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『Closing ―your eyes― 』
初瀬・日和3524



「これどうぞー」
 配られたチラシには、配達屋の宣伝がでかでかと記載されている。
 だがそのチラシ、何か付録のようなものがついていた。
 配っていた金髪の少女はにっこり微笑む。
「桜茶ですぅ。ちょっといわくのあるものですけど、きっと素敵な夢をみれると思います〜」
 桜の葉を使ったお茶のようだ。それほど怪しい感じもないし、素直に貰っておくことにする。
 去り際に少女が声をかけてきた。
「寝る前に飲むと、きっと効果倍増ですよ〜! あと、うちのチラシ捨てないでくださいね〜! そんでもって、よければ今度配達品とかあったらウチを使ってくださ〜い!」

***

 拍手喝采を浴びて初瀬日和は涙ぐむ。
 ずっと練習してきた。このコンクールに入賞するために。
 幼い頃からの夢に、また一歩近づいた証。
 それが叶った。
 だがそこで終わりではない。
 ここで終わりではない。
 まだこの先がある。もっと先へ。もっと上へ。
 練習の日々。支えてくれた人々の顔を思い出し、日和は涙を流す。
 嬉しくて。
 たくさんのことがあって、今の自分が在る。
 そう――――たくさんのことがあって。



 家に帰って落ち着いた日和は感動の余韻に浸った。
 次の目標を目指してまた頑張らなければならないが、今は一休みだ。
 嬉しそうだった家族。一緒に喜んでくれた彼氏。
 自分のチェロの入ったケースを見遣り、日和は小さく微笑する。油断するとまた泣いてしまいそうだ。
 ふと、気になった。
 今までの人生で一番の……奇妙で大切な期間。東京で憑物封印をしていた彼。
 その彼の姿が、会場には見えなかった。一応「よければ来てください」とは知らせておいたのだが……。
(また……お仕事だったんですかね)
 そうだろう、きっと。だとしたら仕方ない。
 彼の仕事は妖魔退治。化物に困っている人を助けているのだ。
(人命のほうが……優先ですし)
 落胆する日和は小さく息を吐き出す。
 考えてみれば彼――遠逆和彦には一度として自分の演奏を聴いてもらったことがない。
 日本各地を飛び回っている和彦のことを考えて、今まで言い出せなかった。私のチェロを聴いてください、なんて。
 たまに東京の仕事があると和彦は会いにきてくれる。
 日和にとって彼はとても大切な友人だ。いまだにドキリとさせられることは多いが。
「今頃どこに居るんでしょうか……」
 この間は北海道に行くと言っていた。日本各地にそれだけ困っている人がいるのだ。
 携帯電話が小さく鳴り、日和は慌てて取る。
「はい」
<ああ、日和さん>
 声にドキッとした。
 昔よりさらに落ち着いた声音。
「和彦さん!」
<こんにちは。お久しぶり>
「はい。和彦さんも元気そうで」
<日和さんも元気そうだ。息災でなにより>
 小さく笑いを含んだ彼の声。そしてその後。
<コンクール入賞、おめでとう>
「っ!」
 驚いて目をみはる日和。
「ど、ど……して」
<行けなかったんだから、せめてどうなったかくらい知っておくのは礼儀じゃないか?>
「あ……」
 熱い。目が。
 滲んできた涙を拭い、日和は微笑む。
「ありがとうございます、和彦さん」
<行けなくてすまない。予定を詰めたんだが、無理だった>
「いいんです。お仕事で忙しいのはわかってたことですし、和彦さんからのお祝いの言葉だけですごく嬉しいですから」
 元気よく言うと、電話の相手が苦笑したのがわかった。
<あんまり聞き分けがいいのもどうかと思うがな>
「え?」
<なんでもない。
 ところで、何か欲しいものはあるか?>
「欲しいもの? いえ、特にないですけど……」
<そうか。では明日は暇か?>
 日和は怪訝そうに天井を見上げる。確か明日は何もないはず……。
「予定はあいてますけど」
<ならばそちらに伺ってもいいだろうか?>
「は? どこですか?」
<日和さんのお宅へ行ってもいいだろうか?>
「…………え?」
 何を言われたのか、一瞬わからなかった。
 理解するまで数秒使う。
 理解した途端、日和は真っ赤になった。なぜ赤面するのか自分でもわからない。
「う、うちですかっ!? あ、で、でも」
<やはりご家族に迷惑だろうか? それなら日を改めても……>
「いえ! あの、明日は私しか居ないので大丈夫なんですけど……で、でも突然どうして……?」
<用事があるからに決まっているじゃないか>
 あっさり言われて、日和はなんだか肩透かしを食らったような気分になる。いや……でも何か過ちなどあるわけない。
 彼は日和と彼氏の関係を知っているし、わざとその仲を壊すようなことはしない。そういう人だからこそ……日和は絶対的な信頼をおいているわけだが。
「よ、用事……ですか。それなら……はい。お待ちしています」
<別にたいしたことじゃないから……その、迷惑なら言って欲しい>
「迷惑だなんて! それに、和彦さんに会うの久しぶりですから楽しみですよ?」
<あ、ありがとう>
 ちょっと困ったように言う和彦。もしかして照れているのだろうか?
<では明日、正午にそちらに伺う>
「いつでもいいですよ?」
<いや……日和さんを無駄に待たせるのもどうかと思うから>
 なんて律儀な人だ。こういうところは数年前と変わりはしない。
 日和は「それでは」と告げて電話を切る。明日がとても待ち遠しい。



