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『桜色の子守唄 』
サモン・シュヴァルツ2079

「どこかの森で、大きくて綺麗な桜が咲いていて……」
「酒を飲みながら見るにはもってこいのな。桜の花びらがそれは綺麗に光っていて」
「ところが、その木の下には一人の女の子がぽつんと立っているんだ」
「可愛い女の子だろ? 何か探しているらしい。宝物だとか何とか」
「お母さんじゃなかったか、何か迷子になったらしい」
「俺はお父さんだって聞いたぞ」

 それは街角の──ありふれた話だと片付けるには、少々広まりすぎていた噂話。
 いずれにしても、共通しているのは──『桜の木の近くで、桜色の髪の少女が何かを探している』らしいということ。
 親兄弟、友人、ふかふかのクッション、金の鈴の黒猫、てのひらいっぱいの宝石、見たこともない花の種、なくしてしまった御伽噺の本、精霊の歌──……女の子が探しているものは、それこそその『夢』を見た者の数以上に存在していた。

 ──その夢には続きがあるらしい。
 少女が探しているものを見つけることができたなら、その女の子が何でも願いを叶えてくれるのだと。
 ただの尾ひれなのかもしれないし、もしかしたら本当の話なのかもしれない。
 しかしながら、まだ少女が探している『何か』を見つけた者はなく、だから、少女によって願いを叶えられた者もまた、いないのだ。

 まるで桜に包まれたような不思議な夢を見たのは、そんな話を小耳に挟んだ日の夜のこと

「ねえ、あなたは……わたしが探しているものを見つけてくれる?」
 それは、風に舞う小さな桜の花が運んできた、一つの物語。

*・**…・・

 そもそもの始まりは一体何だっただろうかと、サモン・シュヴァルツはぼんやりと考えながら辺りを見渡した。
 春は命が輝く季節。淡い蕾が綻んだという一報を受けて、花見に行こうと言い出したのは父──オーマ・シュヴァルツだ。大方、賑やかな花の宴の中で親子の愛を深めようという魂胆だろう。
 腕によりをかけると言ったのは母──シェラ・シュヴァルツ。重箱に詰められた極彩色の花見弁当を摘み食いしたオーマと、そんな夫に愛の大鎌を振るっていたシェラ。二人が台所で繰り広げていた色々な意味で死闘とも言える『いつものこと』を、何とかして鎮めようと自分なりに奮闘していたはずだった──のだが。
 一面に広がる桜色に、サモンは溜め息交じりの呟きを零した。昼間、小耳に挟んだ『噂話』を頭の片隅で思い出す。
 どうやらその噂は嘘ではなくて、自分は今まさにその『夢』の中にいるということを、認めるしかないらしい。そうでなければ、一瞬にして現れたようにしか見えないこの桜の群れは、一体何だというのか。
「銀次郎……」
 召喚した覚えもないのに相棒たる銀龍──しかも幸か不幸か仔犬大──が傍らに寄り添っているのも、ここが夢の中だという事を思えば納得が行く。
 これだけの桜の下を、飛び回りたくなる気持ちだって、わかるような気がするから。
「──桜舞い揺らぐ其の『陰』に眠っているものは……一体何なんだろう……ね」
 自分が『ここ』にいるのならば、きっとあの二人もいるに違いない。サモンは小さな銀色の龍を抱き上げると、桜花の舞う道を歩き出す。
 そこに辿り着くまでに、さほど時間はかからなかった。

