▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【黄昏時には珈琲を】 』
ジェームズ・ブラックマン5128
●誘いはカード
 古びたソファーに、人外の依頼人。いつも煙草の匂いに包まれた、草間興信所。そこには、今日もまた、正体不明の客が訪れていた。
「何がかなしゅーて、この年になって、トランプなんぞやらにゃーならんのだ」
 そうこぼす草間。主である彼の手には、数枚のカードが握られている。
「なんぞ、とは心外ですね。これでも欧米では、こちらで言う所の、将棋や囲碁と同じ様に、伝統あるゲームなんですよ」
 相手をしているのは、全身黒尽くめのスーツに身を包んだ、30代前半の男性である。ここ数日、興信所に顔を見せるようになった御仁で、名前はジェームズ・ブラックマン。
「ここは日本だよ。郷に入りては郷に従えって言うだろうが」
「落ち着いてください。ゲームは熱くなったほうの負け。いくら負けがこんでいるからって、当り散らすのは良くありませんよ」
 さっさと終わらせたいらしい草間に対し、くすくすと笑いながら、そう答えるジェームズ。そして、慣れた手つきで、カードの山をきると、再び枚数を配った。
「そちらの番ですよ。ミスター・草間」
「むー‥‥」
 急かされて、渋々カードを引く草間。だが、その中身を見た瞬間、顔が引きつっている。
「欲しいのでしょう? これが」
「く‥‥」
 引き寄せた耳もとで、低く、囁くように告げるジェームズ。彼がちらつかせているのは、草間が三度の飯より愛飲している煙草の箱だったりする。見れば、いつもいっぱいになっている筈の灰皿には、1本も残っていなかった。
「えぇい、もう一枚引いてやる。俺のツキだって、まだ捨てたもんじゃないんだ!」
 意を決した様にそう言って、新たなトランプを引く草間。が、その刹那、彼はがっくりと肩を落とした。
「どうやら、私の勝ちのようですね」
「くっそーーーーーー」
 とどめとばかりに、ジェームズが低い声音で、そう言った。とたん、持っていたトランプを、応接テーブルに投げつける草間。
「あーもー。わぁったよ。煮るなり焼くなり好きにしやがれっての」
 ふてくされたように、ソファーにひっくり返る彼。そんな姿を、少々呆れた表情で見返しながら、ジェームズは至って冷静にこう言った。
「機嫌を直してくださいよ。何も取って食おうと言うわけではないんですから」
 まだ、ね。と心の中で付け加える彼。いぶかしげな表情を浮かべている草間に、ジェームズはこう続けた。
「そうですね。では‥‥1日付き合ってください。もちろん、行動費は出しますから」
「どこ連れて行く気だ? まさか、妙な実験台にする気じゃないだろうな」
 流石に、人外な連中との付き合い‥‥本人の意志に関わらず‥‥も多いだけあって、やばそうな事には鼻が効くようだ。と、ジェームズはそんな草間をなだめるように、その行き先を告げた。
「なぁに、ちょっとしたデートですよ。雰囲気のある、美味しいカフェを見つけたものですから」
 上背のある野郎二人で、お洒落な町にお出掛け‥‥。その台詞に、草間はさらに顔を引きつらせてしまうのだった。

●カップルシートで確かめて
 翌日の昼過ぎ。
「はー、たらふく食った」
「まぁ、男としてはこれくらい食べるのが妥当‥‥と」