 正午ぴったりに家のチャイムが鳴る。
 日和は待ち構えていたのですぐさま玄関に向かい、ドアを開けた。
 途端、目の前に花が。
「!?」
 驚く日和から花がすっ、と少し離れる。
 ソレは花束だった。
 持っているのは――――。
「昨日は行けなくてすまなかった。お詫びと、あとお祝いの花束だ」
 微笑んでそう言うのは遠逆和彦だ。
 出会った頃より少し伸びた背。顔立ちも年相応になっている。あの頃の幼さはまだ少し残っているけれども。
 相変わらず彼はとても端正な顔立ちをしているが、今は眼鏡をしていないのでそれがはっきり見えてしまい、困る。
 花束を受け取って、日和は和彦を呆然と見つめた。彼は黒のスーツ姿だ。
「わ、わざわざこのために……?」
「本当は昨日直接渡したかったんだが……すまなかった」
 悲しそうに笑う彼に日和は首を左右に振った。
「そんなこと……! 嬉しいです!」
「日和さんが欲しいものがあればそれでも良かったんだが……。生憎とないようだったので、無難な花にしてみた。喜んでもらえて、良かった」
 彼も嬉しそうにする。
 こんな立派な花束なら、女の子は誰でも喜ぶはずだ。
 きっとどうしようか悩んで……店員に相談したのだろう。値段を気にする人ではないので、この花束も相当お金がかかっているはず。
(こんな豪華な……。私のために?)
 わざわざ日和に直接渡しに来たのだ。
 日和は感動し、目が潤みそうになるのを堪える。ここで泣けば困らせるだけだ。
 せっかく来てくれたのだから、もてなしたい。
「和彦さん、どうぞあがってください」
「え……。あ、いや……今日は日和さんだけなんだろう? あがるわけにはいかない」
「あ……え、えーっと……」
 そう言われてしまうと無理に家にあげるわけにもいかないだろう。
 日和は困ったように眉をさげ……それからハッとした。
「あの、欲しいものがあります!」
「え? そうか。なんだろう? 次に東京に来る時に持ってくるが」
「今すぐ欲しいんです!」
 勢い込んで言う日和に、和彦は不思議そうに瞬きする。
「わ、わかった。なるべく対処しよう。なんだろうか?」
「和彦さんに、私のチェロを聴いて欲しいんです! ですから、今から少しだけ和彦さんの時間をください!」
 日和の言葉に彼は呆然とし……それから苦笑した。その笑みが出会った頃の面影を強く残していたので、日和はドキドキする。
「そういうことなら、その願いは叶えないとな。わかった。では俺の時間を少しだけ日和さんにあげよう」
「ほんとですかっ!? お仕事は大丈夫です?」
「予定を詰めて一日は空けたんだ。大丈夫」
 嬉しさに日和は体が浮きそうになる。彼に聴いてもらえる。自分のチェロを。



