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『藤を抱きて 』
清芳3010)&馨(3009)


 清芳(さやか)はカレンダーを目の前にし、じっと考え込んでいた。
「甘味は、私の趣味だ」
 一緒に甘い味を堪能したとしても、幸せな気分に浸るのはどちらかといえば自分の方だ。相手が最大級に喜ぶ事ではない。残念ながら。
「抱き枕は……あまり見ないけどクリスマスにあげたし」
 確かにあげた抱き枕は、あまり見ない。だがきっと、大事にしてくれているはずだ。大事にしてくれる人だから。
「本も、同じだ」
 同じくクリスマスにあげた本は、この目で大事にしているのを見ている。つまりは、クリスマスにあげたものは全て大事にしてくれているということだ。
 それは同時に、それらのものでは相手を喜ばせるプレゼントとして成立しないという事を物語っていた。
(どうするか)
 清芳は再び「うーむ」と悩む。目の前のカレンダーは、5月12日のところに丸がされている。素っ気なく赤でぐるりと丸をしているのだが、その丸に恐ろしく気合が入っているのは間違いない。
 何しろ結婚してから……いや、ソーンに来てから始めて迎える馨(かおる)の誕生日なのだから。
「何をしたらいいんだろう?」
 また再び、最初の疑問に戻る。何かをしてあげたい、何かを贈りたいというのは確かなのだ。大事な人の、誕生日。喜ばせてあげたいのだ。
「手作り、といっても」
 時期が時期だった。手編みのマフラーなど、これからの季節に合うはずも無い。
 きっと馨ならば、何をプレゼントしたとしても喜んでくれるだろう。だが、それでは意味が無いのだ。びっくりさせるほど喜ばせたい。思い出に残る誕生日にしたい。そういう思いで一杯なのだから。
「清芳さん、読書でもしにいきませんか?」
 悩んでいるところに、向こうから馨の声がした。清芳ははっとし、慌ててカレンダーから目をそらしながら「行く」と答える。
「じゃあ、外で待ってますね」
「分かった」
 馨の言葉に答え、清芳は再び「うーむ」と悩む。
「どうしようかなぁ」
 馨にどうして欲しいかなどと聞くというのも、なんとなくつまらない。清芳はその悩みを抱えたまま、馨と連れ立ってガルガンドの館に行く事になってしまった。
 膨大な蔵書が立ち並ぶ中、馨はそっと小声で清芳に囁く。
「向こうの方を見てきますから」
「分かった」
 清芳の答えにそっと微笑みながら頷き、馨は向こうへと向かっていった。清芳は一人残され、カウンターにいるディアナのところに向かう。
「あら、どうしたの?」
 愛想よく話しかけてくれるディアナに少しだけほっとしつつ、清芳は口を開く。いたって真面目な顔で。
「何かいい案はないか?その……いいなぁっていうような」
「曖昧ねぇ」
「うん、そうなんだけど」
 ディアナの苦笑に対し、清芳は困ったように答える。直接「馨さんの誕生日を祝いたい」といえばすむ事かもしれないが、なんとなく自分の胸の中にしまっておきたい気分だった。
「そうねぇ、それならこれなんてどう?」
 ディアナがそう言って取り出したのは、ガイドマップであった。ソーン内の美しい風景が見れる場所や、おいしいお店などが所狭しと載っている。
「あ」
 そんな中、清芳はとあるページに釘付けになる。
 それは、一面の藤だった。美しい薄紫色や白色が、ゆらりと風になびいているような写真だった。
 清芳はその写真が取られた場所の地図を何度も見つめ、頭の中に叩きいれる。
「借りて帰ってもいいのよ?」
「いや、これを見ながら行くよりも、何も見ずに行く方がいい」
 清芳はそう言い、小さな声で「よし」と呟く。場所をしっかりと暗記したのだ。
「後は早起きするだけだ」
 ガイドマップをディアナに返しながら、清芳はぐっと拳を握り締める。ディアナはわけが分からないまま、それでも清芳に「頑張ってね」と激励を贈るのだった。