 桜色の開けた空間に、見覚えのある──というよりもさっきまで一緒にいたはずの──二人と、桜色の髪の見知らぬ少女が座っていた。一際大きな桜の木、その下に敷かれている茣蓙、そして夢に落ちる前に見た極彩色の料理が首を揃えて待っていると推測するのは容易い、重箱。
「──お、来た来た。やっぱサモンも来たな」
 浮かんでは消える疑問の種を掴み取るより早く、彼女の到着に気づいた男がばっと勢いよく振り向いて両手を広げてきた。
「愛しのマイ・ドゥタァ、さあ遠慮なくパパの膝の上でそのメロキュンプリティな姿を──!」
「……遠慮する」
 やはり夢の中でもオーマは娘に振られていた。傍らのシェラに泣きついている姿もいつものことだ。
「シェラ、これは……いや、この子は?」
 腰の辺りまで真っ直ぐに伸びた髪と、澄んだ瞳を持つ、桜色の少女。
「それを今から聞こうとしていた所だよ、サモン。腹が減っては戦は出来ぬというし、弁当でも食べながらって思っていた所だったのさ」
 母からの挨拶代わりのキスを頬に受けて、サモンはその傍らに腰を下ろした。母を挟んで、どこかぎこちなくそわそわとしている少女と目が合う。
「ねえ、あなたも、わたしの探しているものを見つけてくれる? 見つけてくれたら、あなたの願い、何でも叶えてあげる!」
「探し物……?」
 そう、噂話を耳にした瞬間から気に掛かっていた少女の『探し物』誰かがこの夢に迷い込む度におそらくは変わっている、少女の願い。
 自分は銀次郎と友達になれたらと願っているけれど、彼女が本当に欲しいと思っているものは、一体何だろう。
 寂しそうだと心のどこかで呟いた瞬間に、銀龍がぽんと飛び出して少女の下へ駆け寄った。
「銀次郎……」
 少女がそっと伸ばした手に、銀次郎は鼻先を擦り付ける。少女の驚きは大きいようだったが、打ち解けるのもすぐだった。
 とりあえず少女が自分達を歓迎してくれているということに安堵の気持ちを覚えながら、サモンはシェラを見やり、恐る恐る口を開いた。
「あの……シェラ。これは花見弁当と言うより……おせち料理じゃない……?」
 ──もしかしたら突っ込んではいけなかったのかもしれない、極彩色の母の手料理。明らかに三人分より多い。
 オーマが心底美味しそうに先程から手をつけているのが何となく気がかりではあるが、あえて見て見ぬ振りを決め込んでおくことにした。
「よかったらサモンもお食べ? 今日の花見弁当はあたしにしては上出来だ」
「美味いぞ、サモンは食わねえのか?」
「……ごめん、僕はお腹が一杯だから。余ったら食べるよ」
「そうかい、じゃあこれでも飲んで……ほら、お嬢ちゃんも元気をお出し? 元気がないときにはこれが一等効くのさ」
 夢の中だからこそ、何でも出てくるのかもしれない。サモンはある意味呑気な思考を巡らせて、母が手ずから淹れてくれたお茶のカップに手を伸ばした。
 覚えのある香りが、桜に挨拶をするかのように舞い上がる。酒のように杯──カップを取り交わすのだろうかと思っていたら、徐に伸ばされた少女の手が、立ち上る香気に桜の花弁を散らした。
「おや、まあ……風情のある」
 シェラが嬉しそうに目を細めるのを見て、嬉しくなってしまったのはきっと、少女だけではなかっただろう。

 桜は綺麗な花だ。控え目に咲き綻ぶその小さな姿は、多くの人や獣の心に言い知れぬ情感を呼び起こす。
 けれど、桜はどうなのだろう。桜自身は──誰のために、あるいは、何のために咲いているのだろう。
(……そんなこと、考えたこともなかった)
 花はただ咲くものだ。桜は春風に呼び起こされて咲いて、散っていく。それが役目だと思っていた。それ以上でも、それ以下でもないと思っていた。
 だけど、違うのかもしれない。桜──この少女にも、何かのために、誰かのために、咲きたいと思う理由があるのかもしれない。
 それを、見つけることができるだろうか。サモンは少女を見つめながら、自分の血に問いかけた。そうしてカップを置いて立ち上がると、少女がじっと見ていた桜の木に手を伸ばす。両手を、額を、深く皺を刻んだ幹に押し当てて、目を閉じた。頬を擽る桜の花弁の、その歌声に耳を澄ます様に。
 それを見ていた少女が、同じように桜の木に手を伸ばした。抱き締めるように、愛しむように。まるで我が子を抱く母親のように。
「教えて、君の事。……聴かせて」
 ──君が本当に欲しいと願っているもの。愛しいと思うもの。

 少女の鮮明な『想い』は、瞬く間に世界を桜色に染め上げた。鮮やかすぎて引き込まれてしまいそうなほどに、それは儚く美しいものだった。
 そして、サモンは少女の『過去』を視た。

*・**…・・

 どこかの街の風景、広場に立つ大きな、──大きな桜の木。
 人が居た。
 数え切れない程の人が、少女の宿る桜の下で一時の夢に酔いしれていた。
 明けない夜の宴。星と月の光に照らされた少女の舞台。幾度となく繰り返される、春の景色。