 日和はぺこっとお辞儀をする。
 たった一人のために今から自分は弾く。
 和彦は頷いた。
 深呼吸をした日和は表情を引き締める。
 静かに演奏が開始された。
 曲は昨日のコンクールで弾いたものだ。昨日来れなかった彼のために、日和は弾いている。
(和彦さん)
 日和は彼には意識を向けない。
 自分は今は演奏者。曲を表現するために居るのだ。
(聴いてくれてますか?)
 今の私を。
(これが私の目指した道。自分の精一杯の姿です)
 まだ未熟だけれど。
 最高とは言いがたいけれど。
 『これ』が。『この姿』が『今の自分』。
 弾き終わり、頭をさげる。
 昨日と同じように全力で表現した。自分なりにこの曲を。
 頭をさげたままの日和の耳に、拍手の音が聞こえた。たった一人の観客の拍手だ。
 顔をあげた日和は、目の前に彼が立っているのに驚く。
「すごい。初めて聴いたけど、日和さんは素晴らしい弾き手なんだな」
「…………ほ、本当に……そう思いますか?」
 信じられないような表情でいる日和に、和彦は頷いた。
「俺は音楽についてはよくわからないけど……それでも感動した。素晴らしい演奏だったと思う」
「…………」
「日和さんは本当にチェロが好きなんだな」
 日和は涙を浮かべ、唇を小さくわななかせる。
 その言葉が欲しかった。
 泣いてしまった日和に驚き、和彦はぎょっとして困惑の色を浮かべる。
「あの……?」
「す、すみません……嬉しくて」
「嬉しい?」
「はい。和彦さんに私のチェロを聴いてもらえて、すごく嬉しいんです……っ」
 涙を流しながら喋る日和。
 彼は苦笑した。
「こんなことならお安い御用だ。いつでも言ってくれて良かったのに」
「だっていつもお仕事じゃないですか」
「それもそうか。いや、言ってくれたら予定は空けるから。
 ああでも、彼氏に悪いかな?」
 少しだけ意地悪に笑う彼。日和はすぐに笑った。
「演奏くらいで怒るわけないですよ」
「そうかな? 彼氏は相変わらず嫉妬深いんだろ?」
「否定はしませんけど」
「日和さんが幸せそうで、俺は嬉しいよ」
 微笑する彼はとても綺麗だ。なんだか悪いような気分になる。
 もしも彼氏と出会っていなければ間違いなく和彦を選んでいただろう……。だがその道は、今はない。
「和彦さんが素敵だからどうしてもムキになってしまうんです」
「そうかな……。俺は自分がそんなに魅力的な男とは思わないんだが」
 謙虚なところも全く変わっていない。
 日和は懐かしさに目を細めた。
 彼と出会ったことが少し前のようで……遠い昔のようにも感じる。

 家の前まで、和彦を見送るために日和は出てきた。
 彼はまた退魔の仕事に戻ってしまう。前と変わらない、危険な仕事に。
「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
 和彦は「じゃあ」と告げて歩き出した。
 手を振って見送る日和。
 彼の背中がとても小さくなるまで、日和は見続けていた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 これも一つの未来の形、という感じの夢にしてみました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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東京怪談
2006年05月02日

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