 5月12日、朝早く清芳は目を覚ます。いつもは馨が早起きなのだが、弁当を作るのだと意気込んで早く目覚めたのである。
 清芳はそっと布団から抜け、ちらりと隣で眠っている馨を見る。馨の目は閉じたまま、すうすうという寝息が聞こえる。
「起きていないようだな」
 清芳はほっと息を漏らし、そっと台所へと向かった。
「……どうしたんですかね?清芳さん」
 布団から小さな声が呟いた事を、知ることも無く。
 弁当は重箱に豪勢な内容できゅっきゅっとつめられた。今が旬のものや馨の好きなものを盛りだくさんで、勿論彩りも考えて。食べきれないかもしれないが、その分は持って帰ってしまえばいいだけの話だ。それよりも足りない方が問題となる。
 ちょっとくらい多い方が、良いような気がした。
「できた」
 早起きした分時間をかけて作られた重箱の弁当は、光り輝くかのように目の前に存在していた。清芳はそれを今一度眺め、小さく「うん」と頷いてから重ねて風呂敷に包んだ。これで、お弁当の準備は万全である。
「それじゃあ、馨さんを起こしにいこうか」
 清芳は小さく呟き、そっと布団に戻る。布団から出た時と同じく、馨は目を閉じたまま、すうすうと寝息を立てている。
「馨さん、起きないか?」
 清芳がそっと言うと、馨はぱちっと目を覚まし「おはようございます」と清芳に挨拶をする。清芳も「おはよう」と挨拶をする。
「今日は早かったんですね、清芳さん」
「うん。……あのさ、馨さん」
「何ですか?」
「ちょっと、一緒に行って欲しいところがあるんだ」
 清芳はそう言い、そっと手を伸ばす。まだ寝転がったままの馨はその手をとり、ゆっくりと起き上がる。
「一緒に?」
「うん。……いいかな?」
 ちょっとだけ不安そうな清芳に、馨はそっと微笑みながら「はい」と穏やかに答える。すると清芳は嬉しそうに「じゃあ」と口を開く。
「それじゃあ、準備をしよう。朝ごはんを食べて、支度をして」
「はい。楽しみですね」
 馨のその言葉に、清芳はこっくりと頷いた。楽しみにして欲しい、という願いを込めているかのようだ。
 二人は朝食を食べ、支度を済ませ、玄関の鍵をしっかりと確認する。手には勿論、朝から頑張って作った重箱のお弁当が握り締められている。
「何処へ行くんですか?」
 歩きながら、馨が尋ねる。清芳は「内緒だ」といい、ちょっとだけ笑う。今から行く場所をびっくりして欲しい、喜んでほしい、と思わずにはいられない。
 清芳はガルガンドの館で頭に叩きいれた地図を思い返し、道を進む。割合にして一本道が多く、迷わずに進む事ができた。
「……わあ」
「これは……凄いですね」
 小高くなった丘の上に上ると、眼下に美しい世界が広がっていた。色とりどりの春の花たち、新緑の碧、そうして風にやさしく揺れる薄紫と白の藤の花。
 一面に、藤棚が広がっていたのである。
「本当に、綺麗ですね」
 馨の目は輝きながら目の前の光景を見つめている。それを見て、清芳は思わず微笑んでしまう。馨の目が美しい世界を捉えて輝いているのが、喜んでいる証拠であったから。
「馨さん、藤棚の下にいってみないか?」
「はい、是非」
 馨はそう返事をし、そっと清芳の手を握り締める。清芳はその手をぎゅっと握り返し、二人そろって藤棚の下へと向かう。
 藤棚の下は、風が藤を揺らすたびに上品な香りが漂っていた。二人は藤棚の下にあったベンチに並んで座り、目を細めつつしばしその風景を楽しむ。
 ふわふわ、ひらひら。
 風に藤は揺れ、美しい花弁を震わせる。そしてその度に上品な香りが辺りを包む。辺りが静かな事も手伝い、和やかな時間がそこに流れた。
「そういえば、藤の花言葉を知っていますか?」
 ふと、馨が清芳を見て尋ねた。
「藤の花言葉?」
 清芳は藤から目を離し、馨の方を向く。
「ええ。知りませんか?」
「知らない」
 首を振りながらの清芳の答えに、馨はそっと清芳を引き寄せる。そして、微笑みながら口を開く。
「決して、離れない」
「決して離れない?」
 きょとんとしつつ尋ね返す清芳に、馨は穏やかに「ええ」と言って頷いた。すると、清芳は馨の方をじっと見つめ、次に藤に目線を移して口を開く。
「じゃあ、同じか」
「同じ?」
 今度は馨が不思議そうに尋ね返すと、清芳はこっくりと頷いてから言葉を続ける。
「今の私達と、同じだ」
 さらりと、清芳はものすごい事を言う。馨は思わず目を開き、次にくすくすと笑いながらさらりとした清芳の髪をなでる。
「素敵ですね」
 馨の言葉に、清芳はこっくりと頷いて手を繋ぐ。髪をなでられ、安心したのだ。
「清芳さん」
 そっと囁き、馨は清芳をぎゅっと抱きしめた。清芳も一瞬は戸惑いつつも、馨をぎゅっと抱きしめ返す。
 腕から、手から、伝わればいいと思って。
 お誕生日おめでとうだとか、いつも傍にいて有難うだとか。
 何も上手い言葉は出てこないが、こうして傍にいる今が素晴らしく、幸せで、嬉しい。
 そうした思いが、全てこの腕から、手から伝わっていけば良いのにと思いながら。
 しばらくし、清芳はそっと馨から離れながら風呂敷包みに目をやる。
「……そうだ、ここでお弁当を食べないか?」
「はい」
 清芳は馨の答えを聞き、風呂敷包みを開ける。出てきたお重を、ベンチにそっと並べていく。あっという間にベンチ一杯にお弁当が広がってしまった。
「凄いですね、清芳さん。美味しそうです」
「そっか」
「有難うございます」
「うん」
 二人は顔を見合わせ、そっと微笑んでから手を合わせて「いただきます」と言い合う。ふわり、と風に揺れる藤棚の下で。
(貴方が傍にいて、本当に嬉しい)
 清芳は嬉しそうに箸を伸ばす馨を見て、静かに思う。
 それは「決して離れない」という花言葉が、胸の中でふわりと咲き誇っているかのようであった。

<風に揺れる藤を胸に抱き・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年05月08日

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