 ──けれど。
 永遠に続くかと思われたその世界が、一瞬にして終わりを迎える。

 紅い色。
 全てを焼き尽くし灰に変えた、在りし日の戦火。

 ……どれほど昔の出来事だったのだろう。
 それでもなお、少女は咲き続けていた。

*・**…・・

「……君は……」
「なぁ嬢ちゃん、欲しいモンってぇのは……『てめぇ自身』でラブゲッチュ★しやがってこそよ、ギラリとマッチョに輝くモンでもあるんだぜ?」
 サモンの言いかけの問いを図らずも遮るように不意に口を開いたオーマが、一瞬遠い所を見つめて呟いた。
 その視線の先で何かが光ったような気がしたのはあえて見ないことにする。思った通り、少女は目を丸くしていた。
「ら、らぶげっちゅ……?」
「そんな卑猥な言葉で彼女を混乱させないでくれ。不潔だ」
 容赦なく叩き込まれた言葉と絶対零度の眼差しに射抜かれて、一人影を背負いながら地面に『の』の字を書き出したオーマを、しかしサモンは見ようともしなかった。
「だから嬢ちゃんも探すんだ。……皆で見つけようぜ?」
 娘の仕打ちに対し、立ち直りが早いのもいつものこと。
「ま、こういう時こそコイツの出番……ってな」
 得意気に胸を張ったオーマの手の中で、まるで手品か何かのようにぱっと花が咲いた。鼻腔を擽る甘い香りは、先程飲んだ茶と同じだ。
 少女が不思議そうに見ている。その反応を楽しむかのように、オーマはにやりと笑った。
「こいつは……花そのものが極上のミラクルを起こしてくれるプリティースウィートでな。話せば長くなるが、この花には俺と麗しのシェラとの壮大な愛のメモリアルが──」
「……今はそんな話に時間を割いている場合じゃない」
 この空間にあっては淡い桜色の光をを宿しているようにすら見える──ルベリアの花。それが、四輪。
 シェラは何も言わずにただ目を細めて夫の手から花を抜き取り、サモンも溜め息を交えながらではあるが母に従って花を取った。
 差し出されたその輝きに目をぱちぱちと瞬かせながら、少女もまた、己の手のひらよりも小さな花弁が微笑むそれを受け取った。

 輝きの色は赤。
 ──決して揺らぐことのない、確かな絆の色。

「……わた、し……お家がもう、ないの……っ。かえれ、ない……帰れないの……っ!」
 少女の瞳から大粒の涙が溢れ出すと同時に、その『想い』は言葉となって紡がれた。
「わたし、もう、ない……ないのに、みんな、どこかに行ってしまった。わたし、一人で……ここにいて、帰りたいのに……かえれ、なくて……」
「君は、一人じゃないよ」
 少女を抱き締める役目は、母であるシェラが自ら買って出る。その温もりが確かなものであると感じて欲しいと、サモンは願った。
「やっと答えてくれたな、嬢ちゃん」
 オーマの呟きが、花を輝石に変える。常日頃から見ていると言っても過言ではない父の、そして己も持ち合わせている力が、この桜色の夢の世界にあってはそれこそ──奇跡のようだった。
「こいつは嬢ちゃんのモンだ。何だ、まあー……その、家族の証っつうか、絆っていうか、な」
 きょとんと目を瞬かせた少女の両の手のひらに、『絆』の色の石が託される。もう一人の『娘』に、オーマは照れくさそうに頬をかきながら続けた。
「少なくともよ、嬢ちゃんは一人じゃないさ。嬢ちゃんは俺達を……俺達だけじゃねえ、色ンな奴を、嬢ちゃんの世界に呼んだんだ。多分ここと、俺達のいる世界は違うンだと思うが──俺達の世界じゃあな、今、みんな嬢ちゃんの話をしてる」
「……ほん、とう? ──わたし、一人じゃない……?」
 手の中の輝石と、三人の顔を見やりながら、少女は震える声でその問いかけを紡いだ。
 三人は──力強い、良く似た笑みをそれそれに湛えながら、しっかりと頷いてみせた。
「頼りないかもしれねえが、俺で良けりゃいつだってパパって呼んでくれよ」
「お母さんって呼んでおくれ。いつかうちにご飯を食べにおいで? ……待ってるからね」
「じゃあ、僕は……お姉ちゃんと妹、どっちだろう……」
 ──三人の言葉と、笑顔に。少女が本当に嬉しそうに笑って、頷いた。

 そして。
 夢の終わりは唐突に訪れる。

 少女の瞳から溢れる涙が桜の花弁に変わり──やわらかな風が桜の香りを纏って駆け抜けた。

*・**…・・

 どうやって夢の世界から帰ってきたのかは、覚えていない。
「あれ……?」
 ふと気がつけば見慣れた台所で、いつの間にか揃って気を失ってしまっていたようだった。
「……二人とも、見たかい?」
 束の間の『夢』が、夢ではなかったという証。共有できた記憶と、空っぽになった重箱──もとい、弁当箱と。
 そして、ふわりと舞って消えたような気がした、小さな桜の花弁。

 それは春色の風と膨らみ綻んだ花の微笑みがもたらした、一つの優しい物語。
「また、逢えるといいね」
 確かな想いが絆に変わる。それはきっと、いつかまた出逢うための約束と、道標。



 ──数分後。
 爽やかな夜明けの空の下に、夢から醒めたオーマの──愛しの妻の『手料理』による──悲鳴が轟いたのは、また、別の話であるが。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳(実年齢39歳)】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳(実年齢439歳)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご指名頂きまして、誠にありがとうございました。
ご家族の皆々様の設定や素敵な雰囲気を生かしきれたかどうか、不安が尽きませんが…!
櫻の夢の物語のひとつとして、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

羽鳥日陽子 拝
PCゲームノベル・櫻ノ夢 -
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聖獣界ソーン
2006年05月08日

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