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『7分咲き 』
メラリーザ・クライツ3271)&朝霧・乱蔵(3272)

 ほんのりと青みを持つ春の宵、城下町の一画で、花祭りが開催されていた。
 淡いピンクの桜は、ふうわりと花弁が大きく、毬のように密集して枝に咲き乱れる。背が高く、細身の桜の木は、街路樹用に品種改良された新種である。未だ、7分咲きといった所か。
 商店街上げての毬桜祭りは、夜になると、街灯が桜を照らし、淡く夜空に桜色の雲を浮かび上がらせている。

 街灯の下には露天が並ぶ。露天の明かりは、極力押さえられ、浮かぶ夜桜を楽しんでもらえるよう工夫がされていた。
 その結果、カップルにはロマンティックな灯りの道が、かなりの長さで続いていた。
 手暗がりに近い灯りの下には、細工物が、陽の光の下で見るよりも豪華に見える。甘い香りの菓子達も、美味しそうだ。良い匂いを遠くからさせているのは巨大な肉をあぶり焼きにして、焼けた部分を切り取って小麦のパンに挟んで売っている名物の肉巻き。色とりどりの羽根飾りのついた扇。陶器の人形。ビーズをちりばめた小さなバッグ。レースのショール。冷たい果物のジュースから、葡萄酒や麦酒。
 心地良いざわめきが、遠くまで伝わって来る。
 
 そう、遠くまで。

 街の灯りが小さく見える小高い公園で、黒いコートに身を包み、あまり高さの無いシルクハットを目深に被った青年、朝霧乱造が、溜息を吐いていた。
 街の灯りの下では、多分、約束の1時間も前から待っている少女が居る事だろう。
 祭りは嫌いでは無い。が、好きでも無い。

 けれども。

 伝わってくるのは喧騒だけでは無い。
 甘い、春の気配も伝わって来ていて。

 待っている少女が見たら、目を丸くするような、穏やかな笑みを浮かべて、乱蔵は、ゆっくりと歩き出した。約束の時間まで、あと30分もあるのだから。








 銀色の長い髪をゆるく編んで、アップにし、虹色の髪飾りをつけた少女メラリーザ・クライツが、落ち着かなさげに、商店街の入り口で立っている。大きなルビーのような瞳がくるくると回る。待ち合わせなのは、見ればすぐわかる。少女の他にも、女の子や青年やら少年が、やはり、人待ちのそぞろな顔で何人も立っている。色々な人種の集まるソーンだが、この区域での水のエレメンタリスの少女は珍しい。珍しいと言っても、よほど注意深い人でなければ見分けなどつかないのだが。
 祭りは楽しいだけでは無く、悪い輩も居る訳で。

「お嬢さん、随分待ってるね〜」
「そうそう、すっぽかされちゃったんじゃないの〜?」
「俺達と一緒に花見に行かないかい?お嬢さん」
「?!」
 
 お嬢さん。が、自分を指している事に、しばらく気がつかなかったメラリーザだったが、3人に囲まれ、肩を掴まれて、ようやく事態が飲み込めた。そうして、大きな目をさらに大きくして固まった。

「何でも買ってあげるよ?」
「俺達の家なら、何所ン家でも2階から桜が見れるぜ?キレイだよ〜?」
「あ、だいじょぶ。だいじょぶ。俺達一応、ここの商店街の若旦那ばっかりだからさ」
「だいじょぶじゃ…無いですぅ…」

 メラリーザは、いかにも遊んでいますという青年達を見て、口に手を当てて首を横に振る。
 そう、大丈夫では無いのだ。
 不穏な空気に、周りに居る人達が、遠巻きに見ている。気の効いた者が、大人に連絡しに走り出したが、商店街の若旦那というのが本当ならば、何所まで制止が効くのだろう。

「だいじょぶだって、何もしないから…」
「ダメ!だって…!」

 男達が、メラリーザの肩を抱えて歩き出そうとするその時、街灯が一斉にその灯りを消した。








 四つん這いになり、大声で仲間の名を呼びながら、手探りで辺りを探っている男達を横目に、メラリーザは黒ずくめの青年に手を引かれて商店街の雑踏に紛れ込んでいた。
 街灯の灯りは、何事も無く桜を照らしているし、人々は、どうして男達が四つん這いになっているのかも分からない。