 まずは腹ごしらえ‥‥と寄ったレストランで、パスタ2人前に、ピザ1枚、デザートまでしっかり平らげた草間を、そう評価するジェームズ。フランス料理店もかくや‥‥と言った店構えで、周囲の客は、殆どがカップルか女性連れな事も、そこに、野郎2人‥‥しかも、黒尽くめの怪しげな青年に、金があるようには見えない男で、目立ちまくった事も、その場違いっぷりに、客どころか、店員までひそひそと何か囁いていた事も、美味しいご飯に見なかった事にしたようだ。
「何か文句でもあるのか?」
「いえいえ。では次は‥‥」
 誘ったのはお前だろ‥‥と、言いたげな草間に、彼は次なる行き先を指定した。デートのお約束コース、映画館である。
 ところが。
「って。何で野郎二人で、お涙頂戴恋愛映画なんぞ、見に行かなきゃならんのだー」
「デートですから」
 文句つける草間に、さらりとそう答えるジェームズ。彼が指定したのは、いわゆるラブロマンスだ。しかも、明らかに涙を誘うのが目的の、悲恋もの。これも当然、女性好みの品なので、出てくるのは女性グループか、カップルばかり。しかも、たいがいがハンカチを手に、感動の涙を流している。
「もっとハードボイルドな映画はなかったのかよー」
 パンフ片手に、席にふんぞり返りながら、文句ばかりの草間。
「いやー、職業柄、もっとハードボイルドな場面ばかり遭遇してまして。休日に見るのは、関係ない話の方が良いですから」
 まぁ、ジェームズの言う事ももっともなので、そのまま大人しく居座る事になる。
「ああ、そうそう。気付いてました? ここ、カップルシートだって」
「ぶっ」
 ジェームズの物言いに、思わず吹きだす彼。確かに、普通の映画館にしては、席が広すぎる‥‥とは思っていたが。
「本当は、こんな風に‥‥する人達用なんですけどねぇ」
 くくくっと意地悪く笑って、ジェームズが草間を抱き寄せるように、のしかかった。
「いいいいいくらデートだからって、そこまで忠実に再現することはないだろうがーーー!」
 そのまま、彼の顎をくいっと持ち上げると、案の定、大騒ぎである。
「まぁ、予行練習だと思ってくれれば。冗談ですよ」
「洒落にならねーんだよっ」
 ぱっと手を離してやると、彼は拳を握り締めながら、複雑な表情で訴える。まぁ、怪奇探偵殿の元には、老若男女趣味嗜好性癖氏素性、様々な連中が来るので、中にはそう言うジョークがジョークじゃない人達もいるのだろう。
「あー、やっと終わった」
「可愛かったですよ。中々」
 2時間後、精神力を使いきったような、げっそりとした表情の草間とは対照的に、満足げな顔のジェームズ。
「誤解を受けるようなセリフをのたまうんじゃない」
「そうですか? ふむ。まだもう1つ、見られそうですね‥‥」
 食ってかかる草間に、ジェームズは上映スケジュールをちらつかせて見せた。
「映画のハシゴも、中々良い物だと思いますが」
 ぶんぶんと首を大きく横に振る草間の前で、何にしましょうか‥‥と、パンフをめくるジェームズ。それを見て、草間は渋々と言った表情で、頭を下げる。
「付き合ってやるから、せめてアクション物とかにしてくれ‥‥。頼むから」
「まぁ、草間がそこまで言うのなら、止めにしておこう」
 これ以上やるのは、少々気の毒かも知れないな‥‥と、攻撃の手を緩めるジェームズ。これが交渉の相手なら、畳み掛ける所だが、気のおけない友人を試す策としては、手厳し過ぎると判断したようだ。
「帰るのか?」
 歩き出す彼に、草間はほっとした表情で確かめた。が、ジェームズはそれに対して、首を横に振る。
「いや。腹ごなしに、散歩でもどうかなと思ってね」
 時間は三時過ぎ。夕飯を食すには、まだ早すぎる時間帯である。

●堪能するのは深い味わい?
