の視線の先には一際大きな桜の木があり、それをたった一人で見上げている──桜色の髪の少女がいた。
「あの子は……ああ、噂の夢の姫君ってところだね。行くよ、オーマ。これも何かの縁だ、どうせなら思いっきり派手にやってやろうじゃないか」
 シェラが持っていた荷物──鮮やかな風呂敷包みに、オーマはさりげなく手を伸ばした。自分が持つ、という意思表示。目を細めて笑ったシェラが、小さく頷いて夫の手にそれを託す。
「愛し子の為なら命を分け与えたって望みは叶えてやりたいのが親というものさ。だろう? ──お嬢ちゃん、一人かい?」
 その呼びかけにゆっくりと振り向いた少女は、あどけなさの残る笑みを浮かべて、小さく首を傾げた。
「あなたたちがいるから、一人じゃないのよ! ……ねえ、わたしの探している物を、見つけてくれる?」
「見つけることが出来たら、何でも願いを叶えてくれるのかい?」
 それはささやかな合言葉。答え合わせを終えると、少女はぽんと手を打って何度も首を縦に振る。
「そう、そうよ! あなたのお願いはなあに?」
 問いかけにシェラが少女を抱き締め、優しくキスを贈った。少女は擽ったそうに肩を揺らし、その腕に身を委ねているようだった。
「あたしの願いは……そうさね──嬢ちゃんに笑って欲しいねえ。なあ、オーマ?」
「……そうだな、嬢ちゃんが心からの笑顔を見せてくれるってんなら、嬢ちゃんのために一肌でも二肌でも脱ぎましょうとも……ってな? ──お、来た来た。やっぱサモンも来たな」
 さながら愛娘探知機が見事な反応を示したかのように、オーマは視界の端でとらえた娘サモンに向かって思い切り両腕を広げ見事な大胸筋を誇示してみせる。
「愛しのマイ・ドゥタァ、さあ遠慮なくパパの膝の上でそのメロキュンプリティな姿を──!」
「……遠慮する」
 夢の中であろうと、サモンの素っ気無い反応は変わらなかった。抱きついてくる夫をよしよしと撫でてみるが、これではどっちが親で子なのかわからない。
「シェラ、これは……いや、この子は?」
 腰の辺りまで真っ直ぐに伸びた髪と、澄んだ瞳を持つ、桜色の少女。淡い光の降る空間では、一層神秘的だ。
「それを今から聞こうとしていた所だよ、サモン。腹が減っては戦は出来ぬというし、弁当でも食べながらって思っていた所だったのさ」
 挨拶代わりに娘の頬にキスを贈る。サモンは己の傍らに腰を下ろし、どこかぎこちなくそわそわとしている少女と視線を交わした。お互いに照れているようにも見える。もしサモンの下に弟か妹がいたら、それは何と幸せな光景だろうか。
「ねえ、あなたも、わたしの探しているものを見つけてくれる? 見つけてくれたら、あなたの願い、何でも叶えてあげる!」
 あどけなさの残る、それでいて、好奇心と期待に満ちた眼差しだった。
「探し物……?」
 サモンがそう呟いた瞬間、その胸の中にいた銀龍がぽんと飛び出して少女にじゃれ付いた。
「銀次郎……」
 桜の下で戯れる娘達と仔犬サイズの銀色の龍──まるで娘の気持ちを代弁しているかのようで、嬉しさに笑みを隠せない。
「あの……シェラ。これは花見弁当と言うより……おせち料理じゃない……?」
 そう呼ばれてもいいくらいには気合を入れたつもりだったから、娘の呟きは己にとっては誉め言葉だった。
「よかったらサモンもお食べ? 今日の花見弁当はあたしにしては上出来だ」
「美味いぞ、サモンは食わねえのか?」
「……ごめん、僕はお腹が一杯だから。余ったら食べるよ」
 シェラはあっさりと頷く。オーマが全部食べてしまうような気がしないでもないが、それならそれでまた後で作ればいいだけの話だ。
「そうかい、じゃあこれでも飲んで……ほら、お嬢ちゃんも元気をお出し? 元気がないときにはこれが一等効くのさ」
 夢の中だから願えば何でも出てくると、シェラは密かに気づいていた。四人分のティーカップとソーサー、そして咲いている時そのままの芳香を宿す、ルベリアの花の茶。
 少女が不思議そうにその中身──淡い色のルベリアの茶を眺めやっていたが、徐に手を伸ばし、広げた。まるで砂糖のように散らされた桜の花弁が、ふわりと浮かぶ。
「おや、まあ……風情のある」
 シェラは嬉しそうに目を細め、思わずと言った風に頬を緩めたオーマを見やり、また笑った。

 桜の輝きは、まるで命の歌声のようだった。風が踊るのに合わせて踊っているようにも見える、宵の花の密やかな宴。
 少女は果たして、何を求めているのだろう。誰を呼んでいるのだろう。
 ──この夢に迷い込んだ者達に、何を、伝えようとしていたのだろう。
 願いは己で叶えてこそのもの。だが、少女にはそれができなかったのではないだろうか。
 だから己ではない誰かに、その願いを託そうとしたのか。