「乱ちゃんっ!」

 簡単な目くらましの魔術だ。超常魔導師の乱蔵にとってみれば、児戯にも等しい技だったが、奮った相手が一般人である。心配そうに後ろを振り向くメラリーザに、軽く視線を落とす。

「大丈夫だ。10分も保たん…」
「また、そういう言い方する。普通の人に術使っちゃだめです…」

 メラリーザは、肩を掴まれた直後に、乱蔵の姿を見つけていた。そうして、軽く指を鳴らすのを見て、目を丸くしたのだ。むやみやたらと魔術は使って良いものでは無いと、いつも言っているのに。でも、今夜の魔術は、強く言えなかった。

 だって。

 その魔術はメラリーザの為に使われて。
 条件反射のように使われて。
 
 囲まれているメラリーザを見つけた時の乱蔵の目がすうっと細まり、眉間に皺が寄ったのを見てしまったから。
 その顔は、乱蔵が、酷く怒っている時の顔なのだ。
 親しく無ければ分からない、ほんの僅かの変化なのだけれど、メラリーザにはよく分かった。

 だから…嬉しい。

 そうして、普段は、手を繋ぐというよりも、メラリーザが乱蔵の腕にぶら下がっているという事が多いのだけれど、今は、強く握り込まれたメラリーザの小さな手が、離れないように乱蔵の手を握り返している。
 確かに、人込みがすごくて、手を握っていなければ、メラリーザはあっという間に乱蔵から離れてしまうだろうけれど。
 手に、心臓が移動したみたいだった。
 メラリーザは、ぎゅっと目を瞑った。

「ほら」
「うぃ?…ありがとです」

 いつの間に買ったのか、桜色のソフトクリームを手渡された。
 気がつけば、桜並木を抜けていて。
 屋台もまばら、人もまばら。
 離された手が、少し寒くて、無意識に握ったり開いたりしてしまう。もう少し、繋いでいたかった。

 振り返れば、少し遠くに、桜色の雲母が浮いている。
 その下には、たくさんの人と、屋台のやさしい明かりが、ぼうっと見える。

「目立つ格好しているからだ」
「…可愛い?」

 お祭りだから、淡く柔らかい色合いのふわふわしたギャザーがたくさん入っている膝丈の桜色のワンピースに、白いレースのカーディガンを羽織って、下ろしたばかりの白いエナメルの靴を履いてきた。ハイソックスはカーディガンと同じ白いレースで。
 一緒に行く約束をしてから、一生懸命考えたのだ。
 けれども。
 
「溶けてる」
「はうっ!」

 背の高い乱蔵を見上げるように笑うメラリーザだったが、ちらりと下を向いて、投げ捨てるように言う乱蔵の言葉に、がっくり来る。慌てて、食べる桜ソフトクリームは、桜餅の味がした。冷たくて、とても甘い。まるで、乱蔵のようだとメラリーザは思う。
 ほんの少しの言葉でも、いつもだったら、かけてもらえれば嬉しいのだけれど、今日は何だか、とても寂しくなった。

「食べ終ったら、もう少し見て行くか?」
「!」

 寂しい気持ちを見透かされたのか、上から降ってくる言葉に、下を向いてしまっていたメラリーザは、思わず顔を上げる。乱蔵の口調は、いつもと変らない、ぶっきらぼうな口調なのだけれど。
 顔を上げた、メラリーザの頬に、乱蔵の大きな手が添えられ、ゆっくりと撫ぜ下ろされる。
 漆黒の、夜の色を映す瞳が、メラリーザを捕らえて。少し眇められた眼差しは、乱蔵の、気持ちを伝えているかのように、甘かった。
 言葉は甘くないけれど。
 近づいた顔が、メラリーザの口の端にそっと触れて離れる。
 ふわりと、乱蔵のコートが春の夜を隠した。
 
「行くぞ」

 心臓が、飛び出るかと思った。
 メラリーザの口元にくっついていた桜餅味のソフトクリームをそっと舐め取るだけのキス。

 どう言えば良い?

 何を言えば良い?
 
 黙って…いても良い?

 再び固まったメラリーザの手を、再び握り込むと、春の匂いをはらみ、乱蔵のコートが再びふわりと揺れて、ふたりを隠した。






 祭りは…まだ始まったばかりで。
 桜も…まだ7分咲きなのだから。






 
 

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聖獣界ソーン
2006年05月01日

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