 3時間後。丁度、陽の暮れかかる時間に、2人はジェームズの言う所の『雰囲気の良い珈琲店』にたどり着いていた。
「この芳醇な香りと深い味わい‥‥。やはり、珈琲は挽き立てに限るな」
 その名が示す通り、ブラックの珈琲を口にしながら、そう感想を述べるジェームズ。
「おや、どうしたんだい? 草間」
 彼が、わざとらしくそう尋ねると、草間は何かを堪えた様な表情で、こう答える。
「ジェームズ‥‥。俺‥‥もう我慢出来ない‥‥」
 うつむき加減のまま、深くため息をつく彼。その姿に、ジェームズはどこか楽しそうな声音で、こう尋ねた。
「おやおや。もう降参か? 真にハードボイルドな御仁は、この程度では根を上げないものだよ」
「そんな事言ったって‥‥。耐え切れないんだ‥‥」
 そんな彼の台詞に、草間は、上目遣いの視線で、ねだるような表情を浮かべ‥‥訴える。
「そんなに欲しいかい? アレが」
「ああ‥‥」
 珈琲の揺らめき越しに、頷く彼。間接照明のほのかな明かりの姿は、とても男性とは思えない艶やかさがあった。
「なら‥‥。正直に言ってごらん? 正直に」
 テーブル越しに、彼の手を取り、自分の指先を絡めながら、ジェームズはそう囁く。
「俺、本当は‥‥。けど‥‥」
 躊躇う草間。胸の内を告げる事を、遠慮しているように。
「人間、素直が一番だよ?」
 優しく、諭すように。この辺は、交渉人としての腕の見せ所‥‥と言ったところだろう。もっとも、ジェームズの口元には、相手の本心を引き出させるのを目論む、妖しい笑みが浮かんでいるのだが。
「ジェームズ‥‥。俺‥‥、俺は‥‥」
「何? 聞こえない」
 わざと、そう言って。もう一度、繰り返させる。ぼそぼそと、小さな声で、己の思いを口にしていた草間だったが、ややあって、意を決したように、はっきりとこう言った。
「‥‥ヤニ切れで死にそう」
「くははは‥‥」
 その瞬間、吹きだすジェームズ。
「って、何がおかしいんだよ。俺にとっちゃ、死活問題なんだぞ!」
 くすくすとまだ笑いが込み上げてくるらしく、肩を震わせるジェームズに、草間は『言わせたのはお前だろうがー!』と、ぶーたれる。何しろ、彼が歩いてきたコースは、基本的に歩き煙草全面禁止。ヘビースモーカーの彼にとっては、拷問そのものである。おまけに店内も、珈琲の香りを邪魔しないためとか言って、全席禁煙だった。
「珈琲を飲む時くらいは、耐えたほうが良いんじゃないか? せっかくの味が分からなくなるぞ」
 この味は、繊細ですから‥‥と、解説するジェームズ。その態度に、草間はこう突っかかってきた。
「お前‥‥、俺が煙草代をケチるくらいなら、メシ代をケチるって事、知っててこの店紹介しただろう」
「何の事かな。はっはっは」
 わざとらしい。いや実にわざとらしい。実際、わざとだったりするのだが。
「まぁ、せめて私がこの至福の一杯を飲みおわるまでは、付き合ってくれないかな? 賭けの負け、チャラにした挙句、あちこち連れて行ったんだし」
 ジェームズ、そう言いながらも、マスターにお代わりを注文中。
「詐欺だーーーー!」
 こんな事なら、借金して置けばよかっただのなんだのと、今更遅い事を言いまくる草間。果たして彼は気付いているのだろうか。ジェームズが、あまり見せたことのない、砕けた側面を見せている事に。
「いえいえ。デートの範疇ですよ。あくまでもね」
 だが、当の本人は、草間の文句をBGMにして満足そうに、その深い味わいとやらを、堪能するのだった。

【ライターより】
 はじめまして、姫野里美です。
 今回、「まだ知り合ったばかりの時期」と言う事で、とりあえず、耽美度は抑え目にして、初めてのデートと言った仕上がりにしてみました。きっとこの後、幾つかのイベントを経て、次第に打ち解けて行くのでしょうね(微笑)
 なお、映画館内部で何があったかと言うのは、想像にお任せいたしますが、もうちょっと手ぇ出しとけばよかったか‥‥と思ったのは、ナイショです☆
PCシチュエーションノベル(シングル) -
姫野里美 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年05月01日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.