 あるいは──己一人では叶えることのできない願いなのだろうか。

 サモンが立ち上がった。その姿を目で追いかける。もしかしたら彼女なら、その答えを見つけてくれるかもしれないと、そう思った。
 伸ばされた両手が深い皺の刻まれた幹を撫で、額が軽く押し当てられる。それを見ていた少女が同じように桜に手を伸ばし、太い幹に細い腕を回して抱きついた。
「教えて、君の事。……聴かせて」
 サモンは瞬きよりも短い瞬間の中で、何を感じ取ったのだろう。
 その瞬間、強く輝きを増した桜の光に、シェラは目を奪われていた。
「……君は……」
「なぁ嬢ちゃん、欲しいモンってぇのは……『てめぇ自身』でラブゲッチュ★しやがってこそよ、ギラリとマッチョに輝くモンでもあるんだぜ?」
 不意に、オーマが口を開いた。穏やかな眼差しはどこか遠くを見つめているようだったが、その先に何があるのか推測するのは容易いことかもしれなかった。
「ら、らぶげっちゅ……?」
「そんな卑猥な言葉で彼女を混乱させないでくれ。不潔だ」
 容赦なく叩き込まれた言葉と絶対零度の眼差しに射抜かれて、一人影を背負いながら地面に『の』の字を書き出したオーマを、しかしサモンは見ようともしなかった。
「だから嬢ちゃんも探すんだ。……皆で見つけようぜ?」
 娘の仕打ちに対し、立ち直りが早いのもいつものこと。
「ま、こういう時こそコイツの出番……ってな」
 得意気に胸を張ったオーマの手の中で、まるで手品か何かのようにぱっと花が咲いた。鼻腔を擽る甘い香りは、先程飲んだ茶と同じだ。
 少女が不思議そうに見ている。その反応を楽しむかのように、オーマはにやりと笑った。
「こいつは……花そのものが極上のミラクルを起こしてくれるプリティースウィートでな。話せば長くなるが、この花には俺と麗しのシェラとの壮大な愛のメモリアルが──」
「……今はそんな話に時間を割いている場合じゃない」
 この空間にあっては淡い桜色の光をを宿しているようにすら見える──ルベリアの花。それが、四輪。
 シェラは何も言わずにただ目を細めて夫の手から花を抜き取り、サモンも溜め息を交えながらではあるが母に従って花を取った。
 差し出されたその輝きに目をぱちぱちと瞬かせながら、少女もまた、己の手のひらよりも小さな花弁が微笑むそれを受け取った。

 輝きの色は赤。
 ──決して揺らぐことのない、確かな絆の色。

「……わた、し……お家がもう、ないの……っ。かえれ、ない……帰れないの……っ!」
 少女の瞳から大粒の涙が溢れ出すと同時に、その『想い』は言葉となって紡がれた。
「わたし、もう、ない……ないのに、みんな、どこかに行ってしまった。わたし、一人で……ここにいて、帰りたいのに……かえれ、なくて……」
「君は、一人じゃないよ」
 少女を抱き締める役目は、母であるシェラが自ら買って出る。その温もりが確かなものであると感じて欲しいと、サモンは願った。
「やっと答えてくれたな、嬢ちゃん」
 オーマの呟きが、花を輝石に変える。常日頃から見ていると言っても過言ではない父の、そして己も持ち合わせている力が、この桜色の夢の世界にあってはそれこそ──奇跡のようだった。
「こいつは嬢ちゃんのモンだ。何だ、まあー……その、家族の証っつうか、絆っていうか、な」
 きょとんと目を瞬かせた少女の両の手のひらに、『絆』の色の石が託される。もう一人の『娘』に、オーマは照れくさそうに頬をかきながら続けた。
「少なくともよ、嬢ちゃんは一人じゃないさ。嬢ちゃんは俺達を……俺達だけじゃねえ、色ンな奴を、嬢ちゃんの世界に呼んだんだ。多分ここと、俺達のいる世界は違うンだと思うが──俺達の世界じゃあな、今、みんな嬢ちゃんの話をしてる」
「……ほん、とう? ──わたし、一人じゃない……?」
 手の中の輝石と、三人の顔を見やりながら、少女は震える声でその問いかけを紡いだ。
 三人は──力強い、良く似た笑みをそれそれに湛えながら、しっかりと頷いてみせた。
「頼りないかもしれねえが、俺で良けりゃいつだってパパって呼んでくれよ」
「お母さんって呼んでおくれ。いつかうちにご飯を食べにおいで? ……待ってるからね」
「じゃあ、僕は……お姉ちゃんと妹、どっちだろう……」
 ──三人の言葉と、笑顔に。少女が本当に嬉しそうに笑って、頷いた。

 そして。
 夢の終わりは唐突に訪れる。

 少女の瞳から溢れる涙が桜の花弁に変わり──やわらかな風が桜の香りを纏って駆け抜けた。

*・**…・・

 どうやって夢の世界から帰ってきたのかは、覚えていない。
「あれ……?」
 ふと気がつけば見慣れた台所で、いつの間にか揃って気を失ってしまっていたようだった。
「……二人とも、見たかい?」
 束の間の『夢』が、夢ではなかったという証。共有できた記憶と、空っぽになった重箱──もとい、弁当箱と。
 そして、ふわりと舞って消えたような気がした、小さな桜の花弁。

 それは春色の風と膨らみ綻んだ花の微笑みがもたらした、一つの優しい物語。
「また、逢えるといいね」
 確かな想いが絆に変わる。それはきっと、いつかまた出逢うための約束と、道標。



 ──数分後。
 爽やかな夜明けの空の下に、夢から醒めたオーマの──愛しの妻の『手料理』による──悲鳴が轟いたのは、また、別の話であるが。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳(実年齢39歳)】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳(実年齢439歳)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご指名頂きまして、誠にありがとうございました。
ご家族の皆々様の設定や素敵な雰囲気を生かしきれたかどうか、不安が尽きませんが…!
櫻の夢の物語のひとつとして、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

羽鳥日陽子 拝
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
羽鳥日陽子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年05月08日

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